最終話 ドM悪魔に愛の手を!

 トレーネ! トレーネはどこにおる? おかしいのお。昨日から姿が見えんのじゃ。もうすぐ例のお見合い相手が来る時間じゃから紹介しようと思ったんじゃが。お、来たな。あれ? だれじゃ、お前は? あの男の使いの者じゃと? どういうことじゃ? あの男は来んのか? 代わりに手紙を預かって来たじゃと。そうか、なら仕方ないの。おう、確かに受け取ったぞ。ご苦労であった、もう下がってよいぞ。あ、待て! もしかしてあやつは体調でも崩したのではないか? わらかない? そうか、呼び止めて悪かった。


 トレーネといい、あの男といい、一体どうしたのじゃろうな? まあせっかく手紙をもらったのじゃ、読んでみようかの。


「親愛なるリリス王女。本日はお伺いできずに申し訳ありません。本当なら今日、私はあなたに私の本当の気持ちを打ち明けるつもりでした。先日、受け取って頂いたアネモネの花言葉、その言葉をあなたに贈ろうと思っていたのです。


 あなたが悪魔国の王女だと知ったのはつい最近のことでした。あなたはおそらく身を守るため身分を隠していらっしゃったのでしょう。おかしなものです。私もまた同じ理由で身分を隠していたのだから。あなたと田舎で過ごした時間はとても素晴らしく、美しい思い出でした。思い出はいつかは薄れていくものだと聞いていましたが、私の思いは決して薄れていくことがなかったのです。そう、あの時あなたに送ったアネモネの花。あの美しい花のように私の心にいつまでも咲き続けているのです。


 私は、悪魔国の王女がお見合いの相手を探していると言う話を聞き、はやる気持ちを抑えきれずにすぐさま応募の申し込みをしました。しかし、悪魔国の王女ともなるとライバルも大勢いてなかなか順番が回って来ませんでした。とうとう、順番が回って来た時の私の天にも登らんとする気持ちわかって頂けるでしょうか? 


 久しぶりにお会いしたあなたはあの頃と変わらず、笑顔の素敵な可愛らしい女の子でした。ちょっと、いやだいぶ天然ボケなところもあの頃のままです。あなたの話を聞くのに夢中になってしまい、すっかかり自己アピールを忘れておりました。


 お見合いの回数を重ねるたびにあなたへの思いが強まっていった私はついに、次回会ったら自分の気持ちを伝えると決心したのです。そんな時私は、あなたから何度も話を聞かされていたメイドのトレーネと言う女性から手紙を受け取ったのです。その手紙を読んで私は衝撃を受けました。あなたたち2人の関係がいかに強く結ばれたものであるか知ってしまったからです。トレーネには悪いのですが、その手紙を同封いたします。あなたにはぜひ読んでいただきたいのです。トレーネの本当の気持ちを知る為に。


【トレーネの手紙】

 『突然のお手紙失礼いたします。リリス王女担当のメイド、トレーネと申します。あなたのことは、リリス王女より何度も聞いておりました。何度もお見合いにやってくる熱心な男性がいると。失礼だとは思ったのですが、あなたのこと調べさせて頂きました。驚きました、あなたは大悪魔公国の王子だったのですから。


 王女が昔、避難先の田舎で一緒に過ごした少年の話は何度か聞いたことがありました。それ以来、王女がアネモネの花が好きになったことも。あなたこそが、あの田舎で王女と一緒に過ごした少年でございますよね? 王女が、あなたにもらったアネモネの花をうれしそうに自室に飾り、この花の花言葉はなんじゃ? と聞いて来た時、私はあなたの気持ちがまだ王女にあることを知りました。なぜならアネモネの花言葉は「あなたを愛します」なのですから。ただ、一方で「はかない片思い」と言う意味も込められているのでは、と私は思いました。あなたが王女を諦めようとしているのではないかと。ああ、王女には「さあ、なんでしたっけ?」と誤魔化しておきましたのでご安心ください。


 リリス様に始めてお会いした時の話をしましょう。そうあのおぞましい、何も生み出さぬ戦争のときの話でございます。邪神族と悪魔族の混血として生まれた私は、そのどちらからもうとまれ、さげすまれておりました。天使と悪魔の戦争が始まって間もなく、私の住む村は戦場となり孤立してしまいました。村は兵士たちに囲まれ逃げることもできず、私と私の両親、幼い弟は家の中で恐怖に震えておりました。戦況は激しさを増し、村の住人も次々と犠牲になっていきました。そしてあの運命の日、残虐なことで有名な堕天使たちが、私たちの家に押し入って来たのです。私たち家族はスパイ容疑をかけられ村の広場へ連れて行かれました。


 父と母は必死に私たちはスパイではないただの住人であると説明しましたが、堕天使たちは笑いながら両親を槍で突き刺したのです。堕天使たちの目は正気を失っているようでした。堕天使の指揮官らしい男が、子供は邪魔だ殺せ。と命じる声が聞こえました。部下の堕天使が私と弟に向かって剣を振り上げるのが見えました。弟だけはなんとしても守りたい、そう思った私は兵士に背を向けて弟を抱きしめました。


 その時です。女の子の大声が間近で聞こえました。


「やめろ! 卑怯者」


 振り向いた私は、私と同じくらいの歳の女の子が兵士の足にしがみついて暴れているのを見ました。褐色の肌に銀色の髪をもつ悪魔の少女でした。戦場には似合わない上品な服が泥で汚れていました。


「邪魔だっ、このクソガキがっ!」


 少女は振り払われ地面に叩きつけられました。兵士が再び私たちに剣を振り下ろしたその時———

少女が兵士と私たちの間に割って入ったのです。兵士の剣は少女の背中に振り下ろされ、真っ赤な血が飛び散りました。その直後、大勢の悪魔軍兵士が駆けつけ、瞬く間に堕天使たちを倒していきました。救援にきた馬車に少女と私達兄弟は乗せられて行きました。


 後で聞いた話だと少女は悪魔国の王女で、田舎に避難する途中たまたまこの村の近くを通りがかったとのことでした。私達を見かけた少女は、皆が止める間も無く馬車を飛び降り兵士に突進して行ったのでした。そう、その少女こそがリリス様でした。リリス様は背中に大怪我を負ってしまわれました。幸い命は助かりましたが、今も大きな傷跡が残っております。

以上、私とリリス様の出会いについてなるべく正確に書いたつもりです。


 それから私は弟と共に、リリス様の家で働くことになりました。私はリリス様の恩に報いようと懸命に働きました。リリス様が不得意なことは率先して私がやりました。リリス様に見せたくないもの世の中の汚い部分はなるべく見せないように努力しました。でもそれが間違いだったのです。リリス様はすっかり世間知らずの人のよいお嬢様になってしまいました。


 私は気づきました、私が、私こそがお嬢様をダメにしているのだと。お嬢様には強く立派な大人の女性になっていただきたい。あの方の優しさ、おおらかさは私が誰よりもわかっています。誰からも愛される素晴らしいお方だと言うことも。私はリリス様の元を離れる決心をいたしました。私がいるとあの方は男性の気持ちを受け入れられないのではないかと思うのです。


 あなたがリリス王女を思う気持ちは本物だと信じております。そしてどうか諦めないでください。リリス様はあなたのことを忘れてはいないのです。ただちょっと鈍感なだけなのです。どうか、どうか、あなたの愛の手をリリス様へ差し伸べてあげてください。


リリス様専属メイド長 トレーネ・アルメヒティヒ』


 リリス王女、この手紙を読んだ私はすぐに部下を使ってトレーネの居場所を調べさせました。余計なことかもしれませんが、その場所の地図を同封致しております。私は、あなたが好きです。私が愛の手を差し伸べる相手はあなたしかいないのです。ですが、王女、あなたもまたその愛の手を差し伸べる相手がいるのではないでしょうか? そう、幼いあなたが身を挺して守ったあの少女です。あなたの手が彼女に届くことを祈っております。あなたと彼女の笑顔が共にあらんことを。


大悪魔公国 第一王子 レオンハルト・クラウベルク」

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ドM悪魔とお見合いしたら勘違いされて話がまったく進みません! おあしす @Oasis80

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