第47話 エピローグ

 トントン。カンカン。


 木材や石材を叩いている音が響く。大工が何か建てているのか?


 ネイピアはベルメルンの市民が焼け焦げた街を再建している姿を見ていた。その顔にはもう翳りはない。誰もが前を向き、未来を見ている。その様子を見ながらネイピアは満足げに笑みを浮かべて歩いていた。ネイピアに気づくものは誰もいない。自分の姿が見えていないかのようにすぐそばを通り過ぎて行く。まるで透明人間だ。


「俺は死んだのか?」


「死ぬわけないやないですか‼︎ 戦場の英雄が!」


 横を見るとラブローが笑っている。


「私を口説くんじゃなかったんですか?」


 エレメナも笑いながらネイピアを見ている。


「アハハ、もちろん口説くさ。エレメナちゃんみたいな美人さんをスルーするほどヤボじゃねえ」


 その後ろにジューゴの姿も見える。後ろを向いたまま背中で威圧している。


「おっさん!」


ジューゴはネイピアの方に振り返ると一言。


「うるせえ」


「相変わらずだな、アハハ……アハハ……」



 目を開けるとネイピアはベッドに寝ていた。どうやら病室にいるようだ。体を動かそうとしても全く動かない。やっとのことで首を動かすと、全身に包帯が巻かれていた。


「班長‼︎」


 懐かしい声だ。見上げるとラブローが心配そうに覗き込んでいた。


「ラ、ラブローか」やっとのことで絞り出した声は、今にも消え入りそうなほど弱弱しかった。


「俺は、生きているのか?」


「死んじょりません! 英雄は死なんのです‼︎」ラブローはネイピアに抱きついてきた。


「お、おい、痛ぇって」


「す、すんません!」


「何日経った?」


「あれからもう、まるっと五日経っちょります」


「五日? そんなに寝ちまってたかぁ。タッカーは?」


「班長と一緒に助けたんですが、翌日亡くなりました。最後はディアナさんに看取られて」


「そうか……」


「僕はもう、班長も助からんのんかと思っちょりました」


「俺もだ。なんで助かったのか分かんねえ」


「自警団長、いや自警団のみんなが助けてくれたですけん。班長を火の中から救い出しちくれて、大急ぎでここに運び込んでくれたんです」


「ど、どうやって? 広場には近づけないはずだ」


「僕が孤児院に取りに行ったのは覚えちょりますか? 黄色い花の麻薬成分を打ち消してくれるっちゅう青い花です。マロリ草でしたっけ。それを船着場の自警団長に届けたら、マスクのようにして自警団たちが動き出しちくれて、広場に駆けつけてくれたんです。あとほんの少し遅くなっちょったら、班長は助からんかったっちお医者が言うちょりました」


「そうか……じゃ、みんなにお礼を言って回らねえとな」


「その必要はないっち思いますよ」


「なぜだ?」


「みんなそのうちここにお見舞いにくるけんですよ。毎日、ジューゴさん、あと自警団のみなさんが入れ代わり立ち代わり……」


「フン、余計なことしやがって。アイツら。来なくていいんだよ」


「あれ? 嬉しくないんですか? 話してみると意外とみんないい人やったですよ。僕、大分仲良しになっちょりますけど……」


「誰が嬉しいよ? あんな男くせえ連中に囲まれてよ」そう言いながらネイピアの顔は綻んでいた。


「でさあ、ラブローよ」


「はい?」


「……あの……エレメナちゃんは?」


「あ、あー、あの新聞記者……そういえばあの人だけ見てないですねえ……」


「あらら……」ネイピアはわかりやすく意気消沈した。


「っちゅうのはウソです! アハハ」


「はぁ?」


「エレメナさんは毎日どころかここで寝泊まりして班長の看病をしてくれちょります。その包帯もエレメナさんが交換してくれちょんのですよ。今は地下街に顔を出しに行っちょります。すぐに戻ってきますよ、エヘヘ」


「そうか、アハハ。そりゃ待ち遠しいな、イヒヒ」ネイピアはわかりやく喜んだ。


「班長、良くなったら孤児院にも一緒にお礼にいきましょう。青い花を運ぶのに子供たちも、職員さんも協力してくれて。夜中やっちゅうのに、子供たちは摘むのを手伝っちくれて、職員さんは馬車を手配してくれました。やけん、夜明けに間に合ったんですよ」


「いろんな人に世話になっちまったな。いろいろと菓子折り持って訪ねねえとな、体が動くようになったら。ていうか、俺、懲役二十五年じゃなかったっけ?」


「そうでしたね、アハハ」


「体が良くなったら牢屋行きなんじゃねえの? 菓子折りどころじゃねえ、あたたた……」


「大丈夫ですよ、班長。陛下が約束してくれたやないですか? 陛下を信じましょう?」


「ああ、そうだな。まあそれはそれとして、なあ、ラブロー、一つ頼まれてくれねえか?」


「はい、なんでしょう?」


「チーズを買ってきてくれ」


「チーズ? 班長、嫌いなんやないですか?」


「……エレメナちゃんが好きなんだよ。あとワインも」


「ここで酒盛りやるつもりですか?」


「いいだろ? 打ち上げだ」


「じゃ、俺たちも呼ばれるか」ジューゴが病室の入り口に立っていた。


「おっさん!」


 そして、ジューゴの後ろからぞろぞろと自警団の面々が入ってきた。


「いや、おっさん。俺はエレメナちゃんと二人でしっぽりと……」


「おい、みんな、酒持って来い。樽でな」ジューゴがニヤニヤしながら言った。



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 エレメナは地下街からの帰りにストラナ広場に立ち寄っていた。建物は焼け落ち、石畳も焦げ付いている。まるで巨大な爆弾にやられたようだった。


 あれから五日経ち、ようやく住民たちの姿が見え始めた。瓦礫を集め、倒壊した建物を撤去している。復興にはどれだけの時間がかかるのだろうか。


 しかし、エレメナは肩を落としているわけではなかった。さっき地下街に行った時、頭領は約束してくれた。ストラナ広場の再建にはドレア人が総力を上げて協力すると。


 エレメナの目にはドレア人と地上人が手を取り合って新たな広場を建設していく様子が映っていた。もしかしたらこの広場の再建は地上人とドレア人の友好の象徴となるかもしれない。とてつもない痛みをともなったが、これは未来への第一歩だったのだ。後の歴史はそう結論づけるに違いない。エレメナはそう確信した。



 それにしても……



 いまだ目を覚まさないネイピアのことが心配だ。もし、このまま目を覚さなかったら……。


「たとえそうでも大丈夫、ネイピアさん。あなたの死は無駄にしない。全てはあなたのおかげですもの。私が発起人になって必ず、ストラナ広場にネイピアさんの銅像を建てます。そして、ついでに広場の名前もネイピア広場にするの。だから、あなたは英雄としていつまでもここで生き続けるのよ。だから安らかに……」


「班長を勝手に殺さんでください」いつの間にか、横にラブローがいた。


「あら、ラブローさん。なんのご用事で?」


「これですよ」ラブローはチーズを差し出した。「班長が買いに行けって。あなたが大好きだからって」


「え? ネイピアさん、意識を取り戻したんですか⁉︎」


「意識取り戻したどころの騒ぎやないっすよ、もう」


「どうしたんです?」


「ジューゴさんたちと酒盛りが始まっちゃって……」


「酒盛り? 全身包帯のまま?」


「はい、班長はミイラ男の舞だとかなんとかゆって踊って……自警団のみんながウケちゃうもんやけん、よけい調子にのって……あなたも早く来てくださいよ。こんままじゃ班長、また倒れますわ」


「本当にどうしようもない人たちだわ‼︎ ラブローさん、急ぎましょ」


「いや、もう遅い……」


「どういうこと?」


 ラブローが見ていた方をエレメナは振り返った。すると……


 そこには踊りながら歩いてくるミイラ男の姿が。その後ろから完全に酔っぱらった自警団の男たちが歌を歌いながら踊っている。ジューゴは先頭で踊っていたミイラ男を担ぎ上げて、陽気に叫んでいる。


「これがベルメルン流ってやつですね。何かうれしいことがあるとこうやって広場で酔っ払って踊るんです」エレメナが言った。


「そういえば今日は収穫祭やったしね」ラブローが言った。


「うふふ、じゃいいですね。騒いだって。いつまでも湿っぽくしていても……ね」


「僕たちも踊っちゃいますか?」と、ラブローが言い終わる前にすでにエレメナは駆け出していた。


「ネイピアさーん!」


 エレメナはジューゴに担がれたミイラ男にジャンプして抱きついた。


「エレメナちゃん‼︎」


包帯の上からでもニヤケているのが分かるネイピアだった。

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異世界の捜査官〜魔性の花を植えましょう〜 アポロBB @apolloBB

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