栗剣

 戦いは、勿論劣勢だった。なぜなら彼らは勇者であって、魔物退治の専門家だ。海獣は根本的に、何もかもが違う。

「くっ……俺のバトルアックスが悲鳴をあげるなんていつぶりだ」

「魔法の弓が刺さりすらしないの?こいつ、どれだけ肌が丈夫なわけ?」

 村人は皆、逃げるか死ぬかしているため派手に戦えるはずの勇者であったが、文字通り歯が立たないそうだ。

「やっぱりクリティウム結合因子は簡単には壊せないよな」

 草むらに馬ごと馬車を避難させた信吾は戦いの様子を見ながら言う。

 海獣は主に尾びれを振り回して攻撃をしていて、刃のようなヒレに触れれば柔らかい極上肉の如く、家も人も簡単に切れてしまうだろう。

「……やっぱり僕も行かなきゃ」

 信吾は手を組んで前に突き出すポーズを取り、いつも通りパワードスーツ姿に変身しようと試みた。

 その時である。

「お前。一人で何してる」

 声の方には、燃える村をバックに倉井が立っていた。ゆらゆら熱で蜃気楼のように揺れる輪郭の彼の手元には、周囲をてらてらと反射する銀色の刀が握られている。

「倉井か。お前は戦わなくていいのか?」

「あれに興味はない。どちらかと言うと、お前の方に興味がある」

 彼は刀の美しい曲線を見せびらかすように刃先を向けてきた。

 その時である。燃えたぎる気の柱が二人の間に落ちてきたのだ。どうやら海獣が尾を振り回し家々を吹き飛ばしているようだ。

「ちぇっァ、邪魔しやがって」

 倉井は唾液混じりの独特な舌打ちをし、矛先を海獣へと向け直した。

「な、なんだったんだ……。いや、もうなんでもいい。早く僕も行かなくちゃ」

 冷や汗の乾かぬうちに信吾は手を組みパワードスーツ姿に変身した。だが、その姿に、その違和感に自分で驚愕してしまった。

 今までのは読まれなスーツは首から下を覆っていただけの紺色でメタリックなマシーンだったが、今では胸部がより誇張されたようにマッスルになっており、何より頭まで機会で覆われるようになっている。その頭部の輪郭は流動的で繊細、見た目はまるでカジキマグロの頭部のようだ。

「んだこれ……これじゃ、クリティアスの真似事じゃねぇか」

 頭部はフルフェイスのヘルメットのようになっており、目のある部分はガラス質のカバーで、海獣を視界に入れると状態や状況、弱点など様々な情報をリアルタイムで映し出してくれる。

「こりゃ、デバイスと繋がってんのか?ってことは、身体の変化はこれを貰ってから……だから、じゃ、やっぱ、海に浸かってた間か」

 かつて海中のクリティウムと結合することで汚染を乗り越えたと思っていた信吾であったが、やはり徐々に、少しづつではあるものの汚染は進んでいたようだ。

「僕はもう、ただの人間には戻れないんだな」

 信吾は悲しみを噛み締める代わりに地面を踏みしめ、戦場へと向かった。


「弓美!大丈夫か?」

「ウリューさん……一応は平気」

「身体を低くしろ、煙は絶対に吸うなよ」

「くっそこの魔物め、わざと火の手を広げて苦しめるなんて。いつの間にこんな知能を手にしたの?」

 弓美とウリューは匍匐前進の体勢をとりながらジリジリと進む。しかし、炎の檻を完成させた海獣は這いつくばる二人の背後に周り、嘲笑的に身体を上下させながら尾びれを振りかぶった。

 その時である。

「ライデン、キーック!」

 横方向から水平に等速直線運動をしたまま飛んできた鈍色の機械人間が、猛スピードを維持したまま海獣の横顔に強烈な蹴りを入れた。周囲には衝撃波が発生して炎が消え、機械人間は海獣にぶつかったことで作用反作用の法則により空中で静止し、バク宙をしながら地面に足をつけた。

 信吾は、ゆっくりと振り返り弓美とウリューを視界に入れる。

「大丈夫か?」

「は、はい……」

 弓美は泥と炭にまみれた両膝を折って地面に直に座り込むという、信吾が見たこともないくらい弱々しい姿になりそう言った。

「ここからは僕が戦う。お前らは逃げるんだ」

「いや、見ず知らずのあんたに戦ってもらって勇者がみすみす逃げる訳にはいかないだろう。俺も戦うぜ」

 やはり顔の仮面のせいで信吾と気づかれていないようだ。そう思った彼は、正体は明かさない方向で話を進めることにした。

「君たちは海獣に歯が立たっていないじゃないか。こいつは私に任せて、お前らは逃げるのだ。それは敗北ではない。無謀な死の方が惨敗で、恥だ」

 瓦礫の崩れる音がした。海獣が起き上がったのだ。先程の蹴りを相当怒っているらしく、ヒレを地面に突き刺してからぱっくりと開けた口より青白い光波熱戦を発射してきた。

「はぁ!?そんなの、ありかよ!」

 そう悪態つきながら信吾は両方の前腕を胸に水平に当てた後、左右の方向にピンと腕を張り、そのままゆっくり腕を上げて頭の上で合流させ、「A」のような形をとった。

「ライデンA!」

 信吾から伸びる図太い電気魔法は光波熱戦と激突し、ペーハーが七になったように空中で消えた。

 そのまま彼は地面を踏みつけて海獣の方に駆け寄り、胴体を鷲掴みしながらぶん投げる。派手な音を立てながら転がり倒れる海獣のヒレの根元目掛けて連続でパンチを浴びせた。電気の流れる拳は肘から吹き出すジェットによって超高速で打ち付けられ、段々とヒレ元の皮膚が破け始めてきた。

「今だ!ゴールドマジック・ライデン!」

 信吾はトドメと言わんばかりに破けた皮膚から体内に電気魔法を流し込んだ。もはや自分の意識ではできないような細かく派手な痙攣をする海獣は、魔法を止めたと同時に静かになった。

「……よし」

 横たわった海獣の上から呆然とする二人を見下ろす。

「早く逃げろ。こいつは死んでいない」

「凄ェ……俺はなんにも出来なかったが、あんた凄いな!」

「反省は後でしろ。早く逃げるんだ」

「いや。そういう訳にはいかない。勇者はな、仲間のために戦うんだ。何かを背負って戦わなければならない。勝てるかどうかは問題じゃないのさ」

「だとしたら。僕が、その勇者さ」

「……あんた。なかなか頑固だね」

 彼の強情さ覚悟を決めたのか、ウリューは腰の抜けた弓美を担ぎ上げると、「感謝する」と言い残し去った。

「よし。それじゃあ僕もバレないうちに戻りますかね」

 信吾はスーツ姿のままグッと伸びをした。その時、天に向けて伸ばしていた腕に横方向からの強烈な衝撃が駆け巡った。彼はまるで側転するように吹き飛ばされる。どうやらもう既に海獣が立ち上がっているようで、カンカンに怒った海獣がそこにはそびえ立っていた。

「くっ、復活が早いな……海の中じゃないから勝手が違うのか?だが、起き上がったのならもう一度寝かすまでだ!ゴールドマジック・ライデン!」

 信吾は腕先から強力な電気魔法を海獣目掛けて飛ばす。しかし、胸を張ったような姿勢をとる海獣の、アザラシで言えば首とでも言うのだろうか、胸筋の部分に魔法が当たるだけ当たってダメージを与えられている感じはしない。

「んだよコイツ!怒って強くなったって言うのかァー!」

 指先から魔法の絞りカスを出し切ったところで、海獣は目をギラつかせながら襲いかかってきた。

 が、突如として海獣は動きを止めた。

「栗丁夢奥義、白銀花火」

 海獣の奥からの眩い光と共に、海獣を貫通する白銀の刃が見えた。海獣はしばらく静止した後、バラバラになって肉塊となる過程をまざまざと見せつけながら死亡した。

「海獣が、死んだ……」

 アザラシの亡骸をかき分けながら人がこちらに向かってきている。信吾は息も絶え絶えながら構えをすると、そこから現れたのは倉井であった。

 彼は構えのポーズを若干緩めた信吾に近づき、目の前に刀をチラつかせながら、「栗丁夢製栗剣だ。こいつはまだお前を切らない」と言い、去ってしまった。

 信吾はパワードスーツが解除されてもしばらくその場から動けないのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る