第9話吹っ切れ

それからというものトレーニングは続き、失恋に浸る時間もないほど自分の体を追い込んで、自分の体を極限まで鍛えた。




夏休みを跨いだ最初の登校日、すっかり慣れた筋肉痛をお供に俺はいち早く家を出る。


誰もいない道を歩いている途中、花音に出くわす。




「あら、こんな時間に偶然ね」


「偶然ってかんじじゃなさそうだけどな」


「そうね、あなた夏休みの最初の日は何時も早い時間に家を出るものね、だから待ち伏せさせてもらったわ。」




ここに来て幼馴染の弊害が来た。




「なんで?」


「どうしても話しておきたいことがあったの」


「なに?」


「私、あなたと別れた後にまた彼氏ができたわ。あなたよりずっと大人な彼氏よ?」


まあ花音は美少女だしな。そら作ろうと思えば相手はいくらでもいるだろう。


「そうか、おめでとう」




それだけを伝えると花音は急に不機嫌になる。




「………どうしてあなたはそんな冷静でいられるの?啓介。私、知ってるわ。中学の時からずっと目で私の事を追っていた事。前から私の事が好きだったのよね?そんな相手にあなたは裏切られたのよ?どうして啓介は落ち込んだり、私にやり返そうとしないの?どうしてそんな冷静にいられるのよ!!」




さっきから何やら動揺しているようだ。


なにをそこまで感情的になっているのやら。俺の事なんてもうどうでもいいだろうに。




「いやいやお前と竜也が致してた場面と遭遇した時はさすがに落ち込んださ、でもだからってその腹いせに何かしようなんて考えたりはしてないよ」




「……どうしてよ」




「お前のことが好きだったからだよ」




確かに浮気されてからというもの、心の傷は確かに深かったし、しばらくは学校にいる間、なるべく視界に入れたくないほどトラウマだった。


だけどその間に復讐しようなんて考えは一度も浮かんだりはしなかった。




そう言うと花音は明らかに動揺して一歩後ずさる。




「あなた、異常だわ」


「そうか?」


「ええ、とっても異常。親友に彼女を寝取られて両方に裏切られて、それでも今こうして私と平然と話せるなんておかしいもの」




そんなにおかしいだろうか?




「まあ気持ちの整理は一応付けたからな」




「……なんで?啓介にとって私はその程度だったの?どうしてもっと取り乱して、感情を私にむき出しにしてくれないの?」




「うーん、俺結構花音に対しては素直でいたと思うけどな」




「啓介が私に見せた感情は優しさの中での範疇でしょ?私が見たかったのは本当の貴方の姿よ。純粋な怒りを見せたり、下心を剝き出しにして私を押し倒したりして欲望丸出しの……そういうものよ」




下心は隠せていた自信なかったけどな。多分花音にはバレていたのだと思う。でもそれだけじゃ花音には足りなかったのだろう。




「確かに花音が俺に対して不満に思う部分もあったんだろうけど……。もう全部終わった事だよ。俺たちはもう恋人関係じゃないし、今はただの幼馴染だろ?だからこの話はもう終わりだ」




そう、もう終わった事なのだ。今の関係は良くてただの幼馴染。正直自分でもまだ好きだった時の感情は残っているかなと思っていたが。実際残っていたのは好きだったという思い出だけ。


だから今後もう深く関わる事はないだろう。




「ほら、もう行かないと学校遅れるぞ」


そう言っても花音はその場に立っていたままなので、仕方なく俺は再び足を動かして花音の横を通りすぎる。


もう花音の表情を見ることはしなかった。




「ちょっと…待ちなさいよ……」




なにやら後ろから声がするが振り返らない。ようやくだが、完全に吹っ切れたと自覚がこの時持てた。




全身に筋肉痛が走りながらそんなことを思った。

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好きな人を寝取られた俺達へ 不人気者 @rosuta

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