考えることはみな同じ

ババトーク

考えることはみな同じ

 人口10万人程度の地方都市。秋の頃の午後8時。

 街灯が少ないため暗く、人影もまばらな駅前。そこにポツンとある居酒屋のドアをくぐると、意外にもたくさんの客で賑わっていた。


「いよう。いらっしゃい。久し振りだね」


 この店のマスターが声をかけ、目の前のカウンター席を指さす。客はニヤッと愛想よく笑い、店内の四方八方から響く談笑に、肩をすくめるようにしてその席に腰掛けた。


「随分賑わってるね」


 客の男はそう言った。年齢は50歳代。がっしりした体格。皺だらけの顔に真っ白な髪。厚手のロングシャツ、チノパン、登山用の靴。そして傷だらけの手に垂れ気味ではあるが鋭い目つき。背負っていたリュックを隠すようにして足元に置いた。


「山の方の地区で祭りがあってね。こいつらみんな同じ集落の連中。祭りの打ち上げ」

「どおりで」


 男はそう言って適当な酒と適当なつまみを注文した。


「しかし、ちょうどいいタイミングで来たけど、やっぱり、あの事件のこと?」


 マスターは手慣れた手つきでジョッキにビールを注ぎ、小皿のお通しとともに男に差し出した。男は出されたビールを半分まで一気に飲み込み、尋ねる。


「事件とは?」

「山の地区でさ、老夫婦が行方不明なのよ。いや、もう死んでるってみんなは言ってるけどさ」

「初耳だね」

「そうなんだ。てっきり、探偵さんの仕事で来たのかと思ったよ」


「探偵?」


 そう言ったのは右隣の席の老人だった。


「この方は探偵なのかね?」

「そうだよ。しかも元は警察の出世頭だよ」


 マスターはそう紹介した。男は、ビールを飲み干し、いやいやと首と手を横に振った。老人は、そういう男の右手が岩のようにゴツゴツしており、甲に大きな傷があることを目ざとく見つけ、「ほうほう」と興味深そうな素振りを見せた。


「ワシはその老夫婦の隣に住んでる者なんだがね。お隣さんは1か月前から行方が知れないんだよ」


「息子さんが殺して、どこかに埋めたんじゃないかってみんな言ってるよ」


 そう言ったのは左隣の席の老人で、空のお猪口を探偵の前に置き、徳利を傾けてみせた。探偵は、周囲の雰囲気の成すがままに徳利から酒を注がれると、くいと一気に飲み込んだ。両脇の老人たちは、上機嫌になって話を続けた。


「息子はねえ、この町から出て行ってやる、俺はお前らとは違うんだ、とか言ってなあ、ご夫婦とよく喧嘩をしてたんだよ」

「ご夫婦がいなくなる前日の夜もね、親子の喧嘩する声がはっきりと聞こえたんだよ。それで次の日には、家には誰もいなくなってた」

「息子はその喧嘩の次の日、朝早くに車でどこかへ行ってる。戻ってきたのは夕方ころさ。きっと死体をどこかへ運んだのさ」


 二人の老人は、写し鏡のようにして事件の詳細を探偵に話して聞かせていた。探偵は、マスターから出された料理に手を付けつつ、肩をすぼめて話を聞いていた。


「でもさ、その日の昼にはご夫婦はもういなかったぜ。俺は心配になって隣家の中を覗いたんだ。11時ごろだ。だーれもいなかった」

「朝刊もポストに入ったままだったねえ」

「警察は?」探偵はそう尋ねた。「息子さんは警察の捜査を受けてるの?」

「もちろん。でも、何も喋らねえ」

「死体が見つからなきゃ、警察なんか怖くねえと思ってるのさ」

「家にも車にも血痕はねえってさ。首でも絞めたんだ。ご夫婦、可哀想になあ」

「探偵さん、せっかくだから、ご夫婦の遺体を見つけてあげてくれないかね」

「ご近所さんがこんな目に合ってるのに、何もできないのは寝つきが悪くねえ」


 探偵は、自分が困っているということに気づいて欲しくて、両脇の老人にわかるように頭をかいて見せた。もちろん、老人たちはそんな素振りの意味に気づかないふりをする。


 やがて探偵は、窮してこのような提案をした。


「まあ、ねえ。マスターが、次に来たときにおごってくれるなら、やりますよ」

「お、いいよいいよ。ご夫婦を見つけたらタダにするよ」


 両脇の老人は大喜びで、代わる代わる探偵に酒を注ぎ、飲むようにうながした。

探偵は、断るつもりで言ったことが、逆に自分の退路を閉ざしてしまったことに青ざめた。

 それでもやがて観念して、足元に置いてあったリュックから駅周辺の地図を取り出すと、オーダーを取っているかのように、店内のテーブルをあっちからこっちへと飛び回った。探偵は、そこにいた客たちにある質問をしていた。


 酔っ払い相手に、ゴシップに関わる聞き取りをするのは大変だったろう。しかしそこはこの男、元刑事である。たった数分で席に戻ってきたときには、地図のあちこちに、色々な筆跡のバツ印が付けられていた。探偵は、ほろ酔い気分でこう言った。


「山の地区にお住いの、ええと、24人に聞きました」

「ほうほう」


 そして探偵は、バツ印が集中している位置に指を置き、バツ印を数え、マスターと両脇の老人をぐるりと見渡した。


「自分が死体を隠すとしたらどこ?」探偵は、残っていた追加のビールを一気に飲み込み、コンと小気味よい音をたててテーブルに空のジョッキを置いた。地図を取り出してから、たった5分しか経っていなかった。「一番多かったのは、17人で、ここ。西の山の奥。等高線の感じからして深い谷間だね。まあ、行ってみますよ、明日にでも」


 *


 次の日の午後、そこには呼び出された警察が集まり、立ち入りが禁止されていた。探偵は、規制線の外側で、疲労困憊して木の幹に座っていた。


 老夫婦2人の死体は本当にそこにあったのだ。


 そこは車では辿り着けなかった。探偵は、ショベルを片手に山道を歩いた。バツ印は地図上、その部分に集中してはいたが、それでも具体的な何か、池とか滝とかを指し示していたわけではなかった。40分。探偵はおおよその位置に向かって、秋の日の、高くて涼しい空の下、新しい落ち葉と腐葉土の上をくたくたになりながら歩いた。

 若い男とはいえ、二人の大人を抱えてこの山道を深くまで進むとは思えなかった。一体ずつ、親だった死体を担いで登ったのだろう。死体を隠すとしたら土の中だろう。朝から夕方までかけて、人一人が掘れる穴の深さはたかが知れている。移動時間だってかかっている。それに、これがひと月前の事件なら、痕跡が地面に必ず残っている。


 半信半疑であったが、探偵はやがて山の斜面に掘り返した跡を見つけた。そしてほんの少し掘ったところで、それは出てきたのだった。


 探偵は、元部下から貰った缶コーヒーを飲んでいたが、登ってきたマスターを見つけると立ち上がり、声をかけた。


「健脚で!」

「警察さんがたくさん登ってくからさ。バイクでそこまで来ちゃったよ」それでも40分の山登りだ。マスターは一つも息を切らしていなかった。「本当に見つかるとはねえ」


 マスターは、秋の山の、日が差し込まない谷に立ち、警察が見分している辺りを眺めていた。探偵は、元部下にマスターを紹介した。マスターは、ヘコヘコと頭を下げた。


「しかし、本当に見つかってしまいました」

「ここら辺はねえ、昔は松茸が採れたんだよ」マスターはそう言った。「手入れをする者がいなくなってから、山が荒れて松茸も採れなくなったけど、地区の古いやつらはたまにここに来て松茸を探してたのさ。でももう昔の話だ。ご夫婦も、それに息子さんも、ここには松茸狩りに来たことがあるはずだよ」


 マスターは、マスクをあごにずり下げて、煙草を咥え、それに火をつけた。どこからか、鳥の鳴き声が響いていた。また座り込んだ探偵に代わって、元部下が応えた。


「残念ですね」

「まったくだ。思い出の場所だったろうに」

「死体の発見には、みなさんのご協力があったと聞いていますよ」

「ああ、面白いことをする探偵さんだと思ったよ。でもねえ」


 そう言って、マスターは深く煙草を吸い、そして煙を吐き出した。


「俺は町のモンとは違うって言っておきながら、町のモンと同じ発想しかできなくて、死体をまんまと見つけられちまうんだから、あの息子も馬鹿なモンだよ。自分がわかってなかったんだ」

「人の考えることはみな同じなんですよ」


 探偵はそう言い、ちびちびと缶コーヒーをすすった。


「違いねえ」


 マスターがそう言い、探偵と元部下が頷いたとき、山の上から若い刑事が転がるように走ってきた。


「大変です!」

「どうした」


 元部下が規制線の向こう側へと入り、受け止めるようにして若い刑事を制止する。


「もう一つ死体が出てきました。3体目です!骨だけになってまして、随分古いものかと!」


 元部下はそれを聞くと、腕を大仰に降って谷間を登って行った。残された探偵はショベルを抱きしめつつ、唖然としてそれを見送った。


 そして、ふと、気がついた。顎を上げて缶コーヒーを全部飲み、また立ち上がると、マスターに恐る恐るこう尋ねた。


「もしかしてなんですけどね、マスター。マスターも以前に誰かを殺して、ここに埋めたなんてことはありませんよね?」


 マスターは、黙って答えなかった。短くなった煙草を吸い尽くすと、隠すようにして腰の携帯灰皿に吸殻を押し付けた。そして、いかにも慎重に、口を開いた。


「出てきた骨のことは知らないねえ」

「昨日、マスターもこの場所にバツ印を書いてましたね」

「よく覚えているもんだ」


 集落に届くような声で鳥が鳴いていた。日差しは傾き、耐えられない暗さが来る前に、耐えられない寒さが谷に湧いてきそうであった。探偵は、地面が冷えてきたうえに、汗で濡れたシャツが熱を奪うのでぶるっと震えた。警察の動きが慌しくなっていた。


「考えることはみな同じなのさ」

 マスターはそう言った。探偵はマスターを一瞥した。マスターは、何かを悟られまいとするように、ふっと笑ってマスクを上げて、こう続けた。

「悪党ならばなおさらね」

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