死んでやる!

@grrrrr

死んでやる!

「死んでやる!」


 確か公園の砂場で遊んでいた時のことですから、私がまだ四とか五歳くらいの頃だったと思います。私があなたに出逢った、もとい、大声で「死んでやる!」と叫びながら、シャベルで思いっきり叩かれたのは。


 突然おもいっきり叩かれたものですから、私はなにがなんだかさっぱり分からず、でもとにかく酷く頭がズキンズキンと痛むので、後頭部に手を遣りながら、怒りとも恐れともつかぬ感情で後ろを振り向いたのです。


 私をシャベルでぶっ叩いたのは、私と同い年くらいの男の子でした。顔はあんまり覚えていないのですけれど、四歳か五歳の私が「かっこいいな」と思ったことは確かです。半袖に短パン。どこにでもいる感じの男の子です。


「死んでやる! 死んでやる!」


 私が「いたいよ」と言う間もなく、男の子はまたもやそう叫びながら、まるで私が親の仇でもあるかのように、執拗に執拗に、かたく握りしめたシャベルを私の頭やら背中やら腕やらに、縦に振り下ろしたり横にブンブン振ったりして、ゴツゴツ攻撃してくるのです。


 砂場にはほかの子供たちも何人か居ました。「きゃー」って嘘くさい悲鳴が上がったのを覚えてます。気づいたら頬が生温かくて、触ってみたら血が付いていたのも覚えています。けれども、その時になると私はどこか超然としていて、その血が自分の血であると認識できていませんでした。あたりの騒擾とした感じ、阿鼻叫喚(?)の風情も、どこか滑稽なもののようにさえ感じました。意識が無くなりかけていたからではないと思います。むしろ意識はすっきりとして、私は冷静な目でこの事態を見ていましたから。私じゃない他の子供たちが泣きじゃくっていて、私は泣いていませんでした。「へんなの」――きっと私はそう思っていたでしょう。


 あとは、よく覚えていないのですが、同じ公園にいた大人たちが駆けつけて、私は救急車で運ばれました。救急車が来るまで「ひどいねえひどいねえ」というおばさんの声がイライラして、多分私は仏頂面でした。男の子は大人たちに取り押さえられたのだと思います。でも、男の子は呪詛のごとく「死んでやる! 死んでやる!」と叫び続けていました。死んでやる! 死んでやる!・・・・・・・・・・・・


 ここから先は、本当に覚えていません。お母さんに聞いても「そんなことなかった」と言われるばかりで、私を叩いた男の子がその後どうなったのか、恐らくそれ以降逢ってもいないと思うので、知る由もありません。



 それにしても、何故に「死んでやる」なのでしょう。「死んでやる」なら、なにも私を叩かなくても、シャベルを目に差し込むとかして、自分から死んでしまえばいいのに。臆病だったのでしょうか。それとも、私と心中でもするつもりだったのでしょうか。でも、私はその男の子のことを、恐らく知らない。ますます謎は深まるのです。


 そしてますます厄介なのが、その日以来、私はずっとその男の子に恋心を抱いているということなのです。「死んでやる!」と私に言ってくれた男の子。私は自分がどうしようもなく死にたくなったとき、彼の言葉を(とはいえ彼の言葉はこれしかないけど)思い出して叫んでみるのです。死んでやる! 死んでやる!


 すると、胸があったかくなって、眠くなってくるのです。いつの間にか私は眠りに落ち――そして目覚めると、私のまわりに渦巻く死は、鳴りを潜めるのです。激烈なまでの死への願いが、私を死から遠ざける――彼は何とも不思議なパラドックスを私に遺していきました。


 あれから十余年ほどが過ぎました。私はまだ同じ町に住んでいますから、ひょっとしたらまた、彼に逢えるかもしれません。ああ、彼に――あなたにもう一度だけ、逢いたい。もしあなたにまた逢えたら、私の首を絞めつけながら、こう言ってください。「死んでやる! 死んでやる!」と。その時私は喜んで、あなたにすべてを委ねようと思います。

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