主を呼べ!

平中なごん

主を呼べ!(一話完結)

 私の名は池原遊山いけばらゆさん……自分でいうのもなんだが、本邦屈指の美食家である。


 いくつもの新聞・雑誌で〝食〟についてのコラムを書いていたり、テレビの料理番組にコメンテーターとして呼ばれることも日常茶飯事だ。


 そのような自他共にグルメと認められる私の最近の趣味は、まだ世に知られていない隠れた名店を探し出すことである。


 有名店が美味いのは当然のことであって、最早、そこに大きな感動はない……それよりも、そんなまだ見ぬ金鉱脈、あるいは宝石の原石を発掘するという行為に、私は至高の喜びを感じるのである。


 そして、ある日のことだ……。


「──ん? おい。停めろ」


 自家用車での地方ロケからの帰り道、私は気になる店を車窓の外に見つけ、前に乗る専属の運転手に声をかけた。


 まったく知らない店であったが、そのレストランは看板にデカデカと〝三つ星〟を謳っている。


 三つ星レストランはだいたい頭に入っているつもりだが、こんな店は見たことも聞いたこともない……ほんとに〝三つ星〟なのだろうか?


 これは美食家として、ぜひにも確かめてみねば……それが、我が国を代表する美食家となった私の責務でもある。


「よし。私の舌にかなうまでの味なのかどうか確かめてやろう……ちょっと寄ってくる。あとで電話をかけるから、それまでどこかで時間を潰していてくれ」


 私はそのレストランの前で車を停めさせ、運転手にそう告げると車を降りようとした。


 すると、なぜか運転手は──。


「いやあ、やめておいた方がぁ……先生のお口には合わないかとぉ……」


 ──などと、知りもしないくせに、いつになく私の行動に意見をしたのだ。


「フン。知った風な口をきくな。おまえに何がわかる? では、行ってくる……」


 私の気まぐれとはいえ、一介の運転手風情に文句を言われる筋合いはない。私はぴしゃりと叱りつけると、有無を言わさず車を降りた。


 そして、その自称三つ星レストランへ入ると、ご自慢の料理を堪能させてもらおうと思ったのであるが……。


「──おい! この店の主を呼べ!」


 四半時ほど後、私はウェイターを怒鳴りつけると、店主を呼ぶように文句をつけていた。


 想定外にも「やめたほうがよい」と言った、あの運転手の言葉通りになってしまったのだ。


 なるべく穏便にすませるつもりだったが、もう我慢の限界だ……何が〝三つ星〟か! 〝三つ星〟と銘打っておきながら、味はもとよりサービスの端々に至るまで、一つ星にもほど遠い最低の店だったのである!


「──あ、あの……いかがなさいましたか?」


 しばらくの後、現れた店主はおどおどとした様子で、腕組みして待ち構えていた私におそるおそる尋ねる。


 まだ若く、二十代そこそこといった年齢の凡庸な顔立ちをした男だ。彼自身も調理をしているのか? エプロンをしてはいるがなんともふざけた格好だ。


 スーツでもなければ純白のコックコートでもない。カーキ色のシャツに赤いネクタイを締め、エプロンも白ではなく茶色である。


 山高帽もかぶっていないのでシェフではないようだが、まるで軍の略帽ギャリソンキャップのような、やはり茶色の三角型をした帽子を頭に載せている。


「いかがなさいましたかだと? おい、この肉の焼き方はなんだ? 私はミディアムレアでと頼んだのに、これではミディアムどころかウェルダンも通り越して大いに焼き過ぎではないか!? いや、そもそもこの牛肉からしてなんとも質の悪い外国産であろう!?」


 その一流の料理人にはあるまじき服装からして私の精神をなおいっそう逆撫でするものであるが、それよりももっと重要な、目の前のテーブルに置かれたサーロイン・ステーキの焼き方について私は店主に苦言を呈した。


 注文をとったウェイターの連絡ミスなのか? それとも調理した者が間違えたのか? ともかくも私の注文通りにはまるで焼かれていない。いや、ウェルダンにしたってこれでは焼き過ぎだ。もともと質が悪いとはいえ、その肉の味をますますもって殺してしまっている。


「い、いやあ、そう言われましても……食中毒を防ぐため、当店の規則で肉類はそのように調理するよう決まっておりますので……」


 私の叱責に、そのなんとも頼りなささうな店主は苦笑いを浮かべ、あろうことか、そんなとってつけたような言い訳を口走ってみせてくれる。


 それは火に油を注ぐようなもの。その言葉は私の怒りを鎮めるどかろかさらに私を苛立たせる。


 もし本当にそうなのだとすれば、彼らは客に最高の味を提供する気すらないということなのだろうか!?


「肉の焼き方だけではない! このオリジナルだというソース。食材本来の味はまるでなく、化学調味料の味しかせん! ちゃんと肉や骨、野菜を煮込んでダシをとっているのか!?」


「いやあ、そう言われましても、こちらが当店の定められているソースの味でして……お気に召さなかったのであれば、別のお料理にお取り替えいたしますがぁ……」


 続いて私はステーキソースについても文句をつけてやるが、店主は苦笑いを浮かべたまま、まるで他人事ひとごとのようにトンチンカンな言い訳をなおも重ねる。


 まるで反省の色すら見せる気はないようだ。こうまで客に言われて、三つ星のレストランとして恥ずかしくないのか!?


「ええい! ステーキはもういい! それ以前に料理の出し方からして問題だ! スープも前菜も来ていないのに、メインディッシュが最初に来るというのは何事かぁ! しかも、そんな注文はしておらんというのに、パンではなくライスを一緒に持って来おったぞ!」


 供された不味いステーキへの怒り冷めやまぬ私ではあるが、まだまだ他にも言いたいことがあるので次に進むこととする……。


 そうなのだ。この店はレストランでありながら、コースでの料理の出し方すらなっていないのである。


 その上、私が和装をしているのを見て予断を挟んだか? 頼んでもいないのに勝手にパンをライスに変えて持って来たのだ。


「あ、いえ、当店ではお客様にお好みのスープやサラダを楽しんでいただくため、あちらのスープバー、サラダバーにてお客様ご自身の手でご用意いただくシステムとなっております。それにお客様のご注文いただいたセットだと、主食はパンではなくライスになりますので……」


 しかし、私の至極常識的な意見にも、このいかにも凡庸な店主はまるで悪びる様子もなく、あまつさえ、スープや前菜は客自身が用意すべきだなどと信じられない暴言まで平気で口にしてくれる。


「なんという店だ! これで三つ星とは聞いて呆れるわ!」


 料理の不味さ、サービスの悪さに加え、この客を客とも思わぬ、自分達の過ちさえも理解していないらしい店主の態度に、私が思わず声を荒げてしまったその時。


「ママ〜。あのおじちゃん、お店の人いじめてるよお〜」


「シッ! 見ちゃいけません!」


 近くの席にいたこどもが私を指さし、その母親が慌ててこどもに注意をした。


 そういえば、店に入った時から気になっていたことだが、ここはやたらと店内がうるさい……家族づれや若者が多いのであるが、彼らがワイワイ騒いでも一向に注意する気はないらしく、店側もそれを容認しているようだ。


 一流のレストランであればありえない状況だ……その耳障りな喧騒がますます私の心を苛立たせる。


 店も店なら、そこに集まる客も客……店のサービスが悪ければ、畢竟、客のマナーも悪くなるということか……。


 そんなことを思いながら店内を見回すと、やはり今の大声に反応したのか? 客達は皆、私の方に迷惑そうな顔で冷たい視線を注いでいる。


 先程の親子もだが、これではまるで、私が店側に無理難題をふっかける迷惑なクレーマーのようではないか!


 貴様らのマナーのなさに迷惑しているのはむしろ私の方である!


「デザートがまだだが帰らせてもらおう! 味も雰囲気もまるでなっておらん! 〝三つ星〟というのはやはり詐称か? それとも金でも積んで強引に手に入れたか? 今後、〝三つ星〟を名乗ること、たとえ世間が許そうともこの池原遊山が許しはせん! いや、レストランと称することすらまかりならん!」


 あくまで大人な態度を取ろうと努めてきたが、さすがに堪忍袋の緒が切れた……完全に我慢の限界がきた私は席から立ち上がると、帰る前に一言、きっぱりとそのふざけ切った店主に言ってやった。


 まあ、それでこやつが心根を入れ替えることもないと思うが、もしこれからも〝三つ星〟を名乗ろうものならば、美食の威厳を守るため、我が名と言論の力を以て、その詐欺行為を断罪してくれようぞ……。


「あのう……なにか勘違いをなさっているようですが、うちは三つ星の高級レストランじゃありませんよ? うちはただのファミレスです。調理してるのもバイトですし、私も店長ではありますが、料理の修行もしたことのない、その系列企業の一介の社員にすぎません」


 ところが、どんな反応を示すかと思いきや、店主はまたなんだか訳のわからないことを言い出してくれる。


「ふぁみれす? ……なんだそれは?」


 ファミレスとはなんであろう? 最近の若者言葉だろうか?


「ファミリーレストランのことです。三星もいわゆる〝三つ星〟のことではなく〝サンセイ〟と読みます。うちの店の名前なんですよ、ファミリーレストラン三星です」


 ファミリーレストラン? ……家族のレストラン? 確かに家族づれは多いが……ビストロやトラットリアみたいなものだろうか?


「あ、それからデザートですが、お客様のご注文になったセットには含まれておりませんので、もしお召し上がりになりたい場合はメニューから選んで別途ご注文ください」


 説明されてもますます訳がわからず、怪訝な顔で首を傾げる私に、店主は苦笑いを浮かべながら、そう丁寧に付け加えた。


                        (主を呼べ! 了)

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