第3話 修業

 家に帰ると、貯金額を確かめる。たぶん足りない。

 

 親に出してもらうしかない。

「悪いんだけど、コンタクト作りたいんでお金下さい」

「ハイハイ、コンタクトね」

 母の動きがアニメかっていうくらい分かりやすく止まる。

「ってあんたどうしたの。嘘ついて漫画買うんじゃないでしょうね」

 母は不信の目を向けてくる。親に漫画買ってるってばれてるのが何とも言えない気分にさせられる。

「ちゃんと買って勉強するよ」

 本当だ。ただのオタクじゃないってところを見せてやりたかった。

「まあいいけど、中間テスト頑張んなさいよ」

 一人っ子でよかったと思うのはこんな時だ。


 部屋に戻ってスマホを見ても、金森と青柳からの連絡はない。俺一人でもやって見せる。

 

 今まで変えようとも思わなかった。

 他人にどう見られてるかなんて気にしていなかったし、漫画や小説があればそれでよかった。

 なぜか、それを変えようって気になっていた。

 

 土曜日に眼科へ行き、コンタクトを作る。

 髪も切りに行く。あれからネットで調べたけど、当然ながら眼鏡+リュック+シャツをズボンにしまうといういかにもオタクっぽいのは評判が悪かった。

 とりあえず髪型を変えよう。

 

 たまにしか来ない理容室でカタログを手に取る。

「俺、別にファッションとか興味ないんですけど、いつもと違う髪型にしてみようかと思うんです」

 訳のわからない言い訳をしてしまう。

 正面の鏡も店員の方も見ずに、カタログに目線を落とす。

 茶髪に黒いシャツの店員は見るからにチャラそうだったが、俺を馬鹿にしたりせずに一緒に考えてくれる。

「これなんかどうですか。短すぎないし、後ろは今より短めですっきり見えますよ。前髪はワックスを付ければ、明るく爽やかに見えると思います」

 ワックス、なんだよそれ。俺にできるのか。

 でも、内藤だってそのくらいやってるだろうし。

 思わず独り言とは思えない声が出る。

「ワックスってコンビニとかで買うのか?」

 興味がないし、一度も使ったことがない。

「ドラッグストアでも売ってますよ」

 店員は親切に教えてくれた。永島さんと同じで優しい。

 大抵の人は、どんな相手にだって親切なのかもしれない。

 

 店を出ると、帰りに買って帰る。

 生まれて初めて買ってしまった。漫画を買う方が恥ずかしくないなんて一体どういうことなんだ。

「あらあら」

 母がちょうど家にいた。どっちの意味なんだ。おかしいのか、元がひどかったから、普通になったのか。

「変?やっぱりおかしいのか」

「大丈夫よ。でもどうして急にそんな事してるの」

「ほら、外見て大事だから」

 何とか部屋に戻る。スマホで新刊チェックを始めたけれど、永島さんの顔が浮かんだので、テスト勉強を始めた。

 

 

 月曜の朝は慣れないセットに手間取り、遅刻ギリギリになってしまう。教室に入るとみんなの視線が自分に集中したような気がする。

 金森はスマホの画面を見つめていた。青柳はなぜかノートと参考書を広げている。

「なあ金森」

「悪いな」

 何か入力中なのはよく分かった。

 ドーナツチェーン店でもらった手帳を見て何かを打っていた。また、食べ物の事らしいが興味がなかった。

「槍でもふるんじゃないか」

「邪魔しないでくれる?」

 青柳も顔すらあげなかった。なぜかすごい勢いで勉強してる。

 せっかくの大変身を、友人達はしばらく気づかなかった。

 

 来月は中間テストがある。そして、その次は文化祭だった。まあ、テストは大事だ。きっと、成績が上がれば、山下にだってうまく返せるようになる。

 俺も青柳も自分に自信がないんだと思う。


 まあ金森は、山下の言う事をマジで聞いてなかった。あいつは、食べ物事にしか労力を使わない奴だった。

 それから、テストに向けて青柳は勉強し始めた。からかわれようが気にしなかった。急に心配になってしまう。

 まさか、永島さんを好きになって、いい点とれたら告白するとか?

「もしかして青柳さあ」

「違うよ。僕がただ勝ちたいだけなんだ」

 その言葉に安心してしまった。なんでこんなにほっとしたのか分からなかった。

 青柳は勉強してるし、金森は常にスマホとにらめっこをしてた。俺も勉強するしかなかった。

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