第9話 どうか幻聴だと仰って


 突然だが、我が母シリカは今回の出産で六匹もの仔を産んだ。犬種を思えばかなり多い方だが、母子ともに健康。奇跡である。


 これもきっと神の思し召しだろう。


 そんなことを思いつつ、今日も柏手を打つ――代わりにきゃんきゃん鳴いてる私は三番目。上には数分差で生まれたであろう、兄と姉がいるのだ。そして下には弟が二匹と妹が一匹。

 

 そんな我々の関係を、分かりやすくするとこうである。


1. 長男ベルク。山のように落ち着いて頼もしい兄。

2.長女コレル。走るのが大好きな元気一杯の姉。

3.次女、私。愛するわんこに転生した元社畜。

4.次男エクス。騎士に憧れてやまない上の弟。

5.三男ヴィント。風になることはなく眠るのが好きな下の弟。

6.三女コーニィ。いつもぷるぷる怖がりさんな妹。


 皆それぞれに個性的だ。

 兄と姉はよくじゃれ合っていて、上の弟がそこへ割り込む。下の弟は寝てばかりで、妹は割と私にくっついている。


 あぁ、みんな今日も可愛いなぁ。

 懐く妹に頬擦りをしていると、不意にガタガタと音を立てて扉が開いた。


「シリカ」


 現れたのは敬愛すべきご主人様だ。見た目の年は五十歳代位で、髪は小麦みたいな色合いをしている。スイスのお爺さんを少し柔らかくしたような雰囲気で、まさに大黒柱という感じ。

 

 うーん。頼もしい。


 安定感とか、安心感とかを醸し出す、そんな主の後ろから。


「みんなもご飯よ」


 今度は愛らしい少女がぴょこんと顔を覗かせた。私が今生で初めて目にした人間にして、ご主人様の末娘、ディアナ様だ。


 今日も変わらず眩しいなぁ。


 ふわっふわの金髪に、宝石のような緑の目。

 兄弟たちの前に皿を並べる姿を眺め、まさに天使だと深く頷く。

 きっと人間の間では引く手数多だろう。是非幸せになって欲しい。


 まだ一桁の少女の行く末を思いつつ、その父に目を向ける。


 嫁に行ったら、隠れて泣くタイプね。


 絵莉の祖父も同じタイプだったなと思いだし、くつくつと笑っていると。


「ほら、エリィ。食べなきゃダメじゃない」

「きゅ、っ」


 突然呼び掛けられて驚いた。多分、ここで別の呼び方だったら反応も鈍いんだろう。

 でも。


『エリィ』


 何の因果か、このもふもふの体の名はそれだった。


「しっかり食べて大きくならなきゃ、お仕事が――って、あ! こら、コレルっ。ヴィントのごはん食べちゃダメっ!」


 もー!と怒る娘に笑い、ご主人様は母の頭をひと撫でした。多くは語らないが、彼は必ず母の頭を撫でていく。気持ち良さそうなお母様の顔に、あぁ、いい人なんだなとよく分かる。


 素敵だなぁ。

 楽をしたいと思ってたけど、私もこんな風にご主人様と信頼関係を築きたいかも。で、一生懸命尽くしたい。


 無意識に社畜体質を蘇らせながら、私はご飯をはぐはぐ食べた。

 そんな私と兄妹達を、母とご主人様が暫し見守り――。



「――さてと。じゃあディアナ、後の片付けは頼んだよ」

「うん! 分かった!」


 元気よく返事をした娘に、ご主人様がふっと微笑んだ。

 ご飯の後、仔犬達と遊びたい。

 そうご主人様にお願いしたディアナ様は、私達のお皿の片付けまでも引き受けた。


 全くもっていい子過ぎる。


 口の周りをぺろりと舐めながら、私は尊い親子の遣り取りを鑑賞した。


 お嬢様の頭にぽんと触れ、ご主人様が背を向ける。そうして部屋を出ていく父の姿を、彼女は扉が閉まる瞬間まで見つめ続け――。

 

「はぁ、イケオジ最っ高」


 ……はい?


 なんだろう。天使が何か呟いた。




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これが私のセカンドライフ!――元社畜OL、もふもふとして一生懸命働きます!―― 和宮衣沙 @isa-kazumiya2684

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