第13球 深い雪も喚くと崩れる

次話『第12球 残雪はいつか消ゆ』

https://kakuyomu.jp/works/16817139555854103666/episodes/16817139557103961624


 ――冷たい雪に包まれているみたいに、私の身体はひどく重たかった。栓が抜けたみたいに、哀しい気持ちが噴き出して、私のことを覆い尽くした。


「もういい。もういいよ」


 ガンガン頭が軋む中。

 ハル姉さんの声が聴こえた。涙と鼻水でベチャベチャになった顔が彼女の胸に押しつけられた。どこか懐かしい彼女の香りは"生きてる"って感じがして、頭と胸がさらにギュッと痛くなる。少し呆れたような彼女の吐息が懐かしくって、乾いた喉から嗚咽が洩れる。

 私を覆った冷たい氷が一度に全部溶けちゃったみたいに、頭と胸と全身を よく分からない濁流がかき回した。


「ぐぇっ」


 カエルが潰れたみたいな声をあげて、隣のましろも一緒に抱き締められた。

 ハル姉さんと話せたのは、彼女のおかげだ。声は出ないけど、せめて笑顔を返そうと顔を上げると、彼女の唇は真っ青だった。名前の通り、普段から色白だった肌はさらに青白くなっていた。


「ましろ。あんた、『自分なんて居なきゃ良い』って思ってるんでしょ」


 ハル姉さんが抱き締める手を緩めることなく、静かに言った。ましろは何も言わずに目を伏せて、ぷいっと顔をそらした。ちょっと突き出した口先がいつもの私にそっくりだった。


 頭の奥で何かに火が点いた。


「ハァっ?何それ!」

 さっきまで哀しくて堪らなかったのが嘘みたいに、身体がカッと熱くなる。沸き起こる感情のまま、パッと身体を起こして、ましろのことを睨みつけた。

「ねぇ!さっきの私の話ちゃんと聞いてくれてたの?私は姉さん鈴木 青が姉さんだから、好きだったの!誰かが姉さんの代わりになるわけなんてないでしょ!!」

 燃えるような怒りのまま、捲し立てると二人はきょとんと私を見つめた。びっくりして、まん丸の目でこちらを見つめる二人は、私と姉さんにそっくりだった。嬉しいような、寂しいような。何とも言えない気持ちになって、二人のことを抱き締めたくなって、掌をギュッと握り締めて……。

「ばぁーか!」

 結局、その捨て台詞だけを残して、私はその場を走り去った。

 ましろの家は、やっぱり私の家と同じ間取りで、階段を降りた廊下に鏡があった。

 その前を通るとき、暑い日射しと蝉の声の気配がした。ちらっと覗き込んだ拍子に私はうっかり足を滑らせた。

 つるっと漫画みたいに転ぶ。伸ばした両手が宙をかいて、視界が前へと流れていく。冷たい空気を後に残して、私はゆっくり落ちていく。鏡の中は、懐かしい明るさで、やっぱりちょっと寂しかった。


次話『第14球 季節は巡って』

https://kakuyomu.jp/works/16817139555854103666/episodes/16817139557842123981

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