終わる。

多賀 夢(元・みきてぃ)

終わる。

 仕事に、ずっと身が入らない。

 焦っても焦っても、やる気が出ない。

 もう、ひと月はぼんやりと机の前に座ったままだ。


 自分には分かっている、私はとっくに絶望しているのだ。

 SEというIT土方に戻った時は、さすがに明るい未来なんて信じてはいなかった。だけどどんな仕事ににもやりがいはあるはずだと信じていた。今まで多くの職業を渡り歩いてきたけれど、その想いだけは常に実ってきた、実らせてきた。


 だけど、それらの仕事には明確なゴールがあった。

 もしくはとっくにゴールを終えて、現状維持だけが残った仕事だった。ノルマをいかにクリアするか、来客をいかに満足させるか。手ごたえがすぐに入る仕事ばかりだった。


 今の仕事にそれはない。

 厳密には「ないからこそ、チームでしっかり設定しなくてはいけない」。小説を書く人ならわかるだろうけれど、物を作る場合の締め切りや練度は、自分以外に決められないのだ。

 締め切りなく書いた小説は意志が弱ければダレる。場合によっては飽きて書かなくなる。それでもいいのだ、小説は書いた分だけ残るから。

 しかしSEという仕事は、トップの迷いで全て消されてしまうのだ。実績も、経験も、なにもかもが白紙に戻る。だから「ここまで作る」という意思決定が重要になるのだが、多くの現場ではそれが曖昧になりがちだ。


 作っては消され、作っては消され。私の中の創作意欲が、働く意義が、生きる気力が削られていく。孤独にさらされ、無価値を思い知らされて、精神が病んでいく。

 私には、ストレス性の身体疾患もある。病状は明らかに悪化し、杖なしでは歩けない日も出てきた。体は常に倦怠感にさいなまれている。




 最近、タロットカード占いを再開した。

 私の占いは人気があって、高校のころはよく友人に頼まれていた。

 仕事の未来をカードに尋ねたら、顔を覆いたくなるような結果が出た。


『終わる』


 死の正位置、塔の逆位置、正義の逆位置。他にも良くないカードが並んだ。予感を後押しされた気分だった。足搔くのも無意味だとカードからは読み取れた。


 かつて共に働き、私のように燃え尽きた仲間が言った。

「あいつら(リーダーたち)は、いつか罰を受けるだろう」

 私は彼に、悲しい気持ちで返事をした。

「受けないよ。彼らは誰にも裁かれない」

 仲間は納得せず持論を力説したが、この世には弱者に都合のいい神などいない。契約先が著しい損益を被らない限り、砂の山を作って崩す作業は続く。作り手の心身を踏み台に、金が右から左に流れるだけ。


 メンバーには、表情が曇る人間が増えてきた。私のように、精神を病む者が出るかもしれない。それは嫌だと思いつつも、いっそ出てしまえと願う気持ちもある。それがリーダーの身近な人間であるほどいい。自分で自分の首を絞め、何も気づかず破産すればいい。


 過去にも『終わり』を見ている私は、再びその時が来るのを憂いながら待っている。

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終わる。 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki

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