女神に失恋
登崎萩子
第1話 告白
「嫌いじゃないんだけど、ごめん。付き合えない」
思わず体が固まる。ごみを捨てに来ただけなのに。
よりによって断る場面なんて。渡り廊下に出ることもできない。両開きのドアは片方だけ開いていた。
夏休み明けでまだ暑いのに、冷汗をかいたせいで風が通るたびに寒いくらいだった。
ゆっくりと首を伸ばして、ガラス越しに誰なのか確かめようとする。
女の子は永島さんだった。黒に近い茶髪に染めていて、後ろで一つにまとめていた。
かわいいグループに入る永島さんの告白を断るなんて何考えてんだ。馬鹿じゃねえのか。
男の方は同じクラスの内藤だった。つい鼻息が荒くなって、思わず手で押さえる。内藤は部活へ行くのか背を向ける。が、すぐに振り返る。
「今まで通りに話かけてもいいかな」
は?ふっといて何言ってんだ。ラノベのハーレム主人公じゃねえんだぞ。正直うらやましい。内藤が動揺せずに、さらっと今まで通りとかいう。俺には無理だ。高等テクニックだ。
俺のいる廊下は暗く、二人のいる場所は光が差していた。永島さんの表情は光が当たっていてよく見えなかった。必死に目を凝らす。彼女は泣いたりしてないだろうか。
「うん、ありがとう」
ああ、声は教室で聞く声よりも優しく甘く響いた。明るい言い方だった。
内藤が立ち去っても、永島さんは立ち尽くしていた。放課後の騒がしさも、遠くに聞こえていた。
「へぷしゅん」
突然、誰かがくしゃみをした。永島さんが見回しながらこわごわと口にする。
「誰かいるの」
ゴミ捨て場の陰から青柳が立ち上がった。
「あの、ごごごごめん」
顔を赤くして言う。鞄を両手で抱えていた。
「お前も聞いたんだろう」
青柳が言うと、近くの自転車置き場から、金森がだるそうに歩いてくる。口の周りに、茶色い汚れがついている。また何か食ってたな。
「二人とも今のことは秘密にしてて」
「うん、言わないよ。永島さんがふられたなんて」
青柳の不用意な一言で、永島さんは顔を真っ赤にして、走り去ってしまう。あいつ、許さねえ。
彼女の姿が見えなくなってから、ごみ袋を青柳めがけて投げようとする。が重くて投げられそうにない。通学に使っているリュックを肩にかけなおす。
「お前、永島さんに謝れ」
「卑怯だぞ。隠れてやり過ごしたな」
そんなつもりはなかった。ただ言い出せなかっただけだ。
「赤塚ってオタクじゃなくて、覗きが趣味だったのか」
「違う。誤解だ。俺は正真正銘、オタクだ」
金森は目を合わせようとしない。ごみを捨てると、二人を追いかける。
「俺達中学からの友達だろう」
友達がいなくなった上に、覗きが趣味だなんて噂されたくない。
「腹減ってきたなあ」
「僕は喉が渇いたな」
二人が面白がるような声を出す。
「分かったよ。言っとくけど、一番安いハンバーガーにしろよ。あとSサイズ。今月は新刊ラッシュで金欠なんだ」
涙が出そうになる。
「はいはい」
全く聞いてない。ふたりはさっきの出来事などなかったかのように歩いていく。
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