一人大名
高黄森哉
拙者の後ろに、
十兵衛は夜道を歩く。手に下げた提灯の炎が、紙の裏で揺らめいている。十兵衛の周りだけが明るく、他は塗りつぶされている。足元は砂利道。砂利を踏むたび、がしゃりと鳴る。十兵衛は心細かった。月が出ていない晩にこの道を歩くなんて。
そもそも十兵衛は武士なのだが、副業で猿回しをしている。もっとも、彼の技術は彼独自のものであり、現在に知られている猿回しとは技術が異なっている。つまり、厳密に言えば猿回しではないのだが、ここでは便宜上、猿回しとする。
猿はニホンザルで、彼女とは阿吽の呼吸だった。他の者が真似できない境地にあった。それは、とある仕込みが秘訣なのだ。というのも、十兵衛と猿は男女の仲にあったのだ。
ということで、誰にも真似できない十兵衛の猿回しは、城下で大評判になり、その噂は殿様の耳に届くことになる。これはよい、と思った殿は、十兵衛に宴会に呼ぶことをひらめいた。それは、町から二十里離れた宿である。十兵衛は、猿嫌いの姫のため、遅れて街を出ることとなった。
猿がきゃあと鳴く。十兵衛の右肩の方から、淡いオレンジに照らされた猿の顔が現れる。胸についた虫を掴むと、背中の方に消えた。
蟲。蟲といえば、この道である。この道は、人を喰う怪異が出ることで有名である。それは大きな百足。きっと、この長い砂利道の治安が悪いことが由来であろう。長い長い砂利道を百足に例えたのだ。
しかしながら、幽霊や怪異の噂は絶えない。こないだも、百鬼夜行を見たと気が狂った女がいた。彼女は幽霊が大名行列をしていた、と喚き、その大袈裟な身振りのために橋から落ち溺死した。
また、こんなこともあった。それは十兵衛の友人の話なのだが、砂利道を歩いていると、がしゃり、がしゃりと、砂利を踏む音が響いてくるのだという。がしゃり、がしゃり。後ろを振り返らなかったため、無事だったのだと、友人は主張した。
がしゃり、がしゃり。おお、確かに聞こえる、小豆を洗うような細かさで。友人の話はなんと嘘でなかった。猿が下りて歩き出したのだろうか。いや、背中に重みを感じる。まてよ、この重みは本当に猿の重みなのだろうか。
振り返る勇気はなかった。ただ進むのみである。重みは次第に何かを引きずっているかのような感触に変化していく。何を引きずっているのか、しかし後ろを振り返ることはしない。猿がきゃあと鳴いた。
がしゃり、がしゃり。ああ、増えた。二人、二人いる。十兵衛の足音と合わせて三人分の足音が聞こえる。がしゃり、がしゃり、がしゃり。いったい誰なのだろうか。大体、人なのだろうか。がしゃり、がしゃり、がしゃり、がしゃり。増えた、四人だ。猿がきゃあと鳴いた。
どんどん増えていく、足音の大合唱。十兵衛はなんだか、自分は大名行列の先頭で、これから江戸に行くような心持がしてきた。おお、増えていく増えていく。十人、二十人。
わっと山賊が出て来る。そうだった、ここら辺は治安が悪いのだった。十兵衛はとっさに刀を抜く。肩から猿が出て来て牙を剥く。全ての足音は止まり、沈黙が訪れる。いざ、尋常に。
勝負、と思ったとき、雲が退き、月明かりが射しこんだ。すると、山賊たちは顔を青くし、一目散に逃げだした。拙者の後ろを見たからに違いない。そう思った十兵衛は後ろを見たい衝動に駆られる。意を決し、えい、と振り返ると、…………、
巨大な百足が、静かに月の光をうけ、じっと息を潜めていた。
一人大名 高黄森哉 @kamikawa2001
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