第4話 失恋
そしてついにテストが終わった。これで思う存分、漫画を読める。
テストが返ってくると、当然順位が気になった。点数はいつもより良かったので、放課後になるとすぐに金森と青柳に聞きに行く。
「どうだった?」
青柳は怒ったように俺の点数が書かれた紙をひったくる。
「ちょっと見せて」
顔から血の気が引いていく。まさか、あんなに勉強してたのに俺より悪かったのか?
覗き込んで見ると、青柳の方が全教科点数がよかった。
「すごい。青柳頑張ってたもんな」
感心したので正直に言ったのに、青柳は納得してないようだった。
なんか変なこと言ったか?
「大差をつけて勝つつもりだったのに」
その悔しがりようは演技には見えなかった。
「俺、なんか恨みを買うようなことしたか?」
金森に聞いても首をかしげる。大体成績は上がったんじゃないのか。
「僕はただ赤塚には負けたくないって思ったんだ」
「なんで俺なんだよ。それに勝っただろう」
全く心当たりがなかった。
「何言ってんだよ。親にわがまま言って、オタク趣味を満喫してるのに」
「オタクに何の恨みがあんだよ。なりたいんだったら、青柳もなればいいだろう」
「出来る訳ないだろう。料理研究家の母親に、会社経営してる父親、研究職の兄貴を持ってる身にもなってみろよ」
「うらやましいよ、ふつうに」
今まで青柳は、家族のことは話さないようにしていた。もしかしたら言いたくなかったのかもしれない。
金森は青柳の様子を気にも留めずに、スマホを見ていた。
ほんと、マイペースだよなこいつ。
「僕は赤塚みたいな平凡な高校生になりたかった」
悲劇のヒーローみたいになってるが、青柳はどう見ても平凡で目立たない方に見える。
「赤塚はなんのコンプレックスもないし、それに僕は一人っ子が羨ましい」
「あのなあ、俺だって悩みくらいあるんだ」
「金欠とか?」
「お前が俺をどう見てるかはよく分かったよ。ただ、そんなに卑屈になる必要はないんじゃないか」
青柳は正直者だし、家事だってやってるって言ってたし十分すごいと思う。
「立派なのは僕の家族であって、僕じゃない。努力したって、兄さんはそれ以上に優秀で追い越せるわけがないんだ」
「お前はいい奴だよ、なあ金森もそう思うだろ」
「当たり前だろ」
「そういうところが、嫌いなんだよ」
泣きそうなのか声が震えていた。
さすがに、クラスの奴らも引いてるのか、あっけにとられているのか静まり返っていた。
「俺は、お前の事友達だと思ってたよ」
「赤塚、もうそれ以上はやめとけ。青柳はお前に憧れてんだよ」
金森の一言は、ほとんど漫画のセリフだった。
「憧れ?んなわけねーだろ。憧れと友情は程遠いって」
「漫画のセリフはもういいよ」
金森は冷めた言い方をすると、ようやく青柳が笑った。
今さらながら、金森の様子に気づいたらしい。
「金森は最近スマホばっかりいじってるけど、ブログでも始めた?」
「何だ読んでたのか」
金森がブログをやってたなんて聞いてない。
「なんで、俺のコンタクトからそんな話になるんだよ」
「お前が永島のためになんかやるって言ったから」
「言ってねえよ。勘違いすんな」
顔から火を噴くってこのことか。
教室に変な空気が漂ってる気がする。
「永島みたいに喜ぶ人もいるし、俺も記録に残ってた方が便利なんだよ」
ほらと言って、スマホの画面を向けてくる。
「人気のブログは、詳細なコメントが付いていて、親切丁寧。食欲をそそる表現は、とても高校生とは思えないくらい秀逸」とある。
「これって新聞記事じゃないの?」
青柳の言う通り、電子版の文化欄だった。
「やっぱり、金森君って本名でブログ書いてる?」
永島さんが、小声で話しかけてきた。
金森はなぜか制服のポケットからチケットを二枚、永島さんに渡す。
「お前どういうつもりだ」
「永島が使ってくれ」
金森の手元には「招待券」とある。
「家族と行ってくればいいだろう。ブログのおかげで来たお客さんからもらったんだ」
「でも、ここなら金森君だって行きたいでしょう」
永島さんの様子は心から気遣っているようだった。彼女はいつだって他人を気遣う。なんで内藤は彼女を振ったりしたんだ。
「永島のおかげでブログなんてやろうと思ったんだ。永島が行った方がいいに決まってる」
なぜか金森がかっこよく見えてくる。
「なんでさっきから三人は、梨々花のためとか言ってるの?」
永島さんと仲が良い原田さんがもっともな疑問を口にする。
「分かった。何だよ赤塚。永島が好きなのか。いい迷惑だよな、こんなのに好かれるなんて」
山下がここぞとばかりに言う。
こいつも永島さんのことが好きなんじゃないのか。
それでも冷やかされて、周囲の視線が痛かった。
永島さんの方が見れない。
「お前もさ、ふられるって分かってて、そんなに頑張るなんて馬鹿だよな」
内藤も野次馬の中にいた。ああ、永島さんは今どんな気持ちなんだろう。
俺は、ふられるって分かってても、頑張りたかった。
馬鹿でもいいから言いたいことがあった。
「そうだよ、俺は永島さんが好きだ。何が悪い。勝手に一方的に好きになって何が悪い」
はっきりと口に出して言ってやる。
「もちろん俺はニケのことが好きだ。永島さんだって同じだ。手が届かないなんて知ってる。永遠に憧れてるしかない。」
突然の告白で、みんな面白がってきゃあきゃあうるさかった。
それでも言わなくちゃいけなかった。
「誰だってアイドルとか俳優に憧れたりするだろう。俺の場合は永島さんなんだよ。何か悪いか」
静まり返って誰も動かない。
「手が届かなくても、心の中で思うのは自由じゃないのか」
自分で言っといて悲しかった。
「そうだよね。私もそう思う」
永島さんがはっきりと言った。
「赤塚君、ありがとう。私ようやく分かった」
「何のこと?」
永島さんは優しく微笑んだ。
「好きって言われると嬉しいけど、相手が本気なら軽々しく付き合うとか言えないってこと」
なんで彼女は笑えるんだろう。
俺は彼女が遠くに感じられてとても笑えなかった。
「私もふられたけど、諦めない。振り返ってもらえるよう頑張る」
永島さんの笑顔はニケよりも輝いて見えた。
女神に失恋 登崎萩子 @hagino2791
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