目附さんの学級日誌 ~本の持ち主を捜せ!~
みすたぁ・ゆー
目附さんの学級日誌 ~本の持ち主を捜せ!~
それはある日の昼休み――
市立
今のところ激しい言い争いにはなっていないが、その場の空気は不穏かつ混沌。誰しもが少なからず苛立ちや刺々しさ、不安、当惑などの感情を体から発していて、いつ何をきっかけとして負のエネルギーが爆発するか分からない。
そしてひとつの堰が切れれば、その氾濫が周囲に連鎖して手が付けられない状態になる可能性もある。
当然、クラス委員長としての責任感が強くて面倒見の良い小町が、それを目の当たりにして放っておくわけがない。早速、首を突っ込もうと彼女はそこへ歩み寄る。
「みんな、何かあったの?」
「あっ、目附さん! ちょうど良かった! 困ったことになってるんだよ……」
まさに渡りに船といった様子でホッと息をついたのは、男子のクラス委員長である
彼は小学校のサッカー部でキャプテンを務め、そのリーダーシップをクラスでも遺憾なく発揮している。さらに爽やかな笑顔と付き合いの良い性格で、男女を問わず人気が高い。唯一、勉強が少し苦手なのはご愛敬だ。
なお、クラスにおける大抵のいざこざは幹太がいれば解決することが多いのだが、今回はそんな彼でも手に負えない案件らしい。そしてそうした時に解決へと導く切り札となっているのが、何を隠そう小町だった。
日常的な物事の処理では幹太に及ばないものの、彼が匙を投げるような難問に関しては不思議なことに解決率が100%。思わぬ着眼点やヒラメキによって、事件をスッキリ晴れやかな状態に導いている。
事実、周りにいたクラスメイトたちも、小町の姿に気付くと一様に安堵の表情を浮かべる。
――その反応こそ彼女に対する信頼感や現状を打破してくれるのではないかという、期待感の表れなのかもしれない。
「目附さん、まずはこの二冊の本を見てほしいんだけど――」
幹太が手に取ったのは『小学生のための短編小説集』というA5サイズの本だった。それが二冊。パッと見た限り、違いは分からない。
もちろん、印刷所で同じデータを使って何千部という単位で刷られるのだから、明確な相違点などないのが普通だが。
「その本って、学校から朝読書の推薦書として指定されたものだよね? 私は持ってないから、まだ読んでないけど」
「うん、その学校からの推薦書というのが今回の問題の発端なんだよ。つまり多くの人が同じタイトルの本を持っている可能性が高くなるでしょ? それでこの二冊、どちらかが
教卓の横にはその名指しされた市谷
一方、憂は俯き加減で体を縮ませ、眉を曇らせている。小さな体がいつも以上に小さく感じられ、儚さが倍増している感じだろうか。そして落ち着きなく瞳をウロウロさせながら、ふたつ結びにした自分の髪を手でいじっている。
「掃除の時間に机を運ぶ時、中身が飛び出ちゃったらしくてね。ふたりの本が混ざって、どちらの本がどちらの持ち物なのか分からなくなってしまったんだ。それで見分けてほしいってクラス委員長の僕がふたりから相談されたんだけど、違いが分からなくて困ってたんだよ」
「そうだったんだ。でも同じ本なんだから内容は一緒でしょ? だったらどっちでもいいんじゃない?」
首を傾げ、前髪を軽くかきあげる小町。それによって揺れたショートの髪からシャンプーの良い匂いがほのかに漂う。
「そりゃそうだけど、俺は俺の本じゃないと気分的にスッキリしねーっていうか」
「私は……その……どっちでもいいんだけど……」
睦貴と憂はいずれも自分の本に対して、それほど強いこだわりを持っているわけではなさそうだった。ただ、喉の奥に小骨が引っかかったままという状態で事が収まるのも釈然としないといった印象だ。
確かに中途半端なままというのが一番気持ち悪いかもしれない。
「白羽くん、本に名前は書いてないんだよね? まぁ、書いてあるのならここまで揉めてないだろうし」
「さすが目附さんは鋭いね。その通りだよ。ちなみに本の後ろにある奥付を見たんだけど、どちらも初版で一緒だった。そういう部分で見分けるのは不可能だろうね」
「じゃ、市谷くんは本を諦めて、二冊とも幸田さんにあげちゃったら? 読みたい時は幸田さんから借りるとか。うん、我ながらグッドアイディーアッ♪」
小町がポンと手を打つと、憂は慌てて首を大きく横に振る。
「さ、さすがにそれはダメだよッ! そ、それなら私が新しいのを買って、市谷くんに弁償するよ!」
「……いや、幸田さんがそこまでする必要はねーよ。もし持ち主が分からないままなら、その時はしょうがない。どっちを受け取ってもいいし、メッケさんの言うように幸田さんにあげてもいい。俺はどうしてもその本が読みたいわけじゃねーし」
すかさず今度は睦貴が憂に気を遣う。睦貴も憂も相手のことを考えつつ、この困った状況に頭を悩ませているようだ。
ちなみに睦貴が言い放った『メッケさん』というのは、クラスメイトの一部が使っている小町のあだ名だ。
昨今は学校ではあだ名で呼ぶのが禁止という状況になりつつあるが、『メッケさん』というのは本名とほとんど同じ。喋り方によっては『目附さん』と呼んでも『メッケさん』に聞こえる場合があるので、これはギリギリセーフだろう。
もちろん『メッケさん』には、彼女自身の鋭い着眼点により真相を『見つける=メッケる』ことが多いという部分にもかかっているのは言うまでもない。
「いやいやいやっ! 市谷くん、今のは冗談のつもりで言ったんだけど……。もし本を幸田さんにあげちゃったとして、市谷くんは自分のご両親に『本はどうした?』って訊かれたらどうすんの? いつまでも『貸してる』って誤魔化し続ける気? そういうわけにもいかないっしょ~?」
「んっ? んー、確かにそうだな……」
「文庫本ならブックカバーを使う人も多いし、それなら簡単に見分けもついて楽に事件が解決出来ただろうけどね。まっ、世の中はそんなに都合良く出来てないか……。この問題を解決するには、やっぱり持ち主を見つけるしかないよね。――ということで、白羽くん。私にその二冊の本をよく見せてくれる?」
小町のその問いかけに、幹太は目顔で睦貴と憂に許可を求めた。
すると憂は即座に頷き、睦貴は眉にシワを寄せつつ『舐めたりニオイを嗅いだりするなよ?』と釘を刺して小町を見据える。
当然、小町は『ンなことするかぁあああぁーっ!』とツッコミを入れつつ、二冊の本を受け取る。そしてそれぞれの外観を角度を変えつつじっくりと眺め、さらにページを捲ってゆっくりと中身を観察。何か手がかりになるような痕跡がないか、探っていく。
ちなみに小町が全力で否定したニオイに関しては、実際には重要な手がかりのひとつになりそうな気はする。
例えば、警察犬にニオイを嗅がせれば持ち主が明らかになる可能性が高いだろうし、警察の科学捜査においては何らかの成分が検出されるなどして、真相へ辿り着くきっかけに充分なり得る。
もちろん、警察の協力が得られるなら、そもそも本に付いた指紋を鑑識さんに調べてもらった方が確実性は高いだろうが……。
さて、しばらく二冊の本を調べていた小町だったが、やがて納得したように何度か頷くと、睦貴と憂にあらためて問いかける。
「ちなみにだけど、市谷くんと幸田さんはほかに朝読書用の本を持ってない?」
「俺はそれしかないな。ほかに持ってくるのメンドいし、だからそれだって机の中に入れっぱなしだったし」
「私は何冊か持ってるよ」
「じゃ、幸田さん。その何冊かの本を全て見せてもらえる?」
「ん、分かった。ちょっと待ってて」
そう言うと、憂はランドセルの中から何冊かの本を取り出した。それらはジャンルもサイズもバラバラだが、どれも新品同様で大切に扱われているのが傍目にも分かる。
小町はそれらを受け取ると、先ほどと同様に一冊ずつじっくりと調べていく。その後、彼女は顔を上げると、何かを確信したように凛とした表情をする。
「私、答えが分かっちゃったかも。真実は視点を変えれば見えてくる――」
それを聞き、その場にいた全員が固唾を呑みつつ小町に注目した。
そして小町は二冊の本を机上の右と左のそれぞれに一冊ずつ置いてからゆっくりと口を開く。
「私が右に置いたのが市谷くんの本、左に置いたのが幸田さんの本――だと思う」
「っ? メッケさん、どうしてそうだと分かるんだ?」
「本の小口――つまり背と逆側、ページを捲る部分を見てほしいんだけど、薄ぅ~く汚れが付いてるでしょ? その位置がこの二冊では違ってるの。で、左に置いた本の汚れと幸田さんの本の汚れはその位置が一緒なんだよ」
確かに小町が指摘した通り、小口の部分を見ると天(上)から10センチメートルくらい下のところの左右方向へ、何かでなぞったように薄く汚れが付いている。おそらくこれは左手で本を持った時、ページを押さえている親指の手垢だろう。その位置が憂の本とほぼ一致している。
もっとも、汚れの濃さは持ち主が分からなくなった『小学生のための短編小説集』だけが突出していて、ほかの本は判別が難しいくらいの非常に薄い汚れに過ぎない。
つまりランドセルに入っていた本は買ってから時間が経っていないなどの理由で、まだ熟読には至っていないと想像できる。
いずれにしても、その正鵠を射たような意見を聞き、クラスメイトたちは一様に感嘆の声を上げた。また、これには睦貴も憂も満足げに頷き、その推論に納得しているようだ。
特に幹太は半ば興奮しながら、瞳をキラキラ輝かせている。
「目附さん、さすが女子のクラス委員長だねっ! 僕じゃどうにもならなかったことをいつもスマートに解決するんだもん! いざという時は頼りになるよっ!」
「……白羽くん、それは褒めてるわけ? 普段は頼りにならないって言ってるみたいじゃない? ふーん、それが本音かぁ?」
「あっ! いや、そういうつもりじゃ……」
ムスッとした小町から白い眼で見られ、たじろぐ幹太。途端に教室中に大きな笑いが爆発的に広がったのだった。
◆
放課後、小町は教室にひとり残って学級日誌を付けていた。ほかのクラスメイトたちはクラブ活動や委員会などへ行ったり、帰宅してしまったりしていて誰もいない。紙の上にペンを滑らせる微かな音だけがその場に響いている。
窓の外を見れば、空は一面の茜色。明日もきっと良い天気になることだろう。
「――目附さんっ!」
そんな時、不意に教室へ入ってきたのは憂だった。走って戻ってきたのか、激しく息を切らし、思い詰めたような顔をして真っ直ぐに小町を見つめている。
当然、彼女の状況も意図も分からない小町はキョトンとしてしまう。
「あ、幸田さん。そんなに焦って、どしたどしたっ?」
「えっと……その……」
小町の問いかけに、憂の口からなかなか言葉が出てこない。俯いて眉を曇らせているだけ。何か言いたげなのはその仕草からなんとなく察することが出来るが、その先には踏み出せていない。
一方、その様子を小町はしばらく見守っていたが、やがてフッと息をついて春風のような穏やかな笑みを浮かべる。
「もしかして昼休みのこと? 本が混ざって持ち主が分からなくなっちゃったのって、幸田さんが意図的にやったことだったり? それが思いがけず大ごとになりかけて、戸惑っちゃったとか? 迷ったけど、それを私に正直に話そうと決意して戻ってきた?」
「っ!?」
憂は息を呑み、目を丸くしていた。それだけで小町は彼女が今の言葉を肯定したのだと察する。
「……てはは、市谷くんと話すきっかけがほしかったのかな? ほかに持っていた本と比べて『小学生のための短編小説集』だけ汚れが濃かったのは、朝読書の時間にそればっかり読んでたからだよね? もしかしたら市谷くんの目に留まって『俺と同じ本を読んでるじゃん』なんて声をかけられるかもしれないし。――ほら、私の席って教室の最後尾でしょ。だからみんなの様子が自然と目に入っちゃてさ。なんとなく察することも結構あるんだ」
「……すごいな、目附さんは。何でもお見通しなんだ。さすがクラス委員長」
「たまたまだよ。みんな私のことを買い被りすぎ」
「目附さんこそ、そんなに謙遜しなくても良いのに……」
そう言われ、苦笑いを浮かべる小町。どう反応すれば良いか分からず、指で頬を軽く。
「私の勝手な想像だけど、市谷くんは話しかければ誠実に対応してくれる性格だと思うけどな。パッと見では粗雑っぽい感じだけど、根は優しい気がするし。まー、責任は取れないけど、今回の話題をネタに勇気を出して幸田さんから声をかけてみたら? 最近の男子は見た目によらず草食系が多いらしいから、私たち女子の方から積極的に動かなきゃ、ねっ♪」
「……ふふ、そうだね。ところで目附さんは気になってる男子っていないの?」
「っ!? なっななななっ!?」
不意打ちのような質問内容に、小町は思わず椅子からひっくり返りそうになった。大抵のことには動じず、普段は凛としている彼女にしては大げさなくらいの慌てようだ。
ただ、既の所で椅子のバランスを保ち、大きく息をつく。
「いやいやいやっ! 私にはそんなのいないよ。なんでそんな突飛なこと、訊くかなぁ……」
「突飛なことかな? そうは思えないけど?」
憂はクスクスと笑っていた。その瞳の奥には何か確信めいたような、それでいて意味深な光が灯っている。
それに対して小町は自覚があるのかないのか、窓の外に見える空と同じ色に頬を染めて素知らぬ顔をする。
――もしかしたら憂には憂ならではの鋭い感覚が宿っているのかもしれない。
(了)
目附さんの学級日誌 ~本の持ち主を捜せ!~ みすたぁ・ゆー @mister_u
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