第18話

 お昼前に階段を上がってくる足音が聞こえてきた。彩香ちゃんの足音だ。

重たい表情を見せて一心に頭を下げて、一助を見る。すぐ目をソファに戻して一心の手招きで座る。一心は一助に隣に座らせる。

皆んなを奥の部屋に行かせる。対座したのは一心と静。

「彩香ちゃん、今回の事件はすべて片付いた。美術館の館長が犯人だった。14年前の一助の両親の写真を撮ったのもそうだった。」

一瞬彩香ちゃんの目が動いた。

「殺害は憲重だったが、現場を見られて写真を取らせるように脅されたみたいだ。彩香ちゃんのお父さんの弟が、一助の両親を殺害した事実は変わらなかった」

「彩香ちゃんは、20年前、彩香ちゃんのお母さんの大曲時世さんが川で溺れた時、一助の父親の桂林徹が助けなかったから意識を失い、彩香ちゃんを産んだ時に亡くなってしまったと、ずっと思ってたんだよね。

 一助は、お父さんは助けようとしたが助けきれず事故後ずっと悩んできたことを知っていた。だから、遠辺野憲重に両親が殺害された時、真に犯人を憎んだ。殺そうとまで思った。そうだな」

一助は黙って頷く。

「彩香ちゃんと付き合うようになって、事件を調べていくうちに、彩香ちゃんのお父さんが遠辺野兼信さんでその弟が憲重だと知ったんだよな。彩香ちゃんも、桂林徹が一助の実の親とは知らず、俺たちが調査の中でそれを知って、彩香ちゃんに伝えた。それで知ったんだよね」

彩香ちゃんも黙って頷く。

「そして、桂林徹が必死に助けようとしたが、ダメだったと事実を知ったが、それまで信じ続けてきた思いが頭から離れないし、そうでなかったとしたら、一助のお父さんを叔父さんが殺したことになる。そんな関係で、一助とは付き合えない。そう思った。だね」

「そうです、私、一助さんに申し訳ないことをしてしまいました」

「一助はどう思ってんだ?」

「俺は、叔父さんがどうのって関係ないって思ってるさ」

「お前は、彩香ちゃんに、申し訳ないことをされた、と思ってないんだな?」

「当たり前じゃないか、彩香が5歳の時に起きたことが、彩香と何の関係があるんだ!」

「彩香ちゃん、一助はこう言ってるよ」

「でも、私、頭では分かってるけど、心が私を許してくれない。一助さんのお父さんを憎んだりした私を・・」

「正確な事実を知らなかったから仕方ないんじゃないかな?」

「そうどすえ、彩香はんこの事も二人の一つの山やないか?こんなちっさい山越えられなあかんちゃいますか?」

「・・・」

「彩香、俺、全く気にしないから。彩香は彩香だから、これからも今まで通りに付き合ってくれないか?」

彩香ちゃんの瞳から大粒の涙がポタポタと落ち始めた。身体が細かく震えている。

「ごめんなさい。来ないで」

そう言い残して、彩香ちゃんが立ち上がって、階段を駆け降りてゆく。

一助はガクッと肩を落として項垂れる。

間髪入れず、ドアがバタンと大きな音を立てて開けられる。

「一助!追え!」美紗が叫ぶ。

一助は呆然としている。

「ばかやろー!早く、追いかけろ!」

「だって、来ないでって」一助は落ち込んでいる。

「ばかやろー!それが女心だあ!追え〜っ!嫌いなのか?好きなのに、どうしてこんな事で別れなきゃいけないのよー一生後悔し続けたいのか〜追え〜っ!」

「一助、追った方がよろしとちゃいますか?」

静にも言われて。一助が立ち上がって。階段を走り降りて行く。

全員、ため息。

10分。

また、10分。

また、10分。

通りを走る足音。全員、ピクリと体を動かす。が、通り過ぎる。

さらに、30分が過ぎた。

一人の男だろう足音が階段を上がってくる。重たく一歩一歩が辛そうだ。

一心は、一助が一人で戻ってきたかと、無念だ、最大の痛恨事、と思った。

「やあ、皆、ただいま」明るい声の一助にエッと思って全員顔を向けると、彩香ちゃんをおんぶしている。

思わず全員馬鹿笑い。

「何やってんだお前達」

「いや〜、あちこち探し回ったら、彩香が道路で倒れていて、何かあったかとびっくりして駆け寄ったら、つまづいて転んだって、足首を挫いたらしい。美紗手当てしてあげてくれない?」

「あいよ」美紗が奥の部屋に薬を取りにゆく。

「で、どうするんだ?彩香ちゃん」

彩香ちゃんの顔がみるみる真っ赤に染まってゆく。

「えっ、どうした?」

「お、おう、転んでたから抱き起こして、キスした。もう絶対離さないって言っちゃった」一助も真っ赤な顔をする。

「なんだあ〜それで一件落着かよ〜、な〜んか心配して損した。良いよなあ一助キスする相手いて、俺は一人だ。くそ〜一助!ラーメン奢れ!」数馬のやきもちだ。

一助は一件落着にへらへらしている。

「分かったよお、そんな怒るなよお。奢るからさあ。皆んなにもさあ」

「しようがおへんな、よばれまひょ」笑顔で静は彩香ちゃんの頭を撫でる。

「婆さん!彩香、子供じゃないんだから、頭なんか撫でるな」一助が妙に怒っている。

「いえ、お母さんに撫でられると、安心する」

彩香ちゃんは本当に可愛い。一心は心底思う。

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また、奴がっ!?殺人事件 闇の烏龍茶 @sino19530509

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