企業戦隊サラリーマンV  パイロット版

@toragon

パイロット版 『断定!人格否定の人罪評価』

 夜のとばりが降りてから数時間。街は街頭や照明によって輝きを得、夜の民が各々の活動を開始する。ただ、街を彩る輝きはそれらだけではない。


 残業――。


 日本社会における一般的なオフィスワークは定刻制を採用している企業なら18時や19時に就業となるのが一般的だ。それまでに己の持ち仕事が終わらない場合はその残ったタスクを消化しない限り退勤する事ができない。故に残業する。

 しかし、上司から仕事を退勤間近で押し付けられ理不尽な残業を余儀なくされる者達がいた。そう、いつになっても消灯されないオフィスの光に当てられる者達である!


                 ※※※※※


 「よぉ、おつかれさ~ん。飯塚いいづか君悪いんだけどさぁ、この資料のまとめ作業今日中にやっといてもらえないかな~?」


 男は束になった資料を部下らしき男の前に置く。


 「い、今からですか!?僕の仕事だってまだ終わっていなのに…、それにその仕事係長の」


 狼狽えながらも上司からの理不尽な要求に反抗しようとする部下。が、その反抗は虚しく。


 「っぅるせぇな!ガタガタ言ってないでやりゃぁいいんだよ!!部下のお前が俺に口答えするんじゃねぇ!!」

 「――――ッ!…………。」


 部下らしき男は資料の束を自分のもとに引き寄せる。


 「わかりゃあいいんだよ、わかりゃあ」


 男は邪悪に微笑むとオフィスを後にした。


                 ※※※※※


 「さ~て、仕事も終わったし飲みにでも行くかね」


 部下に仕事を押し付けて帰路に就く。それがその男の日常であった。


 「どこにするかな~。いつもの居酒屋でいいかな」っと浮足立つ男は夜道を行く。

 と、ふと前を見ると人影。街灯と街灯の間、ちょうど陰ができた空間に立つそれはこちらを視ているようだ。


 「ご機嫌ですね。お帰りですか?」


 影は少しこちらに近づいてきており首から下の陰を顕わにする。


 「あ、ああ、そうだ。スーツを着ているとこを見るとあんたも帰りか?」


 少し違和感を覚えながらも、その人影の外見から相手もサラリーマンだと想定する。


 「いえいえ、わたくしはこれからでしてね。どうやらこの辺りの会社でパワハラを行う上司がいると聞きまして」

 人影は更に近づく。人影を覆う陰が剝がれていき、その顔が。人間とは思えないその、顔が。


 「あ、あんた……。カオッ――」

 「ああ、申し遅れました。わたくしこういう者です」


 人影、いや、その異形は丁寧に名刺を差し出し微笑む。


 「――――……」


 一瞬声を奪われた男は無言で名刺を受け取る。


 「NGO法人ホワイトカンパニー。人事怪人、サテイヒョウカン……」


 そこまで読んで何かを思い出したように男の顔は血の気を引く。


 「お前ッ――。まさか通達にあった殺人事件のッ――」


 「殺人?人聞きが悪いですね。わたくしが行うのは断罪です。貴方のような人を自分の道具のようにしか思わないブラック上司のね」


 異形は微笑み、男は怯える。1歩1歩近づく異形から離れるように1歩1歩後ずさる男に陰が掛かり、一方異形は街灯の光に照らし出される。


 「で、でも、通達には警備会社に解決の依頼を…。そうだ!Gardnerガードナーってのが犯人をッ」


 「ああ、サラリーマンVファイブ、でしたっけ?返り討ちにしましたよ。わたくしの人罪査定は相手の罪を突き付ける。善良な人間でなければ耐えられません」


 異形の顔、巨大なスコープの形に肥大したその目が輝きを放つ。


 「さあ、貴方の罪を査定しましょう。株式会社EDMマーケティング、係長。江戸元 俊之えどもと としゆき。貴方の人罪査定は……」


 恐怖が体を蝕む。男は動くこと叶わずじっと異形を見つめる。助けを呼ぶ。恐怖を前にそのような発想は封じられた。

 輝きを放っていた異形の目が輝きを納める。


 「人罪査定を通達する。断罪ッ!!」


 その声と共に男が叫びだす。それはその人生における後ろめたき出来事全てに後悔の念を示すかのような。悲痛。


 「それでは貴方への辞令を僭越せんえつながら私から交付させていただきます」


 異形は満足したように言い放つ。


 「辞令。江戸元 俊之えどもと としゆき。地獄への転属を命じる。安心してください。転属の手続きは済ませております」

 「ガッ――――」


 それまでガタガタと震えていた男は血を噴き出して倒れる。ブラウン管テレビの主電源を落としたようにプツリとこと切れた。その男の目には血の涙が流れていた。


                 ※※※※※

 

 『これは社会で生きる労働者達が時に理不尽にぶち当たり、時に困難に直面する物語。企業戦隊サラリーマンファイブ


                 ※※※※※


 夕暮れで茜色に染まる部屋。その空間の中に明るいジングルが流れニュース番組が発言権を得る。


 『夕方ワイドショー 今日の特集』

 「それでは今日の特集のコーナーです。『ブラック企業やブラック職場のみを狙い世間からその行動に賛否の声があがるNGO法人ホワイトカンパニーの怪人、そして彼らと戦う企業戦隊サラリーマンVファイブについて』。解説は岡崎おかざき解説員です。よろしくお願いします」

 「よろしくお願いします」


 アナウンサーが原稿を進行する。今日のテーマは巷を騒がせる怪人と戦隊だそうだ。


 「まずは直近の事件からということで、昨日21時S市にて男性が血だらけになって倒れているところが発見されました。防犯カメラの映像によりますと男性は倒れる前に他の人物と接触していた模様で」


 事件の概要が紹介され話題は今回の事件の容疑者と思われる怪人とその所属組織に移る。


 「岡崎おかざきさん、今回の怪人もブラック企業の役職者を狙っているとみていいのでしょうか?」


 「そうですね、実際この被害男性の会社には毎度の事ながら事前に犯行文が送りつけられてきていたとの事で計画的な犯行であると言えるでしょう」


 「なるほど。ではこの怪人の所属するNGO法人ホワイトカンパニー、この法人に関して今一度お話頂けますか?」


 「NGO法人ホワイトカンパニーは〈この世のブラック企業を殲滅する〉を目的として活動している法人です。その手段としましては今では日常的となった怪人、身体強化の改造を施された人間による当該企業の襲撃です。サーチ&デストロイですね」


 「サーチ&デストロイ…。ホワイトカンパニーの構成員は全員元ブラック企業の社員やその被害者家族であるという話がありますが真実なのでしょうか?」


 解説員によるとその話はホワイトカンパニーが公表しているものであり彼らの言葉が嘘でなければ真実であること、またそのことが世間からの評価を二分させる要因にもなっているとのことだった。


 「では次はそんなホワイトカンパニーの怪人と戦う企業戦隊サラリーマンVファイブについて解説をお願いします」


 「はい、企業戦隊サラリーマンVファイブ。彼らは民間警備会社Gardnerガードナーに所属する戦隊です。その活動内容は依頼を受けた企業の防衛、ホワイトカンパニーの怪人の退治です」


 「ですが、基本的にサラリーマンVファイブは事件に間に合ってませんよね?」


 警備会社としては致命的な問題点についてアナウンサーが切り込む。しかし、解説員はそれを否定。


 「いえ、間に合ってはいるんです。ただ、基本的に怪人の方が強く、返り討ちに遭っているので被害が出ているんですね」


 ホワイトカンパニーの怪人事件に関して警察や自衛隊といった国家保有の勢力は出動しない、それは怪人には人に恐怖を与える能力が備わっているからではないかと解説員は考察する。そして、その恐怖に打ちち怪人に果敢に挑むも武力で敗北するのがサラリーマンVファイブなのであるとも。


 「サラリーマンVファイブは5人組の戦隊です。ビギナーワーカー、システムワーカー、ディモーションワーカー、コンストラクトワーカー、パブリックワーカーで編成されています」


 「みなさんも連日の報道でご存知かと思いますが、こちらがサラリーマンVの宣材写真です。岡崎おかざきさん、この写真をみると赤色のビギナーワーカーがセンターに位置しているので彼がリーダーということなのでしょうか?ビギナーって初心者ですよね?」


 「初めはこのビギナーワーカー1人で戦っていましたからね。そこから人員が増えてきて現在の5人体制となりました。年功序列、ということですね」


 社員の年齢や勤続年数によってその賃金や役職を上げる考え方。サラリーマンVファイブとて企業に所属する身、その例には漏れない。


 「怪人と戦隊。これだけ聞けば怪人が悪で戦隊が善であると思いますが、私にはそうとは思えないんです」

 「というと?」


 解説員の発言にアナウンサーは興味ありげにしかし意外な表情はみせずに発言を促す。


 「怪人はブラック企業を殲滅したい、サラリーマンVファイブは仕事とはいえブラック企業を守りたい。これではサラリーマンVファイブはブラック企業やブラック職場の味方をしている構図になります。ブラック企業やブラック職場が世に蔓延るのは良くない事です。正義とは一体なんなのでしょうね?」


 可能な限り各方面に配慮を行い、且つ自身の意見を発言する。その為にか解説員はそこで口を閉ざした。


 「ありがとうございました。解説は岡崎おかざき解説員でした。次のニュースは、『びっくり!猫の赤ちゃん逆立ち歩き』です」

 

 そこでニュース番組を映していたテレビは電源を落とされ発言権は部屋で英気を養う者達に移る。


 「あんな事言われてますよ、社長」


 若い男が上司に向かって湿度が籠った視線を向ける。


 「そんなこといわれてもね~。実際さっきのテレビの言う通りだからね~。佐藤さとう君も心当たりあるだろう?」


 「それは…、そうですけども……」


 若く初々しい男はバツが悪そうに言う。彼の名は佐藤 新さとう あらた。民間警備会社【株式会社 Gardnerガードナー】の社員で企業戦隊サラリーマンVのビギナーワーカーである。そんな彼の後ろからおどけた声がかかる。


 「そのことだけどさ~あらた。ネットでも俺達おもちゃにされてるんだわ」


 「えー!本当ですかれんさん!?」


 「ホントホント。特に人気なのがこれかな」


 そういってパソコンの画面をみせる飄々とした彼は才羽 蓮さいば れん。【株式会社 Gardnerガードナー】の社員で企業戦隊サラリーマンVファイブのシステムワーカーである。


 「こ、これは……」


 パソコン画面を見たあらたは呆れかえる。『サラリーマンVファイブ、ピンクがまじ美人でイケる!』という動画であった。どうやら過去の戦いを一般人が撮影しネットに投稿されたものらしい。その関連動画にも元動画に編集を施した動画があるようだ。


 「いやー、さすが元重役秘書やってただけあってビジュアル面は受けいいよな~。もう絵琉えるさんだけで一儲けできるんじゃないか?」


 「コラッ、才羽さいば君。そういう発言は慎みなさい。セクハラになるぞ!」


 れんの不健全な発言に対して【株式会社 Gardnerガードナー】代表取締役社長の大堂 鉄芯だいどう てっしんが釘を刺す。セクハラだめ絶対。


 「セクハラはいかん、いかんぞぉ。些細な言動が全てを終わらせる引き金となるんだ。私はまだ一般的な社会の一員でいたいのだよ……」


 大堂だいどう社長は青ざめながら己の気持ちを包み隠さず吐き出す。その姿は弱肉強食の煽りに直面した瞬間の動物のようだった。


 「おーおー、うちの社長さんは慎重なこって」


 「セクハラ、パワハラ、その他ハラスメントには細心の注意を払っておく事が現代社会で生き残る術なのだよ!だいたい才羽さいば君はそのあたりの観念と上司への尊敬の念が薄すぎる…」


 「社長は頭部が薄すぎる」


 上司のボヤキにボソッと爆弾を投下する。大道だいどう社長の頭部が薄くなってきている原因のひとつにれんの発言や態度があるのはたしかで、彼の頭部はれんが投下する爆弾でそのうち焼け野原になると予想される危険地帯と化していた。


 「あらあられん君、社長さんをいじめるのはよしなさい。可哀想でしょ?」


 部下と上司の争いに裁定者が介入する。ウェーブがかった長い栗色の毛の彼女が件の【株式会社 Gardnerガードナー】社員ネット人気No.1である鹿央 絵琉かおう える、企業戦隊サラリーマンVファイブのディモーションワーカーである。


 「ああ、ありがとう鹿央かおう君。こんな私を庇ってくれるなんて」


 涙を浮かべる大堂だいどう社長。その姿に代表取締役社長の面影は微塵もなかった。


 「社長さんは本社での研究成果を何者かに盗まれた挙句、その責任を取らされてその研究成果から生み出された怪人を倒す会社の社長に祀り上げられた可哀想なお人なの。優しくしてあげないと」


 「あれ~?おっかしな~。私もしかして優しくされてるとみせかけて陥れられてる~?」


 不思議そうな顔をして現状に混乱している大堂だいどう社長。これ以上の現状理解は自分が悲しくなるだけだと無意識レベルで察知しているのだろうか。ほんとうに不思議な表情をしている。


 「社会って意外と適当に回っているのかもしれない……」


 そんな先輩社会人と上司のやり取りを見て社会真理の一部を垣間見るあらた。彼は新卒採用で【株式会社 Gardnerガードナー】に入社した身であるが、その他の社員は中途採用。新にとっては自分以外は全員社会人の先輩であり、彼らの言動ひとつひとつが社会を知る要素となっている。新社会人にとっては毎日が勉強だ。


 「ガハハッ、アットホームでいいんじゃないのか?職場がピリピリしているよりこっちの方が好きだぞ、ワシは」


 何やら工作を行っていた初老の男が陽気に笑う。アットホームとは場合によってはブラック企業の代名詞とはなるが彼にはどう映っているのだろうか。


 「おじさんも色々あってサラリーマンVファイブやってるが、古巣での一件以前は皆家族のように仲が良かったからな。ま、ここの奴らも皆気持ちいい奴らばっかりなんだけどな。ガハハッ!」


 そういう彼は平野 造ひらの つくる。他に同じく【株式会社 Gardnerガードナー】の社員で企業戦隊サラリーマンVファイブのコンストラクトワーカーである。


 上司をいびったり、勤務中に寛いだりとあまり社会的とは言えない風景が広がるがこれがこの会社の基本風景である。


 【株式会社 Gardnerガードナー】は役員1名、総合職5名で運営されている【黒営こくえいホールディングス株式会社】を親会社とする小企業、加えて新興企業という事もあって社風も無法地帯となっている。いや、社長が社長なのが最大の原因なのかもしれないが。


 「それで社長さん。今回の怪人はどういった方なのかしら?」


 と、それまでれんと共に社長いじりに興じていた絵琉えるが先日敗走を余儀なくされた怪人について尋ねる。サラリーマンVファイブと初見怪人の戦いは黒星が常。そのため交戦中に得た情報を基にミーティングを行い怪人への対策を練る。というのも――


 「よし、では那由多なゆた君が帰ってきていないがミーティングといこうか。今回の怪人も私の研究成果から生み出された怪人とみていいだろうね」


 そう、この大堂だいどうという男こそがホワイトカンパニーが雇用する怪人を産み出す技術を確立した研究員その人なのである。故にこの会社での社長の役割は相手勢力の分析とサラリーマンVファイブの司令官的存在となる。雇用者と使用者、司令官と戦闘員、戦隊といえどその構図は一般的な企業と変わらない。


 「今回、君達が対応した案件で現れた怪人は『人事怪人、サテイヒョウカン』。そう名乗ったという事だね?」


 「はい、今回も怪人から名刺をもらいました」


 「ああ、たしかにサテイヒョウカンって書いてるな。毎度毎度初見の相手には名刺渡して自己紹介とはしっかりしてるね~。社会人の鑑だわ」


 コロコロと笑うれんの言う通り、ホワイトカンパニーの怪人にはある特徴がある。それは初めて会う相手には必ず名刺交換を行い、自己紹介をするといったものだ。何でもホワイトカンパニーの社訓のひとつらしく、以前戦った先達怪人 ユウリョウジョウシンによると『初対面こそ慎重に 第一印象がその後を左右する』とのことだ。故に初見の相手には顧客、商売敵関係なく自己紹介の時間を設ける。

 これまで受け取った名刺は今回のサテイヒョウカンの物を合わせて6枚。今後どれほど増えることやら。ちなみにサラリーマンVファイブから怪人に名刺を渡すことはない。どちらが社会人として純然たる行いをしているのかは言うまでもないが、人には人の、サラリーマンVファイブにはサラリーマンVファイブの事情があるのだ。


 「サテイヒョウカン…、君達が受けた攻撃をみる限りあの怪人の能力はスコープ状の目から発した光を浴びた者に過去の後ろめたい出来事からの後悔の念を増幅させ脳をショートさせるといったものだろう」


 大道だいどう社長は淡々と自身の分析について語る。彼は黒営こくえいホールディングスの研究職時代に多くの研究成果を残した。それは人間の身体形状を変質させるものと異能を与えるものがある。今回は後者だ。


「ふむ、後悔の念が増幅して脳がショートした結果血が噴き出して死亡するってことか。おっかねえな……」


 「ええ、今回の被害者に関しては身から出た錆という部分もありますが悪趣味な能力だわ」


 ゾッとした顔をするつくると少し怒りが籠った表情をみせる絵琉える。そんな中疑問を口走る人間が一人。


 「でもさ~社長。ナユタンからの情報によると今回殺された奴って社内では有名なブラック上司だったんだよな?そんな奴が今更後悔の念なんて殊勝なお気持ちもってんのか?」


 れんは眉を潜めて発言を続ける。


 「もしかしたらパワハラ以外にヤバい事やらかしてたりするんじゃないのか~?もしそうなら会社単位で弱みを握ってこの会社の傘下に…クククッ……」


 とても、とても悪い顔している。小ズル賢く抜け目ない。それが才羽 蓮さいば れんという男であった。そんなれんに対して。


 「いや、きっと心の何処かで悪い事してるなって思っていたんですよ。ただ、後戻りできないところまで来てしまっていただけなんだと思います」


 あらたれんとは逆の意見を述べる。人・怪人問わず信じていたい。それがこの新社会人の良いところであった。その所為で痛い目に遭った事があるのも事実だが。


 「お、性善説?」


 「性善説で何が悪いんですか。れんさんはもっと人間を信じるべきです」


 「人間はある程度信じるぜ。人間は。でも今回は人間である事を自ら捨てた怪人だ。お前はそうやってこの前騙し討ち喰らってるんだからもうちょっと疑え」


 「むぅ……」


 突発開催レスポンスバトルに敗北し、あらたは不満そうに頬を膨らます。

 そんな部下達を尻目に備え付けられたホワイトボードに怪人の特徴等を描いていた大堂だいどう社長が脱線暴走列車の進路を元に戻す。


 「君達、ミーティング中だよ。まったく…。話を戻そうか。みんな、サテイヒョウカンと戦った時に何か問答されなかったかな?」


 大堂だいどう社長曰く、サテイヒョウカンの能力は後悔の念を引き出すものではない。相手の心の内を引き出す為に必要なら質問を駆使して相手を知ろうとするという。人事怪人というだけあって就職活動で出会う面接官のようだ。


「たしか……」


                  ・

                  ・

                  ・

 

 サテイヒョウカンとの初めての戦い。それは熾烈極まる、いや、割とピンチな戦いであった。


 「怪人として生まれ変わったわたくしに対して生身で挑みつづけてくるとは…、舐められたものですね!」


 払うように新の顔面に飛んでくる手刀。すんでのところで体の重心を後ろにずらし回避する。好きで生身で戦っているわけではない。まだまだ不完全な出来の戦闘スーツではあるが、そんな物でも怪人と戦うには必須なのだ。


 「こっちにも、こっちの事情があるんですよ!!」


 そういいながらもあらたは左手の腕時計型ウェアラブル端末をサテイヒョウカンと同じ視界にいれる。はまだ揃っていない。


 「ふんっ、いいでしょう」

 

 「え?なにが?」


 肩で息をしながられんがサテイヒョウカンの発言に噛みつく。


 「なに、ひとつ質問をと思いましてね」


 「質問だぁ?」


 あらたれん以外の3人もサテイヒョウカンの言葉に耳を傾ける。


 先程から大の大人5人相手に息ひとつ切らすことなく立ち回っていたサテイヒョウカン。余裕の表情で彼らに問いかける。


 「君達はなぜ戦っているのです?我々からブラック企業を護り、我々の同僚を長期療養を余儀なくなる程度に傷つけてまで戦う価値は、この腐りきった社会を護る価値はあるのですか?」


 怪人は問う。サラリーマンVの戦いの意味を。怪人は語る。争ってまで護るほど、他企業の社員を傷つけてまで護るほどにこの世界に価値はあるのかを。そして、自分達の行いが社会に必要とされているという正当性を。

 怪人のスコープ型に肥大した眼が光を放つ。


 「それは……。貴方の会社の怪人達もそれぞれ事情があって行動を起こしたのは知っています。僕が初めて戦った相手、家庭怪人 テイジタイシャンは元々お子さんがいて仕事終わりはすぐに退勤してお子さんを迎えに行かないといけないシングルマザーだったそうです。だけど、そんな彼女の事情を忖度しない元職場の上司によって自身の仕事が完了している彼女にとって不必要な残業を強制されていた……」


 そこまで自身が対峙した怪人の1人について語ったところで気がつく。自分は。彼女の。テイジタイシャンの。その子供の。未来を――


 「あっ、あっ……」

 

 「どうしたあらた!」


 「あらた君!?」


 突然震え、怯えるあらたに驚くつくる絵琉える


 「貴様何をした!?」


 同僚の異変にサテイヒョウカンへ怒号を飛ばすまもる。そんな中、彼らのもとに通信が入る。


 「いかん皆!今すぐそこから退避しなさい!!那由多なゆた君、平野ひらの君、佐藤さとう君を担いででもその場から連れ去るんだ!!」


                  ・

                  ・

                  ・


 「ありがとう佐藤さとう君、これではっきりしたよ」


 当時の状況を聞いていた大堂だいどう社長は納得したように頷き、自信ありげに立ち上がる。


 「サテイヒョウカンからの質問は先程も言った通り相手の後悔の念を引き出す為に行われる」


 「ああ、そういうこと。相変わらず甘いねぇ~あらたは」


 わかったような反応をみせるれん。他の2人も何かを確信したような様子だ。


 「まっ、それがあらたのいいところだ。おじさんが保証するぜ」


 「え?どういうことですか?」


 つくるの発言に疑問符を浮かべるあらた絵琉えるが語り掛ける。


 「これまで相手してきた怪人さんにもそうせざるを得なかった事情がある。あらた君はそんな怪人さんを大きな怪我を負わせることで撤退させてきたけど、それと同時に彼らのそして彼らのご家族の未来を奪う事になった。それを悔いているのね?」


 れんつくるもその事に気づいていた。それは社会経験の差か、人生経験の差か、それとも人格的なものなのか。


 「サテイヒョウカンによってその後悔の念が増幅される。それを防ぐ事は可能なのだよ。自身の行いを正当化するのだ」


 と、言われても実際に怪人とその周囲の者達の未来を自分が奪ってきた事は事実。それに後悔をしているのだ。簡単に正当化するなどできない。


 「うん。わかっているよ。そういうところも君を採用した理由だ。だから次の出動に佐藤さとう君は外れてもらうことで――」


 「おいおい何言ってんだよ社長さん。次もあらたは連れていくぜ」


 上司の決定を遮りれんあらたに告げる。


 「あらた、お前はなんでこの会社に就職した?何の為に働いている?それは健康で文化的な最低限度の生活を送る為だろ?」


 世の中にはいろんな人がいるがその多くがに仕事に励み生活費を稼いでいる。たしかに生活を送る以外の別目的を達成する事を第一に仕事に励む人間もいるがあらたにとってGardnerガードナーで働く、サラリーマンVファイブのビギナーワーカーとして働く事は生活費を稼ぐ為に他ならなかった。


 「その世界で成功している最中の人やとんでもないバイタリティを持っている人以外はだいたいが生活する為にお仕事をしている。れん君が言ってる事は間違いないわ」


 「商業にしろサービス業にしろ何処かで利益が発生しているということはどこかで不利益が発生しているという事だ。建築業だって営業が仕事とってきたら結果的に他の建築会社の仕事を奪う事と変わらない。おじさんの古巣もそうだった」


 新社会人に対して先輩社会人達は教えを与える。それをみた大堂だいどう社長はバツが悪そうに肩をすくめる。そんな上司を横目にれんが教えの締めに入る。


 「と、いうことはだ。俺達にとっての商売敵はホワイトカンパニーの怪人だ。怪人は私怨はあるだろうが仕事でブラック企業を潰しにかかってくる。対して俺達は仕事で怪人を退治する。怪人が勝てば俺達の未来が危うくなる。俺達が勝てば怪人の未来が危うくなる。つまりはフェアなんだ」


 れんの淡々とした言葉にあらたは黙って耳を傾ける。


 「つまりだ。俺達は生活費を稼ぐため仕事として戦ってるんだ。社会を護る価値?稼ぐ為の土壌として腐りきっても社会は必要でしょうが」


 思っていた以上にれんが包み隠さずに話していたのだろうか。それを聞いた絵琉えるつくるは苦笑い。大堂だいどう社長は頭皮を気にしている。あらたは――


 「なるほど!そういう事だったんですね!!」


 やはりこの男、バカである。バカ故に人の話を鵜呑みにしやすい。公言するにはモラル的に些か問題を感じるれんの発言もほらこの通り。将来悪い大人に大人が騙される事案が起きないか心配だ。


「おーおー、そうだそうだ。お前は何ひとつ悪かねぇ。だから自分を悪く思うのはやめれ」


 れんは椅子から立ち上がり、あらたの後ろから両肩に手を置く。そして催眠術でもかけるように囁く。言葉だけみれば優しいがその実、悪魔のささやきである。


 若干一名微妙な顔をしているが、つくる絵琉えるも「まあ、ここが落としどころだな」といった顔をしている。


 「社長!次の出動、僕も出してください!!もう僕に迷いはありません!!」


 と、頭を下げるあらた。その声には確かな覇気が籠っており過去からくる迷いは感じられない。


 「…………わかった。佐藤さとう君の出動を許可しよう。ただし、またあのような事があったら」


 「社長」


 釘を刺そうとする大道だいどう社長に向かってつくるが「大丈夫だ」と頷く。れんも。絵琉えるも。


 「ああ、もうわかりましたよ!那由多なゆた君も含め君達の活躍に期待します!」


 「ん~、社長の威厳丸潰れ」


 「ふふっ、でもうちの会社らしくていいじゃない」


 締まらない締めを経てミーティングに笑顔が溢れる。あらた


 「よーし、がんばります!!」


 意気込みこそが成功への足掛けとなる。気合は十分。気持ちが整えば成るようになる。


 と、そこに呼び出し音、外部からの緊急通報が入る。


 「株式会社EDMマーケティングから緊急通報だ。サテイヒョウカンが再び現れた。これ以上顧客に被害が出ないように迅速に対応してくれ。外に出ている那由多なゆた君にはミーティングの件も含め私から連絡しておく。頼んだぞ企業戦士達!!」


 その緊急通報はサラリーマンVファイブvsサテイヒョウカンの第2ラウンド開始を知らせる合図。企業戦士達は大堂だいどう社長の号令じみた言葉に応える。


 「「「「はい!!」」」」


                 ※※※※※


株式会社EDMマーケティング。創設者江戸元 豊成えどもと ほうせいからなる一族、江戸元えどもと家が中心となって経営するマーケティング企業である。


 その内情は一族経営。江戸元えどもと家の者以外は昇進叶わず、江戸元えどもと家の者は仕事をしなくても昇進が約束される。一族のみが優遇される企業体制が敷かれていた。


 よく晴れた日、そんな黒い体質の企業に鉄槌を下す者が現れる。光は強い程影は浮き出るのだ。


 人事怪人 サテイヒョウカン。昨日、EDMマーケティングの係長。江戸元 俊之えどもと としゆきを断罪し、続くは企業そのものを断罪せんとEDMマーケティングが有する自社ビルに実力行使を決行した。


 「傷害行為はそこまでにしてもらおうか」


 侵入者の侵攻を防ごうとするビルの警備員を軽くあしらうサテイヒョウカンの背に強い語気が籠った声がかかる。


 「貴方は」


 少し面倒くさそうな表情。サテイヒョウカンは体を右90度回転させ、そんな表情で男を捉える。


 「警視庁捜査一課所属……、いや。株式会社 Gardnerガードナー所属、那由多 護なゆた まもるだ。あらた達はまだ到着してないが、俺1人でも実力行使で貴様を止めさせてもらう」


 お堅くアツイ印象をもつ男。この男がサラリーマンVファイブ最後の1人、那由多 護なゆた まもる。【株式会社 Gardnerガードナー】の社員で企業戦隊サラリーマンVファイブのパブリックワーカーである。


 「たしか元々刑事をされていたそうですが、辞表を叩きつけたらしいですね。どうして公務員から一般企業に鞍替えを?」


 「それは貴様達ホワイトカンパニーのやり方が正義に反しているからだ!」


 声を荒らげサテイヒョウカンに向かって拳を振るうまもる。そんな彼に向って振るわれた拳をヒラリとかわした怪人はこう言った。


 「おかしいですね。私達の活動は法のもとに行っているものです。その証拠にこれ程大々的に活動し、おまけに粛清の予告までして実行者の身元をはっきりさせているのに警察は動かない。これは私達の活動が社会的に問題がないものだという証拠ではありませんか」


 ホワイトカンパニーと日本の警察組織。いや、警察組織の上層部は蜜月の疑惑があるという。その上でホワイトカンパニーの活動は警察組織から黙殺されているのが現状である。一体なにが正義なのか。まもるは迷い、ホワイトカンパニーを打倒しその疑惑を明かす事が警察組織の漂白化に繋がると考え刑事を辞職し、株式会社 Gardnerガードナーの門戸を叩いた。


 「その現状が問題だと言っているのだ!」


 生身であるが果敢に攻めるまもる。しかし、戦闘スーツによる身体能力向上の恩恵を受けられない今、サテイヒョウカンにとって彼は人に纏わりつくハエのような鬱陶しい存在でしかなかった。


 「あまり貴方に構っている暇はないのです。エンポリーの皆さん、力を貸してください!!」


 サテイヒョウカンの声にホワイトカンパニーの一般怪人 エンポリーが5人姿を現す。一般怪人 エンポリー。彼らはホワイトカンパニーに所属する一般社員が怪人化した者達で同じ見た目をし、スーツを着たフォーマルな怪人である。日本中にはブラック企業に悩まされる社会人やその家族が多く存在し、そういった人達によってホワイトカンパニーという組織は構成されている。

 サテイヒョウカンのような怪人は一般企業の役職者にあたる存在であり、今回でいえばサテイヒョウカンは所謂上級戦闘員、エンポリーは所謂下級戦闘員といえば想像しやすいだろう。そして、サテイヒョウカン達役職者はエンポリーに対して最大限の敬意を払っているという。それは彼ら、一般社員がいなければ仕事が回らないからだ。雇用者がいても従業員がいなければ大きな事業を成功させる事はできない。これに関しては世の企業も見習うべきだろう。


 5人のエンポリーを相手取るまもる。エンポリーの能力は役職者の怪人達よりも低いものであるが片や生身の人間、片や身体改造を受けた怪人5人。流石に分が悪い。まもるも元刑事、相手を制圧するすべは心得てはいるが数の不利がある以上優位に立ちまわることは難しい。


 「クソッ!人材豊富そうで羨ましいな!!」


 皮肉を漏らす余裕はあるが厳しい状況下に置かれるまもる。じりじりと追い詰められる。背には壁が迫り万事休す。


 その時だった。エンポリーの内1人の頭部に向かって飛来する物あり。鋭くとがった独特のフォルム。逆さに持てば殺傷能力がある武器となる代物。そう、ヒールである。


 コッーン。という固い音が響く。普通の人間ならばもっと鈍い音をたてるところだがそこは怪人、ヒールの直撃ぐらいではビクともしない。Hit音がエンポリーの怪人としての防御力を物語っている。


 「お待たせしましたまもるさん!」


 まもるの目の前、エンポリーの隊列の奥に見覚えのある4人。


 「おっつーナユタン。いい具合にやられてるじゃないのw」


 「社用車でもあればいいんだけどうちの会社にはそんなお金ないですからね。公共交通機関を使っていたら遅れてしまいました」


 「間に合ったんだから及第点だろ。さあ、充電ももうすぐ終わる。あいつら相手してしようぜ!」


 そこにはGardnerガードナーの同僚達がいた。「やっと来たか」とまもるの口角が上がる。役者は揃った。


 「よーし、皆さん行きましょう!!」


 あらたの言葉に全員が動き出す。企業戦士達のお仕事が今始まった。


 まずはあらた。彼はまだまだ戦闘行為に慣れていない、オフィス内を逃げ回りながら小物等をエンポリーに投げつける。一見するとただの子供喧嘩のように見えるが今は動く事が大事なのだ。


 次にれん。彼は椅子等の大きめの道具を盾にしながらエンポリーの攻撃を受け流す。その際に相手を小バカにする事を忘れない。煽りし者である。


 そんなれんとは対照的に武術によってエンポリーに攻撃を加えるのはまもる。流れるような動きで相手を翻弄する。動く事も大事だがれんまもるのように衝撃を受けたり与えたりする事も必要になる。


 「あまり乱暴はしないでくださいね」といい笑顔で言いながら自分はヒールで相手を殴るのは絵琉える。普段はヒールを履いている彼女は戦闘に不向きなヒールを武器として相手を遠慮なくぶん殴る。女性は強い。


 こちらはサラリーマンVファイブ最年長のつくる。前職で使用していた工具、トンカチと釘を使いエンポリーに叩きつける。もちろんエンポリーにその攻撃自体が有効であるというわけではないが――


 「みんな、戦闘スーツの充電が完了した。今から戦闘スーツの装着。サラリーマンVファイブへの転職ジョブチェンジを許可する!」


 通信越しに大道だいどう社長の声が5人全員に届く。それはこれまでサラリーマンVファイブの事情で使用することが叶わなかった戦闘スーツの着用。すなわち変身の許可であった。


 「いよっし!やっと転職ジョブチェンジできるぜ」


 「相変わらずこの充電だけがネックだな。もうちょっと発電効率が良くなればいいんだが……」


 「この前も思ったがいつもこんな非効率的な方法で戦っているのか」


 「仕方ないですよ。社訓 いち.戦う為の資源は自身で調達するべし。戦闘スーツの消費電力は膨大なんです。経費でなんておとせませんよ」


 「あらた君、たぶんそれはおかし……。いや、なんでもないわ」


 そんな事を言いながらそれぞれエンポリーが怯むような大小様々な攻撃を繰り出し、全員がエンポリーと距離がとれる場所に集合し横一列に並ぶ。


 そして各々スーツの内ポケットから小さな長方形の紙を取り出す。名刺である。サテイヒョウカンが名刺交換をしようとした時にさえ出さなかった名刺をそれぞれ取り出し印字されたQRコードを左腕の腕時計型ウェアラブル端末にスキャンし、叫ぶ。


 「「「「「転職ジョブチェンジ!!」」」」」


 転職ジョブチェンジ。それはあらたGardnerガードナーの社員達がサラリーマンVファイブに変身する事を指す。それではサラリーマンVファイブの変身シークエンスを解説しよう。


 まずは名刺。この名刺は一種の認証システムであり社員それぞれの身分を証明する者である。この名刺に印字されたQRコードを腕時計型ウェアラブル端末にスキャンする事で端末に内臓された機能のロックが解除される。故にその名刺を敵対勢力に見せる、ましてや交換するなんて事はできなかったのだ。

 腕時計型ウェアラブル端末は戦闘スーツを縮小する事で内蔵しており名刺による認証がされると戦闘スーツを展開。全自動で持ち主に着用され、その際に録音された音声が再生される。


 『社会で戦う企業戦士達は転職ジョブチェンジする事で己の職を変えるのだァ!!』


 Gardnerガードナーの社員達は全員が総合職採用である事は前述の通りである。彼らは転職する事で総合職からそれぞれに適合した職種の戦士へと職を変える。

 ところでこの戦闘スーツ。今でこそあらた達の尽力あってそこそこ動けるスーツとなったが初期の段階ではサイズ感や可動域の関係でまともに動く事すら叶わなかった。それは戦闘スーツを着用した瞬間に体を締め付けられ痛みに襲われる程。それを考えると現在の戦闘スーツの使用感は企業努力の賜物と言っていいだろう。


 さて、そろそろ転職ジョブチェンジした彼らに目を戻そう。


 「戦闘スーツを着ればこっちのものだ!貴方達には悪いけど押し通らせてもらいます!!」


 それぞれにエンポリーを相手取り先程とは見違えるほどに機敏な動きで攻撃を繰り出す。戦闘スーツには腕力、脚力、瞬発力等の身体機能を大きく向上させる機能が備わっている。それ故サラリーマンVファイブの誰もがエンポリー相手に優位な立ち回りができるのだ。


 そしてもうひとつ。軍事兵器を使用しても大きな損傷を与えることのできない怪人の肉体にも弱点が存在する。それはαアルファエックス線という大堂だいどう社長が研究時に開発した独自の電磁波を身体に流すことであった。怪人の身体強化によって変質した人間の細胞はαエックス線が体内に蓄積され、蓄積値が一定量を超える事で異常分裂を繰り返す。結果、その状態に耐えきれなくなった体の部位が破裂する。

 そうすることによって、これまであらた達は怪人を殺すことはできなくとも長期間戦闘不能に陥らせる程の大きな損傷を与え撤退させることに成功した。


先程から生身でエンポリーと戦っていた、転職の為にしなければならなかったのは大きく分けて戦闘スーツ稼働の為の電力とαエックス線を武器として使用するための電力、これらの2つの電力を十分に用意する必要があったからだ。

 彼らが普段から着用しているビジネススーツには発電の為の装置がいたるところに取り付けられている。発電装置は受けた衝撃によって発電するものと動作による服と服との摩擦によって発電するものがある。日常動作からも発電は可能なのだが、日常動作による発電だけでは膨大な電力を賄う事は難しい。言うまでもなく戦闘行為の方が日常動作よりも発電効率が良いので結局一定時間の生身での戦闘行為は必要となってくるのだ。


パンチやキックの格闘術によって怪人に衝撃を加え、装着したグローブやシューズからαエックス線を怪人の体内に伝導させる。与える衝撃が大きければ大きい程一度に蓄積されるαエックス線の量は大きくなる。αエックス線の蓄積が限界を迎えた怪人の体内では異常な細胞分裂が突如発生する。

 あらた、ビギナーワーカーとエンポリーの場合を例に挙げるとビギナーワーカーは数発の拳によってエンポリーの肩にαエックス線を伝導させた。エンポリーの肩周辺の細胞は異常増殖し


 「ん、ぅが……、ぐぎゃぁあぁぁぁぁ!!」


 「パーン!」という水風船を割ったような音をたてエンポリーの肩は爆発する。

 体との接続が断たれドサッと地面に落ちるエンポリーの腕。異常な細胞分裂に体が耐えられなくなり爆発を起こしたとしてもしばらくは循環していた血液が残っていることもあり肩の断面と地面に落ちた腕の断面は血液を噴き出しながら細胞分裂を行いビクンッ、ビクンッと蠢いている。

 それまで特に物言うことがなかったエンポリーが悲痛な声をあげ崩れ去る。それもそうである。いくら表面の防御力を向上させたところで元は普通の人間なのだ。人並みの痛覚は怪人になっても健在。腕がもげる程の爆発が体内で起こったのだ。痛いのは当たり前である。

 あらたはこれまでこのように痛みに悶える怪人達を目の当たりにしてきた。けっして命までは取らないが相手に大きな負傷を与え戦闘不能にしてきた。仕事とはいえ心が痛まないわけがない。その結果、サテイヒョウカンの攻撃をモロに受ける事になった。

 しかし、社会人の先輩によって教えを与えられ気づきを得たあらたにもう迷いはなかった。


 「ごめんなさい。貴方が仕事で僕と戦ったように、僕も仕事なんです。」


 そう、もがき苦しむエンポリーに声をかけその場を後にする。他の4人もエンポリーを撃退し彼らの上司、サテイヒョウカンがいる階を目指す。時間はない。これ以上被害が出ないように早く追いつかなくてはならない。

 5人はサテイヒョウカンの後を追い彼らのもとを去った。


                 ※※※※※


社長室と書かれたドア。その部屋に居座る男。株式会社EDMマーケティング 代表取締役社長 江戸元 豊成えどもと ほうせいは恐怖していた。

 昨日甥っ子である江戸元 俊之えどもと としゆきが殺害された事を皮切りに自身の会社がホワイトカンパニーの標的にされている事を実感させられ、今現在その気持ちはピークに達していた。目の前には甥っ子の仇であるサテイヒョウカン。

 家族は無事なのだろうか?部下達は皆何をしているのだろうか?抵抗したが意味を為さなかった?役立たずめ。怪人を前に逃げ出したか?所詮会社の事をその程度としか捉えていなかったか。逃げ出した奴は全員減給だ。

 豊成ほうせいの頭の中ではこのように様々な考えが恐怖によって巡らされていた。そんな中でも逃げ出した社員をクビにするのではなく減給という罰則を課すというところに社員を文字通り会社の歯車として捉えるEDMマーケティング経営者の実情があった。

 

 「はじめまして江戸元えどもと社長。私こういう者でございます」


 サテイヒョウカンが名刺を差し出す。その行動に豊成ほうせいNoノーを唱える。


 「ふんっ、そんなもの必要ない。なんたって甥っ子がお世話になったからね」


 精一杯に強がる。それは代表取締役社長としての意地か。相手に屈しないという意思表示か。


 「あんたの会社も暇だね。様々な企業を破壊してまわっているようじゃないか。それ自体はどうでもいいさ。他企業が無くなれば我が社が優位にたちまわれる機会が増えるというものだ」


 つらつらと思いついた言葉を口に出す。「株式会社 Gardnerガードナーへの通報は済んでいる。後は時間を稼いで彼らが駆けつけるのを待てば助かるんだ」と己を鼓舞し時間を稼ぐ。しかし、もう稼ぐ程の時間は残っていなかった。


 「おしゃべりはそのへんで。私には貴方達と違い限られた労働時間が存在します。残業をするという事は自身の能力の低さを露呈させる事にもなりかねませんからね。仕事は時間内に終わらせたいのです」


 サテイヒョウカンの目が光を放つ。


 「さあ、貴方の罪を査定しましょう。株式会社EDMマーケティング、代表取締役社長。江戸元 豊成えどもと ほうせい。貴方の人罪査定は……」


 「さっせるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ドアが開き、サテイヒョウカン目掛けて跳び蹴りを放つ紅い人影。


 「なっ――!?」


 社長室に乱入したビギナーワーカーの跳び蹴りはサテイヒョウカンを部屋の端に蹴り飛ばす。街を見渡せる大きな窓ガラスを怪人特有の堅い体とビギナーワーカーの強化された身体能力によってスタントマンの窓ガラスダイブよろしくぶち破り、怪人の体を4階の高さから地面に叩きつける。

 

 「よかった。ギリギリ間に合って」


 ビギナーワーカーはマスクの中で安堵の表情をみせる。目の前では4階から地面に叩きつけたにも関わらず起き上がる怪人の姿があった。


 「サラリーマンV……の赤。ビギナーワーカーですか。……やってくれましたね」


 もう少しで仕事を完遂できたところに邪魔が入ったサテイヒョウカン。明らかに不機嫌そうにビギナーワーカーを睨みつける。

 その怒りを拳に乗せてサテイヒョウカンはビギナーワーカーに格闘戦を挑む。お互いに繰り出される拳と蹴りを躱し、時には受け止めながら一進一退の攻防を続ける。そしてお互いの拳と掌が、拳を相手に受け止められ相手の拳を受け止めた時状況が硬直する。お互いにお互いの拳を前に押し付けながらもう片方の掌では相手の拳を押し返そうとしている。

 そんな中、サテイヒョウカンがここが勝機と口を開く。


 「ビギナーワーカー。いや、佐藤 新さとう あらた。今一度君に質問します。君達はなぜ戦っているのです?我々からブラック企業を護り、我々の同僚を長期療養を余儀なくなる程度に傷つけてまで戦う価値は、この腐りきった社会を護る価値はあるのですか?」


 サテイヒョウカンは確信していた。前回の戦いでのあらたの様子から彼には自分の能力が有効に働くと。あの時は撤退されたが今度は逃がさない。お互いに引けないこの状況が絶好の機会であると。 


が、サテイヒョウカンは此処でひとつの間違いを犯した。


 基本的に日本の新社会人というのは社会人とは何たるか、働くとは何たるかを真の意味で理解してないまま新社会人として社会に放流される。無知故に影響を受けやすい者。燃え盛るように熱い情熱バイタリティをもつ者。前述の両者のサラブレットのような柔軟且つ熱い者。

 社会で生きるなかで己の信念と反する考え方にぶつかる時も少なくない。多様性を重んじると語る現代日本社会であるがまだまだ日本社会の組織運営においては同一方向を歩幅合わせて進んでいく事が良しとされている故、理不尽と感じられる壁にぶつかる新社会人が現れる事となる。その際、柔軟に考え方を変え情熱を正しい方向に向け活動する事ができる。


 佐藤 新さとう あらた。彼は少々人を信じやすい節がある。しかし、周りを巻き込む程の熱い情熱をもってこの現代社会におけるホワイトカンパニーとの戦いという茨の道をこれまで歩み続けてきた。


 先の会議によってあらたの仕事に対する考え方は『仕事だから仕方ない』といった一見ただの諦めのような考え方にシフトしているのだ。他人からみれば『仕事だから仕方ない』という考え方は一種の諦めと捉えられるかもしれない。だが、それを判断するのはあくまで当人。今の新は怪人を倒す事においてはその考え方でのだ。


「昨日は色々考えこんじゃって見苦しいところを見せてしまいましたが」


 サテイヒョウカンのスコープ型に肥大した眼から放たれる怪しい光が文字通り目の前のあらたの顔を照らし出す。光に照らされたその表情は確信をもって己の考えを表明する。


 「僕が戦うのは生活がかかっているからです。健康で文化的な最低限度の生活を送る為です!貴方達も生活を営む手段の一環としてブラック企業を滅ぼす。なら僕達は生活を営む手段として貴方達ホワイトカンパニーを止めます!!」


 どんな仕事であっても法を遵守した仕事は尊いものである。どれだけ社会的地位が低い仕事であってもその価値は実に尊い。今のあらたにとって自分の仕事に後ろめたい事などない。


 「生活を営む手段としてブラック企業を滅ぼす……?違う!私はこの命を賭してこの腐りきった社会を――!!」


 サテイヒョウカンの腕に力が入る。均衡を保っていたビギナーワーカーとサテイヒョウカンの押し合いはサテイヒョウカンが体制優位に差し掛かった。しかし、第3者の介入を察知したサテイヒョウカンは後方へ飛び退く。

 

 彼らに割って入りサテイヒョウカンをビギナーワーカーから引き剝がしたのは青と紫の戦士。サラリーマンV共通の横伸ばしにしたようなV字のゴーグル付の口出しマスク、体の中心から四肢の先までそれぞれ伸びた白の一本筋。


 那由多 護なゆた まもる転職ジョブチェンジした青い戦闘スーツ姿のパブリックワーカー。そして、平野 造ひらの つくる転職ジョブチェンジした紫の戦闘スーツ姿のコンストラクトワーカーだ。


 「つくるさん…。あらたに何吹き込んだんですか……?」


 「ん?あー、それはだなぁ。社会人としての心得というかなんというか~」


 あのミーティングの場にいなかったまもるがちょっとIQ高めな発言をしているあらたを見て困惑をしている。どうやら、大道だいどう社長から連絡をもらった際に「とりあえずあらた君の件は問題ない」としか伝えてもらってないようだ。


 「まあ、いいじゃんいいじゃん。あらたも吹っ切れたみたいだし?ナユタン気にし過ぎだって」


 「あとでしっかり説明は致しますので今はサテイヒョウカンの方をどうにかしましょう」


 まもるの後方から歩いてくる緑と黄色。才羽 蓮さいば れん転職ジョブチェンジした緑の戦闘スーツ姿のシステムワーカーと鹿央 絵琉かおう える転職ジョブチェンジした黄色い戦闘スーツ姿のディモーションワーカーが3人に追いつく。


 「ありがとうございます。まもるさん、つくるさん」


 5人集結したサラリーマンVファイブ。ビギナーワーカーをセンターに横一列に足並みをそろえる。その目先には何かぶつぶつと呟くサテイヒョウカンの姿が。


 「ブラック企業を滅ぼすのが仕事…?いいや違う、違うんだ!私は以前働いていた職場でとんでもない人事評価を受けた。それは私の人格を否定するようなものだった。仕事はしっかりとしていた。取引先との仲も良好だった。それなのにあのクソ上司は『結果を出すのはいいが君の所為で他の同僚が結果出してないように見えるようになるからもうちょっと考えた方がいいよ。他の同僚の事も考えて仕事しないと君の人格が疑われるよ?』と言って私の仕事を、人格を否定した!」

 

 サテイヒョウカンは元商社マンだった。着実に仕事をこなし結果を残すような社員であったがその成績が突出し過ぎたばかりにそれを良く思わない上司に目をつけられ、そのような事を人事評価の際に告げられたという。『出る杭は打たれる』。未だこのような悪しき風習を踏襲する人間が人材を管理する側として立つというのは個よりも集団に重きを置く日本社会らしくもある。


 結局、彼はその上司に辞表を叩きつけ返答を待たずにその場を去りホワイトカンパニーと出会った。そして、今は人の罪、人罪を査定しブラック企業やそこに属するブラック上司を断罪する事に勤しんでいる。仕事ではなく、己の使命として。


 「……いいでしょう。私の使命を阻むというなら、ブラック企業を護るというのなら。貴方達も断罪致します!!」


 臨戦態勢に入るサテイヒョウカン。その時点で企業戦士達と怪人の間で争い以外の解決方法は消滅した。


 サテイヒョウカンとの最終決戦の火蓋が切られる事を察知した企業戦士達は各々に名乗り上げる。


 「真っ赤に燃える情熱バイタリティ――ビギナーワーカー!!」


 「魅せるぜシステムソリューション――システムワーカー!!」


 「貴方に捧げるおもてなし――ディモーションワーカー!!」


 「造るぜ建築支える暮らし――コンストラクトワーカー!!」


 「市民の保護は国家の使命――パブリックワーカー!!」


 「「「「「社会で輝け企業戦士!企業戦隊サラリーマンVファイブ!!」」」」」


 両手を前に突き出すビギナーワーカーをセンターに彼から見て右サイドにシステムワーカーとディモーションワーカーが並び右手を真横に突き出す。そしてビギナーワーカーから見て左サイドにコンストラクトワーカーとパブリックワーカーが並び左手を真横に突き出す。

 これがサラリーマンVファイブの名乗りポーズ。そして、前や真横に突き出された手は企業戦士の数を表す。サラリーマンVファイブなのに6つの腕を突き出してたり実際に構成人数が5人と疑問に思えるかもしれないが、余分な1本の腕は世間で働く労働者の皆様を表す。これは労働者は皆平等でありたいという彼らの理想からきている。彼らの戦いの末にそのような未来が訪れる事を信じて。


 サラリーマンVファイブから名乗り上げを受けたサテイヒョウカンが先に動いた。

 システムワーカーとの距離を詰め強烈な蹴りをお見舞いする。

 

 ホワイトカンパニーの怪人には生物系と超能力系の2種類存在する。生物系は身体能力の全てが向上されその身体能力をもって活動する。超能力系は身体能力の向上が生物系と比べ控えめだがサテイヒョウカンのような特別な能力をもってして活動を行う。故にサテイヒョウカンの攻撃は生物系の怪人に比べ軽いものだがホワイトカンパニーの怪人創造の技術レベルは日々進歩しており新たに現れる怪人は皆前回戦った怪人よりも強力になってきている。

 サテイヒョウカンからの攻撃を受けたシステムワーカー。日々ホワイトカンパニーの技術が向上している事を実感する。


 強烈な攻撃を行うとその後の隙も大きくなる。そこを狙ったパブリックワーカーがサテイヒョウカンの腹部目掛けて拳を繰り出す。反応が遅れたサテイヒョウカン。体を少し後ろに退け衝撃を軽減したが腹部にダメージを受けた。やはり超能力系の怪人。瞬発力はそれほど大きく向上していないようだ。過去にサラリーマンVが戦った怪人だとWork&Lifeバランス怪人 ユウキュウカンチョウの方が動きが速かった。


 「しゃらくさいですね……」


 ビギナーワーカーとコンストラクトワーカー、2人掛かりでパンチを繰り出そうと迫るのを前にサテイヒョウカンの眼が光を放つ。


 「んな―!?」


 「まぶしっ!!」


 それはこれまでにサテイヒョウカンが放ってきた光ではなく純粋な閃光。企業戦士達の視界は真っ白に変わる。サテイヒョウカンの姿を捉えることができない。


 「これで倒れなさい!サラリーマンVファイブ!!」


 視界を奪われたサラリーマンVファイブにサテイヒョウカンが襲い掛かる。体に打撃を与えたり、脚を払って転倒させる。地に伏す企業戦士達。


 「あー、武器さえあればまだマシに戦えそうなもんなのにな!」


 「だから、さっきまで刑事時代の伝手つて使って各方面に許可取りのパイプ作りに行ってたんだろうが!」


 サラリーマンVファイブは武器、得物えものを持たない。得物を持つという事は銃刀法違法になってしまうからだ。無許可で得物をもって戦っているなんて警察に見つかったら言い逃れできない。

 いつの日か得物の使用が解禁されるよう主に絵琉えるまもるが公的機関との交渉を行っているのだ。本日、会社にまもるが不在だったのもその事が関係している。


 「でもあんな光で視界を奪われて妨害されてたら先に僕達の戦闘スーツが電力切れを起こしてしまいますよ」


 「そうね、なにか閃光を見てもその光を軽減できる方法があればいいのだけれど……」


 万事休す――

 予想外の攻撃を仕掛けてきたサテイヒョウカンに困惑する一同。このままでは一方的に打ちのめされるだけになってしまう。


 「なにか光を軽減させる……ん?」


 コンストラクトワーカーが何かに気づいたように天を仰ぐ。


 「みんな、この戦いが終わったら眼科に行くぞ」


 「「「「へ?」」」」


 いきなりの眼科受診宣言に驚きを隠せない4人にコンストラクトワーカーは空を指さして話す。


 「お天道様てんとさまを信じろ。今日はよく晴れているだろう?」


 ハッとする一同。対してその意味をよくわかっていないサテイヒョウカンは


 「何をおかしなことを言っているのです。次で貴方達の断罪を完了させます!!」


 また眼を光らせ閃光を放つ怪人。


 「今だ!!」


 コンストラクトワーカーの掛け声に合わせ企業戦士達は空を見上げる。閃光がこの空間一帯を一瞬白く染め上げる。


 「いきますよサラリーマンVファイブ!!」


 攻撃態勢に移るサテイヒョウカン、しかしその目の前には拳を繰り出す紫の戦士と蹴りを繰り出す緑の戦士が!


 「上を向いて歩こう!」


 「さっきのお返しだ目デカ野郎!!」


 「がぁっっ!!?」


 「なぜ動いていられる?目潰しされた瞬間に闇雲に動いたのか?いや、それにしても早すぎる。そもそも目潰しを受けていないような――」とサテイヒョウカンの頭には考えが巡りまわる。閃光による目潰しを受けてこれほど早く復帰できるなんてありえないと。


 のけぞった先、そこにはパブリックワーカーとディモーションワーカーが待ち構えており2人同時にサテイヒョウカンをボールを打ち返すように蹴り飛ばす。


 「ぐぅっ…!!?」


 怪人は声にもならない空気の塊を気管を通して吐き出す。蹴り飛ばされた先には紅い戦士が右ストレートの構えをしている。


 「まずい……!!」。そう思ってももう遅い。2人の戦士に蹴り飛ばされ、吹き飛ばされた怪人。


 「らぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 勢いよく繰り出されたビギナーワーカーの拳が吹き飛んできたサテイヒョウカンの腹部にクリティカルHitする。蹴り飛ばされた勢いと戦闘スーツによって強化されたパンチ力により大きな衝撃がサテイヒョウカンを襲う。それは大量のαエックス線がその身に伝導したという事と同意だった。


 「なぜ…、動けたのだ……」


 殴り飛ばされ地に落ちた怪人の体。状況への混乱が彼を襲う。

 地に伏せながら怪人は力なくビギナーワーカーに尋ねる。己の能力を訳の分からない理屈で攻略され、隠していた応用能力までなぜか乗り越えられた。理解できない。


 「太陽ですよ」


 「太…陽……?」


 「つくるさんが気づいたんです。強い光に目が慣れてないから目潰しを喰らう。なら閃光を放たれた瞬間太陽をみて閃光の光を疑似的に軽減できるって」


 「まっ、これやると目への負担がデカいからな。この後みんなで仲良く眼科行きさ」


 つくるは苦笑いしながらサテイヒョウカンを見る。


 「ぐっ…ぐがぁ!!!」


 「ぐぼん」という鈍い音をたてサテイヒョウカンの右腹部が破裂し、彼の腹部半分に空洞をつくる。


 「もうその身体では動けまい。身柄確保はできないだろう。話だけでも聞かせてもらうぞ」


 まもるが倒れたサテイヒョウカンに近づく。その他の者達も変身は解除しないまま近寄っていく。


 「あら、最近加入したってのによくわかっているじゃない。さすが元刑事さんね」


 空から声が聞こえる。その声の主は先程サラリーマンVファイブの味方をした太陽を背に地面に降り立った。その姿は比喩表現の域を留まらない天使。彼女の名は労災怪人 レスキューピット。これまで戦ってきた怪人が撃破までいかずに撤退させることに留まった原因の怪人である。


 「レスキューピット……、また貴女なのね」


 ディモーションワーカーが怪訝そうに話しかける。ディモーションワーカー、絵琉えると人間だった頃のレスキューピットは同僚だったらしく因縁深い関係だそうだ。それ以上の事を他の企業戦士達は知らないし、絵琉えるも話したがらない。


「そう言わないで絵琉える。これも仕事なの」


 レスキューピットは背中の翼を大きく羽ばたかせ周りにいる企業戦士達を退ける。そして、右手を天高く振り上げ宣言する。


 「労災認定!NGO法人 ホワイトカンパニーの社内規定の基づき人事怪人 サテイヒョウカンの労働災害を認める!!」


 先程は相手を退ける為に使用した翼、それを今度は傷ついたサテイヒョウカンを慈しむ様に包み込む為に使う。


 「あぁ…、レスキューピット君…、すまない……」


 「話してはだめよサテイヒョウカン。今オフィスに搬送します。じゃあね絵琉える。それとサラリーマンVファイブの他の人達」


 まもるが初めからサテイヒョウカンの身柄確保を諦めていた理由。それは怪人とひとしきり戦った後に訪れるエネルギー不足という問題にあった。

 今回の戦いを例に挙げるとサラリーマンVファイブはサテイヒョウカンを撃破するために全力を尽くした。それ故に充電した電力のほとんどを使い切ってしまったのだ。かろうじて戦闘スーツの稼働は維持できるが戦闘行為を行うならば即ガス欠となる。だが戦闘スーツの着用を解けばレスキューピットに命を狙われる危険性がある。

 とても歯痒いが企業戦士は体が資本。リスクマネジメントの観点からも手が届かないものに手を伸ばすべきではないだろう。


 サテイヒョウカンを覆い包む天使の羽が解かれるとそこには水色のオーラに包まれ浮遊するサテイヒョウカンがいた。レスキューピット。彼女はこうして水色のオーラを発生させ、それにより傷ついた怪人達をホワイトカンパニー本社に搬送する。これも先達怪人 ユウリョウジョウシンが話していた事だが、これまで企業戦士達の前から撤退していった怪人達は治療を受け職場復帰に向けてリハビリを続けているのだそうだ。

 近い将来、また彼らと相まみえる事になるかと思うとあらたは複雑な気持ちになる。今回のサテイヒョウカンについてもいずれ再会するのだろうか?


 「傷ついた社員の保護完了。ただいまより搬送を開始します」


 レスキューピットの瞳が金色に光り輝く。怪人達は地面から徐々に浮き上がり、企業戦士達はそれを目で追う。

 「まだ戦えるぐらい電力が残ってりゃあなぁ」とコンストラクトワーカーは唇を噛む。


 空を蹴るようにその場から飛び立ち離脱する怪人2人。残された企業戦士達は溜息と共に戦闘スーツからビジネススーツにその姿を変える。

 皆納得していないような表情。目標の怪人は戦闘不能にし、顧客の会社を壊滅から護る事はできた。だが、心残りがないといえば嘘になる。


 本日のサラリーマンVファイブの業務はこうして幕を閉じた。


                 ※※※※※


佐藤さとうさ~ん。佐藤 新さとう あらたさ~ん。診察室1にお入りください」

 

 後日、戦いを終えた企業戦士達は眼科にいた。サテイヒョウカンと戦った当日、無情にも眼科は定休日であったのだ。傷ついた身体を放っておくと症状は悪化するわけで。


 「う~ん……。こっちも酷いな。君、さっきから診察している人達の仲間かい?一体何してきたの?」


 眼に光を当てながら眼科医が呆れた様に問診する。


 「い、いや~……、ちょっと太陽を視てまして……」


 「太陽……?直視?裸眼で?」


 「はい……。ほぼ裸眼で直視しました」


 「何やってんの~。いい年した大人がスーツ着て集団で太陽直視するなんてどうかしてるよ!」


 「返す言葉もございません……」


 怪人退治の代償は大きい。今回は眼を痛める事になったが刑事時代のまもるに事情聴取されるなんて事も過去にあった。考えてみれば社会で生きていく為に様々なものを差し出しているなと新は眼科健診を受けながら想う。


 「これからはそんな馬鹿な事はしないこと。いいね?」


 「はい。ありがとうございました……」


 眼科医にぺこりと一礼し待合室に出て、受付で支払いを済ませる。そこには既に診察を受け、微妙な顔してあらたを待つ4人がいた。


 「せっかく怪人被害を抑えたってのになんだかなぁ」


 「市民からの理不尽さで言えば公務員以上だぞこれ……」


 「でも、これが私達のお仕事ですからね……」


 「こんなんじゃあ、そりゃテレビやネットでぞんざいな扱い受けるわな……」


 4人が同時に大きな溜息をつく。その姿は哀愁溢れていた。


 「皆さんお待たせしました」


 「よっす、あらた。支払い終わった?」


 「はい。会社に帰りましょう」


 5人が待合室から外に出ようとすると備え付けられたテレビからあるニュースが彼らの目に飛び込んだ。


 『株式会社EDMマーケティング インサイダー取引を行っていた事が判明 代表取締役社長と他数名が逮捕へ』


 そのニュースは企業戦士達が身を挺して護った企業が不正な取引を行っていたとして警察のお世話になったという内容だった。インサイダー取引の事実を知っていたのはEDMマーケティングを牛耳る江戸元えどもと家の社員のみだったらしく。一般社員は全く存じてなかったという。


 「ほらやっぱり、サテイヒョウカンに最初に襲われた奴も1枚噛んでたんじゃねーか。やっぱりパワハラを悪く思うような殊勝な人間じゃなかったな」


 以前ぼやいた事が真実だった事に気を良くしたれんがカラカラと嗤う。それを見てなんとも言えない表情をするしかない他の企業戦士達。眼も痛いし頭も痛い……。


 「で、でも、みんながみんなそんな人だって訳ではないですよ。善良な人だっています。まもるさんやつくるさん、絵琉えるさんに社長、それにれんさんだって」


 まっすぐな、まだ社会のすすにまみれ切っていない純粋なまっすぐな瞳が蓮を見つめる。


 「け…、けっ……!お利口さんな事言っちゃって。お前もそのうち嫌でも思い知るさ。この社会は薄汚れないとやってけないってな」


 精一杯の悪態だった。このまま正面から突発開催レスポンスバトルをしても今度は負けてしまう。そうれんには思えてならなかった。それほどまでに純粋でまっすぐな、綺麗事であまちゃんな言葉を新社会人は主張していた。


 「そういうなれん。自分の私腹を肥やす事に躍起になっている小汚い奴らもいるが、この社会もそう悪いものではない」


 「そうだぞぅ。おじさんだって50年生きてきたが社会は捨てたもんじゃぁないぜ」


 「…………――――わぁったよ。俺の負けだ負け」


 折れたれん。レスバのリベンジを果たしたあらた。それを囲む先輩社会人達。そこには社会の苦しみはなく、あるのは楽しいという笑顔だった。


 「ヒソヒソ…、あれってサラリーマンVファイブじゃない?」


 「ヒソヒソ…、ホント世間様を騒がしといてあんなところで何してるのかしら?仮にもここ病院の待合室よ?」


 と、その楽しい空間はあくまでサラリーマンVファイブの輪の中のみ。依然サラリーマンVファイブないし、株式会社 Gardnerガードナーへの風当たりは強い。これが現実、慈悲はない。


 「と、とりあえず此処を出ましょうか」


 絵琉えるに促されそそくさと、そそくさと眼科から去る企業戦士達。その背中はやはり哀愁溢れていた。


 眼科を後にし会社への帰路に就く。その途中にまもるが口を開く。


 「なあ、あらた


 「はい」


 「今回護った会社は怪人による被害は免れたが結局、己の悪事によって別の形で身を滅ぼした。本当の正義って何なんだろうな?」


 「それは……」


 「わるい。この答えは俺も模索している最中だ。じゃあ別の質問をしよう。この社会に護るべき価値は、金銭を稼ぐ為以外に護るべき価値はあるのだろうか?」


 「まもるさん……。そうですね。僕はまだ社会に出て日が短いですがこれだけは言えます。さっきも言った通り悪い人もいれば善良な人間もいます。社会を護るという事は善良な人を護る事と同時に悪い人がそれ以上悪事に手を染めないようにする事になるんじゃないでしょうか?」


 「だが今回だって結局あの社長は書類送検された」


 「そうですね。でも悪い人も改心する事はできます。その機会をつくる事に価値があると思うんです。だから僕はこの社会に護るべき価値はあると思います」


 先日の一件を通して自分なりの社会への価値を見出したあらた。その横でれんが「私が教授しました」と言わん顔をしているがまもるはそちらは視ずにあらたの心意気のみを視る。そして、自分が警察官になった当初の事を思い出す。


 『那由多程あるこの世の悪から市民を護りたい』


 初心忘れるべからず。その言葉がまもるの胸に落ちる。清々しい気持ちがまもるの身体を駆け巡る。


 「よ~く言ったぞあらた!お前に社会人としての心得を教授した甲斐があったぜー!!」


 「どわっ!ちょっ、れんさんいきなり飛びつかないでくださいよ~」


 じゃれるあらたれん。それを見た絵琉えるつくるが微笑む。つられてまもるも口角が上がる。株式会社 Gardnerガードナーの職場内人間関係は良好。これは仕事をするうえで馬鹿にできない程良い方向に事を運ぶ為に必要な要素となる。


 企業戦士達は今日も理不尽にぶち当たる。そして今日も困難に直面する。だが彼らはきっと折れることはないだろう。そこに共に戦う同僚がいる限り――


 「そういえば、今回の眼の痛みって労災降りるの?おじさん精密検査しろって別の病院の紹介状渡されたんだけど?」


 「それは~……、社長が許可したら労災認定されるんじゃないですか?」


 「難しいと思うわね~……」


 「嘘だろ……。労災降りないのか……」


 「ナユタン、ナユタン。我が社はブラックなのですよ」


 戦えサラリーマンVファイブ!負けるなサラリーマンVファイブ!例え自分の職場がブラックだとしても社会の為に、会社の為に戦うのだ!!


 

 

 ≪次回予告≫

 遂に念願かなって得物の所有が認められた。


 やったぜこれで武器持ち戦隊だ!


 5人の得物を合体させ、強大な力とするのだ!


 完成!合一武器 労働組合レイバー・ユニオン!!


 次回『団結!合一の労働者』


 この社会に護るべき価値はあるのか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

企業戦隊サラリーマンV  パイロット版 @toragon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ