ヒアウィーゴー

 シロイルカ型海獣を捉えたデバイスに表示されたのは「新」一文字。つまり、英光も見ていない新種というわけである。

「どーすんのよこれ!」

「あいつが来る前に岩に穴を開けろ!馬車しか通れない穴だからあいつが来ても大丈夫。それまでに時間を稼ぐ!」

「おっと、そらじゃあようやく俺様の出番かな?」

 ウリューがそう言いながらのっそりと立ち上がる。

 その間も海獣は時速三十キロメートル程のスピードでこちらにやってきていた。

「勇者一の力自慢、ウリュー様に任せな」

「ええ。行きましょう!」

「行くって、お前の仕事は馬車を守ることだろ?」

「ああぁ、そうでしたね。それじゃあご武運を」

 ウリューが出ずらそうに馬車から抜け出ると、先に飛び出していた倉井を追うように走っていった。

 その、倉井が飛び出した一瞬の最中、彼の眼光が信吾の事を覗いているようだった。

「私も行く」

「待って!弓美は行っちゃダメだ」

 駆け出しそうな彼女の腕を掴んで信吾は言う。

「あくまでも戦うのは時間稼ぎのためなんだ。弓美はいち早く穴を開けてくれ。さっきは失敗しても二週間かければいいって言ったけど、帰り道が塞がれてるんじゃそうもいかない。頼む。成功させてくれ」

「そんな」

 身を翻して馬車に股がった信吾は小岩の裏側へ馬を誘導して小岩の尖った部分に手綱を括りつけ固定すると、馬の瞳に晒されながら手を目の前で組んだ。

「ごめんなさい。僕も戦わせてください!」

 全身に電気が流れる感覚とともに機械が浮き上がる。彼の身体はあっという間にパワードスーツに覆われヒューマノイドとなった。

「デヤッ!」

 腰のノズルから圧縮した空気を吐き出して高く飛び上がると、進み続ける海獣を止める作業に助太刀する。

「おお!貴殿はあの時の」

「……きたか」

「お喋りは後でです。一旦こいつの動きを止めます!」

 そう言って信吾はシロイルカの鼻の部分を両腕で鷲掴みにすると、その腕から電気を流しつつ空気を噴射して飛び上がった。シロイルカは尾を中心点として半円の弧を描きながら仰向けに倒された。

「おお、流石の腕力ですな!どのように鍛えればそのような美しく実用的な筋肉が……」

「そんな話は後でいいでしょう!今のうちです、三人でボコボコにしますよ」

「ええ分かりました!俺のバトルアックスが火を吹くぜ!」

 ウリューのバトルアックス、この強そうなバトルアックスが炎魔法に包まれ、その魔法によって形成された炎の巨大な斧が現れる。彼が両腕を広げると、この巨大な斧二つもフェニックスの翼のようにウリューの背後に広がった。

「アックスティタイン……普段なら決め技としてしか使わねぇが、今回はそんなこと言ってる場合じゃあねぇしな。最初から全力で行かせてもらうぜー!」

 ウリューの叫びと共鳴するように激しく燃え上がる炎のバトルアックス。本当に羽のようにバタつくと、海獣の尾びれ目掛けて振り下ろされた。

 カキン、と、金属音が響く。なんと海獣の尾びれは焼けたり傷つくどころか、巨大な炎の斧を受け止めてしまったのだ。もう一度斧を振るってもまるでチャンバラでもしてるかのようにあしらわれる。

 そして、次はこっちの番だと言わんばかりに海獣が身体ごと尾びれを振り回し始めた。そのブレイクダンスかのような激しい動きは簡単には見切れず、視界の右側から勢いよく飛んできた尾っぽにウリューはクリティカルヒットしてしまった。

 あの巨体にあの勢いである。当然無事とはいかず、簡単に数メートル吹っ飛ばされてしまった。

「ウリューさん!……ぐあっ!」

 よそ見していた信吾にも尻尾がお見舞される。彼は右腕だけでガードをし、左足を地面に埋め込みながら踏ん張り、電気を流して海獣の拒否反応を待ったことで何とか事なきを得た。

「くっ、穴はまだなのか」

 先程振り返った時、未だ矢を放てていない弓美の姿も見えた。

「……倉井。時間稼ぎに手を貸してくれ」信吾は先程から横でうんともすんとも言わない倉井に声がけをした。

 するも、彼は面倒くさそうに答える。

「お前と一緒は不服だ」

 そう言う倉井にも尾びれの攻撃がやってきた。一人うつ伏せになった信吾の警告も聞かず彼は突っ立ったままであったが、攻撃が当たる数メートル前の間合いに入った時、彼は鞘から刀『栗剣』を引き抜き、信じられない事に尻尾の動きを止めて見せた。

「……切れない」

 だが彼はまた不服そうな顔をした。どうやら尾びれに切れ込み一つ入れられない事が不満らしい。

「……同じだ」信吾が思わず漏らした。「あの尾びれ、僕の身体と同じなんだ。なにかの力によって尾びれが金属と融合している。こんなことが出来るのは……クリティアス!この海獣は自然に陸に上がったんじゃなくて、明らかに、意図的に上げられている!」

「なんだと?」倉井が珍しくも信吾の方に顔を向けた。

 彼はここで初めて倉井の、青い髪の毛に半分ほど隠された顔をちゃんと見ることになった。

「成程。そうなら話は別。早くこいつを殺るぞ」

「あ、ああ!」急に態度を変えた倉井に困惑しつつ、信吾は尾びれをつかみ、力の限り押さえ込んだ。

「今だ!尾びれは切れないから、その付け根あたりを狙ってくれ!」

 倉井は何も言うことなくあっさりバッサリと尾を切った。やはり痛いのか、海獣は身を捩りながら痛がる素振りをし、谷の壁と壁にぶつかって反射しながら転げ回った。

 すると、切って落ちていた尾びれを海獣が尻尾のスイングにより吹っ飛び、野球ボールよろしく二人の方に吹っ飛んできた。

「あぁ!やばい!」

 認識はできても身体が動かない二人。そんな彼らの前に大きな影が立ち塞がると、ブーメランのように飛んでいた尾びれを受け止めてくれた。

「ウリューさん……!そんなボロボロなのに」

「へへ、誰かを助けるために勇者でいるって後輩に語った手前、動かねぇ訳にはいかないんですよ」

 ウリューはそう言って直ぐに生きたまま死んだように倒れた。

 駆け寄る信吾だが、倉井はお構い無しに海獣へ突っ込む。暴れて疲れたのかぐったりとしたままうつ伏せに倒れる海獣の背中に飛び乗ると、刀を垂直に刺したまま尾っぽ向かって全力疾走し、その巨体を縦に半分に切ってみせた。

「あまり刀をなめるなよ」

 黒々とした血液を噴出する海獣の背後で彼はそう言い、血を拭き取らずに鞘へ戻した。

 しかし、確かに血は出ているのに一向に倒れる気配がない。見事にシンメトリーにセパレートされた海獣はまだ自我を保っていた。それどころか、身体を捩りつつ再び信吾や弓美がいる方に迫ってきたのだ。

「きゃあ!」

 弓美は縮こまった。弓ごと耳を塞ぎ、小さく丸まって細い悲鳴をあげるだけ。その表情と行動は人類が忘れ去っていた天敵への恐怖を象徴するものにも見える。

「デュアァァ!」

 そんな、茹でられたエビのような弓美に海獣が当たる直前で、信吾は身体全体を使うことにより突っ込んでくる巨体を塞き止めることが出来た。しかし、二つに分裂したから力も二倍なのか、信吾の足はくるぶしの上まで埋まってしまっていた。

「関節球が馬鹿になったって僕は止めるのをやめないぞ!」

「魔人さん……」

 その時、少しだけ信吾の腕にかかる負荷が軽くなった。見てみると、二つに割れた尾の片方を倉井が、もう一方をウリューが引っ張っていた。

「手を貸したんだ。必ずなしとげろ」

「恩を仇で返すウリュー様じゃないですぜ!」

 両端で押しながら引くという、半分に割れた生物を介して行われる奇妙な綱引きが続いていた。

「弓美!早く穴を開けるんだ!」

「えっ、どうしてましさんが私の名前を」

「そんなことはいい!早く撃つのだ!撃たねば、僕ら諸共死ぬ。僕らにだって限界はある。その限界を超えられるかどうかは君の行いにかかってるんだッ!」

 海獣からのもう一押しを抑え込みながら信吾は叫んだ。

「……私だけ、怯えて震えてる訳にはいかないみたいね。それにあいつとも約束したんだ。やる、やって絶対成功させてやる!」

 信吾の耐え忍ぶ歯ぎしり音も聞こえなくなるほど、弓美は精神を統一した。彼女の攻撃は本来乱雑に何発も撃って当てる範囲攻撃系のため、決められた一点に当てるのは至難の業だった。

 しかし、そんなものは関係ない。難しいとか、当てたら凄いとかでは無い。当てなければならないのだ!

 が、彼女に課されたミッションは当初よりも明らかに肥大化している気も関わらず、現在の彼女は重荷など一切感じていなかった。

 鼻から肺の空気が全て抜けた時、弓美は絃から指を離した。真っ直ぐ飛んでいく風魔法で構成された矢は絃に弾き出されると信吾がつけた焦げのマーカーに真っ直ぐ突き刺さり、スゥッと穴をあける。

 一度放った矢にもう一度だけ干渉できる能力。彼女はその時を待った。

「今だ!矢を拡散させろ!」

「!」

 岩の中で三百六十度放射状に拡散される矢によって内部に細かい亀裂が生じる。その小さな割れ目が繋がり、それは大きなうねりとなった。

 扇形に空いた穴から海風が吹き込んでくる。大岩の下部分には馬車がちょうど通れるくらいの穴が空いていた。

「よっっっしゃぁあああ!きた!」

 緊張状態から開放された弓美は滴る汗を弾けさせながら両腕を上げた。

「よし、今だッ!デュアァァァァ!」

 信吾は最後の力を声に出しながら振り絞る。腕から流れる電流で再度弱った海獣を殴り飛ばすと、顔を天に向けて海獣は地面に対し垂直になった。その瞬間を見計らって信吾は飛び上がると、素早く馬車を隠してあった岩裏に着地しスーツを解除した。

「いくぞみんな!」

 海獣は再び動き出そうとしている。

 勇敢な勇者達を狭い馬車に押し込めると信吾は急いで手綱を振るい前進させた。木造の車体の端々を岩に当て、岩の欠片の上という道悪の中をガタガタと上下左右に震わせながら進んでゆく。

 岩を抜けた先には先程までの閉鎖感や鬱屈に血なまぐささは無く、さっぱりと乾いた空間が広がっている。

 何も無い砂と岩と海の背景を魔王城が彩っている。

「ついに敵の根城か」

「なんか緊張してきた……けど、あの修羅場を越えられた私ならいける!魔王倒せる!」

「……」

「まってろよファスラン」

 皆、思い思いの言葉を口ずさむ。

「もうすぐだね。会えるのが楽しみだよ」不敵な笑みを浮かべる彼が目指す場所もまた、魔王城だった。

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