依存少女は堕ちてゆく~俺は平穏を望み君は破滅へと誘う~
在原ナオ
依存少女は堕ちてゆく
俺こと
他との違いを強いて述べるなら、家族仲が良かったことと近所に家族ぐるみの付き合いをするくらい仲の良い家があったくらいだ。それ以外は普通も普通でこれといった特技もなければ苦手なこともない。勉強も人並みでいつも平均並み。まあ要するに、どこにでもいるモブのような存在だった。
だが、唯一自慢できるとすれば俺には最高の親友がいることだろうか。
「ソーマ! あそぼー!」
「わかったから待ってよナギちゃん!」
彼女はナギこと
「ソーマ、早く学校行こうよ!」
「ちょ、ナギちゃん。まだ着替えてないから引っ張らないで!」
「もう、ソーマったら寝坊助さんなんだから」
その関係は小学校に入学してからも変わらなかった。運よく同じクラスになれた二人は事あるごとに一緒に過ごし、同じクラスの子からは付き合っているのかとからかわれたりもした。そのたびにナギちゃんが顔を真っ赤にして照れながら言って来た子たちに飛びかかろうとするのだがそれを俺が宥める。まあ、結局最後はなんやかんやあって落ち着くので最初から暴れようとしないでほしいと思う俺。
そんな彼女やお互いの家族たちと過ごす時間が無性に愛おしくて楽しかったのだ。
「ねぇソーマ、帰ったら私の家でゲームね」
「うん。あ、そうだ、新しいゲーム買ってもらったから一緒に持ってく」
「へぇ、それ後で私にもやらせて~」
「いーよ」
「やった♪」
その関係は俺たちが小学校に入学ししばらく経つまで続くのだが、そんな夢のような日々も終わりを迎える。それも、理不尽な運命に巻き込まれるという結果で。
気が付いた時、俺は病院のベッドで寝ていた。
ついさっきまで、ナギちゃんたちと家族ぐるみでキャンプへと向かっていたはずなのだ。大きめのキャンピングカーをレンタルして、俺はそのなかでナギちゃんと……
(ううっ、体が痛い?)
困惑するこの異常事態をいったん棚に上げ、俺は首を曲げて自分の体を見る。すると、まるで病院の患者さんが着るような病衣を着せられていた。体があまり動かないのは、全身いたるところに包帯が巻かれており絞めつけられているから。さらに腕には点滴用の管が取り付けられており、朦朧とする意識の中で自分が生命の危機にあることを察した。
(み、みんなは!?)
薄れゆく意識の中、俺は同じ車に乗っていたみんなのことを思い出し唯一動く眼球のみを動かしてあたりを見渡す。
(これは……ナギちゃん?)
よく見ると俺の隣にナギちゃんが寝かされていたのに気づく。彼女は俺と違い管のようなものはつけられておらず顔色も安定している。ちらりと見える手の甲にガーゼのようなものがついているがそれ以外は比較的大丈夫そうだ。もしかしたら自分が一番重症なのかもしれない。
(やばい……なんかクラクラしてきた)
ナギちゃんが無事なのを確認した俺は安心したのだが、その安堵感が最後のトリガーとなり再び意識を手放してしまう。だが先ほどのような胸の苦しさはなかった。ナギちゃんが無事なら他の皆も大丈夫なはず。そんな期待が俺の胸中に現れていたからだ。
だが、現実とは無慈悲で残酷である。
再び起きて意思の疎通ができるくらいに回復した時、やや年老いたお医者さんが俺に現実を突きつけた。
俺の両親は車の運転席と助手席に乗っており、いきなり正面から突っ込んできた車によって直接的に衝撃と圧力をそのまま受け死亡。逆走してきた車に突っ込まれたのだ。
さらに車が突っ込む直前に倒産がハンドルを激しく左に切っていたらしくそのまま車が横転。その際にナギちゃんの両親はキャンピングカーに備え付けられていた家具に頭や体をぶつけ死亡。
やるせないのは、ナギちゃんの両親が俺とナギちゃんのことを庇ったせいで助からなかったことだ。横転した際にナギちゃんの両親は俺たちを庇うように覆い被さった。その結果二人は自分の身まで守ることができずそのまま体を打ち付けられた。
一方、ナギちゃんの両親が咄嗟にとったこの行為によって俺たち子どもは横転の衝撃を激的に緩和できたらしく、体重も軽かったナギちゃんは軽い手首の打撲で済んだ。だが俺は運悪く一回目の衝撃でナギちゃんのお父さんの体から放り出されてしまったらしく、全身を打撲した。だがインパクトのピークが過ぎていたようで全身打撲だけで済んだようだ。本来は骨折していてもおかしくなかったらしい。
許せないのは、その突っ込んできた車に乗っていた男が飲酒運転をしていたことだ。つまり酔っぱらった挙句に反対側の車線を走って逆走しそのまま俺たちが乗るキャンピングカーに突っ込んできたらしい。しかも、車が酷い損傷をしていたのにも関わらず生きている。俺たちの家族は死んだのに、加害者の男は生きていたのだ。
俺は泣いた。とにかく泣いた。一日中泣いていたかもしれないし、三日三晩、あるいは一週間朝から夜までずっと泣いていたかもしれない。ぽっかりと心に穴の開いてしまった俺。ナギちゃんが生きていてくれたのは純粋に嬉しい。けど、その嬉しさを上回る悲しみがまだ幼い俺の心を常時蝕んでくる。涙を流しすぎて目が赤く腫れ上がり慌てた医者に薬を塗られたくらいだ。
「……」
一方のナギちゃんはあの事故からずっと目が虚ろになり、一日のほとんどをぼーっとして過ごしていた。いつも笑顔で活発だった彼女の姿はもうどこにもなく、ただただ痛ましい少女がポツンとベットの上に座って向かいの壁をじっと眺めている。まさに無機質な少女だ。医者が問いかけても最低限の会話しか返さない。
そんな俺たちを見て、本来は他人である看護師たちでさえ気落ちしていた。自分たちの子供と重ねたのかもしれないし、子供が絶望している姿が見たくなかったのかもしれない。だが大人たちがどんな声を掛けても俺たち子どもはよく理解できなかった。むしろ悪化することもあったので、最終的には距離を置かれるようになってしまったが。
そしてそんな俺たちに、更なる悲劇が舞い込む。
体が動くようになり、ある程度は歩き回れるようになった俺はトイレに行った際に、看護師たちが話していた会話を聞いてしまったのだ。
「えっと、奏真くんは身寄りが見つかったのよね? たしか、おじいさんがまだご存命だとか」
「ええ。けど、そのおじいさんは老人ホームに入所しているみたいで、とても奏真くんの面倒を見れる状態じゃ……」
「しかも渚ちゃんに至っては身寄りそのものが見つからなかったんでしょ? 親族がもういないだなんて……」
「これからどうなるのかしら、あの子たち」
「もしかしたら、離れ離れになるかもね」
看護師たちの会話を聞いた俺はバレないように静かに病室へと戻る。そうしてボーっとベッドの上で座っているナギちゃんの元へと向かった。
「ナギちゃん」
「……ソーマ」
ナギちゃんは澱んだ瞳で俺のことを見つめてくる。看護師たちには言っていないが、彼女は俺の言葉には耳を貸す。普段の彼女は看護師たちを無視しているのだ。だが弱り切った彼女の心がこれ以上心の負担を増やしたくないために無意識に行っていた行動であったため、俺を含める誰にも責められない。
「俺たち、もしかしたら離れ離れになるかもだって」
「……やっ」
「……うん」
俺たちは自然に手を繋ぐ。互いの両親を失ってしまった俺たちには、もうお互いしか家族と呼び合えるくらい仲のいい人間がいなかった。小学校のクラスメイトたちも仲が良いには良いが、心から信頼し合える親友はまだいない。結局のところ俺には彼女という存在が、彼女には俺という存在がまだ必要だったのだ。
もしお互いがいなくなってしまえば、今度こそ一人ぼっちになってしまう。それだけはどうしても嫌だった。
だが運がいいというべきなのか、俺たち二人はその後同じ児童養護施設へと送られそこで生活を送ることになった。いわゆる孤児院というやつである。そこには俺たちと似たり寄ったりな境遇の子たちが大勢おり、運がいいことに一人部屋を与えられた。
しかしその場所は俺たちがもともと住んでいた場所から遠く離れた場所にあったため俺たちは小学校の転校を余儀なくされた。しかも、クラスメイト達にお別れの挨拶さえ言えなかったのでそのことが心残りとなる。
「……ソーマ」
「大丈夫だよ。きっと、きっとなんとかなる」
「……うん」
普段は彼女が俺のことを率先して連れ出したり連れまわったりしていたのだが、今ではその立場が逆転していた。彼女は俺の手を握り一歩下がって俺の後ろを歩く。なんだか俺が彼女のお兄ちゃんになった気分だ。だが自分の立場がどうであれ、これからは俺がナギちゃんのことを守らなければならない。ナギちゃんのお父さんが俺を庇ってくれたように。
「……大丈夫。俺はナギちゃんから離れないから」
「……約束。絶対、絶対ね」
そう言ってナギちゃんは泣きながら俺の胸元へと飛び込み抱き着く。俺はそれを黙って受け入れ彼女の頭を撫でてあげる。そうして俺たちは施設の職員に新しい部屋へと案内され最低限の荷物を受け取り、新しい生活が幕を開けた。
「ナギ、お前また俺の服勝手に着てるだろ!」
「ソーマが私の服勝手に洗濯するのが悪い」
「お前が普段から服を溜め込んでるからだろうが」
そしてあれから約十年後の夏、俺たちは今年で十七歳になった。つまり高校二年生である。
一応俺たちがいた児童養護施設は十八歳まで入所することができるのだが、俺は独り立ちがしたかったため施設を出てアパートを借りることを選んだ。そしてそこにナギがくっついてきたというわけだ。
昔はショートカットだったナギもあの施設に入ってから髪を伸ばし始め今では腰ほどまで届く綺麗な長髪だ。可愛い女の子という印象が最近では綺麗な女の子に変わっている。時間の経過はこうも人を変えるのかとしみじみ思う。
ちなみに俺たち二人はバイトなどはしていない。ではどこから生活費が捻出されているのかというと、単純に市が補助金を出してくれているのだ。どうやら俺たちのような境遇の子供には補助金というものが税金から賄われているらしい。そしてそれが二人分舞い込んでくるので、少なくともアパートの家賃を払うくらいなら十分なのだ。なお賃貸契約は市の職員の人に代理でしてもらった。
「「……」」
こんな俺たちだが、四六時中会話をしているというわけではない。むしろお互いに黙っている時間の方が多いくらいだ。しかしずっと一緒の空間で過ごす。お互いの部屋があるはずなのに、リビングでソファーに座りピッタリとくっつく。これが俺たちの日常だ。
「ソーマ、今日の夕飯どうする?」
「コンビニかスーパーの総菜。冷蔵庫空っぽだし」
「というか、うちの冷蔵庫に何か入ってるの見たことないんだけど」
「しょうがないだろ。俺たち料理しないし」
しないというか、出来ないのだ。掃除や洗濯は俺とナギも最低限出来るのだが、料理だけは二人そろって点でダメだった。いや、作ろうという努力はこの一年で何度もしたのだ。だが俺たち二人がキッチンに立つと出来上がるのは生ごみ以下の何か。だから二人でとる食事の大半がインスタント食品やコンビニやスーパーの総菜なのである。
「今日はシズ来ないの?」
「そういえばそうだな。すっかり忘れてた」
俺たちが思い出したとばかりに共通の知り合いについての話題を口にすると、タイミングを計ったかのようにうちの呼び鈴が鳴る。俺は立ち上がり玄関に行って鍵を開けて、外に立つ人物を部屋に招き入れる。
その子は大きな買い物袋を持って俺と一緒にナギがいるリビングへと膨れっ面でやってきた。
「二人とも、休日だからってだらけすぎじゃない?」
「休日はだらけるためにあるんだろ」
「そんな暇があるならいい加減料理を覚えて! 二人とも物覚えがいいのになんでお料理ができないのよ!」
俺たちに文句を言うこの少女の名前は
彼女も俺たちと同じタイミングで市の補助を受け近くのアパートに住むことを決めたそうだ。彼女は俺たちと違い家事も勉強もスポーツもできる万能っ子で、二人そろってよくお世話になっているのだ。というか、シズが物凄く世話焼きなのである。
「それぞれ一人暮らしして、二人はどうなったかなって訪ねた時の私の衝撃が分かる? いや、同棲している事にも驚いたけど、半年間ずっと自炊していなかったことに何よりも驚いたよ」
「いや、それを言われたら返す言葉もないが、料理なんてあの施設で教わらなかったぞ?」
「それは二人がずっと部屋に引きこもってベタベタしてるからでしょ! 教えてって言えば普通に教えてくれたからね」
「へぇ、意外と便利だったんだなあそこ」
「……二人に掃除や洗濯や勉強を教えたのが誰か、もう忘れたのかな?」
「はい、すいませんした」
「ごめんなさ~い」
そろそろシズの沸点が限界を超えそうだったので俺たちは揃って平謝りする。シズはまだプリプリと怒っていたが、最終的には呆れて冷蔵庫に無理やり食料を詰め込んでいた。俺たちが補助金で購入した冷蔵庫も今では実質シズが管理しているといっても過言ではない。
「今日は渚のリクエストでハンバーグにするけど、奏真はいい?」
「食えるなら何でも」
「もう、適当なんだから」
そう言ってひき肉を取りだしボウルに入れて次々と食材や調味料を入れ始めるシズ。なんやかんやで俺たちのことを面倒見てくれる。普段はふざけ合うこともあるが、俺とナギはあの施設の中でも特にシズにだけは頭が上がらないのだ。俺たちの姉といっても過言ではない。いや、もはやママ?
ついでと言わんばかりにリビングにあるテーブルの上を片付け始めるシズ。こいつが家に一人いればもはや怖いものはないんじゃないかとさえ思えてしまう。
そんなことを考えているとシズがこっちを見て呆れるようにつぶやいた。
「アンタら、相変わらず仲が良いのね」
「そうか?」
「体をピタッと密着させてお互い他のことをやってる当たり、アンタらは自覚してないのかもしれないけどね」
そう指摘されふと隣を見ると俺の右側にはナギが座っており、右肩とかそういうレベルではなく右半身に引っ付くような位置に座って片手でスマホを弄っていた。俺も俺でこの前購入した小説を読んでいたのだが、このような感じが俺たちにとってあたりまえになっていたため違和感などがなかった。というよりこういうのが当たり前になっていたのだ。
「施設にいた時から思ってたけど、なんで付き合わないのよアンタたち」
「だって、俺とナギはもう昔っから家族みたいなもんだし、付き合うとかそういうの今更っていうか、そもそもこいつはそんなんじゃないかなーって……痛てっ」
俺がそう言ったところ、ずっと肩に頭を乗せていたナギがほっぺに頭をめり込ませるように突っ込んできた。地味に痛いから左手を使って無理くり引き剥がす。
「ほんと、仲が良いんだか悪いんだか」
そう言いながらキッチンへ戻りハンバーグの整形を始めるシズ。見慣れた光景だと呆れて料理へと没頭し始めた。
そうしてリビングに残される俺とナギ。その間には静寂が生まれる。
「「……」」
まあ、あの養護施設に入ってからこいつとの関係性は依然と比べて大きく変わった。というより、俺たちの人間性が変わったのかもしれない。
まず俺だが、あの事故の日を境に上手く笑えないようになった。
いつも仏頂面で無理やり笑顔を作ろうとしたらナギにキモイと言われてしまった。というか、日常で心から面白いと思えるものがなくなったのだ。俺が大人になったのか、それとも感情が凍結し始めたのかはわからない。ただ、友人が作りにくいなど日常に支障が出ていたのは確かだ。
一方のナギは、感情の起伏が激しくなったことだろうか。
昔は常に明るい性格だったのだが、今では何事にも冷めているようなクールな感じ。だが俺が一定期間いなくなると発狂して泣き出したりと、ヒステリックな一面を覗かせることがある。
例えば、あの児童施設での夜。
『ソーマ、起きてる?』
『ふぁ……また?』
『……うん』
『ほら、じゃあバレないうちに』
『うん!』
ナギは自分の部屋を夜な夜な抜け出して俺の部屋へとやってきては一緒に眠っていた。本人曰く、定期的にそうしないと夜に眠れなくなるのだとか。最低でも週5回はやってきて、酷いときは毎日やってくるときもあった。ちなみに本来は禁止されている行為で実際に注意されたことがあったのだが、ナギが夜泣きしたり不眠症になったりしたことがあったので暗黙の了解ということで落ち着いていたのだ。
ちなみにナギは俺と違い可愛い笑顔を作ることはできるが、それを日常で見せることはない。心から笑うことができなくなったというのは俺たちが共通で背負っているもの。ある意味であの事故の後遺症と言えるだろう。
(しかも、中学に入ってからは別の意味で酷かったしな)
そう、中学校に入って一定の知識を身に着けたナギは夜に俺と……
「奏真、ハンバーグで来たから運ぶの手伝って!」
「おう。あと、ナギも来い」
「え~」
「お前がリクエストした料理だろうが」
「まあ、しょうがない」
俺たちはようやくソファーから立ち上がり綺麗に盛り付けされた皿をリビングのテーブルに運ぶ。シズは調理師を目指しているらしく、その料理はプロに引けを取らないと思っている。最近ではネットに料理動画を投稿してそこそこの再生数を稼いでいるとかなんとか。
「ねぇシズ、もしかしてチーズ入ってる?」
「そうだよ、よくわかったね渚。渚はチーズ好きかなって」
「シズ、愛してる」
そう言ってシズに抱き着くナギ。シズも「はいはい、わかったからとっとと離れようねー」と言いながらナギのことをいなしサラダを取り分ける。もしかしてナギの扱いに一番慣れているのはシズなのかもしれない。
そんなやり取りを尻目に俺はテキパキと皿を運び、ついでに三人分のコップに水を汲んでテーブルへと持っていく。そうして遅れてやってきた二人も床に座る。
「……ご飯がインスタントなのが締まらないわ。お米を炊き忘れちゃった」
「いや、これだけ揃ってれば十分すぎるだろ。俺とナギなんて、このインスタントのご飯にふりかけかけて終わりだ」
「そのうち変な病気になるわよアンタら」
そう言って三人揃っていただきますと言い、シズが作ってくれたハンバーグを食べ始める。本人曰く今日はつなぎにお麩を使ったらしいが、めちゃくちゃ美味しいということしかわからない。ナギも俺と同じなのか黙りこくってただただ無表情でがっついている。
「そういえば二人とも、学校には馴染めた?」
「「……」」
「ごめん、聞いた私が馬鹿だった」
まあ、俺たちみたいな愛想のない奴と仲良くしようだなんて思っている奴はいない。俺なんて目が笑ってないとかよく言われて女子に怖がられている。それを聞いて勘違いした男子が俺のことを責めるなんてこともあったが、なんやかんやでそういうイベントにも慣れた。ちなみにその男子からは既に謝罪を受け取っている。
対するナギは俺以外に男どころか女の子の友達もいない。ただ男子からはやたらとモテるのでたまに告白をされるようだ。そしてそのたびに冷たくあしらって帰ってくるのだとか。俺の勘では、そういう一面が女子に疎まれているのではないかと思っている。本人はさして気にも留めていないようだが。
「「「ごちそうさまでした」」」
そうして俺たちはシズが作ってくれたハンバーグをあっという間に完食する。会話もあの後は少なくなったし、結構短い食卓だった。ちなみに皿洗いは俺とナギで行うことになっている。シズが作ってくれた日は俺とナギが後片付けをする。そのようなルールが自然と生まれたのだ。
そうして皿洗いを終えた俺たちはそのまましばらくシズを交えた時間を過ごし、すっかり日も暮れ遅い時間になってしまった。
「ごめん、長居しすぎた。それじゃ私は帰るから、今週こそ冷蔵庫のもの使ってなんか作るの挑戦してみることだね」
「りょーかい。あ、これ今日のお金」
「サンキュ!」
そう言ってシズは俺からお金を受け取り玄関を出ていった。ちなみにこのお金は今回ハンバーグを作るうえでかかった費用である。もう少しかさ増ししてもいいかと思っているのだが、俺たちもそんな金銭に余裕があるわけでもないので出来てはいない。
「「……」」
そうして俺たちは二人きりの時間を過ごす。とはいえいつも一緒にいるので今更特別には思ったりしない。だがさすがに汗をかいてきたのでそろそろシャワーでも浴びようと俺が立ちあがると、ナギも一緒に立ち上がる。
「私もシャワー浴びる」
以心伝心というべきなのか、ナギは俺がやりたいことやしたいことをすべてわかっている。長い時間一緒に過ごしているせいだろうな。
「というか、さすがにそろそろ別々で入ろうぜ。子供じゃないんだし」
「……やだ」
そう言っている間にもナギは服を脱ぎ始めた。養護施設時代、ナギは俺がお風呂に入っている瞬間を狙って何度も突入してきた。そのたびに職員に注意を受けていたのだが、何度も言いつけを破るので職員も最後は諦めた。というか中学生にもなって一緒にお風呂に入っているナギのことをどこか狂気じみているとさえ思っていたようだ。次第に職員とナギの間には距離感さえ生まれていたのだ。
そしてその分、施設の中ではずっと俺にベッタリだった。まあそれは今も変わっていないか。
「ほら、早く」
「わかったから引っ張るな。服が伸びるだろうが」
俺も気怠げに服を脱ぎ始めナギと同じく一糸まとわぬ姿で一緒に風呂場へと入る。お互いに洗いっこをするとか背中を流すとか、そんな家族のようなやりとりはしない。本当にただ一緒にお風呂に入るだけなのだ。本人曰く、さすがにそれは恥ずかしいとのこと。なんか支離滅裂というか、裸を見せあえる仲なのにどうしてそこで照れるのか疑問に思う。
「ねぇ、ソーマ」
「なんだ?」
今日は浴槽に湯を張っていたので一緒に浸かる俺たち。一気にお湯が逃げてしまい最初はもったいないと思っていたのだが最近はこの光景にも慣れた。
「寂しい」
「……」
「私の事、慰めて?」
「やだ」
そう言って俺はまだ体が温まっていないが風呂を出る。するとナギは溜息をつきながらむすっとし、もう少し長風呂をすることを決めたのか立ち上がることなくその場にとどまった。俺は脱衣所に置いてあるドライヤーを手に取り髪を乾かし始める。
(……もう、やめてくれよ)
ちなみにこれは俺がヘタレているとかそういう話ではない。ナギに対する治療の一環なのである。
ここで明かしておくが、俺は童貞ではないし、ナギも処女ではない。俺の初体験の相手はナギで、ナギの初体験の相手も俺。つまり俺たち同士でヤったのだ。もちろん避妊はしている。しかし、それがここまで尾を引きずるとは思っていなかった。
あれはちょうど中学生の頃。養護施設での生活にも慣れ弟や妹となる存在もどんどん施設に入所してきた時期に起きたこと。
『……ソーマぁ』
『ん? どうしたんだナギ?』
あの日の夜のことは今でも鮮明に覚えている。毎夜のように俺の部屋を訪ねて来るナギの様子はあの日だけは違ったのだ。顔が火照っており、どこか息も荒い。最初は熱でも出したのかと思った。だが、それは違った。
『ねぇ、ソーマ』
『どうしたお前、何か怖いぞ?』
『怖くはないよ。ソーマにお願いがあるの』
『……なんだよ?』
『私の事……抱いてほしいの』
次の瞬間、俺はナギにベッドに押し倒されていた。そして狂気じみたギラついた瞳で見つめられ思わず委縮し固まってしまった俺。振りほどこうと思えば簡単に振りほどけるが、この時の俺はなぜかナギに逆らうことができなかった。もしかしたら、怖くて動くことができなかったのかもしれない。そうしてナギは俺の上に跨りゆっくりと服を脱ぎ始めた。
『なっ、ちょ、え?』
『あっ、ソーマも興奮してるみたい。よかった~』
『おっ、お前何して……』
『ほら、早くしよ?』
半裸になって俺の股間を見つめそう言ってくるナギ。そうして俺は中学生の時に半ばナギに襲われるといった形で童貞を卒業し、向こうもハジメテを散らした。
そしてそれ以降も不定期で同じような行為に及んでいた。俺が逆らわなかったのは、まぁ……思春期ということもあったし? と、人並みの言い訳を並べてみる。
(けど、やっぱこういうの良くないからな)
俺は何故ナギがあのような行為に及んだのか、その理由をずっと考えていた。そうして俺に浮かんだのは一つの仮説だった。
ナギは俺と精神的繋がりを構築しようとはしていなかった。何故なら、すでに俺たちの間には強固な絆があったからだ。いつも一緒でお互いが考えていることもなんとなく汲み取れる関係性。そういう意味で俺たちの精神的な繋がりはカンストしていたと言えるだろう。
だからこそ、それ以上の関係をナギは欲した。その結果、肉体的な繋がりを持つということに至ったのだと思う。
つまり来栖渚という少女は俺にべったりと依存しているのだ。そして悪い方向へと堕ちていってしまっている。今ではナギ本人が以前と比べて理性のコントロールができるようになったため、多少は控えてくれているが、それでもたまに向こうの感情が爆発して逆レイプ紛いのことをされるようになる。先ほどの風呂場の状況を見るに今日か明日にでもその現象が起きてしまうだろう。
シズはもちろん、俺たち以外の誰もこの秘密の関係性を知らない。だが、注意喚起というかそれに近いニュアンスのことをシズが言っていた。
『アンタらって、なんかもう共依存みたいな関係になりつつあるわよね』
『え、ナギはともかく俺も?』
『自覚ないの? 奏真も奏真で渚にベッタリじゃない。まぁ、それは今に始まったことじゃないけど。でも、もし交際を始めるなら正しい手順を踏んで清らかにね』
もしシズが今の俺とナギの秘密の関係性を知ったら俺とナギのことを激しく叱責し、すぐにでもやめさせようと行動を開始するだろう。俺もさすがにそこまで大事にしたくはないのでナギの意を組み黙ってやってるが、さすがに最近になってこういうのが良くないことだと自覚し始めて来た。
それに、もう一つ事情がある。これは俺がシズとナギの会話を盗み聞きしてしまったのだ。高校に上がる前で養護施設で過ごす残り少ない日々を楽しんでいた時、シズがナギに問いかけていたのだ。
『ねぇ、渚は奏真と付き合おうとか思ってないわけ?』
『え、なんで?』
『いやだから、そんなにベタベタしてるのに好きじゃないとかありえないじゃん。でもアンタら、一切そんな話題出さないどころか否定してるし』
そんなことを問いかけるシズに、ナギはハッキリと答えた。
『私はソーマと付き合う気はないよ』
『ふ、ふーん……そうなんだ』
俺はそのままばれないようにその場を離れた。なんだか遠回しに傷を負った気分だが、俺もナギのことをそういう目で見れずに悩んでいたのでその点に関しては安心する。
だからこそ治療。もちろん俺から何度もこういう肉体関係を築くのはやめようと話している。だがナギは事あるごとに俺のことを誘惑してくるのだ。だから俺は最近はそういうのを徹底的に無視するようにしている。その結果が先ほどの風呂場だ。
俺としてもナギを拒絶するのは心苦しいが、このまま中途半端な関係性を続けるわけにはいかない。今のところ親友以上で家族以上で恋人未満という関係性。
ならいっそのこと付き合ってしまえと思うかもしれない。
もちろん俺も一時は考えた。だが、幼い頃からナギと兄弟姉妹のように育ってしまった俺は彼女をそんな目で見ることができないでいた。ずっと家族同然だった人をこれから恋人として扱う。文面では簡単なように見えて心理的には凄く難しいのだ。現に向こうも俺とどういう関係に落ち着きたいのかよくわかっていないらしい。今はとにかく、精神的であろうが肉体的であろうが俺と繫がりを持っていたいらしい。
世の中にあるギャルゲーの主人公たちは姉や妹でさえ攻略対象としているらしいが、どうやったらそんなことができるのかその極意を習いたい。だが現実世界でそんなことができるはずもなく、俺はナギのことをこのような形で拒絶するしかできなかったのだ。
「長く一緒にいるせいだよなぁ。ま、しょうがないんだけど」
俺が脱衣所を離れると、遅れてそこからドライヤーの音が聞こえて来た。どうやらナギも風呂から上がり髪を乾かし始めているようだ。俺はアンダーウェアとボクサーパンツといういかにも風呂上りといった服装をしてベッドの上に座る。
「……はぁ、今日は休みだったはずなのに最後の最後でどっと疲れた」
考え事をしすぎたためか、それとも昔の事故のことを少しだけ思い出してしまったせいか。なんか心が疲れていた。だが俺がやることはあの時からブレていない。
(ナギのことを守る……か。それはできていると思うけど、代わりに俺が貞操を狙われ犯される結果になるとはねぇ)
あの時のピュアな自分はそんなこと一ミリたりとも思っていなかっただろうし、言ったところで一切取り合わないだろう。
俺が望むのはナギとの平和でほのぼのとした平穏な日々。お互い上手く笑えないがそんなものは絆でどうとでもできる。嫌なことは忘れて一緒にのんびりと過ごしていきたい。
だがナギが望んでいるのは俺とのドロドロな関係。どう考えてもその中途半端な関係の先に待っているのは破滅だと思う。なにせ、俺がナギのことをそういう目で見ることができないのだから。
それにナギ自身、たぶん俺とどういう関係になりたいのかはっきりわかっていない。だからこそこのような爛れた関係にまで拗れてしまっているのだ。同棲中のセフレと言われてしまっても否定できない。
「ソーマぁ」
「ん?……って、うおっ!?」
油断をしてベッドの上でスマホを弄っていたら髪を乾かし終わったナギに押し倒される。案の定というべきかナギは着替えておらずお風呂上りで裸のまま。俺の顔を手で包んだかと思えばそのままキスをしてくる。それもディープなやつ。
「ぷはっ!? ちょ、おい!」
「ごめん、我慢できない」
そう言って再び唇を重ね舌を滑り込ませて来るナギ。俺はいつも通りになってたまるかと振りほどこうとするが、ナギのテクニックのせいで徐々に力が抜けていき脱力してしまう。この女、回数を重ねるごとにその手のテクニックが向上してやがるのだ。
「ねぇソーマ、いい? いいよね?」
「……」
そして先ほどまでの決意も空しく結局ナギに押し切られせっかく着替えた服を脱がされる俺。俺が抵抗しないのは、発情したナギに魅入ってしまうため。この姿の彼女が、とても可愛いという最低なことを思ってしまうのだ。しまいには自ら腰を動かしている始末。
結局のところ、悪い方へ堕ちているのは俺も一緒なのだ。
結局この日は外から小鳥の声が聞こえてくる時間帯まで何度も体を重ねてしまい、日が昇るころにはシャワーを浴びることなく二人そろって泥のように眠ってしまうのだった。これがぐるぐるぐるぐる、中学校のときからずっと続いている。
そろそろケリをつけなくては。
何度目かわからない決意と共に、俺は毎日を生きているのだ。しかしその思いは叶わず、俺たちは確実に破滅の運命を歩みゆく。このままでは、俺もナギもダメになる。
だが、何も変えられぬまま時間だけが過ぎていった。
それから数年後、俺たちは大学生になった。俺とナギは都内の大学の教育学部に進学した。今では周りからバカップルとかそういう風にからかわれることが増えた。俺にもようやく軽口を叩き合える友達というものができたのだ。ナギはちょっと不満そうだったが、俺が幸せならいいと見守ってくれている。
そして今の俺には夢ができたのだ。かつてお世話になった養護施設に戻り、そこで職員として俺やナギと同じ境遇の子たちに寄り添い導きたい。だから大学で社会福祉士の資格取得を目指し日々精進中だ。なお放課後や休みの日には施設へと足を運びボランティアという形で仕事を経験させてもらっている。
一方のナギは俺が進学するからという理由で受験勉強を始め同じ大学を受験し合格した。彼女にはまだ夢のようなものはないらしい。それでも勉強だけは頑張っているから俺に文句を言う筋合いはないのだ。本人曰く、奨学金がなくなったら困るからとのことらしいが。
ちなみにシズは近くの調理師専門学校へ進学。いまは調理師免許の取得を目指して勉強中とのことだ。
この手の専門学校は退学率とかも高いらしいので自ら修羅の道を選んだシズは本当にすごいと思う。そういうわけで俺やナギも全力で彼女のことを応援している。まぁ、今でもちょくちょく飯を作りに来てもらうことがあるが。
とまぁ、これが今の俺たちの現状だ。俺は施設で新しく入所する子の荷物を運びながら今までのことを思い出していた。そうして荷物を運び終えると俺は椅子に座って待っていた子を連れて整理の終わった部屋へとやってくる。
「はい、ここがこれから君が暮らす部屋だ」
「……」
「必要なものは揃っているから、後は自分で細かいところを整えてな」
俺は床に膝をつけてその子と同じ目線で語り掛ける。
俺の目の前にいる男の子はシングルファーザーの家庭で育ち、先日お父さんが過労で亡くなったそうだ。そして頼れる身寄りもなく自動的にこの児童養護施設へと送られてきた。
この子の目はいつかの俺やナギのように黒く澱んでいた。唯一の肉親を亡くしてしまったのだ。その胸の苦しみやこれからの不安は痛いほどよくわかる。あの時の病室で、看護師さんたちが俺とナギのことを見て泣きそうになっていた気持ちがこの歳になってよくわかった。
「……怖い?」
コクリ
俺の問いかけに男の子はゆっくりと、泣きそうな顔をして頷いた。確かにいきなり見たこともない場所に送られて今日からここで暮らせと言われるのは凄く心細いよな。俺にはナギがいたからよかったが、大半の子は孤独の状態でここへ送られてくるのだ。
「その不安は痛いほどわかるよ。俺もそうだったから」
「……お兄ちゃんも?」
「そうだ。俺もお父さんとお母さんがいなくなっちゃってな。」
俺はそのまま右手で男の子の頭を撫でる。
「お父さんのことを絶対に忘れるなよ。君が忘れなければ、お父さんは君の心の中でずっと生き続けることができる。俺もそうだから」
「……よく、わかんない」
「そっか」
そう言って俺は男の子に笑いかける。いつの間にかに出来るようになった、自然な笑顔で。
「困ったことがあったり、寂しいことがあったら俺やみんなに話してな。きっとすぐ助けるよ」
「……ほんとう?」
「うん、ここはそういう場所だ。第二の人生のスタート地点。そして、夢や希望に向かうため力になってくれる新しい家。君の家だ。新しい家族と、ゆっくりでもいいから仲良くな。たくさんのお兄ちゃんとお姉ちゃんが君と仲良くなれるのを待ってるぞ」
俺はそう言って部屋を出た。背後の扉の中からはすすり泣くような声が聞こえたが今は一人で泣かせてやろうとその場を立ち去る。あとはこちらを覗き込んでいつ部屋の中に入るかタイミングを伺っていたあの子の新しいお兄ちゃんやお姉ちゃんたちに任せよう。ここはそういう場所だから。
「さて、そろそろ時間だしあとは任せて帰るか」
俺は職員や仲良くなりすぎて軽口を叩き合う仲になった弟や妹たちと帰りの挨拶を済ませてナギの待つ家に帰る。左手の薬指で輝く銀色の指輪を撫でながら。
「ただいま」
「お帰りソーマ」
静かでクールな口調だが、それをかき消すくらいの満面の笑みで出迎えてくれるナギ。数年前と比べて自然な笑みができるようになった。これに関しては、俺よりナギの方がずっと改善されているよな。
「それより見て、今日はソーマが遅いと思って料理を作って待ってたよ」
「……シズだな」
「うぐっ」
「それにお前ら二人でもう食べ終わった後だろ。冷めると美味しさが半減するとかシズが言ってお前もそれに乗っかったんだろ?」
「……正解」
どうやらナギはすでに夕食を済ませ、シズも帰った後らしい。久しぶりに顔を見たいと思ったのだが、最近になってこういうニアミスが増えた。もしかしたら俺たちのことを気遣ってくれているのかもしれないが。
そう、俺たちは交際とかそういう期間をすべてすっ飛ばして婚約者となった。既に指輪を購入して、お互いの愛を誓いあっている。
(結局、どっちも自分の気持ちに素直になれなかったんだよな)
俺はナギが取り分け運んでくれたシズお手製の料理を食べ始める。うん、あいつまた腕を上げたな。調理学校に入ってからというものあいつの作る料理の腕により一層磨きがかかった。味音痴だった俺とナギでさえわかるくらいには。
そんなことを考えていると、いつの間にか俺の隣に座ってピタッと体を密着させてきたナギがどこか恨めしそうな目で見つめてくる。かと思えば左手の薬指についた輪を使い俺の脇腹をぐりぐりしてくる。
「今、シズのこと考えてたでしょ?」
「当たり前だろ。俺たちにとってママを通り越してもはや神だぞ」
「この前、シズの事シズママって呼んだらブチギレてた」
「それなら、たまにはお前もシズのことを労ってやるんだな」
「それ、ソーマが言う?」
数年前はわりと会話も少なかった俺たちだが、大学生になってからは会話が増えた気がする。些細なことやどうでもいいこと。こんなこと、前は一切話さなかったのにな。お互いのことを理解しすぎているというのも困りものである。
そして何より
「それよりナギ。明日は休みだし、今夜は二人で夜更かししようぜ」
「……エッチ」
「その言葉、そっくりそのまま昔のお前に帰してやるよ」
今では夜にナギに襲われるということが無くなった。その代わりに、俺からナギを求めるということが増えていた。昔はナギに好き勝手に体を弄ばれていたが、今では俺が弄ぶ側に回っている。それに俺がナギの弱いところをとことん知り尽くし、そこそこのテクニックを身に着けたため今では負けなしだ。
ナギも負けず嫌いを発揮し大人の道具を通販で購入しているが、かえって俺の性欲を高めることになり、その結果生じたあまりある欲望が自身の身体に向けられるので逆効果ではあるのだが。
「それよりソーマ、いつ結婚する?」
「俺らまだ学生だろ。せめて卒業して生活が安定してからだ」
「むーっ、遅い」
「仕方ないだろ。ただでさえギリギリの生活送ってるんだし」
俺たちが購入した指輪は二人でコツコツ貯金しつい先月になってようやく手が届いたもの。補助金をこんなものに使っていいのかとも思ったが、返済の義務はないらしいし自分たちの生きる希望になるのならと思って購入を決意した。その結果、生活費はカツカツだ。
「それより俺は驚いたよ。まさかナギがお付き合いとかそういう手順を全部ぶっ飛ばして結婚を考えてたとは」
「逆に、それ必要だったの?」
「俺は必要だと思うけどな」
「私、まどろっこしいの嫌い。早く幸せになりたい」
「ほんとう、ハチャメチャなのはガキの頃から変わらないよな」
ナギは俺と付き合ったり恋人になるという欲望を持ち合わせていなかった。だが別の願望を持っていたのだ。すなわち、俺と結婚し妻となること。だから俺と付き合ってるとか付き合いたいのとかそういう質問に対してすべて否定していたらしい。お互いのことをすべてわかった気になっていた俺たちだが、そういうところで誤解が生じていたらしい。
今ではお互い、だいぶ素直になったと思う。そのおかげで俺もナギのことを幸せにしたいと思っていると気づけたのだ。
「ウェディングケーキはシズに作ってもらお?」
「それ、間違いなくシズは緊張とかで発狂しそうだよな。まぁ、やってくれそうではあるけど」
「式場は……やっぱりあそこ?」
「というか、それ以外になくないか?」
「確かに。私もあの場所がいい」
俺たちが結婚式を開く場所はもう随分前から予約済みだ。それは俺とナギが育った場所で、たくさんの家族が待っていてくれる場所。そう、あの児童養護施設だ。
俺とナギが子供のころからお世話になっている職員の人にそれとなく尋ねたら泣いて喜びながら了承してくれた。どうやら俺たちのことを全力で祝福してくれるらしい。あの人たちはナギが夜な夜な泣いていたりする姿を見ていたらしいのでその分嬉しかったのだろう。
さらに当時の同期たちや兄弟姉妹たち、果てには退職した職員までも各地から呼び寄せて盛大にお祝いしてくれるらしい。俺とナギとしては嬉しいというか照れるというか複雑な気分だ。
ぶっちゃけ費用節約という事情もあるのだが、それを口にする者は誰もいない。育ててもらったり働かせてもらったり、果てには結婚式まで。あの施設とその職員の人たちにはもう頭が上がらない。
「ねぇ、ソーマ」
「なんだ、ナギ」
「私、すごく幸せ!」
「……だな」
俺の隣に座る君は、満面の笑みで恥ずかしげもなくそう言った。俺はそんな君に腕を回し、お互いの身体を寄り添い合わせるようにくっつく。
二度と離さない。ずっと一緒。絶対に幸せにする。そんな誓いを君に捧げる。それを聞いた君は、俺に一生添い遂げると目を合わせて誓う。
そのまま俺たちは自然に唇を重ねていた。そのキスは今までベッドの上で行っていたものとは違い、幸福に溢れたものだった。キスを終えた俺たちは、二人ではにかみ笑い合う。二人の顔は、幼い頃の自分たちのようだった。俺たちの愛が、誓いが、幸せが、破滅することなんて絶対にありえない。そんなことを考えながら君と歩む明日を想う。
彼女はとことん堕ちてゆく。
俺という存在に。
これから歩む未来に。
そして、二人でつくる幸せに。
——あとがき——
今回初めて挑戦した短編小説です。
いろいろと悩んだりしましたが、こんなストーリーで落ち着きました。気が向いたらまた合宿気分で短編小説を書いてみたいと思います。その時はこの小説を超えるようなストーリーが描けるように精進しますので是非ご期待を。
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依存少女は堕ちてゆく~俺は平穏を望み君は破滅へと誘う~ 在原ナオ @arihara0910
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