撃ち抜け弓美

 ガボダの町に滞在した理由は、魔王城への通行許可を得るためであった。魔王亡き今、魔王城は文化財もしくは観光地として再開発される予定で、現在はガボダ町がその所有権を有しているため、まだ忌み地であるこの地へ足を踏み入れるには国の議会からの許可と町長の許可が必要なのだ。

 今日はその町長に会う手筈である。

「はい。ではこちらが許可証になります」

「ありがとうございます。必ずや、人類の敵を駆逐してみせます」

 町長が差し出した金粉舞う煌びやかな許可証を一緒に掴むウリュー。この姿を記者たちが我先にと絵に描いていく。紙一枚貰うだけでこんな式をわざわざ開くのは新聞に載せるためだそう。

(つまんねぇ、暇だ)

 一応勇者では無い信吾は欠伸をしながらお定まりな式を眺めていた。

「では式はこれにて解散です。本日はありがとうございました」

「いえいえ。こうやって取り上げてもらえることは勇者としてこの上ない幸せですからな」

「ところでウリュー殿。少しお耳に入れておきたいことが」記者が引く中で町長がウリューに対して耳打ちをする。町長の皮が骨に這ったような指が少し震えている。「実は魔王城までの道のりなのですが、あの日の津波によって地図と違いが生まれていると思われます。魔素の汚染問題もあり今まで調査が行えていないのが原因なのですが、どうかお気をつけて」

「分かりました、ご忠告ありがとうございます。そして安心してください。私たちには優秀なドライバーがいますからね」

 ウリューはにこやかに町長にそう告げた。

「ウリューさん……」

 影で話を聞いていた信吾はニヤケが止まらず、だらしない口角を手で押えながら急遽部屋を出る。彼は心の奥底から湧き出る感情を胸で受け止める。

「よーし、運転頑張っちゃうぞ!」

 そう言っていた彼は現在、手綱をがっちりと引いていた。

「こりゃー、想像の何万倍も酷いな」

 彼らの目の前には、巨人が担ぎ上げないといけないほど大きな岩が行く手を塞いでいた。馬車は谷底を進んでいることになり、両隣は垂直な岩壁であり、かの岩はその端から端までをほぼ隙間なく塞いでいた。少なくとも馬車で通ることは出来ないし、ウリューが通れるとも思えない。

「これは凄いな。仕方がない信吾、引き返してくれ」

「いやそれが……ここを通らないとえげつないロスになっちゃいます。少なくとも、二週間以上は」

「二週間前!?どういうことよそれ!」

「ここらには昔、川が流れていたんだ。でも津波の激流で至る所が浸食されて、そこら中に縦横無尽に谷が形成されてる。要は、馬車で通れる場所を探して谷を迂回してると二週間かかるってこと。今通ってるこの谷だけが魔王城への直通ルートなんだ」

 信吾はそう、デバイスから浮かんできたシュミレーション結果をさも自分の意見かのように読み上げた。

「だが、ここが通れないなら仕方がない。今となってはその二週間が最短ルートってわけだ」

「いや。単にそうって訳じゃなくてですね……打開策があるにはあります」

 そう言って信吾は弓美の方に振り返る。

「えっ……なによ……」

 明らかに及び腰となった彼女に向かって、信吾は時折右手首をカンニングしながら話す。

「あの岩は一箇所、ただ一箇所だけウィークポイントがあるんだ。岩の中心の少し下側で、内部から破壊出来ればぽっかりと馬車だけが通れる隙間が生まれる……はず。それを、弓美の風の矢で出来ないかな?確か刺さった中からも破壊できたよね?」

「そりゃできるかもだけど……失敗しらどうするのよ」

「失敗した場合は、岩が粉々になるから瓦礫で通れなくなるね」

「そんな、それじゃあ、私の責任重大じゃない!嫌よそんなの」

 弓美は狭い車内で身を振って拒否を表現した。これで信吾は彼女がプレッシャーに弱いことを思い出す。

 だが信吾も簡単に引く訳にも行かない。早く行かなければファスランが

無事でいられる保証もないからだ。

「頼むよ弓美。XがちょうどゼロでYがマイナス十五、Zは二十くらいのところで内部攻撃をしてくれればいいんだ」

「何わけわかんないこと言ってんのよ!とにかく私はやらないからね、絶対に。こんな重に耐えられないから」

 弓美はウリューの脂肪を掻き分けるように飛び出ると、道端にある小岩の裏に隠れてしまった。

「弓美は昔っからああだったな。自分だけに期待と責任があることを嫌がる。仕方がない、遠回りするルートで行こうじゃないか」

「いや……そういう訳にはいきません。最後まで説得してみせます!」

 手綱を放り出すと、信吾も馬車を飛び出した。

「……さて、じゃあ……なんだ、しりとりでもして待ってるか?」

「……けけ」

 残された二人を乗せる車内には気まづい雰囲気が漂っていた。


(こんな時、流亥がいれば)

 信吾は頭の中に渦巻く邪念を取り払いながら岩陰でうずくまる弓美の丸まった背中を見つけた。

 彼女は候補生の時から単独行動を嫌っていた。失敗した際の責任を自分一人で負うのが嫌だったのだ。作戦は常に共同で行い、謝る時は誰かと一緒だった。

 だが、あの岩に穴を開けるためにはウリューの剛力でも、信吾の電撃でも、倉井の斬撃でも駄目なのだ。任せられるのは弓美一人しかいない。

 一人で責任を負う。それはとてつもないプレッシャーに晒される勇気のいる行動だと信吾は改めて思い知った。

「一人で攻撃する……エリカさんは、いっつもそんな重荷を背負ってたのかな?」

 突然彼の頭に思い浮かぶ金髪の少女。彼女との絡みは少なかったが、彼女がアモーニス号の攻撃系統全てを一任されていたことは知っているし、何より何度もボタンを押す姿を見てきている。

 なんだか信吾には、同じ金髪でポニーテールのエリカと弓美が重なって見えた。

「あいつにも……できるはずだ。弓美!」

 声がけと共に丸まった背中がビクッと揺れ、目の周りを赤くした弓美が小さく振り返ってきた。

「聞いて欲しいんだ。僕が難破した時に出会った人の話なんだけど、その人はどんな時でも常に相手の姿を見ていて、プレッシャーに負けるどころかそれを楽しんでた」

「何よ……私にもその人みたいにやれって言いたいの?無理よそんなの」

「そんな気張らなくていいって話しさ。その人はね、楽しんでるんだ。本当に攻撃するのが大好きみたいでね、状況に合わせた臨機応変さとか、普段のメンテナンスとかまでもね。弓美だって昔っから的当てが好きだったろ?それに、弓のメンテナンスもまだ怠ってないみたいだしさ。それとおんなじ!失敗したら、二週間かければいいんだ。責任は僕も一緒に負う。だからさ、賭けてみようよ、成功する方に」

 信吾は一通り自分の言葉でした演説を終える。あとは彼女の心にどう響いたか、だけだ。

「あんた、そんな、勇者でもないのに偉そうな口きいちゃって」

「ごめんごめん。つい熱くなっちゃって……。でも、言った言葉に嘘偽りはないよ」

「……そう。分かったわ。やりゃーいいんでしょ!やれば!信吾なんかに舐められて、この私が黙ってられるわけないじゃない!」

 興奮しているのか恥ずかしさを隠す為なのか、彼女は大袈裟に身振り手振りをしながら立ち上がった。

「よし。じゃあ行こう。早いところ先に進んで、魔王を倒さないとだもんな」

「そうね」

 いつも通りの素っ気ない返事を聞いて安心した信吾は大岩の方へ歩を進めた。

「……ありがと」

「へ?」

「ほら何足止めてんの!さっさと行きなさい!」

「イデっ!話しかけてきたのはそっちだろ!」

 二人の間に和気あいあいとした雰囲気が戻ってきた。

「ま、ま、ま……マッドクリスピー」

「……ピドン」

「あ、『ん』がついた!倉井の負けだな!」

「ちっぇぁッ!」

「なにしてるんすか……」

 本当に魔物しりとりをしていた二人の元に戻ってくると、信吾はゆっくりといつも通り手を組んで魔法を出すポーズをした。

「信吾……?」

「何だよ。アタリをつけるだけさ」

 指先からチョロリと吐き出された電撃魔法は岩の表面を焦がした。

「あそこに当てて欲しいんだ。その後、僕の合図とともに魔法の矢を拡散してくれ」

「ねぇ信吾ってば!」

 強めに胸を叩かれながら弓美に叫ばれた。彼女は険しい表情のまま岩とは反対方向を指さした。

「あれ……」

 彼女の指の先には、立体的な長方形にも見える巨体をうねらせながらこちらに迫ってくる真っ白なものが見えた。

「魔物だ」

「海獣だ」

 彼らは大岩とシロイルカ型海獣ベルガドンとの挟み撃ちになってしまった。

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