勇者でいるということ
一行の通る道は通称「ヤナギダルート」と呼ばれている。由来はもちろん魔王を討伐した柳田原進が通った道である事だが、そんな道を勇者でもない信吾が手綱をとる馬車が駆け抜けてゆく。
「もう着くよ、ガボダ町に……って、弓美寝てんのか」
「うぅん……寝てないよ……起きてる……」
「今起きたんだろ」
「ガボダは久方ぶりだな。村長殿に言われなければ来ることもなかっただろう」
車内は中央にウリューが座っているため、左右には余りスペースがない。
「はぁ~、にしても!あの魔人さんカッコよかったな~。夢にまで出てきたもん」
「魔人って、あの時魔物を倒してくれた黒づくめの男の事か?」
「夢に出てきたって、やっぱり寝てたんじゃん」
「ねぇウリューさん。人類に友好的な魔人も過去にはいたんでしょ?」
「うーむ、そうだが……そのような魔人 は大抵集団で商売をしていた連中だからな。単体で人を助けるためにやって来ただなんて前例にないぞ」
「じゃあ彼が最初の例ね!はぁ~、カッコよかったな~」
「ぐふぇひひ……」
影で褒められて満更でもない信吾の耳に、倉井の不気味な笑い声が届く。後ろで鋭い眼をした彼が無防備な自分の背中を見ている様子が簡単に想像できた。
(そういや、僕は倉井の事を何も知らない。何でか知らないけど目の敵にされてるみたいだし、こっちから話しかけてもシカトされるし……。こうなったら、つけてみるしかない!)
手綱に力を込めた信吾は関所に向かってスピードを上げさせた。
ガボダはかつて海沿いのリゾート地として繁栄していたが、海が魔物の住処となったことを受けて要塞都市へと変容してしまった。そんな町の物々しい町並みを見ながら、一行は宿へと向かう。家族連れが多かったかつての姿は消え去り今や戦士風のアウトローな人が行き交う街道をすり抜けて、お洒落な雰囲気の残るホテル風宿に到着した。
「よっしゃ着いた!荷物の運び入れは俺かやっとくからお前ら飯でも食ってこい」
「ほんと!ありがとうウリューさん。それじゃあ信吾さ……どうせ暇でしょ、一緒に食べましょうよ」
その時の信吾は周りから見れば異様にキョロキョロとしていた。倉井が早速居なくなったのだ。馬車を止めてから三十秒も経っていないのにも関わらず、である。
「……ちょっと、行ってくる!」
「は!?ねぇ、お昼は!?」
信吾は器用にも脚部だけにスーツを出現させ、奇怪な程に強い脚力で坂を駆け上がり一気に弓美を突き放す。そこはかつて海と町を一望できるため観光客に人気のあった展望台のような場所であり、そこに行けば倉井の姿も見当たるのではないかという算段である。
途中から坂を上がるのも面倒臭くなった彼は地面を蹴りあげると、坂道を省略していきなり頂上へと至った。するとそこには、早速尋ね人である倉井の後ろ姿があった。彼は砂埃を被ったベンチにお構いなく腰をかけており、脚を組んで頬杖をついていた。
海風が吹き抜ける。奥に海があり小高い丘に佇む、この構図がかつて島にいた時と重なって見えた。
木の陰に隠れながら倉井を観察する信吾。しかし、ずっーと海の向こう側でも見るような彼の姿勢は変わらず、時折眉間の辺りを抓るという行動をとる以外は特に変わった様子もない。
だが、信吾は気づいていなかった。後ろから近づいてくる砂利の音に。
「がふっ」
「ほら捕まえた」
彼は真白く細い腕で背後からチョークスリーパーを決められてしまった。急いでタッピングをすると弓美はゆっくりと腕を引き抜いてくれる。
「こんな不意打ちにやられるようだから試験に受からないのよ」
「悪かったな」
「で?急に女の子からの誘いを断ったかと思ったら倉井くんのストーカーでもしてたの?」
「ちっげぇけど……そうだな、倉井のこと知りたいんだ。けど、本人が話してくれそうにもないし」
付け加えて信吾には、彼がスーツ姿の自分の正体を知っているのではないかという疑念さえ抱いていた。
「そう。確かに私もあの子と話した事ないわね。でもね、ウリューさんから聞いた話ならあるわ。二週間前、デープ国最南端の半島に魔物が出現したことがあったでしょ?その時に壊滅状態の町の中から兄弟を助け出して、しかも魔物を一人で討伐したっていう強者なのよ。その強さを買われて例外的に勇者の免許が交付されたってわけ」
二週間前。信吾が砂浜まで流された何日も前だが、それまで彼は勇者ですらなかったことが分かる。そんな凄い人間が突然でき上がるわけもないだろう。
(何かあるな)
そう思った信吾は、一層、祈るように海を見つめる倉井の背中を見た。
「そうそう!人助けと言えばさ、私も候補生の時にちっちゃい村を救ったことがあるのよね。覚えてるでしょ。そのおかげで首席で卒業できたのかな~なんて、思い出しちゃった!」
「あ~そうなこともあったな」
信吾が思い出したのは過去の弓美ではなく、自分の姿っであった。
かつて信吾にとっての勇者とは人助けをした結果周りに認められてなるものだった。でも、果たして今もうであろうか。
(僕は、ファスランを助けて認められたがっているのか。……いや、違うはずだ。でも、だとしたら、僕は勇者として彼女を救えるのか?)
信吾の目線は倉井を超えて、広い広い大海原の向こう側にある哲学的空間に向いていった。
「……突然黙っちゃって。やっぱり信吾、なーんかおかしいわね。ほーら!帰るわよ。今度は付き合ってもらうんだからね」
呆れられた弓美に連れ去られるように、思考をめぐらせる信吾は高台から降りていった。
その日の夜。ロウソクの光も消え月明かりでのみ照らされている部屋に信吾とウリューが二人。大きすぎてベッドに収まらないウリューは地べたに横たわっている。
「ねぇウリューさん。滝蓮介って知ってます?」相変わらず食事が喉を通らない信吾はならないお腹を擦りながら言った。
「なに、蓮介だと。随分と懐かしい名前だな。なぜこいつの名を?」
「じゃあ、知ってるんですね」
「教え子のひとりだし、まぁな。試験に受かるとかよりも人助けが一番って、少し変わったやつだったよ。お陰で試験には落ちてたが、時に柔軟に、時に厳格に作戦式ができるあいつは逸材だった。かけがえのないやつだっただけに、津波で死んじまったのが余計惜しまれるぜ」
悲しい思い出を消し去るようにウリューは幾度か鼻をすすった。
「ウリューさん。相談があるんです」信吾は背中を逸らした反動で起き上がり、硬いベッドの上であぐらをかいた。「僕は、今までずっと困っている人を助けてきたつもりです。でも、続けていくうちに、勇者でいることは手段で、人を助けるのが目的なのか。それとも人助けを手段に勇者になるのか、わかんなくなっちまって……」
「少なくとも俺は前者だと思う。だが、利己的な目的だったとしても、結局人が助けられているんだとしたらそれでもいいと思うんだ。悪いことじゃない。つまり、戦う目的、自分の心の持ちようによるな」
「戦う、目的」
「目を瞑って考えてみな。瞼の裏に浮かんだのが自分の将来だったら自分のため。他の誰かが浮かんだら誰かのために戦うんだ」
その時彼の脳裏には、ファスラン、流亥、英光、エリカ、鷺、滝……彼らと、ブリッジで他愛もなく語り合う光景であった。
「僕は……仲間を守るために戦いたいです」
「そうか。決まったみたいだな。それじゃあその心意気で、安全に運転手を務めてくれよ」
「ちょっとウリューさん、意地悪だな〜」
ガハハハ、と笑う声がいつの間にかいびきに変わる。
「今日も寝れそうにないな」
信吾は月を見てかつてのクルーたちに思いを馳せた。
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