私があの子の抱き枕に!?
@YandK
第1話 抱き枕cv:女の子
鳥のさえずりに、私はふと目を覚ました。
爽やかな風に、暖かい太陽の光。
実に心地のよい朝。
私は身震いして、寝返りを打つ。
......打とうとする。
そこで初めて私は違和感に気づいた。
体が、動かない。
慌てて、手や足を確認する。
しかし、どれも動かないどころかその感覚さえ感じ取れなかった。
か、金縛りというものなのだろうか。
ど、どどど、どうしよう!
こういう時の対処法ってなんだっけ。
必死になって、頭の中を探る。
しかし、ただの女子高校生である私にそんな知識があるわけ無かった。
私が慌てふためいていた、その瞬間。
「う〜〜ん、ん〜。むにゃむにゃ。」
背後から、誰かの声が聞こえた。
心臓が止まる。
誰かの息遣いが、誰かの温もりが、誰かの感触が、背後にあった。
誰か分からないその人は、未だ微睡んでいるのか静かに寝息を立てて眠っている。
寝言を聞くに、どうやら男の子のようだ。
そこで初めて私は気づく。
ここは、
......私の部屋じゃない。
目の前に広がるのは、いかにも男の子、な感じの部屋だった。
無骨な勉強机に、散らばった教科書。
地面に転がるサッカーボールは、長年使い込んでいるかのように汚れている。
窓際に置いてあるベッドの上で、私とその男の子は眠っていた。
い、意味がわからない。
あまりの状況に必死になって、頭を回していると......
「う〜〜ん、んん。」
背後の男の子が抱きついてきた。
思わず体が硬直する。
抵抗もできずにただ身を強張らせていると、そのままさらに強く抱きしめてきた。
私の太ももに脚を絡めて、お腹に手を這わす。
首元に感じる暖かい息が、私の身体を震わせた。
こ、これは一体どういう状況なのだろうか。
朝、起きると知らない部屋で金縛りにあっていて、
知らない男の子が同じベッドの上で、私に抱きついてきている。
全身に力を入れても、体が動く気配はなく、私はただ男の子のされるがままになっていた。
さらに男の子が強く私のことを抱きしめてくる。
そこで初めて、私は自分の身に起こった変化に気がつく。
どれだけ強く抱きしめられても、痛くない。
それどころか私の身体は柔らかく変形して、この人の体にフィットする。
とうとう、男の子が首元に顔を埋めてきた。
い、息が顔に当たる。
頬をすりすりと擦り付けられ、吐息が肌を撫でる。
当たる、柔らかな小さい感触は一体なんだろうか。
考えないことにする。
私は完全に息を止めていた。
背後の男の子の動きに全神経を集中する。
一体どれだけの間、そうしていただろうか。
動きが止まり、やがて男の子がむくりと起き上がった。
その目が私を捉える。
私はじっと見返した。
「なんだ、ただの抱き枕か。」
男の子が小さくつぶやいた。
私は、不貞腐れていた。
目の前では男の子がぼんやりしながら、学校に行く準備を整えている。
あれからしばらく片手で私を弄んでいたが、やがて何も無かったかのように立ち上がって、教科書を揃え始めたのだ。
その顔には見覚えがあった。
隣の席の伊藤くんだ。
サッカー部所属の活発な子で、いつも教室で他の男の子数人と楽しそうに喋っている。
私が何となく意識しているだけで、全く接点がなく、本当にただのクラスメイトだ。
伊藤くんに抱きしめられていたんだと考えると、悪い気はしなかったが、
いや、そういう意味じゃない......!
ゴ、ゴホン。
この人、私をあれだけもみくちゃにしておきながら、
よりによって、『抱き枕か』の一言で終わらせたのだ。
もう少し何かあっても良いのではないだろうか。
い、いや、何を、と聞かれても困るけれど。
か、感想とか?それとも、謝ってもらう?いや、褒めてもらった方が...。
と、とにかく。何かあっても良いのではないだろうか。
ノロノロと身支度を整えている伊藤くんを睨む。
まあ、でも仕方ないか。
私は自分の体を見下ろした。
男の子の部屋に似合う、なんの変哲もないただの抱き枕。
デザインもなく、何かのキャラクターが描かれているわけでもない。
ただの無地の抱き枕だ。
そう、本当に私は抱き枕になっていた。
それも伊藤くんの、日頃愛用している、抱き枕である。
私は、伊藤くんの匂いが染みついたベッドに横たわって、小さくため息?をつく。
未だ、身体は動かせないままだった。
言葉も出せないため、伊藤くんに私の存在を伝える手段がない。
本物の抱き枕のように、大人しくベッドに置かれているしか無かった。
学校に行く準備を整えた伊藤くんが、自分のTシャツに手をかけた。
そして脱ぐ。
私はびっくりして、慌てて目?をつぶった。
ガサゴソと着替える音が響く。
な、なんでこんな状況になってしまったんだろう。
目の前では、近くに抱き枕があることなんて気にも留めていない伊藤くんが、無防備に体を晒しながら、制服に着替えている。
私は好奇心に負けて、片目だけ薄く開いてみた。
視界に、細いけれどそれでも筋肉質な身体が写り、即座に目を閉じる。
これでは男子の着替えを覗き見している変態な女の子ではないか。
衣擦れの音が止むまで、私は目をつぶったまま、じっとしていた。
何の音もしなくなり、私はやっと目?を開く。
すると、私を見る伊藤くんと視線が交わった。
思わず息が止まる。
意味ありげに私を見下ろす伊藤くんが、ゆっくりと近づいてきた。
そして私のそばに腰を下ろす。
ツンツンと、頬?を指でつつかれた。
ビクッと身体が硬直する。
その手はそのまま、遠慮のないものになった。
頬を両方に引っ張られ、グニグニされる。
頭をペシペシと叩かれ、大きな手が背中を伝っていく。
って、ちょっと!ドコ触ってるのよ!!
私を遠慮なく撫で回しながら、伊藤くんが呟いた。
「な〜んか、この抱き枕、いつもより柔らかいんだよなぁ。」
私の鼓動が激しくなった。
「それからいつもより、いい匂いがする。」
私に顔を近づけて、伊藤くんが鼻を動かす。
って、ソコは嗅いじゃだめ...!
「そして、いつもより可愛いような......。あれ?俺は何言ってんだ?」
困惑している伊藤くんをよそに、私の心臓?は大変なことになっていた。
「この感覚、どこかで......。」
伊藤くんが一人考え込んでいる。
「そうだ、隣の席のすみれさんだ!」
唐突に名前を呼ばれて、私はビクッと震えた。
ハッと伊藤くんを見ると、まるでモヤモヤが解けたかのようなスッキリとした笑顔を浮かべている。
しかし、それどころではない。
ドンピシャに名前を当てられて、震えが止まらなかった。
「うんうん。あの長い黒髪の。小柄だけど巨乳な。あの可愛い子。」
伊藤くんの言葉に私は顔?を真っ赤にする。
もしも人間だったなら、頭から湯気を出してベッドの上をゴロゴロ転がっているところだろう。
い、伊藤くんが、私のこと、か、かか、かわいいっ.......って......!
...あれ?今、胸のこと言って無かった?もしかして、そんな目で......。
恥ずかしいような、なんだか嬉しいような、でもそんな風に身体を見られていたと気づいて怒るような、複雑な感情が湧き上がる。
伊藤くんが最後に私の頭をぽんぽんと叩いて、立ち上がった。
「よし、今日すみれさん見かけたら、話しかけてみようかな。」
その顔には清々しい表情を浮かべて、にこにことしている。
制服姿の伊藤くんが鞄を持って、足取り軽く部屋を出ていった。
朝食を食べて、そのまま登校するのだろう。
ようやく一人?きりになれた私はホッとため息をつく。
話しかける、と言っていたが、これを聞いた今
私に伊藤くんといつものように話せる自信は、まるで無かった。
......そこで、ふと疑問に思う。
......あれ?私はどうやったら元の体に戻るんだろう?
顔が凍りつき、冷や汗がだらだらと流れた。
伊藤くんとの思いがけない接近に、胸が高鳴っていたものの、
...いや、そういう意味じゃない......!
ずっと抱き枕のままでは、何の意味もない。
私は途方に暮れて、天を仰ぎ見た。
知らない天井が、私を見下ろした。
結果から言うと、ちゃんと元の体に戻ることはできた。
身動きが取れないまま、部屋でぼんやりしているとだんだん眠くなってきて、
ふと起きると、自分のベッドの上に戻っていた。
なんとなく自分のベッドの匂いを嗅ぐも、向こうのベッドと違って伊藤くんの匂いはしない。
戻れたことは嬉しかったが、なんだか寂しかった。
夢の様な体験に頭をふわふわさせながら、時計を見て......、
驚愕し、大慌てで着替えて家を飛び出した。
普通に遅刻だった。
伊藤くんからの視線を感じながら、教室に入る。
元の体に戻った今、伊藤くんの顔を見るのが妙に気恥ずかしかった。
家を出る時慌てすぎて教科書とか忘れるし、伊藤くんが意味ありげにニヤニヤしながら見てくるし、顔から火が出そうだ。
今日の伊藤くんは自分から教科書を見せてくれたりして、とても優しかった。
距離は縮まったし、結果おーらいかな?
.........いや、そういうなんじゃないし///!!!
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