第3話 first last kiss

「どうして!?どうしてなの!?なんで死んじゃったの?なんで…死んだの…?天気予報が当たらなかったせいで…そんな事で、なんで彼が死ななきゃならなかったの?私は嫌い…天気予報なんて大嫌い!!」




妃花さんは、僕の前で…と、優那の前で、あの休憩所で、膝から崩れ落ちるように、泣きだした。






何が起こったのかと言うと、妃花さんに、2回目に会った後、優那は、我慢していたらしいが、と会ったと言う、俺の言葉をずっと引きずっていたと言う。『そんな心配いらない』と、何度も言ったが、しつこくてしつこくて、『じゃあ会わせるよ』と言って、天気予報が外れるのを待ち、それは晴でも、曇りでもない、初めて出会った時のような、妃花さんの涙が悲鳴をあげて空から地面に激しく打ちつけるような雨だった。



「これ…俺の彼女の優那です。なんか、妃花さんにヤキモチ焼いたみたいで…突然妃花さんに会わせて欲しいって言うんで、連れてきちゃいました…。やばかったですか?」



「そう…この子が君くんの恋人の優那ちゃんか。本当。君くんが言ってた通り可愛らしいね」


そうあっけなく優那に優しい妃花さんだったが、唐突に、俺と2人きりだった涙の量をはるかに上回る激しい雨と一緒に悲しい倍k歌うように、妃花さんは泣いた…。


どうしたらいいのか、戸惑う俺と優那。

そして、さっきの言葉が流れて来た。



嘘…だったんだ…。

妃花さんの恋人は、別れたんじゃない。

何処か遠くに行ったわけでもない。

誰かを好きになって、妃花さんを振ったわけでもない。



亡くなってしまっていたんだ。




「…眩しいよ…こんな天気なのに、君くんと優那ちゃん私には眩しすぎる…」


そんな風に泣き出した妃花さんを、優那は、俺に無理矢理妃花さんに会わせろと言った事を、泣き崩れた妃花さんを見て、お詫びの一心で優那は抱き締めた。



そして、その優那の温もりで、少しずつ妃花さんは話しだした。


「彼は、大型バイクの免許持ってて、あの日…、私の誕生日で、…絶対…遅刻しないでよって…私が言ったの。天気予報は晴だったから、絶対…絶対って…。そしたら、天気予報が外れて、大雨が降って、タイヤがスリップして…大型トラックと正面衝突して…私が絶対…だなんて言わなきゃ…」



妃花さんが話したのは、そこまでだった。


優那が…泣いていた。



2人で来たのが間違っていたのだろうか?

まるで、自慢してるみたいで、まるで誇れるようなかたちで、真っ直ぐな10代の2人に、自分たちの…妃花さんの記憶の中で、じゃれ合ったり、喧嘩したり、同じことを同じように感じたり、2人の未来を語り合ったありとあらゆる場面が、今、この雨の中暴れまわっているのだろう。



俺は、ハッとした。

続きなんじゃないかって。

妃花さんは、雨の中で恋人を失くし、恋人と待ち合わせていたこの休憩所で待ち続け、たまたま天気予報が外れ、そして現れた奴が、俺だっただけだと。

そして、予報が外れて天気のいい日には笑顔でいられて、雨の日には必ずまるで許しを請うかのように、泣いていたのかも知れない。




だから妃花さんは、あの雨の日……僕が現れた日…少し、きっと、僕にちょっとだけ、恋をしたんだ…。




そして、優那の腕の中で、数分泣くと、『ありがとね』と、少し優那に委ねていた体を立て直した。



「…ごめんね…大人のくせに泣いてばっか。君くんも優那ちゃんも迷惑だったよね。しかも、こんな重たい話…。…優那ちゃん…君くんを大切にしてね。君くんは、本当に優那ちゃんの事が大切で仕方ないんだよ」


その言葉に、僕はなんだかこそばゆい気持ちになったが、自信を持って、妃花さんの言葉に、プラスして言った。


「優那…大切にするからな!」


「…くっ…」

優那が鼻で笑った。


「なんだよ!」

らしくないのは解っていたが、咄嗟に決めてみた俺に、予想外の反応で、俺は少し恥ずかしくなった。

「うっわー!似合わなーい!」

「あんだと!?」

俺たちの会話に、我慢できず、

「ふふふ」

雨なのに、妃花さんが笑った。



「私も…彼としたなぁ…そんなどうでもいいような会話。でも…それはどうでもいいことじゃなくて、とってもとっても大切な対話なんだよ…?2人は…忘れないで…」


涙目で、震える声で、哀しい眼差しで、無理矢理作った笑顔で、妃花さんは、俺たちに諭した。



*



天気予報なんて、参考にするくらいだし、予報が外れたとしても、『あー外れたか…』と、大袈裟に憤慨する人の方が、きっと少ないと思う。

でも、妃花さんは、そのをとてもとても憎んでいた。


1番最初に会った時から、妃花さんは、その奇麗な顔を歪ませて言った。


「天気予報なんて大嫌い」


と…。



でも、俺はまだ知らなかったんだ。

妃花さんの恋人、その人の事を…。


と、言うより、俺が鈍感過ぎた。

少し考えれば、少し思い出せば、分かったはずなんだ。

気付いていたはずなんだ。


それは、妃花さんも同じだったけれど…。



3人で、休憩所で雨が上がるのを待っていた1時間。

ほとんど誰もしゃべる事も無く、けれど、優那は妃花さんの手をギュっと握り、ずーっと、泣いていた。



そして、雨が弱くなり、雲の隙間から太陽が顔を出し始めた。


「優那ちゃん、君くん、ありがとう…。私、こんな風に自分の事話す人が居なくて…。いつもいつも1人だったから…怒りも悲しみも辛さも傷みも誰にも言えなかった…。唯々、負った傷が、深くなるだけで…彼の事を…想い出にだけにはしたくないから、ずっと…ずっと…際限なく、彼を…体中で抱き締めて…彼の温もりが消えないように…、彼の声に耳を澄まして…、笑顔を…怒った顔を…私は…忘れたくないのに、が怖い…」


「それは…少しずつ傷が癒えてるんじゃ…」


優那は自分より何歳も年上の人に、こんな強い想いに、そんな言葉を呟いてしまった…。


「優那ちゃん…あなたは平凡ね…」

「え?」

「私は、忘れる時間が怖いんじゃない。どんどんこの想いが暴走して、自分を…いつ私を…殺さないか、それが怖いの…」

「あ…」


その妃花さんの言葉に、優那は、自分の未知の世界に入り込んだ瞬間だった。

人、それぞれにある、感情にシンパシーを得る事はきっと難しいのだろう。


「…傷が癒えてる?ふっ…なんて楽観的なの…?そんなあなたに同情されたなんて思った私がバカだった…。君くん、もう2度とこの子を連れてこないで」

「ごめんなさい!!私…私…」

必死で謝る優那を、その優那を連れて来た俺を、妃花さんは唐突に突き放した。


そして、雨が、奇麗な夕陽に変わり、虹が出て、一瞬、その空を見上げると、妃花さんは走って公園を出て行った…。



「ごめん…遥希…私…私…」

妃花さんがいなくなると、そうなるのは仕方ない。

優那は、大粒の涙を流した。


「優那、大丈夫だよ。お前は何も間違った事は言ってない。唯、妃花さんの傷は、俺や優那が思ってるより遙かに深かったって事だけだよ…」



「もう…私、来ない方が良いね…。でも…遥希、遥希は来てあげて…私、遥希だけが妃花さんの理解者のような気がする…」

「へ?お前、あんなに嫉妬したてたじゃん」

「あんな泣き顔見せられたら、私だってそんな事で、もうヤキモチなんて焼いてられないよ…」


「…ん。解った。でも、俺は優那しか想わないから。それだけは忘れんなよ?」

「解ってるよ…」







そして、5日後、天気予報は外れた。



傘に叩きつける雨粒が休憩所まで着く間、俺は、何かを思い出しつつあった。


まぁ、そんなよく解らない記憶より、今日は妃花さんが来てくれないかもしれない、と、俺…いや、きっと優那の方が、大学の講義にも集中できていないだろう。




「…妃花さん…?」



妃花さんは、俺の声を聴いて、大袈裟に振り返って…なんて泣き虫な人なんだろう…。

手で顔を覆った。


「ごめん、君くん…あの子を傷つけちゃったね…」

「…大丈夫です」

「え…」

「優那は…確かに失礼な事を言ったかもしれません…。でも、妃花さんの所に行ってあげてって、私は妃花さんを傷つけるだけの存在だから、って。俺、そんな優那が好きなんです。例え、妃花さんに嫌われても…」


「…」


妃花さんは、泣きながら、溢れる涙をハンカチで拭い、歪んだ笑顔を作った。


「ごめんね…私の方が優那ちゃんに会わせる顔がない。なんでだろうね…。あの時、…だけじゃないけど…」

少し最後、があったから、話は続くような気がした。

しかし、俺が話をしたのは、妃花さんの左手首だった。

リストカットの跡だった。


「心も、体も、健康で、君くんみたいな恋人もいて…羨ましくなったのね。言ったでしょう?2人は…私には眩しすぎる…って」

「妃花さん…」


「…ねぇ…君くん、君くんに兄弟は?」

「あ、います。って言っても、もう亡くなりましたけど」

「…バイク…乗ってなかった?」

「あ…」


俺は、とうとう、妃花さんのサンクチュアリに足を踏み入れてしまった…。

「ずっと…似てたな…って思ったの…でも、もしかして…と思って…」

「え?」


雨、大型バイク、スリップ、トラックとの正面衝突…。


なんで…なんで気付かなかったんだ!?

妃花さんは、妃花さんの恋人は…。


「ねぇ、教えて。お兄さんの名前…」


その言葉に、少し鳥肌を招き、マジか…と言う言葉が脳内を駆け回った。

「ねぇ…お願い…教えて…?」


「「…倭…」」


2人の声がシンクロした。


「まさか…兄貴が…妃花さんの恋人…?」


「やっぱり…そうかも…ってずっと思ってた―…」

「兄貴は…俺と違って、優秀で、恰好良くて…自慢の兄貴でした。そして…美人の彼女がいる、と言って、今度連れてくるって言ってて…」

「そう。それが私。ごめん…。倭は、高校中退して、何処へ行っても馴染めない私に、初めて優しい微笑みを浮かべて、私を…あの休憩所にいた、人生に絶望していた私に、言ってくれたの。『恋人になってください』って…抱き締めながら、そう言ってくれたの…」



「私のたった一人の恋人で、理解者でもあった。学歴も、人との混ざり合いも不得意な…そんな私を愛してくれた…私は生きる力を失った…毎日泣いてばかり。だから…君くんが…君くんの肩を預けた時、この匂いは『倭だ』ってなんか…そんな気がしてたの…」


「……兄貴は……忘れ物を…したんですね…妃花さんと言う、愛おしい人を…」


「君くんは、本当倭と一緒。優しいね…。ねぇ…優那ちゃんを…連れて来てくれない?謝りたいの…この前の事…あと…もう一つ…お願いがあるの。優那ちゃんには、許せるはずないし、酷い事するけど…それっきり、私は2人の前には2度と現れないから…」


俺は無言だった。

解らなかったんだ。妃花さんが何を考えているのか…。

酷い事って何だろう?

優那をまた連れて来てって何故だろう?

あんなに優那を軽視していたのに…。


「明日、連れてくればいいんですね?」

「うん。お願い…」

「…はい…」

「じゃあね…」



そう言うと、公園から姿を消した。





「あ…の…」

そう声を出したのは優那だった。

その声に反応して、妃花さんは、じっと静かに優那を見つめた。


少し、優那を避けるように、妃花さんは一歩だけ後ずさりした。

そして―…、


「優那ちゃん…お願いがあるの…」

「あ、はい…その内容は知りませんけど、妃花さんが私に会いたがってるって聞いて…。もう会わない方が、良いじゃないかって思ったりもしたんですが…」

「…うん。もう明日からこの公園にも来ないし、君くん…にも…、もう会わないから…」

「あ、はい…。あの…お願いって…」



妃花さんが答えるのに、深く長い時間が過ぎた。



「お願いは…き…遥希君にもあるの…許されるなら…この願いをかなえて欲しい…」


「俺にも?」

何だか重々しい口調に、何が始まるのかと、俺も、優那も、想像できなかった。


そして、彼女は、禁断の願いを口にした。



「…キスしていい?倭の代わりに…、抱き締めてくれない?倭の温もりを感じたいの…」


「「え」」


俺も優那もその一文字しか浮かばなかった。


「だめかな?優那ちゃん…」


「それだけで…2度と会ってくれないんですか?」

「優那…」

「遥希、叶えてあげて。でも…妃花さん、私は…目を閉じます。やっぱり、目の前で自分の彼氏がキスしているのを見るのはちょっと…」

「ありがとう…優那ちゃん…」



俺は、優那が許しても、優那が悲しい想いをすることはしたくなかった…。

でも、俺は兄貴を尊敬していた。

その兄貴の声が聴こえた気がした。



気が付くと、俺は妃花さんとキスをしていた。

キツクキツク抱き締めて…。


「優那ちゃん、もう大丈夫よ」

そう妃花さんが目を開けるよう促した。

「ありがとう…優那ちゃん…本当にありがとう…遥希君…」



「また!!また…会いましょうね!!いっぱい話ししましょうね!!」


俺と優那は去ってゆく妃花さんの後ろ姿に叫んだ。



耳が…疼いていた…。

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天気予報の美人さんと君(きみ)くん @m-amiya

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