第5話 ドM悪魔とプレゼント

 遅いのじゃ。何分待たせるつもりじゃ。お見合いで遅刻は厳禁と知っておるのか? ちょっと大切な用事があってじゃと? わらわとのお見合い以上に大切な用事があると申すか? いい度胸じゃ。覚悟は出来ておるじゃろうな? お前のような不誠実な男には罰を与えんとならんな。まずは床に両手、両足をついてワンちゃんポーズをとるがよいわ。


 よし、素直じゃな。お前らしくもないの。次はこちらにお尻を向けるのじゃ。———本当にやるのじゃな。少しは抵抗しても良いのじゃぞ。ちょっと待て、本当にやると思っとらんじゃったから、むちを用意しておらんじゃった。あれ? どこにしまったかのー? ここの引き出しかのー? そうじゃ、あれはベルゼブブの私物じゃった。わらわはむちなんぞ持っとらんかった。


 すまんの、もう立って良いぞ。とんだ茶番じゃった。怒る気も失せたわ。今度はこっちの番ですね、じゃと。何をする気じゃ。後ろを向いて立ってて欲しい? いやじゃ、怖いではないか。お前のようなケダモノに背を向けたら、何をされるかわからんでの。それによく見たらいやらしい目をしておるのじゃ。


 そのいやらしい目で、わらわの『愛され小悪魔ボディ』をめるように見ておるのじゃろう? お前の頭の中で、わらわはどんなハレンチなことをされておるのかの? まずは、わらわが身動きが取れんように両手、両足をベッドに縛り付けるのじゃろう。 卑下ひげた笑いを浮かべながら、わらわの服をナイフで少しづつ切り裂いていくのじゃろうな?


 わらわが大声をあげられんように、口に丸めたタオルを突っ込むのじゃろ———って、あれ? どこへ行った? わああ、ドアを開けて帰ろうとしとるのじゃあああ! 戻ってくるのじゃあああ! 冗談じゃ。デビルズジョークというやつじゃ。———おお、戻ってきてくれたのじゃな。


 後ろを向けばよいのじゃな。向いたぞ。準備ができたので振り向いてもよいとな? お? なんじゃ? 手を後ろに回して何を隠しておる? じゃーん? わ、わわーっ。キレイな花束じゃー。その赤い花——アネモネではないか? これはどうしたのじゃ? ふふん。わかったぞ。好きな娘にプレゼントするのであろう。


 だったら、ここには持ってこないじゃと? それもそうじゃ。まあ、この広間も殺風景じゃからのー。部屋に飾ろうと思ったのか? 違う? わらわへのプレゼント? 信じられん。喜ばしてもなんもでんぞ。本当にもらってよいのか? ありがとう、礼を言うぞ。


 アネモネはわらわの思い出の花なのじゃ。お前がこの花を選んだのは偶然じゃと思うがの。思い出を聞かせて欲しいじゃと? つまらん話じゃぞ。それでも知りたいと申すか? わかったのじゃ。まだわらわが幼い時の話じゃ。天使との大きな戦争があっての。母上と一緒にわらわは田舎へ避難することになったのじゃ。


 田舎で暮らしておったわらわは、地元の子供達と見た目がちょっと違っておったんでな、なかなか仲間に入れてもらえんかったのじゃ。でもな1人だけ、わらわに優しくしてくれる男の子がおったんじゃ。子供たちから恐れられて誰も近づかんかったわらわに、その子は普通に接してくれたのじゃ。


 しばらくの間じゃったが、2人で楽しく過ごしたのじゃ。山で木の実を取ったり、川で泳いだりといろんな遊びを教えてもらったのじゃ。でもな楽しい時間はあっという間に過ぎて戦火もやや落ち着いてきたもんじゃから、わらわは都会に帰ることになってしもうた。お別れの時に男の子はわらわに花をつんできてくれたのじゃ。


 その花がアネモネじゃった。わらわとその子はきっといつかまた会おうと約束したのじゃが、今はどうしておるのじゃろうな? また会えるといいですね、か。そうじゃなあの時のお礼をしたいでの。――そうじゃ、今日はお前にマッサージの練習台になって欲しかったのじゃった。メイドのトレーネにしてやろうと思ったのじゃ。


 誰かさんに、される専門とか嫌味を言われたからの。トレーネにはいつも迷惑ばかりかけておるからの日頃の恩返しをしたいのじゃ。明日は大雪になる? バカをいうな。今は夏じゃぞ。雪なぞ降るわけなかろう。さあそこのソファに横になるがよいぞ。服? 来たままでもよいがの。やりずらいから脱いでもらおうかの?


 何をされるかわからん、じゃと? 安心せい。お前のなよっちい体なぞ興味ないわ。後ろを向いておるからその間に脱いで自分でタオルをかけるのじゃ。準備はよいか? よし始めるぞ。まず背中を押してみるか。うんしょ、うんしょ、硬いのじゃ。結構筋肉があってゴツゴツしておるのじゃな。


 ちょっとやりずらいの、お尻の上にまたがってよいか? はは、残念じゃったな、こんなこともあろうかと今日はズボンを履いておるのじゃ。何を期待しておるのじゃ、いやらしいやつめ。よっと、乗ったぞ、重いか? 思ったより軽いけど何キロですか? じゃないわ。そういうことは聞くものではないぞ。デリカシーがないのか、お前は。


 次は肩じゃ。肩も太いのおー 僧帽筋も発達しておるではないか! タオルが邪魔でよう見えんのじゃ。えいっ、とってしまえ! おおおおっなんじゃ、これは! 見事なカットじゃ。広背筋じゃ、これでがっちり相手を捕まえるのじゃな。筋肉と筋肉のぶつかり合いじゃ。触ってよいか? ひゃっ、今ビクビク動いたぞ。まるで生き物のようじゃー。うひひひ。


 もう我慢出来ん! 早く仰向けになるのじゃー。 くるっと、うわわわわあ! なんじゃこれはーっ。 美しい大胸筋じゃー。触ってもよいか? かちかちじゃ、かちかちなのじゃ。


 どわーっ! びくびく動いたのじゃー。写真じゃ、写真をとって、「デビチャット」にアップせねばならん。それはやめろ、とな? よいではないか、よいではないか。悪いようにはせんから、大人しくするのじゃ。


 よし、撮るぞっ、って、スマホをとられたー。なにをする、返すのじゃ! わらわのスマホを返せー。あーっ、投げよった! スマホを投げよったー! ゴミ箱に入ってしもうた。どうせゴミみたいな写真しか入ってないんでしょ、じゃと?


 わらわの筋肉コレクションをゴミと申すか? もう許せん! わき腹をくすぐってやろうぞ! そらそらそら。わははははっ。どうしゃ苦しいか? こら暴れるでない。こちょこちょこちょ! ひーひー言わせてやるわ!


 仕返し? 何をする! やめろ、わき腹をくすぐるでない! わーひいいいっ! ひゃひゃひゃあ! くそっ! 負けんぞ。 それっ! ひいーーっ、ふはひはあっ!


 がばっ! うっ、むぎゅう。 なん……じゃ……急に……

 抱き締める……でない。はー、はーっ。 そんなに……強く抱き締め……られたら、壊れてしま、う。


 暖か……いの。ふうーーっ。 男に抱き締められたのは初めてじゃ。いや、不思議と怖くはないぞ。なんというか、懐かしくて落ち着く感じなのじゃ。なんでじゃろうな? 髪を触られるのは好きじゃ。気持ちいいのじゃ。ははーん、これはお前の好きな娘を喜ばせるための練習じゃな? わらわがマッサージの練習をしておるのに、いつの間にかお前の練習に付き合わせるとは、なかなかの策士じゃ。褒めてつかわすぞ。


 褒美は何がよい? 結局そのパターンですか、じゃと? お前も期待しておるのはわかっておるのじゃぞ。期待には応えんとな。ほら、早く言ってみい。えっ? 次、会ったときに言う? もったいぶりおって、わらわの気が変わっても知らんぞ。そろそろ時間じゃな。なんじゃ、アネモネの花言葉を知っておるか、じゃと? すまんが、知らんのじゃ。トレーネに聞いてみようかの。さらばじゃ。

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