コロナ禍メリーさん

@luckyclover

私、メリー。いま、感染対策をしているの

 私は引っ越しを機に昔からかわいがっていた人形を捨てた。

 今日からの新居生活に心弾ませていたその時、私の携帯に不思議な電話がかかってきた。


「私、メリー。いま、ゴミ捨て場にいるの」


 電話口から聞こえてきた小さな女の子の声。電話はすぐに切られてしまった。

 都市伝説で聞いたことがある。メリーさんからの電話。居場所が徐々に私の家の方へと近づいてくるという、あの?

 また電話がかかってきた。今度は私が触ってもいないのに何故か勝手に通話状態になった。


「私、メリー。いま、自動販売機の前にいるの」

 間違いない。これはイタズラなんかじゃない。本物のメリーさん。

「私、メリー。いま、交差点にいるの」


 ただ一つ、気になったことがある。

 メリーさんの現在地情報。曖昧すぎる気がする。

 最初のゴミ捨て場はおそらく人形を捨てた、引っ越し前の家の近くにあるゴミ捨て場。

 その後の自動販売機や交差点。

 それってどこの?


「私、メリー。いま、コンビニの前にいるの」

 だからどこの? せめて店名を教えて。

「私、メリー。いま、信号の前にいるの」

「だからどこの?」

 思わず声に出してしまった。私からのアクションに電話口のメリーさんは困惑したのか、電話を切られるのが今までと比べて数秒遅かった。


「私、メリー。いま、駅の前にいるの」

「ねぇメリーさん、いまいるの何駅?」

 私からの質問にメリーさんは最後に小さく「あっ」って言って電話を切った。そしてすぐにまた電話がかかってきた。

「私、メリー。いま、〇〇駅の改札にいるの」

 それは私の前の家の最寄り駅だった。ってことはメリーさん、かなり刻んできてない? 逐一連絡というか、私のところに近づいているアピールをしてくれているのはいいんだけれど。

 想像していたのは、もっとこう移動距離が速いというか。今から私が逃げようと思っても間に合わなさそうなペースで来るかなって思っていたのに。怖さが足りない。ムードの練りが足りない。


 次の電話は1時間半後だった。

「私、メリー。いま、△△駅の前にいるの」

 急に電話のペースが遅くなったけど、あれかな? 電車の中での通話はお控えください、ってルールに従ったのかな? 素直?

「私、メリー。いま、駅前の信号にいるの」

 メリーさんからの電話、電車移動の前の逐一連絡ペースに戻ったっぽい。やっぱりめっちゃ刻んでくる。

「私、メリー。いま、<ゴーーー>にいるの」

「ごめんメリーさん、車の音で聞こえなかった。もう一回言ってもらえる?」

 電話が切れた。どうも会話が続かない。というより、もしかしてだけどメリーさんの電話、発言権が1回しかない?

「私、メリー。いま、交番の前にいるの」

 私は地図を思い浮かべた。なるほどたしかに私の最寄り駅の△△駅から交差点を通って、交番。このまま行けば私のアパートに向かっているみたい。


「私、メリー。いま、あなたのアパートの入り口にいるの」

 ついに来たメリーさん。でも正直言って怖さを感じない。むしろメリーさんに会いたい気持ちのほうがはるかに強い。

「私、メリー。いま、あなたの部屋の前にいるの」

 私は意を決してドアの前に立った。また電話がかかってきた。


「私、メリー。いま、あなたのアパートの階段にいるの」

 え? 戻った? どゆこと?

「え? メリーさん、一回家の前まで来てくれたのに? 中に入らずに帰っちゃうの?」

 私が聞くと、電話は一度切れてからもう一度かかってきた。

「私、メリー。いま、このご時世もあるから感染リスクのある対面はできないの」

 ソーシャルディスタンス!? 飛ぶの? メリーさんからも飛沫、飛ぶの?

「私、メリー。いま、階段を降りているところなの」

 向こうから会わないって言ってるのに連絡とまらないメリーさん。何かまだ用事があるの?

「私、メリー。いま、1階にいるの」

「もしかしてメリーさん、“あれ”をやり遂げないと帰れないの?」

 沈黙が教えてくれた。都市伝説の通り、メリーさんは最後に“あれ”を言わなきゃいけないみたい。やりきらなきゃ任務達成できない。帰れません的なんだ。


「私、メリー。いま、「メリーさん、私、いまから扉を背にして待ってるから。絶対来てね」

 私はメリーさんの言葉を遮って伝えた。

 きっと分かってくれたはず。

 こうすれば直接会わなくても“あれ”ができるはず。


 わたしは扉を背にしてメリーさんを待った。電話がかかってきた。



「私、メリー。いま、あなたの家の前にいるの」

「ちがう、そうじゃない!」

 カウントされないの? ノーカウント? 扉越しはノーカウント? 扉があろうが後ろは後ろでしょうが! いま私、メリーさんの前に後ろを向けているのに!

 都市伝説界隈もコロナ禍のせいで? コミュニケーション不足の影響で伝わらない?


「私、メリー。いま、「ちょっと待っててメリーさん。用意するから」

 わたしは電話を切って準備を始めた。

 ごみ袋代わりに常備しておいたたくさんのビニール袋を切って、テープで張り合わせてカーテンにした。

 天井に張り付けてカーテンを垂らして、玄関の中にカーテンで仕切られた2つの部屋を作った。

 アルコールのスプレーを玄関に置いてあげた。メリーさん用に。

 あとはちょこちょこッと仕上げをして。


「さぁメリーさん。もうこれでNOとは言わせないわ。さぁ!」


 そして私は玄関を開け、ビニール袋カーテンを背にした。

 すぐに電話がかかってきた。





「私、メリー。いま、あなたの後ろにいるの」



グサッ



 私が振り返ると、そこには私の胸に包丁を突き立てている人形があった。


 肉に刃物を突きたてられた感触があった。メリーさんに刺されたことはすぐにわかった。


 メリーさん。

 フランス人形のメリーさん。

 割れた顔。剥き出しになった眼球のパーツ。左右不均等な髪。焦げた洋服。欠けた腕。



 これは理不尽な呪いなんかじゃない。


 復讐だ。


 彼女をゴミ捨て場に捨てた私への。




「そう来ることは分かっていたよ」


 私はメリーさんの体を掴んで壁に叩きつけた。

 衝撃でメリーさんの腕は外れ、包丁は私の胸に残った。


「やっぱりね、って思ってたよ。だから私、準備しておいたの」

 私は自分の服をまさぐって、胸に仕込んでおいた鶏肉を取り出した。メリーさんの包丁から身を守るためにあらかじめ巻いておいたものだ。まさに鶏むね肉。もちろんお腹や背中にも仕込んでおいたけど。

 まさか心臓を狙ってくるなんて。わかりやすすぎるでしょ。

 私は最初からわかっていたよ。メリーさんが会いに来てくれる理由。

 だから私は逃げようなんて思わなかったし、怖いなんて思わなかった。


 会えてうれしいよメリーさん。本当にうれしい。また一緒に遊べるね。

 あの頃は楽しかったなぁ。毎日一緒に遊んだねメリーさん。

 メリーさんは私のお気に入りだったね。他の子と違って一番頑丈だったし。

 引っ越しを機にもう卒業しなきゃって思ったけど、あなたの方から遊びに来てくれるんだから。

 仕方ないよね。あなたのほうから来てくれたんだから。

 ところでアルコールでちゃんと消毒した? アルコールってよく燃えるんだよね。知ってた?


「私、いまメリーさんの前にいてライターを持っているの」

 一人暮らしっていいね。一人で火遊びしてもお父さんやお母さんに叱られないから。

 ライターの火。ゆらゆらして綺麗。コンロやたき火もいいけれど、私はライターが好きだな。いつ見ても心が落ち着くよね。






「私、メリー。いま、あなたの後ろにいるの」


 小さな声が聞こえてきた。

 振り返ると、そこにはアルコールのスプレーを私に向けているメリーさんの腕があった。

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