結実 〜社会人〜

 それからしばらく経って。僕達はそれぞれの道を歩み始めた。

 僕は大学生の時に考えていたIT関係の仕事に就くことができた。そして、英璃はインテリアデザイナーを目指して、家具を取り扱うところで働き始めた。

 ちなみに、れいはというと、どこかの商社に就職して、働きながら片手間に趣味でギターを続けているそうだ。

 僕は……仕事に就くと、バンド活動を辞めた。

 そんな理由ワケで、澪と会う機会が学生の頃と比べると、かなり減ってしまったのだ。だけど、澪は僕にとって、今でも大事な親友だった。だから、時々は会いに行ったり、英璃とふたりでギターを聴きに行ったりして、付き合いを続けていた。

 バンド活動は辞めてしまったが、歌うことを止めてしまった訳ではない。ただ人前で歌わなくなっただけで、時々英璃の前ではあの「うた」をうたい続けている。

 大学生以降、僕と英璃は付き合い始めるようになった。働き始めた頃、僕は稼いだお金で指輪を買い、いつかは結婚しようと――英璃と婚約した。


 そして、お互いの仕事が軌道に乗り、現実との折り合いが上手くつけられるようになった頃、僕と英璃は結婚した。もちろん、結婚式には澪も招待した。

 まずはふたりでマンションで暮らし、こつこつとお金を貯めて、家を買おうと約束していた。英璃が犬を飼いたがっていたのである。

 一緒に暮らすと、時にはぶつかり合うこともあった。けれど、そんな時にはあの「うた」が僕たちを繋いでくれていた。ふたりであの「うた」をうたえば、どんなことも大切な思い出へと変わった。

 そんな思い出が少しずつ募って来た頃。

 僕はついに家を購入した。もちろん、犬も一緒に飼うことになった。

 そして――――。


「ねぇ、いっくん。 あの『うた』うたってよ」

 ある日のこと。英璃とふたり、犬も抱いてソファに座っていると、ふと、英璃が僕の「うた」をねだった。

 すぐに、僕は微笑んでわらってみせると、「うた」をうたい始める。

 英璃は目を閉じ、お腹を優しく抱きながら・・・・・・・・・・・、僕の「うた」に聴き入った。

「あ、蹴った。 今蹴ったよ、いっくん」

 僕がうたい終えると、英璃が嬉しそうにわらいながら報告して、僕の手を彼女のお腹に当ててみせた。

 ――そう、英璃のお腹には新しい生命いのちが宿っているのだ。

「うーん……動かないな。 ねぇ、紫音しおん、紫音もパパの『うた』好きだよね? いっくん、ね、もっかい。 もう一回うたってよ」

 僕が手を当てると大人しくなったお腹の子――紫音に話しかけながら、英璃がいつかと同じような台詞セリフを口にしながら、そうねだる。

 思わず笑いをこぼしながら、もう一度うたおうとすると、「あ、待って」と英璃が制止の声を上げた。

「そういえば、まだ『うた』の名前聞いてない。 なんて名前言ってからうたって」

 僕は笑ってみせ、「うた」の名前を英璃の耳元でささやくと、思い切りうたい始めた。英璃も僕に合わせて口ずさみ始めた。

 そして、「うた」が終わると、紫音が英璃のお腹をとんと蹴るのが分かった。僕と英璃はふたりでわらい合うと、また「うた」をうたい始めるのだった。


 ―Dear 〝You〟―

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Dear 〝You〟 紡生 奏音 @mk-kanade37

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ