引き合わせ

 坂道さんに遊びに行こうと誘われたのは、五月の連休の前日だった。

とくにこれといって予定を立てていなかったぼくは、二つ返事で了解した。

 しかしよく考えれてみれば、坂道さんが事前に連絡してくるなんて珍しい。

 嫌な予感がしながらも、ぼくは待ち合わせの喫茶店に出かけた。


 坂道さんのお店からそう離れていない住宅街に一軒だけオシャレなお店がある。そこに呼び出されたのは意外だった。てっきりあの人なりのもう少し古風でオシャレとは程遠いところを選ぶものばかりだと思っていたからだ。

 見せに入ると変なアロハシャツに色の濃い緑色のサングラス、無精ひげまで生やしたおっさんが一番奥のテーブル席を一人で占有(せんゆう)していた。

 周りの客は明らかに胡散臭そうな視線で見ているのに、まったく気にせずに両手を組み天井を睨んでいる。

 一見しただけで堅気(かたぎ)ではないことはわかる。

 出来る事なら関わりたくない感じだが、関わらなければ後が面倒そうだ。

 意を決して、ぼくは坂道さんの前に座った。

 坂道さんはサングラスを外し、いつもの無表情でぼくを見た。

「なんという格好をしているんですか」

「君がおっさん、おっさんっていうから、せめて格好だけでも若くしておこうかと」

「Vシネ(東映Vシネマ)のチンピラ(に出て着そうなキャラ)みたいですよ」

 ぼくの感想が気に入らなかったのか、坂道さんは小さく唸った。


 ぼくらは電車を乗り継いで、山々に囲まれた場所に来ていた。ハイキングコースを歩きながら山を登ろうとしていた。

 リュックパックを背負った家族連れが怪訝な顔をして追い越していく。無理もない。変なおっさんと幸薄そうな少年が、ろくな装備もなしに山中にいるのだ。

 途中、知らないおばさんに「まだ若いんやから変な気を起こしたらあかん!」と怒られて、ついでに蜜柑をもらった。いろんな意味で酸っぱかった。早く帰りたい。

「山いくのでしたら、そう言ってくださいよ」

「いうたら、素直に来てくれるのか」

 坂道さんはしれっと答えた。

 確かに、小学生の頃に遠足で山登りに行って数日間さ迷った以来、山への恐怖と無意味な運動はしないようにしていた。元来ぼくは病弱なのだ。


 滝を超えたあたりで、坂道さんは一旦立ち止った。

「なぁ、ボクが本当にただハイキングに来ただけだと思うか?」

「全然思いませんね」

 なにやら含みのある言い方に、ぼくは内心ため息を吐いた。

「今日はな、宝さがしに来たん」

「……埋蔵金でもあるんですか?」

「金銀財宝だけが宝とは違う。これは――」

 坂道さんは口を止め、コースを外れて設備のされていない荒れ果てた道へと進んでいった。この辺りはイノシシが出るし、今の時期なら蜂もいる。ぼくは慌てて坂道さんを止めた。

「ちょっと危ないですよ!」

「見てみろ」

 坂道さんはすぐそばの木を指さした。

「枝が折れとる」

「それがどうかしたんですか?」

「ボクの肩くらいの位置や、猪ではないな。熊がいるとは聞かないし、やったとしたら…」

「……人間だとでもいうのですか?」

 坂道さんは頷くと、ぼくを前に行かせた。

「足元には気を付けて。臭いがしたらすぐ言うんだ」

「ぼくはレーダーじゃありませんよ!?」

「後でお土産買ってやるから」

 しぶしぶぼくは言われた通りにするしかなかった。こうなったら坂道さんに何を言っても無駄だとわかっているからだ。


 どれくらい進んだだろうか。

 自分のいる位置すら分からない。周りは草と木ばかりで、同じ景色が続いているのではないかと錯覚してしまいそうだ。宝なんてありそうにない。いや、あっても無事に帰れないんじゃ、むしろなかった方がいい。

 明らかに道に迷っている。ぼくは坂道さんに確認をとった。

「遭難とか、してませんよね?」

「そうなんちゃう?」

 ふざける坂道さんに思わず頭を叩いた。

「人が真剣な話をしているときに! 何が嫌いかって、ぼくはチキンとダジャレが一番嫌いなんだ!」

「落ち着けって、ツッコミはまた今度見てやるから」

 疲れと不安でイラ立つぼくをなだめつつ、坂道さんは携帯をいじりだした。

「……ダメだ。ボクのは県外。勇真はどうだ?」

 言われてぼくが携帯を取り出すと場違いな着信音が鳴り響いた。おかしい、マナーモードにして音源は切っていたはずなのに。

 ぼくはしらばく鳴り続ける携帯を眺めていた。

 タイミングが嫌すぎる。出来すぎている。鼻をつまんでみたが、臭いはしない。

「出ないのか?」

 坂道さんに促されて、ようやく通話ボタンをスライドした。

 ノイズしか聞こえない。耳が痛くなる雑音に、電話を切ろうとしたときだった。

「……み……ぃ……」

 ひどくくぐもった声だったが、確かにそう聞こえた。

「誰なんですか!?」

 反応と返事を待ったが、ノイズだけが流れるだけで、やがて通話は切れた。

「で、どうやった?」

「……聞こえていたんじゃ……」

「ノイズしか聞こえんかった」

 坂道さんには声すら聞こえなかったという。

「……右、と思います」

 ぼくが震える唇でそう答えると、坂道さんはニヤリと笑った。

「向こうから呼んでくれるとは有り難い」

 それから何度か電話はかかってきた。

 毎回聞き取りづらい声でぼくらの行先を支持する電話の通りに進んでいくと、どうやら目的の宝を探し当てたようだった。

 太い木を通り過ぎたとき、ぼくは小さく悲鳴を上げ、空いた口が閉じらない恐怖に包まれた。

 顔や性別が分からい程腐敗していて、服は着たまま、財布やリュックといったものがあたりに散乱してある。その身なりから男だと思われるが、その姿に圧倒され身動きがとれないでいると、

「おい、あんまり見ない方がいいぞ」

 両手で視界を塞いだ。

 けれど、あの姿が頭の中に固定され、瞼を閉じたとしてもなかなか消えてはくれなかった。

「まさか、こんなことになっとるとは思わなかった」

 坂道さんはどこか悲しそうな声で呟いた。

「……あれ?」

「どうかしたのか」

 誰かが携帯を触るような妙な感覚がした。

「え、いや、携帯が……」

 そのとき、ぼくの携帯が再び鳴った。

 ぼくは坂道さんの手をどけて、通話ボタンをスライドして耳にあてた。

またノイズ混じりで聞き取れないが、声は前よりも聞こえるような気がした。

「……つ……た」

「土の下か」

 相手の声を重ねるかのようにそう呟いた。


 ぼくらは電車の中にいた。

 周りの乗客は不思議そうに見ているが、いい加減慣れた。

 結局山を下りてから、坂道さんが知り合いに連絡するとかといって、ついでに警察とかに連絡していた。

 ぼくの携帯はバッテリーが切れていた。朝の段階で100(マックス)だったのに、山から下りている頃にはバッテリーは1になっていた。

 それから警察の事情聴取とか現場までの案内などをしているうちに夕方まで時間がかかってしまった。

 彼が最後に語っていた土の下を掘り起こすことはしなかった。土の下に坂道さんがいうお宝があるのだったら、掘り出していたのかもしれない。けど、あんな凄惨な場面を見たら、掘り起こす気などできなかった。


 黙り込んでいるぼくの隣で、坂道さんはぼんやりと外を見ていた。

「なあ」

「……なんですか」

 あまり話したい気分じゃなかったが、一応返事をした。

「アイス食べて行くか」

 ぼくは坂道さんの頭を叩いた。

「そんな気分じゃないでしょ!」

「お土産を買っていかないと、君の両親に上手く説明できん。前、君の両親から信用されていないかのような仕打ちを受けたんや。だから、て」

「その話はいますることではないでしょ!!」

 ぼくの怒りを尻目に坂道さんは両手を後頭部に持っていき、窓に寄り添う。

「約束、覚えているか」

「……覚えていますよ、それがなにか」

「君を守るのがボクの仕事。今回のことは、君に関係することだった。あの人は、ぼくの兄さんだ」

「えっ……」

「正確に言えば、二人兄がいるん。一人は学者。もう一人は放浪。そして、今回見つけたのは二番目のお兄さんだ。一番上の兄に教えられてな、居場所が分かったけど、どこにいるのか分からなかった。それで、勇真君に頼った。ボクは君を守れるが、見つける能力はない。ごめん、結局兄貴に弄(もてあそ)ばれた」

 坂道さんは悔しい顔をしていた。悲しい顔をしていたのは自分の兄弟があんな姿で見つけてしまったことに。だけど、どうして、こんなにも、坂道さんは平気でいられるのだろうか。実の兄を目の前で見つけたというのに、なんというか、感情がないというか、ぼくは坂道さんが本当はどんな人なのかもっと知りたくなった。

「一番上の兄貴は君のことをどうも、考え方が違う。ボクとの関係ももうじきダメかもしれん。もしそうなったら、知人に頼んでおくよ」

「坂道さん!」

「少し寝る。着いたら起こしてね」

 そう言って、うたた寝した。

 坂道さんの横顔を見ていると、不思議と気持ちも穏やかになった。


 それから、一年後、坂道さんは失踪した。

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坂道さんの訳あり古美術店 黒白 黎 @KurosihiroRei

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