始まる前に、終わったの

CHOPI

始まる前に、終わったの

 俺は、あなたに仕えることが出来て幸せでした。

 だからどうか、俺のために泣かないで――……




 「『自己犠牲』って言葉。大嫌い」

 彼をそのまま表したような言葉。私、アンタのこと、この先ずっと、一生許さないから。


 許してしまったら最後、彼が私の中でもう一度死んでしまうかのようで。そんなこと絶対にさせないと、墓石の前に立った私は強く決めた。……何が『俺は、あなたに仕えることが出来て幸せでした』よ。私、アンタと契約するって話、したわよね? なのに、アンタは勝手に死んだ。許すわけ、ないじゃない。なんで、よりにもよって、あの日に。


 あの日は私の誕生日だった。その日は朝から雨が降っているのが、屋敷の二階にある自室の窓からも見えていた。夕方にはパパやママの友人たちが集まって、それなりに名の知れたホテルで私の誕生日パーティを開いてくれることが決まっていた。だから、車とはいえ雨の中を移動しなければいけないことを考えると憂鬱で、しかもそこにはただでさえ会いたくも無い許婚いいなずけも来る。いよいよ天気にまで見放されてしまった……なんて思っていた。そんな私の横に立った彼は『お嬢様、そろそろドレスを決めていただかないと』なんてわかりきったことを言ってきた。


 「うるさいわね、わかってるわよ」

 そうは言ってもドレスなんて正直私は好きじゃない。ひらひら、ふわふわ。たっぷりのレース、キラキラの刺繍。それに合わせるヒールだってアクセサリーだって、私にとっては邪魔でしかない。全部要らない、それが私の本音。


 私の周りにはたくさんの物があって、例え手元に無かったとしても『欲しい』と言えばすぐ手に入るのが当たり前の世界。服やアクセサリーはもちろん、最後には人だって。積むものを積めばすぐに手に入る、それが私のいる世界の全てだった。


 私はパパも嫌いだったし、ママも嫌いだった。彼らの言う“友人”達は私にとって汚いものにしか見えなかった。少し気を抜けば聞こえてくる言葉は、お互いに利用価値があるか無いか、なんて話ばかり。当たり前よね、結局あの人たちを繋げているのは全部“お金”でしかないんだから。


 だから唯一、手に入らなかった彼に興味を持った。彼は私の世界で唯一の“異質”だった。


 それまでの執事はみんな簡単だった。おかげで私はわがまま放題することが出来ていた。パパもママもそれに対してとやかく言う人たちでは無かったし、むしろ何かしらの問題が起きれば執事がすぐにクビにされてきた。問題を起こすのは私なのに、理不尽だろうが何だろうがそれが私たち家族のルールだった。だから私の中では、執事がクビになるように仕向けることは、最早ゲームの一環でしかなかった。私の退屈な日々の中での唯一の暇つぶし。


 でもクビになった彼らにだってメリットはあったはず。私の言うことさえ聞けば、パパとママから渡されるほかに、私が勝手にお小遣いから色を付けてあげていたんだから。契約時に聞いた話の倍、もらえるものが増えるんだから悪い話じゃなかったはずだ。まぁその分、当初の契約期間の何分の一の期間、私に仕えることが出来たのかは、私の知ったことではないけれど。


 もう、何人目かなんて当の昔に数えることは止めてしまった。いつものように昨日までの執事はクビになって、そうして新しく仕えることになったのが彼だった。今回はどうしようかしら、なんて私は心の中で思っていた。いつも通り、二人だけになったタイミングを見計らってこっそりと、私から彼に二人だけの契約条件を提示する。だけど彼は強情なほど、目の前に積まれたものに揺るがなかった。

 「契約時の分で充分です」


 そう言った彼の契約期間の最終日が、私の誕生日であることを知ったのが三ヶ月前の話。つまり彼はなんだかんだと契約終了日の今日まで私に仕えてきたわけで。この三ヶ月間、別に何がどうってわけじゃなかった。最初は興味を持った、だけだった。だけどいつしか彼の事を知りたい、と思うようになるには、三ヶ月間という期間は充分だった。同時に私は少しだけ焦った。このまま彼を引き留める方法を見つけられなければ、彼とはもう連絡の取り用が無くなってしまう。私は、彼の素性も何も知らないのだ。


 いい加減、ドレスを決めないと本当にまずい。自分でもそれは痛いほどわかっているので、目の前に出されたものを適当に何着か『これと、これ、あとこれ。着てみるから』と彼に伝える。アクセサリーと靴も適当に数点選ぶと『かしこまりました』と彼は言い、先に選んだものだけを別室の試着室なる部屋に運んでいった。今頃彼は別の従者にそれらを渡しながら説明しているんだろう。


 かつて外の世界に少しの希望をもっていた幼かった私は、そこで自分の考えが間違っていたことを知った。嫌でも身に染みて分かった。外の世界へ出てみたところで、私の周りに集まる人たちはみんな私の“家柄”にしか目が無かった。近寄ってくる人はみんな、私の事は見てくれなかった。この世で『私』を見てくれる人なんて、誰一人いなかった。


 ……本当は、私がドレスを嫌いだっていうことを、彼に話してみたいなと思うようになったのは、いつ頃からだっただろうか。ひらひら、ふわふわ。たっぷりのレース、キラキラの刺繍。それらをかわいいと思ったことなんて一度も無かった。本当は、私はTシャツがいい。合わせるのは安いGパンで充分。靴だってブランドなんか気にしない、歩きやすさ重視のスニーカーで良いんだ。アクセサリーなんて付けたくも無い。


 やがて部屋に彼が戻ってきて『準備が出来ましたので、ご試着の方を』と声をかけてきた。それに『わかったわ』とだけ返して部屋を移動する。案の定彼が運んだ部屋には別の従者が居て、私がドレスの試着をするのを手伝った。

 「どれもお似合いですね」

 決まり切ったテンプレの言葉に『ありがとう』と形だけ返す。どれでもいいのが本音だったので、めんどくさいと思って一番初めに試着したものを着ていく、とだけ伝えて部屋から出た。


 「お決まりになりましたか?」

 「まぁ」

 部屋の前で彼は待っていて、一緒に私の寝室へと戻った。準備を始めるにはまだほんの少し時間がある。寝室で彼にお茶を入れてもらって、それを飲みながら彼に話しかけた。

 「今日は契約の最終日よね?」

 彼は表情を一切変えないまま『えぇ、そうですね』と答えた。三ヶ月一緒に居た割に、未だに彼の事が読めない。こんなに喰えない執事は初めてだった。

 「……明日からは?」

 その言葉に彼はさすがに面食らったのか少しだけ間があった。

 「そう、ですね。今のところは、特にまだ何も」

 暗に『何も考えていない』ということがわかる。私はそこで賭けに出ることにした。


 「今日のパーティが終わったら、あなたと私の両親との契約は切れるんでしょう? そうしたら明日から、私と改めて契約をして欲しい、そう言ったら?」

 さすがに彼は驚いたようだった。表情だけがそう訴えているのに、言葉は何も返ってこない。

 「……私と契約して。私をここから連れ出してほしい」

 この家の私じゃなく。“私”の事を見てよ。

 ドレスなんて好きじゃない、TシャツとGパンの私を見てほしい。

 「……そう、ですね」

 彼がようやく声を出した。

 「わかりました。午前0時、契約期間が切れた時、もう一度あなたとの契約のお話をさせてください」


 夕方。予定通りの時刻にホテルに向かえば、形ばかりの誕生日パーティが始まった。お金に薄汚れた人種しかいないそのパーティは、愛想笑いと社交辞令だけやけにうまくなっていく場でもある。嘘や見栄ばかりで反吐が出そう、そう思いながら体裁だけはしっかり整える。

 

 「やぁ。久しぶりだね」

 その声の方を見れば、でっぷり太ったいかにもお坊ちゃま、そんな感じの私の大嫌いな許婚。気分の悪いときにその姿を見せてくるなんて、嫌がらせにも程があると思う。

 「あら、お元気そうで良かったわ」

 思ってもいない言葉で返す。ちらりと横目で壁にかかっている時計を見る。一度気分が優れないとでも言って、抜け出すには良いころ合いの時間だと思った。

 「せっかく久しぶりにお顔を拝見できましたのに……、すみません、ちょっと疲れてしまったようで。一度外の空気を吸ってまいります」

 そう言って許婚に背を向けてホテルの外へと歩き出す。来る頃には振っていた雨が止んでいて、ドレスの裾が濡れないよう気を付けながら外に出た。


 ――午前0時。時間を気にしている私は、ふとシンデレラの話を思い出した。彼女は私とは正反対でだけど王子様に見初められて。物語のその後、彼女は本当に幸せになれたのだろうか。

 「お嬢様、大丈夫ですか? ご気分でも悪くされたんですか?」

 後ろには当たり前のように彼がいた。パーティ中、少し離れた場所にいると思っていたのに、こういう時の目敏さは流石だと感心する。

「大丈夫、少し風にあたりたくなっただけだから」

 そう言えば『そうですか』と言いつつも、彼は私の傍から離れようとはしなかった。


 少しだけ外で時間を潰し、ホテル内に戻る。彼もまた私から少しだけ距離を置いた位置に戻っていった。他の大人たちはみんな、だいぶお酒に吞まれ始めている頃だった。そうなってくるとお酒に弱い人ほど、いつもは達者な口が余計な方向へと舵を切る。


 「なぁ、今度はこういう事業を立ち上げようと思うんだが、どうかね?」

 「はっ、何を言う。お前の計画はいつも失敗に終わるじゃないか」

 「それよりも私の会社の案件だが……」

 「奥様、私の案件もいかがかと思うのですが」

 いつもの小競り合いが始まった、誰もがそう思っていた。だけどその日は、違った。


 「……くそ! いつもいつもお前らは、オレをバカにしやがって!」

 突然響いた、誰かの怒声。同時に別の金切り声が叫ぶ。

 「キャーッ! その人、拳銃持ってるわ!!」

  『うるせー!』という声とともに、バンッ、バンッと二発ほど発砲音がした。流石にその場にいたみんなに緊張が走る。


 「……お嬢様、俺の傍から離れないでくださいね」

 いつの間にか私の傍に戻ってきていた彼は、銃を持った人と私の間に立つ。ホテルの警備員が彼を抑えようと身構えるが、流石に銃を持っている手前誰かに発砲されてはまずい。誰もが動けない、そんな状況下でパパの声が響いた。

 「あいつを何とかしろ!」


 それは恐らく、彼に向けた言葉だった。彼は少しだけ顔を青くして、だけど『わかりました』と一言いい、両手を上げながら静かに拳銃を持った人の方へと歩みを進める。私は彼のスーツの裾を引っ張って『行かないで』と言った。それに対して彼は前を向いたまま『大丈夫ですから』とだけ言った。


 「狙うならまずは、こちらを狙ってくださいね」

 彼はそう言いながら徐々に相手との間合いを詰めていく。

 「……くるな……、くるなよ……!」

 だけど彼の歩みは止まらない。やがて手の届く距離まで間合いに入った彼は、ゆっくりと拳銃を抑えこんで、銃口を下に下げた。その隙を見計らって警備員がこぞって取り押さえにかかる。

 「うわぁぁぁぁぁ!!!」

 最後の抵抗のつもりだったのか、彼が一発。

 

 ――バンッ!


 撃った銃口の先は床ではなく、少しだけ上を向いていて。私は、ゆっくり彼が倒れていくのが見えた。


 「キャーッ!!」

 今度こそ大パニックになった会場で、私はみんなが出口へ我先にと向かう中、ひとり逆方向へと必死に進んだ。彼が倒れた床には見る見るうちに赤いものが広がっていって。ただただ彼の元に向かわないと、そう思って。やっとの思いで彼の傍にたどり着いて、必死に彼を抱き起した。


 「お嬢様……?」

 「黙ってて、今止血するから」

 そう言いながらドレスの裾を破って傷口に押し当てる。ドレスの端はみるみる赤く染まっていって、全く血が止まる気配が無かった。

 「汚れ、ます……。はやく、避難を……」

 「うるさい。汚れるのなんてどうでもいい。アイツはもう取り押さえられてる」

 視界がぼんやりして慌てて瞬きをするとクリアになる。頬が何かを伝っていく感覚が冷たかった。

 「……ははっ」

 笑うタイミングなんかじゃない。なのになんで、アンタ、笑ってるの。



 俺は、あなたに仕えることが出来て幸せでした。

 だからどうか、俺のために泣かないで――……



 そうして彼はあっさり、いとも簡単に死んでいった。時計は午後23時30分を指していた。

「……嘘つき」

 呟いた私の言葉を拾う者は、そこには誰もいなかった。



 彼の葬儀をささやかに行う。とは言っても我が家主催のはずがない。彼の事を両親から無理やり聞き出せば、彼は既に“独り”の存在だった。だから私がたった一人、ささやかに葬儀を行った。


「『自己犠牲』って言葉。大嫌い」

 キレイな顔をして眠っているかのような彼に思わず毒づく。アンタのこと、そのまま表したような言葉。


 焼かれて戻ってきた彼は、だいぶ小さく、軽くなってしまった。小さなツボに入って、私に抱えられるまでの軽さに。


 私、アンタのこと、この先ずっと、一生許さないから。


 許してしまったら最後、彼が私の中でもう一度死んでしまうかのようで。そんなこと絶対にさせないと、墓石の前に立った私は強く決めた。


 言いたいことは色々あった。バカなの、とか。なんでよ、とか。何勝手に満足してんのよ、とか。……何が『俺は、あなたに仕えることが出来て幸せでした』よ。私、アンタと契約するって話、したわよね?


 でも全部言葉にはならなかった。同時にすごく腹が立ってきた。なんなの、午前0時になったら、そう言ったのはアンタだったじゃない。なのに、アンタは勝手に死んだ。許すわけ、ないじゃない。なんで、よりにもよって、あの日に。


「なに私の誕生日、アンタの命日にしてくれちゃってんの」


 そんなやつのために、泣く訳なんか、ないじゃない――……

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