違和感

スロ男

gap

 最近、夫の様子がおかしいような気がする。とりたてて何がどうおかしいというわけでもないのだけれど、行動の端々に奇妙な違和感を覚えるのだ。

「どうした、つみこ。そんな人の顔をじろじろ見て」

 いつもと変わらない夕餉ゆうげの風景に、口にしたアサリから出てきた砂のような、うっかり茶っ葉を取り替えずに飲んでしまった茶の酸いた感じのような、見過ごしたいけれどそうもいかない異物を感じてまじまじと見てしまったのだった。

「ううん、なんでもない」

 微笑んで、食事へともどる。なんだか味がしないし、なんだか飲み込めない。

 食べ物へ集中している素振りをするのだけれど、チリチリとした夫の視線を感じる。

 今日の献立は、夫好みにではなく、自分が食べたいものを作ったというのに。

 °€yGo憂肉の甘みもコクも何も感じ取れなかった。


 例えば浮気であるとか借金をして黙っているとかならよかった。

 そんなことはよくある話だし、そういう問題をふたりで手を取り合って乗り越えてこそ夫婦の絆も深まるというものだろう。

 ハタから見てラブラブな夫婦なんてものは、演技の上手い世間体ばかり気にするカップルの得意技だろうし、おそらく欲望は外注している。

 ならば、夫婦なんてそんなもんだと認めた上で、いかに居心地好く互いのテリトリーを侵さないよう気をつけながら過ごすことこそが、真摯で長続きする秘訣であるはずだ。

 それでも人間だから、時に相手の領域へ踏み込んだり、共に暮らす意味を見出せなくなったり、本当の相手は違うところにいるはず、などと現実逃避したりもするだろう。

 そういうことなら、よかった。


 夫の何が問題なのか、明瞭はっきりとはわからないまま、おりのように耐え難い、許し難いナニカが堆積していく。

 マリンスノーのように。


 そもそもの問題は、二人の間に子供がいないことなのかもしれない。

 子供の世話に追われ、仕事に追われ、日々の生活を必至にやりくりしているならば、ささいな問題など気にする余裕もなく、大きな問題ですら先送りにして大過なかったことを寝床で感謝していたはずだ。

 たとえばそんな気もないのに、夫が微睡みを破壊すべくパジャマのすそから手を差し入れてきたとしても、痛みの喘ぎに興奮されてかえって痛い目に遭わされたとしても、それでも。


 興奮した夫の乱暴さ、ならよかった。

 違う。

 こんな触られ方をしたことはない。

 痛みに感じたけれど、それが強すぎる快楽であることに気づき、気づいた瞬間これまでで一番の、鼻の奥にツンとくるような熱さと全身を舐める冷気をも感じ、そのことが何よりおぞましかった。

「大丈夫か、つみこ」

 丸めた体を覆うように背後から抱かれ、敏感な部分をまさぐられながら荒い呼気混じりに。

「つらくないか、つみこ……」

 空気の塊が飛び出そうとする喉をぐっと締めて、こくこくと、肯定の意味を添えたのに、夫の動きはより緩やかにより曲線的により有機的になって耐え難い。


 もういっそ激しく突き立て、勝手に果ててくれたほうがどれだけ楽かと。思いながら、ようやく違和感の一端に気づいた。


 子供などできるはずもない。

 結婚してから十年、夫は一度も放精したりしなかった。人形遊びをするように女体を弄び、興奮しながらもずっと長く綺麗な指先だけを這わせ、出し入れするだけだった。

 おぞましいのはそのことではなく、それこそ望ましいと思い、だからこそこの人でよかったとこれまでずっと考えていたことだった。

 二人の仲はまったく問題なかったし、子供の話なんて一度も出たことがない。

 夫はマイナーながらもその分野では有名な企業に勤め、生活費も交友費もいうだけ寄越したし、夫に頼らずとも裕福な生活ができるだけの資産もあった。


 浮気がどうとか、勝手に果てればいいとか、どうしてそんなことを考えるようになったのか?


 夫の指に苛まれながら、激しくしないで、激しくしないで、とわたしはつぶやいた。


 °€yGoがもうすぐ芽吹くから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

違和感 スロ男 @SSSS_Slotman

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る