奇跡を信じて
「うわー!凄~い!なんて綺麗な写真なの……」
「え?確か、絵画展だったよね」
「……これ、絵なの?嘘でしょ?」
女子高生たちは絵画作品を食い入るように見つめ感嘆の声を漏らす。
ある作品がとある賞をとり、メディアで取り上げられるほど話題となった。
その作品が今この場に展示されている。
それは絵とは思えぬほど色鮮やかで、まるで生きた写真のようだった。
「なんか、凄く幸せそうな絵だね……」
「……そうかな、私にはとても切なくて悲しい絵に感じるけど……」
その絵は、見る者によっては幸せと愛に満ち溢れた絵に。あるものには寂しさと切なさを感じさせる絵に見えた。
「それにしても……綺麗だね」
「ホント……まあ架空じゃない?実在しないって、ない、ない」
絵画に魅せられた女子高生たちは、それぞれの感想を言葉にして語り合っている。
今年大学三年になった彩夏も、その絵を人だかりの後ろから見つめていた。
その絵を見ていると、深彗と過ごしたあの頃が色鮮やかな映像となって蘇ってくる。彩夏は胸に両手をあて瞳を閉じると懐かしいあの頃に想いを馳せた。
――リーン……シャラリーン……
すると、どこからともなく懐かしい鈴の音が聞こえてくる気がした。
――鈴の音色までもが聞こえてくるなんて……
彩夏は瞳に弧を描き口角を上げ微笑んだ。
心地よい鈴の音は、彩夏の心の中で響き渡りその音はいつまでも離れることはなかった。
彩夏の少女時代の切ない思い出……
そして彩夏の全てだった最愛の初恋の少年……
――忘れることなんてできない……
心臓がキュンと痛みを覚え、頬に熱を感じていくのであった。
突如ハッとした彩夏は、琥珀のように煌めく瞳を大きく開けた。
壁には、いくつかのパネルが並べられ横に両手を広げていっぱいとちょっと、縦に両手いっぱいと半分からなる巨大な絵画作品として展示されている。
その絵を見上げるように鑑賞する人々は、まるで生きた写真のように美しいその絵に皆魅了されている。
その絵は、見る者の心をとらえてやまない、幻想的で美しい絵だった。
彩夏は、おそるおそる振り返ると息を呑む。
震える両手で口元を覆うと、言葉を失った。
まるで時が止まったかのように、その先をただ見つめていた。
込みあげてくる思いに胸が熱くなり、鼻の奥がツンと痛くなる。
瞳はゆらゆらと煌めきを放ち揺らいでいる。
彩夏は、勇気を出して最初の一歩を踏み出した。一歩また一歩と歩みを進めるたびに、心臓の鼓動も速く大きく跳ねあがっていった。
「え⁉嘘、嘘、嘘でしょ――⁉」
突然、驚愕の声が会場に響き渡った。
何事かと、作品を鑑賞している人々は一斉にその声のする方に振り返った。
その声を発したであろう女子高生たちを捉えると、その驚きの眼のその先に、皆の視線が注がれた。
それを目の当りにした人々から、どよめきと吐息のような歓声が沸き上がった。
そこには……
まるで絵画からそのまま飛び出してきたかのような光景が……
『彩夏……苦しい時、我慢をしなくていいんだよ……困った時、助けを求めていいんだよ……君は一人じゃない……』
深彗の声が震えていた。
深彗は背を向ける彩夏の手をとり胸に引き寄せ、その華奢な肩を両腕で抱きしめた。
金色に輝く落ち葉の絨毯の上に寄り添うように佇む二人の少年と少女――
黄金色の銀杏の葉がまるで雪のように絶え間なくひらひらと舞い落ちる。
静寂な中、川のせせらぎだけが聞こえてくる。
『だから、お願いだ、彩夏……僕から離れようとしないで……僕が君を守るから……』
『深彗君……』
彩夏は深彗の胸の中で彼を見上げた。
深彗は彩夏の額に己の額をそっと重ねると、瞳を閉じた。
深彗は彩夏をきつく抱きしめた。
まるで陽だまりのようにあたたかい胸の中にすっぽりと包み込まれた彩夏は、深彗への溢れる思いが込みあげ、止めどなく涙が溢れ出てきた。
深彗は彩夏の額に己の額を押し当てると瞳を閉じた。
「……迎えにきたよ……彩夏……」
「……うん……この日をずっと、待っていた……」
「お願い……もう、一人にしないで……」
深彗は少し身体を離すと美しい泣き顔の彩夏を見つめた。
「もう二度と君を離さない……君だけを愛してる、彩夏……」
二人は互いに見つめ合い、どちらからともなくそっと甘い口づけを交わした。
――作品タイトル【銀杏地蔵の木の下で 奇蹟を信じて】作者 葉月彩夏――
奇跡はある日突然訪れる
ずっとそう思っていた
けれど あなたは気づかせてくれた
奇跡は起こすもの
あなたは勇気を与えてくれた
奇跡へのその一歩を
あなたは導いてくれた
知ることもなかった輝かしい未来へ
そして その先に待ち受けていたものこそ
あなたという奇跡
私はあなたを信じている
(了)
銀杏地蔵の木の下で 龍音 @ryuonn
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