第2話 クッションcv:男の子

俺は疲れ果てて、ベッドに倒れこんだ。



今日の部活は一段と大変だった。


終わった後ヘトヘトになって、家まで帰ってくるのも億劫だったくらいだ。



ノロノロと立ち上がって着替え、再度ベッドに倒れ伏せる。


こうしていると、今にも眠ってしまいそうだった。



ふと横にある抱き枕に目がいく。



他の友達のものは色んなキャラが描かれているらしいが、


俺のは無地で、何の柄もついていない。


でも結構気に入っていた。



しかし、今朝のは一体何だったんだろう、と、抱き枕をいじくる。



何だか、今朝の抱き枕はいつもと違った。


具体的に何が、と聞かれると返答に困るが、とにかく何か違ったのだ。



なんというか、可愛くてずっと抱きしめていたくなる感じだ。


こんなことを言ったら頭がおかしくなったと思われるかもしれないが、俺は本気だ。


絶対にいつもと何かが違った。



でも......、


......可愛いといえば、今日のすみれさんだよなぁ。



俺はいじくる手を止めて、頬を緩ませて宙を見る。


そう、今日のすみれさんは何だかいつもより可愛かった。



珍しく遅刻してきたと思ったら、教科書を忘れていたり、


他にも、いろいろドジばかり踏んでいた。



そしてニヤニヤしながら見ている俺と目が合うと、顔を真っ赤にして背ける。


話しかければ慌てふためいて、何かを主張しながら最終的には震えながら黙りこくる。



いつもはあまり話さないのだが、今日はドジのおかげで接点が多かった。


でも何かあったのだろうか?



そんなすみれさんを見るのは初めてだったが、


何だか不思議と可愛いなと思った。



運が良いことに、席が隣同士だ。


今日は一日中、そんなすみれさんを見ることができたのだ。



俺は今日のすみれさんを思い出して、にへらと笑った。


明日も会えると思うと、何だか嬉しい。


一体明日はどんな顔をするのだろうか。



そんなことを思いながら、


俺は微睡の中に落ちていった。









ふと気がつくと、知らない部屋のベッドにいた。


慌ててあたりを見渡す。



知らないクローゼットに、可愛らしい机に、今俺がいるベッド。


机の横の棚には、ぬいぐるみがたくさん置かれていたりと、実に女の子らしい部屋だ。


少なくとも俺の部屋ではない。絶対に。



とりあえず状況を確認しようと、ベッドから降りようとする。


しかし...、体が動かない。



どれだけ動かそうとしても、俺の体はうんともすんとも言わなかった。


というか自分の体が小さくなったような気がする。



まさか、黒い人たちに変な薬でも飲まされたのか?と、


壁に姿見を見つけて、慌てて自分の姿を確認する。



そこには......、一つのクッションが置いてあった。




真ピンクの姿に、点が三つ。


両脇には手なのか、羽なのかよくわからない装飾品。



ひよこ、なのだろうか。それともクマ?


案外、イヌかもしれない。



直感的にわかる。


これ、......俺だ。



状況を理解しようと、頭をひねる。


しかしどんなに頑張っても、ただの高校生である俺には何が起こっているのかさっぱりわからなかった。



その時......、


「はー。つかれた...。」


『すみれさんが』部屋に入ってきた。



あまりにびっくりして目を見開く。


慌てて俺は変態じゃないと弁明しようとするが、すみれさんは俺を見ても何も言わなかった。



ずかずかと歩いてきて一目散にベッドに倒れこみ、そして俺に向かって手を伸ばす。


抱き寄せられながら、俺は悟った。




これ、夢だ。








実に数十分の間、俺はすみれさんの膝の間に挟まれて抱きしめられ続けていた。


制服姿のすみれさんは、ベッドの上で脚を大胆に立て、体育座りで壁にもたれかかっている。



向こうからなら、スカートの中が見れるのにっ...!と思っていたが、押しつけられる柔らかい感触に、そんな考えも吹き飛んだ。



「はーっ」

俺を抱きしめながら、すみれさんが何回目かのため息をつく。


ずっとこんな感じなので、最初は邪な気持ちしかなかった俺も、流石に心配になってくる。



一体どうしたんだろう。



「絶対っっ、変な子だと思われた......!」

突然、すみれさんが大声を上げた。



俺はびっくりして、体を跳ね上げる。


すみれさんを見ると、悲壮感に満ち溢れた顔をしていた。



俺を強く抱きしめたまま、すみれさんがベッドに倒れこみゴロゴロと転がり始めた。


俺は目を回しそうになりながら、それに耐える。



やがてすみれさんが動きを止めて、俺を天高く持ち上げた。



「はー」

そしてため息をつく。


「今日は、失敗ばっかりだな...。」


その言葉に、目が回ってふらついていた俺は、ハッとすみれさんの顔を見下ろす。



もう一度俺を抱きしめて、すみれさんが悲しそうに言う。


「遅刻するし、教科書忘れるし、部活でもミスばっかりだし...。あの人にも絶対変な子だって思われた。」


あの人?

誰のことだろうか。


「話しかけられてもうまく喋れなかったし...、せっかく仲良くなれるチャンスだったのに。...いや、そういうなんじゃないけど。」


へぇ、まさかすみれさんにそんな人がいるとは思わなかった。

口では否定しているが、その表情はどう見ても憂う乙女の顔だ。


「はーっ。明日からどうしよう...。どんな顔して会えば...。」


なるほど、なるほど。

よしっ、その悩み、俺が解決しよう!


隣の席のよしみだ。さあ、名前を言うが良い。

俺が明日バシッといい感じにしてやろう!


意気揚々と次の言葉を待つが、目を伏せたまま、すみれさんは動かない。



「着替えないと......」


やがて、のそのそと立ち上がって、制服に手をかけた。



俺は思わず体を固める。


もしかして......?



すみれさんが脱ぎ始めた。



俺はその姿から目が離せない。


もはやすみれさんの気になる人の事など、頭から飛んでいた。



下着姿になったすみれさんが、ブラに手をかけた。



そして.........。






出ない鼻血を無い手で抑えながら、俺は今の光景を思い返していた。


目の前ではすっかり着替え終わったすみれさんがリラックスして座っている。



目をしっかりと見開きながら見ていた、その一部始終を俺は丁寧に頭の中に保存する。


実に魅惑的な光景だった。



しかし、すみれさん。


でかい、でかいとは思っていたけれど、それでも着痩せするタイプだったとは。


本物のそれのボリューム感と言ったら...。



俺が至福の余韻に包まれていると、



むぎゅっ



押し潰された。


倒れ込んできたすみれさんである。



全身が何だか良い香りに包まれる。


クッションである俺よりも、なぜかすみれさんの身体の方が柔らかく感じた。



俺を押し潰す、二つの双丘は一体何なのか。


しっかりとその感触を覚えながら、すみれさんの様子を伺う。



未だに落ち込んでいるようだ。


さっさと告っちゃえばいいのに、と俺は思う。



もちろんそんな簡単な話では無いのは分かっているが、今のすみれさんの悩みを解決するには一番手っ取り早い方法である。



断られることはないだろう。


何せすみれさんである。



黒髪が魅力的だし、長い髪はツヤツヤと光を放って綺麗だし、小柄で女の子らしいし、巨乳だし、顔は整ってるし、成績は悪くないし、所属している吹奏楽部でも優秀だし、ドジしてるところも可愛かったし、女子力高いし、良い匂いするし、身体柔らかいし、巨乳だし、可愛いし、可愛いし、可愛いし。


こんな女の子に告白されて断る男なんていないのだ。



俺としては未だに彼氏がいないことの方が不思議だ。


絶対、色んな人に告白されているはずなのだが。



俺がうんうんと一人頷いていると、持ち上げられた。


そしてすみれさんと真正面から向き合う。



クリクリとしたまあるい目が、俺を見つめた。


静かな瞳が煌めいて、とても綺麗だ、と感じる。



「にゃー助はどう思う?」


真面目なトーンでとんでもない爆弾を投下された。




俺......、ネコだったのか......!!



衝撃の事実に身を震わせながらも、動かない体で必死にアピールした。



そう、それだよ。その顔。



その顔を気になってる人に見せればいいんだよ。


イチコロだから。俺が保証する。



すみれさんの顔がふっと和らいだ。

「そうだよね...。」


おっ?分かってくれたか?



「私が、なんて、おこがましいよね。身の程を知るべきなんだ...。」


違う。そっちじゃない!


そう言うなら、早く自分の身の程を知ってくれ!!



そうすれば、自分ならどんな男でも大丈夫だって気づくからっ!!




どれだけアピールしようとも、俺の声は届かなかった。



もう一度俺を強く抱きしめて、すみれさんが布団をかぶる。



「おやすみ、にゃー助。明日からは、あきらめて......。」


すみれさんが目をつぶる。



その姿が、必死に何かを忘れようとしているようで、痛々しかった。



そうやって俺を抱きしめ続け、


しばらくすると、小さな寝息が聞こえ始めた。



閉じられた目の端で、涙が光る。



俺はすみれさんの顔を見上げながら、自分の中で決意を固めた。


明日からは、すみれさんに目一杯話しかけよう。



たくさん会話して、その端々ですみれさんのことを褒めるのだ。


そうすれば、少しは自分の魅力に気づいてくれるだろう。



良いものまで見せてもらったのだ。


それくらいのことはしないと、いけない。


俺はやる時はやる男なのだ。



ふんす、と鼻息を立てる。


明日から頑張るぞ〜。



そんな決意を胸に、強く抱きしめられたまま俺も微睡に落ちていく。




......もう眠ってしまった俺は聞き逃した。



「い、とう...くん......。」


キュッと結ばれた唇から小さくこぼれた、そのつぶやきを。









翌日、


いつの間にか自分のベッドの上に戻っていた俺は、自分を奮い立たせる。



鳥のさえずりと、優しくそよぐ風の音。


暖かな朝日に包まれて、俺の気分は絶好調!



さあ、すみれさんを元気づける隊、出動だ!!






その後、学校では......。


口説きまくる男の子と、戸惑いながらも徐々に心を開いていく女の子の姿があったとさ。




めでたし、めでたし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私があの子の抱き枕に!? @YandK

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ