決戦!魔王城
城壁はひび割れ、クモの巣が張り、放置された年月相応の見た目になっている。魔王城の特徴である深い紫色は埃をかぶり白くなっていた。
「なんていうか……手ぬぐいを持ってくるべきだったな」
「いいじゃないウリューさん。さっさと倒してさっさと帰りましょ」
馬車が通った後にホコリを舞い上げながら一行は進む。開けっ放しの大扉を通ると天井まで十メートルはありそうな大広間にでる。エントランスだろう、先に進むには端から端までを占めている階段を上るしかないため馬車とはここでお別れだ。
「よし、行こう……」信吾が唇を震わせながら言う。
「ちょっとちょっと、あんたはお留守番じゃないの?」
「いやいや!こんなところまで来て引き返せるか!誰しも憧れる魔王城だよ!その姿くらい拝みたいだろ!」
信吾は気づけば饒舌だった。最早ここまで来ればこっちのもの、不審な点を隠そうとはしなかった。急ぎ足で階段を飛んで上がる。
「……ん、おい。あれはなんだ!」
「女の子?」
階段を上った先、広い広い広間の突き当たりの、首を二十度ほど傾けた先にあるバルコニーに彼女の姿はあった。
「ファスラン!」
「なーんか勝手におっさんをイメージしてたけど、結構若い子なのね」
「魔王を実際に見て生き残った人は進さんしかいないからな。先代の魔王はカエルと茄子のキメラだって聞いたぜ」
「それは流石に嘘じゃないです?」
ウリューと弓美は雑談を交わしながら武器を手に取った。危険を感じた信吾はファスランの元に駆け寄ろうとすると、彼女が微動だにせず「来ちゃだめ!」と言った。
「そんな、どうして?」
「来ちゃダメ……ナノ」
彼女は口を尖らせながら話す。なんだか話しずらそうだ。
「信吾、そこどいて」
迫ってきた弓美が信吾を肩で退かすと間髪入れずに風の矢を放つ。これに対して信吾もすかさず魔法を放ち相殺した。
「何してんの!」
「信吾、これは反逆行為と取られてもおかしくないぞ」
同様の隠しきれない弓美と、珍しく睨みをきかせるウリュー。今まで信頼してくれた仲間を突然裏切る形となってしまった彼の心中も穏やかではなかったが、毅然と振り返った。
「ごめん。引けない」
信吾と勇者の間に現れた奇妙な壁。両者が睨み合っていたその時、その壁を撃ち砕くかのように光る“弾”が頭上を掠めて飛んでくる。床に着弾すると、その場所から垂直に紫色の火の柱が立ち上った。
「クリティウムは、炎色反応とはちょっと違うけど熱を加えることで紫色に発光するんだ」
軽快な語り口調で語りながら、ファスランの後ろに踊るかのように現れた頭蓋骨被りの男。
「アウル……!お前までいなくていいのによぉ!」
「そんな酷いこと言わなくてもいいじゃないか信吾くん」
アウルはファスランの肩を抱きながら言った。どうやら彼女、アウルによって動けなくされているらしい。
「ユグドラシルシステム起動にはファスランくんだけではなく君の存在も不可欠だと分かったんだ。で、信吾くんをここに呼んで同時に連れていった方が劇的なサプライズになって喜んで貰えると思ったんだ。どうだったかな?」
信吾は瞬間的に振り返り勇者達を見る。彼らはキョトンとした目つきのまま武器を構え続けた。
「まさか、最初からアウルの掌の上だったのか」
「あんたさっきからなんの話ししてるの。……あの変なやつと知り合い?見た目からしてあの男の方が魔王っぽいけど」
「初めから僕をここに連れて行ってファスランとともに攫わせる……それが計画か」
「さっきからその態度……魔物なんかに加担して気でも狂ったの?」
弓美が絃を引いたところで彼女の足元に紫色の弾丸が飛んできた。
「信吾くんに悪口を言わないで。私まで傷つくから」アウルは銃を立てた指の上で器用に回しながら言った。「勇者たちは利用したに過ぎないよ。もはや人類国家の脳髄はクリティアスの手に落ちているからね。勇者団を動かすのも容易だったよ」
「そこまでして人類を滅ぼしたいのか」
信吾の身体に電気が流れ始めた。それを見てもなお、まるでお遊戯会のリハーサルでもやってるような調子でアウルは答える。
「私たちクリティアスの目的は人類滅亡にあらず」
「は?何を戯れ言を」
「本当だよ。それは君の憶測に過ぎないのさ……」彼は手すりに腕を組んだまま乗せ、全体重をかけた。「私たちの母星では確かに異星人を見下す傾向にある。直ぐに滅ぼし、支配する。でもね、私は地球に来て分かったんだよ!この星に住む人類は生かすに値する素晴らしい存在だとね。だから」指先で頭蓋骨の被り物の位置を調節しながら続けた。「私が管理してあげようと思った。そのためにユグドラシルシステムを使うのさ」
「……は?」
「だから、私は人類を生かすと言っているのさ。でも全部は無理だから間引かせてもらうって話だよ。今はその検証の段階さ」
「検証だと」
「君も見たと思うんだ、同胞が政治活動をする姿や集落を襲う海獣の姿を。……耳障りのいい言葉にすぐ流される、危機に陥った時に自分の事しか考えられない。そういう個体を予め検出しておいて、ユグドラシルを使って消すのさ」
「それって……要は、お前らに都合の悪い人間を殺戮するって話だろ」
「人聞きが悪いなぁ。君は知らないからそんなふうに言えるんだよ。高度な文明を持った生命体が別の惑星に行った時に、蛮行が当たり前のように繰り広げられ、それが咎められることなく繰り返されているという現実を……。でも、私なら君たちを守ってあげられる。そのために地球産のユグドラシルシステムを有効活用する、ただそれだけの話だよ」
台詞を言い終わるや否や、アウルの左耳元を雷鳴が掠めた。彼の背後には真っ黒な焼け焦げ痕ができあがった。
「他の奴らがくるなら、僕たちの手で地球を守る!お前らの手なんか必要ない。そうじゃなきゃ、どうして生きてるって言えるんだ」
守るものが個人でも、国でも、人類でも、勇者の気持ちに単位は関係ないのだと改めて思う。
信吾はその気持ちを力に変えて、全身に電気魔法を流す。そのうねりに細胞が反応し、筋骨隆々、いや、パワードスーツだ!
「信吾……その姿!」
「勝負だ。アウル」
信吾は右腕を水平に伸ばし、左手を頭の横に置く構えをとった。最終決戦の始まりだ。彼がそう思った矢先……信吾の右耳元を冷気の塊が猛スピードで通り過ぎた。それはアウルの元へと飛んでいき、信吾のつけた円の黒焦げの中心に突き刺さる。ブルに当たったそれは、刀だった。
「……一石二鳥とは、いかなかったか」
「ああ、君か。そういえばいたねぇ」
「倉井……?」
振り返った先にいた倉井は冷気を漂わせながら佇んでいる。氷魔法だろうか。
「君のことを忘れてたよ倉井くん。いやぁ、違うか。栄須倉彦くん」
「エイス……だと」
聞き覚えのある苗字。信吾の脳内には海に聳え立つ青い半透明な海獣が浮かび上がった。
「仇討ちだ。両方とも、絶対に殺してやる」
彼は片方ずつの目でアウルと信吾それぞれ見た。
海獣使いのファスラン @yuusyakakikaki
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