第2話 作戦

 黙って二人の入った駅前の店に続く。


 金森は遠慮してハンバーガーを三つ頼んだ。コーラは二つだけで俺は水を飲んだ。

「二人はいつからいたんだよ」

「赤塚こそ」

 金森は食べることに専念していた。青柳はゴミでも見るような目を向けてくる。

「あいつが断るとこからだよ」

「金森はチョコレートを食べてて、僕は小テストを捨てに来たんだ」

 小学生じゃあるまいし。

「内藤が来た時はどうしようかと思ったよ。まさか断るなんて信じられない」

 俺も信じられなかった。青柳はいつも声が小さいが、今はその半分も出ていないので聞き取りづらい。


「あいつ、彼女とかいるのかな」

 言ってしまってから後悔する。これじゃひがんでるのがばれる。

「どうなんだろう。そんな事聞いたことないよ」

「何だよ、内藤と仲良いのかよ」

 スポーツマンタイプの内藤と接点なんかあるのか。金森は運動神経は悪くないんだろうが、体が重そうだった。

「いや、母親の方が店に来たんだよ。息子は家に彼女を連れてこないって言ってた」

 金森の家は母親が大阪出身でお好み焼きやをやってる。そのせいか食にはこだわる。


「必ず彼女を家に連れてくるとは限らないだろう」

「そうなのか」

 二人の目が俺に向く。

「この前の本ではそうだったよ」

 でたよ。という顔をされるが無視する。

「なんで断ったのか気になるな」

「直接聞いてみればいいじゃないか。内藤っていい奴そうだし」

 確かにさっきの様子だとあっさり話してくれそうな気もする。

「いや、だめだろう。俺たちがあそこにいたって誰にも言わない約束だ」

 俺は名乗り出なかったけど。


「そういや、内藤ってバイトしてるらしいぜ」

「そうか、同じところでバイトして仲良くなれば」

「僕もう帰るよ」

 話の途中で青柳がコーラを飲み干して席を立つ。親が転勤したとか何とかで、兄貴と協力して家事をやってるらしい。

「大変だなあ」

 俺も家に帰って「ロイヤルプリンセス」全巻読み返すんだった。

 


 次の日、金森はフリーの求人誌を持ってきてくれた。なんだかんだ言いつついい奴だ。コンビニの求人を見る。あいにく近所の募集はなかった。

 授業中もどうすれば内藤から断った理由を聞き出せるか考えてしまう。

 チャイムの音で授業が終わったことに気付く。板書が終わってない。ノートが真っ白だった。まずい、数学苦手なのに。とりあえず赤字を写していく。

 金森は字が汚いし、青柳は居眠りすることがあるからあてにならない。 


 日直らしい女子が黒板の前に立つ。

「あ」

 つい声が漏れるが、それ以上は何も言えなかった。言い方も分からないし、諦めようとする。

「赤塚君、どこまで写したか教えてくれる?」

 永島さんの声にはっと顔を上げる。

「ごめん、すぐ写すよ」

 俺の席はちょうど真ん中だったので、休み時間は歩いている人のせいで見えづらかった。

 教卓までノートを持っていく。顔が真っ赤になるのが分かるが、今までで一番早く手を動かす。

「さすが赤レンジャーだな。正義の味方なら永島さんに迷惑かけるなよ」

「私は全然平気だよ。」

 赤塚、青柳、金森。三人とも名字に色が入っている。同じ高校に入学して、偶然クラスも一緒になった。戦隊ものみたいだといってからかわれたのは中学からだ。

 いつもなら言い返せなくても睨み返すくらいはしていた。

 でも今はそんな事はどうでもよかった。

「ごめん」

 ノートに向かって言うことしかできなかった。永島さんのスカートが目の端に映る。

「逆に私の方こそ、こんなとこに立って、せかすような真似してごめんね」

 思わず見上げると、目尻も眉も下がって子犬のようだった。

 永島さんは入学してからずっとそうだった。かわいいだけじゃなくて、やさしい。 

 

 そう、優しいんだ。


 昼休みになると、三人で弁当を食べる。学食は混んでいるので、まだ行ったことがない。

 金森はゆっくりと味わって食べるので、たいてい三人の中で一番遅い。そして必ず「デザート」を食べる。今日も紙袋を机の上にのせる。

 ウインクした熊のイラストが描かれていた。中から出てきたのはなんとブルーベリーパイだった。

「弁当の後にパンってありえないだろう。炭水化物多すぎ」

「このパン屋は朝並ばないと買えないんだ。夕方のスケジュールもあるから、今食べるのが最適だし。」

 横目でのぞき込むと、ブルーベリーは綺麗な色で艶もあった。パイ生地のいい匂いがした。金森が食べるとサクッと音がする。

「うそ、森のくまベーカリーのパイ」

 窓際の席にいた永島さんの目が金森の手元にくぎ付けになって、口をぽかんと開けていた。

「さすが女子は違うな。このブルーベリーパイの偉大さが分かるなんて」

 うんうんとうなずく様子が熊にしか見えない。

「いいなあ、毎回間に合わなくて、一回しか食べたことないの」

 金森がまるで熊のような唸り声を出す。

「仕方がない。大事に食べてくれ」

 まるで無人島で最後の一個の食糧を前にしたような言い方をする。

「そんな、悪いよ」

「いいんだ。これを食べて元気出せよ」

 馬鹿、何余計なこと言ってんだよ。あの事は秘密だって忘れたのかよ。

 腹が立って金森を睨みつけるが、本人は気づいた様子もなく永島さんに紙袋を差し出す。

「分かりました。心して頂きます」

 永島さんは一つ受け取って神妙な顔で一口かじる。目を大きく見開いて口をもぐもぐと動かす様子は、子リスみたいだ。

「んー、おいしい。想像以上の味」

 金森は誇らしげな顔をしていた。

「何だ、黄レンジジャーすごいな。青レンジャーこいつら見習って何かやれよ」

 さっきの山下が小ばかにした言い方で言う。

「その言い方、私好きじゃない。でも、正義の味方に言いがかりをつける山下君て、悪の組織の手下みたい」

 永島さんがにっこりと笑って言う。


「山下って一番最初に倒される雑魚?それとも中ボス?」

 周りの奴が面白がっていじり始める。永島さんはおいしそうにパイを食べていた。食べ終わると、まだ戦隊ネタを話している奴らに、視線を向ける。

「そういえば、この前映画の撮影で俳優さん見かけたんだけど、名前が思い出せないんだ」

 その言葉で、話題が移っていった。

 金森も青柳も黙ってその様子を見ているだけだった。

 

 帰り道金森は和菓子屋へ寄ると言い、青柳は買い物をして帰るといった。別れ際、さっきから考えていたことを二人に言う。

「俺、コンタクトにする」

「はあ?」

「二人も何かやろうよ」

「一体何の話だ」

 金森はめんどくさそうだが、一応聞き返してきた。

「永島さんは俺達の事かばってくれただろう。だから、山下を見返すために何かやりたいんだよ」

「まさか赤塚」

「断じてない。これだから一般人は困る。俺にとっての永島さんは女神なんだよ。美しい天上の神でニケと一緒なんだ。遠くから憧れるしかない、手の届かない存在、それが彼女で」

「ところでニケって誰?」

 青柳は疑問をはさんできた。全然興味がなさそうだ。それでも言っておかなくては。

「ロイヤル」

「はいはい、登場人物ね」

 言い終わる前に二人がさえぎる。

 ちゃんと聞けよ。

 生暖かい目で見られて、冷静になる。今俺は何て言ったんだ。

 まるで永島さんがニケと同じくらいだって言ってたような気がする。

「いいから、何か考えてくれよ」

 悔し紛れに大声で言うと、通行人からも白い目を向けられてしまった。

 俺だけ張り切ってたらおかしいだろう。永島さんは俺たち三人を助けてくれたんだ。

 

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