第6話
⑥
「ねっ、お願い!あなたなら知り合いでもないしパッと渡せるでしょう?」
「え、えーと……」
昼休みである。それは、少女がいつも通り体育館裏の階段に腰掛け、今朝買ったおにぎりとパンを食べ終わってから数分後に起こった。クラスメイトらしい、地下アイドルに居そうなそれなりに可愛らしい少女が訪れ、一通の手紙を渡してきた。話によると、好きな男子に手紙を渡したいが恥ずかしくて出来ない。代わりに渡してきてくれ。あわよくば気持ちを伝えてきてくれと言った。俺はこういうタイプ苦手だわー無理だわー契約でもこの手は反吐が出たわーと若干ひいていたが、少女はクラスメイトのお願いをひとつ返事で手紙を受け取った。おいおい、お人好しが過ぎるんじゃないか。こんなの他人任せにする奴が結ばれるわけないだろう。と、内心ぐちぐち思っていたら、クラスメイトが去った後、少女は「あ」と間抜けな声を漏らした。
「あの子の名前聞くの忘れちゃった」
「さっきのクラスメイトのっすか?」
「うん、クラスメイトなんだけど地下アイドルやっててあんまり学校来ないんだよね。可愛いよね、あの子」
「うーん、まぁ……」
イメージが当たってなんとなく複雑な気分になる。
「……安請け負いしちゃったかなあ」
「え、もしかして……」
再び先程のように階段に腰掛けると、クラスメイトが来て散っていった野良猫達が集まってきた。言葉の続きを連想して、ギョッとしたように少女を見つめると、冷や汗をかいて両手を振った。
「え、あ、ち、違うよ!?決して好きとかそういうのじゃないからね!?ほんとに!」
「あやしーっすね……」
遊びのように詰め寄ると少女ははぁと小さくため息をついて語った。
「さっきの子の好きな子、うちの遠い親戚なんだよね。だからちょっと気まずいというか……ううん、頼まれたからにはちゃんと渡さなきゃだよね」
指先をいじりながらぽつぽつと言う少女に、何故か胸がチクリとした。なんだ?
「義理堅いというかお人好しというか……」
「え?なに?」
「人生損しそうっすね」
「え!?」
ガーンと音がついたように固まる少女に、笑いがこぼれてしまった。もしここが魔界で、少女も魔界人だったら、なんて一瞬考えて蹴っ飛ばした。
「あ、いたいた」
時は放課後。一番大きいグラウンドからは大きな声が張り上げられ、校舎の開け放たれた窓からは楽器の高々とした音が飛び出している。
ターゲットはサッカー部のエース、涼介という名の人気者らしい。部活の休憩時間を見計らって行く前に、そもそも今日居るのかどうか確認しに、サッカー部が使っているエリアにやってきた。物陰に隠れ、涼介とやらを探すと、すぐに見つかった。たしかに人間に好かれそうな顔と雰囲気である。少女は一言呟いたまま、何やら悩み始めた。
「ねぇ、アルトくん」
「なんすか?」
「やっぱりこういうのって他人に任せちゃ意味が無いよね」
顔を上げた少女は決意に満ちていた。はっきりとした意思。おそらく手紙をクラスメイトへ返すつもりなのだろう。
「私あの子に会ってくるよ」
と、言い切った瞬間か言い切る直前か、「あれ?」と背後から声をかけられた。少女は飛び上がった。
「司ちゃん?」
「あ、え、あの」
ほんのり気配で気付いてはいたが、ここまで驚くとは、笑いそうになる。
「あ、あれー……?涼介くん?」
大根役者だ。さも偶然会ったかのように、あからさまに目を逸らして少女は振り向く。俺に出来ることは一つ。笑いをこらえること。
「誰かに用?呼んでこようか?」
ふむ、なるほど話し方や声色もモテそうな奴だな。まぁ俺の方が長生きだし逆プロポーズもされまくってるけどな。って何張り合ってるんだ小僧相手に。
少女はあたふたしどろもどろに切り抜けようとするがどこからどう見ても挙動不審だ。涼介とやらも首を傾げているが、少女が手に持ったものを見てほんの少しだけ眉を吊り上げた。
「……それ、誰かから頼まれたの?」
「ひえっ、は、はい」
返答を聞いた涼介は長いため息をついて片手で頭を抱えた。
「この前のインターハイからそういうの増えたんだよな」
「え?前からこんなんじゃない?」
思わずといったように少女が返すと涼介は苦笑いをして「言うなあ」と首に手を当てた。俺はそれを見ているだけでなんとなく、少女に対する涼介の気持ちがわかってしまって少し息苦しくなる。
「あの、」
ようやく絞り出した言葉がそれだった。少女は一瞬目線を動かして応えた。
「今、ちょっといいか聞いてみてもらえません?」
そう言うと少女はすぐに涼介に伝えた。
「うん?大丈夫だけど……なに?」
あからさまな態度。少女は全く気付いていないようで、最早可哀想だ。人気がない場所に数歩移動してもらって、俺は全身に魔力を循環した。ビリビリぞくぞく。久々の感覚に目眩がしそうだ。
「えっ……?」
「うわっ、びっくりした」
ふよふよ浮いていた目線より高い位置。地面を踏みしめる感覚。
「どうも。こんにちは」
キザっぽく丁寧にお辞儀をすると涼介もお辞儀をした。こいつといるとなんかモヤモヤするからとっとと話をつけるか。
「ねぇ、涼介クン。契約、しないっすか?」
「はい?」
突然の登場に唐突なお願い。叫ばれたり誰かを呼ばれたりしたら面倒なので指先に軽く意識を移したが、この様子じゃあ大丈夫そうだな。ぽかんとする涼介とまたあたふたする少女の前でもう一度お辞儀をして、自己紹介とここにいる経緯を説明する。話し出すと、ぽかんとしていた涼介は真面目な顔になって、時折頷きながら話を聞き終えた。少女は最後まで挙動不審だった。それで、と契約の話をしようとすると、思わぬ言葉が涼介から飛び出した。
「俺、手伝いますよ。自分で言うのもなんだけど顔広いし、役に立てると思うんです」
なんだ、こいつ。苛立ちに似た何かが全身を血液のように駆け巡った。
「司ちゃんだけだと心配だし……どうかな?」
「助かるっすけど」
ちらりと少女を見る涼介の視線を遮るように声をはりあげた。
「バイト代は出さないっすよ」
「あはは、いいですよ」
俺頑張りますね、いつでも頼ってください。と涼介はにっこり首を傾げてくせっ毛を揺らした。なんか、気に食わない。またモヤモヤしていると、やっと落ち着いた少女が、それならまずお願いを一つ。と身を乗り出した。
「この手紙、差出人の子に返すから、渡しに来たら受け取ってほしいの」
まーたお人好し。涼介は面食らったかのように目を丸くしてからくしゃっと笑った。
「うん、わかったよ」
「……と思うから、自分で渡した方がいいと思うの。一度受け取ったのにごめんなさい」
クラスメイトのいる漫画研究部へ行って手紙を差し出すと、いかにも面倒そうな顔をするクラスメイト。ちょっと本性が見えたぞ。それでもひったくるように手紙を受け取り、言った。
「……うん、わかったよ。頑張る」
「!うん!頑張って!」
少女が無邪気ににっこりと笑うと、クラスメイトも邪気が抜けたように少し笑った。
漫画研究部のある校舎を出て、鞄を取りに本館へ向かう途中、また声をかけられた。
「これから帰るの?」
またこいつか、涼介。涼介に契約の手伝いを任せることになった後、魔力が少なくなってきたのもあり姿をポケットサイズに戻した。今日はなにやらモヤモヤと落ち着かないな。
「あ、うん。そうだよ」
少女も若干挙動不審だ。親戚がなんたらって言っていたし、家の事情でもあるのだろう。ふと思った。俺は少女のことを何も知らないのだと。とっとと契約重ねて帰るつもりだったから愛着なんてわくはずないと思っていた。なのにこの涼介は色々知っているのだろうと思うと胃がギリギリとなるように、ムカムカしてきた。
「一緒に帰ろうよ」
「う、うん」
今日は嫌な日だな。こんな事を思う自分も嫌だ。ああ、嫌な日だ。
ポケットに約束を 青木はじめ @hajime_aoki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ポケットに約束をの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます