魔女が主人で騎士が従者で

愛LOVEルピア☆ミ

第1話 ある物語の一幕

 ルネーシャ城の前に広がる平原で、多くの軍兵が戦いを繰り広げている。乱戦の最中、たった一騎だけで動く鎧武者が騎馬の足を止めた。左手に長く大きな軍旗持っているが、それを地面に突き立てる。


「我が兵は居るか!」


 その瞬間だけ強風が止んで、やけに遠くにまで声が届いた。多くの注目を集める。声が発せられた場には黒の三角軍旗が立てられており、見たことがない騎兵が居た。三角旗は騎兵部隊が掲げるもので、大陸の多くの国で共通の認識を持っていた。


 戦場の上空から死竜が目を見開いてダイヴする、だが半円を描いたような輝く壁にぶつかり弾き飛ばされてしまった。エンシェントドラゴン、現世でヒトがかなうような相手ではない。


 千人、二千人が集まり初めて対抗出来るような存在。そのドラゴンの攻撃を跳ねのけたことに驚愕する。皆が目を疑った、あの死竜を防いだことに。


「何だと!」


 周辺の黒色槍騎兵が兵団の軍旗を守るために集まって来る。攻撃をかわして団長代行バイアスが軍旗の傍へとやって来た。だがどうにも見覚えが無い奴で首を傾げる。


「お前は?」


 ここ数年内に入団した者ならば全て見知っている。新入りだとしても面通しをしているので体格で覚えていたりするが、どうにも記憶が無い。


「マッケンジーだ。お前は我が兵か」


 団長代行であるバイアスは、団員にお前呼ばわりされる覚えは無かった。黒兜を叱責してやろうと馬を寄せると、掛けられたたすきが目に入る。上級司令官や貴族司令官になると、己のルーツを示す為に装備している代物だ。


「Ⅳ番騎兵?」


 はっとして脇にある軍旗を確かめる。よくよくその軍旗を見ると「Ⅳ」が刺繍されていた。現在殆ど使われていない文字で、失われた国家で採用されていたらしい古語。


 死竜がいきり立ちもう一度巨体を唸らせ攻撃してくる。だがまた騎兵を覆う輝くドームにぶつかると、体勢を崩し地上に衝突した。


「いかにも我はⅣ番騎兵。黒色槍騎兵団団長のマッケンジーだ。今一度訊ねる、お前は我が兵か」


 バイアスは何か恐ろしい悪夢でも見ているかと自身を疑った。七百年前から存在している黒色槍騎兵団は、代々団長代行がナンバーを引き継いできている。今の彼はXLVII、即ち四十七番だ。たすきの紋章に見覚えは無いがファティマ連邦の白百合が入っているので味方は味方なのだろう。


「俺はバイアス、黒色槍騎兵団団長代行のバイアスだ」


 辛うじてそれだけは告げることが出来た、あまりにも異様な存在を前にして生唾を飲み込む。死竜が牙を剥きだしにして、前足の大きな鉤爪を振るうが、やはりドームの輝きに弾かれてしまう。


「そうか。バイアスは兵団を集めよ、我が指揮を執る」


 そう言うと騎兵槍を手に死竜へと馬を寄せる。多くの注目を受けて騎馬を速足に切り替えた。


「性懲りもなくまた貴様か。何度記憶を汚せば済むのだ!」


 前足を拡げ唸りを上げる死竜へ一直線、騎兵突撃を行う。槍が届く前に鉤爪が襲い掛かる、だがやはり輝く障壁に弾かれた。直後、死竜へ槍が到達する、眩い光が発生し銀の鱗が盛大に剥がれ落ちた。信じられないことが起きている、人が守護竜を相手にしてたったの一騎で戦っている。


「な、なんだこの力は!」


 死竜ヘンリエッタが目の前の黒騎兵を睨む。友軍であるゼノビアの戦闘法官も手を止めて対峙している場に見入る。このような光景、この場の皆が初めてだろう。


 我を取り戻したバイアスが騎兵団に緊急集合を掛けた。普通ではない何かが起きている、どうであれ団を指揮できる状態に戻すのを最優先した。


「遅参いたしました、我が主!」


 デュラハンが首なしの騎馬を走らせ割って入る。死竜ヘンリエッタを庇うように魔獣も周囲を囲んだ。戦場が静まりかえる、異変が来ていることに気づき死竜の供である聖マリーベル聖堂騎士の二人も駆けつけてきた。


「我はエンシェントドラゴンが配下、魔界騎士デュラハンなり!」


 グレートソードを抜いて右手に持ち黒騎兵に切っ先を向ける。主人である死竜の配下で、唯一守護竜らを生前見たことがある者。戦場の強風が止む。激しく揺れていたたすきが落ち付いた。その時、デュラハンに激震が走る、手にしているグレートソードが震えた。


「そ、それは!」


 何に驚いているのか、ヘンリエッタも目を細めた。そもそも魔族は精神を冷静に固定されている、動揺するなど余程のことなのだ。紋章のたすき、そこに出自不明だった絵柄が刺繍されている。それも第一クォーターにだ。


「異国の旅人、でも白百合の紋章も……」


 聖堂騎士・剣聖アンジェリナが、ファティマ連邦国内では見かけたことが無いのにおかしいと呟く。まるで時間が止まったかのようだった。戦場で喚声も武器を打ち合わせる音も聞こえてこない。


 沈黙を破ったのはデュラハン「その紋章覚えがある。それは貴様が勝手に使って良いようなものではないぞ!」黒い瘴気を漂わせて馬を寄せる。死霊の心をこれほど揺さぶる何か、興味を抱いた者が多い。


「パージ。インスタント・イクイップメント」


 黒騎兵の持っていた騎兵槍が消え、茶色の剣が手に握られている。装備の追放と、固定召喚。簡単な魔法ではあるが、現代では失われた技法になっていた。淡く赤く光を発する直剣、彼はそれにも見覚えがあったようだ。


「なんとファーヴニルか!」


 伝説の装備である魔剣、それも山を切り裂き、空間を割ると言われた魔装具だ。ドラゴンスレイヤーでもある。一目でわかったのには理由があった、それは以前の剣の使い手を見知っていたから。


 Ⅳ番黒騎兵は下馬すると剣を地に突き立てて「騎乗戦闘ではやり辛かろう」デュラハンを挑発した。コシュタ・バワーが棹立つとデュラハンが飛び降りた。


「俺も舐められたものだな。だが本気でいかせてもらうぞ! 魔陣起動、バッドムーン!」


 頭上に真っ黒の月が浮かび上がる。魔獣らが力を倍増させた。デュラハンは左手には兜首を抱えているので右手だけでグレートソードを構える。


「他の強化魔法はせんでも良いのか、その位は待つぞ」


 両手を剣の柄に置いて余裕の一言。Ⅳ番騎兵のたすきが揺らめく。死竜ヘンリエッタも低く唸るが手を出そうとはしない、これはデュラハンの戦いだ。


「笑止、貴様などすぐに沈めて見せる、覚悟は良いな」


 注目の二人を中心に大きな輪が出来上がっている。強風は止んでいつのまにか自然の微風、空も怪しげな暗い雲は無くなり太陽が輝いている。そこに黒の月が浮かび周辺を黒の光で照らす。魔族の力を倍増させるそれを友軍のゼノビア法官が解除する気配もない。


 デュラハンがグレートソードを意外な素早さで外側から振り抜く。ファーヴニルを打ち合わせた、軌道を逸らされたが強引に上から下へと叩き付ける。黒騎兵が少し身を逸らすとグレートソードが大地を割る。その膂力に、輪を作っていた者達がどよめく。


「その太刀筋……そうか」


 何かを感じたらしいがそれ以上は何も言わずにファーヴニルを構える。戦いに言葉など不要、刃を交わせば互いを知ることになる。


「一気に決める! 魔陣起動、デスマカヴル!」


 左手に持っていた兜首を頭上へと放る。死霊が誇る魔陣魔法、周囲への影響力を増減する様々な呪詛の類。一定空間内の時間の流れが遅くなる。デュラハンは片手で持っていたグレートソードを両手持ちにして、大きく横薙ぎにした。


 ガン!


 その切っ先をファーヴニルで叩かれ空を切る。


「な、何故まともに動ける!」


「時の加速、寿命定まらぬ者には効かぬよ」


 ゆっくりと宙を舞っている兜首の中で目が赤く光っている。輪を作っている者達には一瞬の出来事にしか感じられていない。一切の手加減などしていない、必死の一撃だったはずなのに。


「それに……打ち込む時に右肩が下がる癖、直っておらぬようだな」


 デスマカヴルが解除される。落ちてきた兜首を左腕で受け止めると、デュラハンに信じられないような感覚が駆け巡った。そのような指摘をされた記憶が残っていた、かつての主にされた助言。


「ま、まさか、いやそんなはずは……」


 構えたグレートソードの切っ先が震える、明らかな異変に皆が気づく。死霊が恐れをなしたなど、有史以来聞いたことが無い。


「デュラハンよ、何をしておるか!」


 死竜ヘンリエッタが吠える。主がすぐ傍で見ているのだ、醜態を晒している場合ではない。


「俺は義理と忠誠を選ばねばならぬのか?」


 前に少年に迫られた一言が頭に蘇る。騎士にとって忠誠は絶対だ、主の為に全てを捧げると誓っている。だが果たせぬまま朽ちた己が、ずっと抱えていた義理と悔恨に苦悩する。


 自身が間違っていた、気づかずに触れていた優しさを思い出す。かつての主は、従者である騎士が主を見限るのを優しく微笑んで認めてくれた。あの時の過ちをまた繰り返すのかと、己の心を激しく攻め立てて来る。


「俺は……」


 黒騎兵が剣を構えたまま身動き出来ないデュラハンのすぐ傍にまで歩み寄る。肩と肩が触れ合うほど寄ると「ヒンメル君、自らの信じる道を行きなさい」微かにしか聞き取れないような小さな声で囁いた。


 いかつい黒鎧をまとう巨躯から発される声ではなく、華奢であまりにも懐かしい声でだ。栗色の髪に、赤い瞳、いつも笑っていたあの顔を。間違えようもない、たすきの印も、その台詞も、身を震わせて彼は決意した。


「デュラハン!」


 主であるヘンリエッタが再度吠える。一歩、二歩下がると姿勢を正しグレートソードの切っ先を空へ向ける。


「エンシェントドラゴンが配下、デュラハン・騎士ヒンメル、改めて勝負を申し込ませて頂く!」


 黒騎兵も三歩退きファーヴニルの切っ先を同じように天に向ける。一騎打ちの作法に則った名乗り、本気には本気で応じる。


「ファティマ連盟国家元帥である、トライ伯マッケンジーがその勝負受けて立つ!」


 多くの者が一様に驚く。そんなはずは無い、馬鹿げた名乗りだ。ファティマ連盟とは前時代の名称で、現在はファティマ連邦。もう何百年も前の国、それも永久欠番とも言える国家元帥で、滅びた都市であるトライの伯爵であるなどと。


 ヘンリエッタが身を乗り出し二人を見詰める、聖堂騎士らも同じ心境だろう。デュラハンが黒い瘴気を発して動く。グレートソードを胸に引き寄せ身を巻くように斜めに一回転し、威力を増し体重を乗せた一撃。


 敵の胸を借りるつもりで放った剣だ。ファーヴニルを頭上にかざし避けずに受け止める。両足が地面に食い込み衝撃波が小石を飛ばす。


 バキン!


 デュラハンの持つ剣が折れて地に刺さった。武器の差ではない、腕前の差でもない、デュラハンに相手を殺そうとする意志があったか無かったか、そして己が討たれても良いとする覚悟の差だ。


 主への忠誠を満たしつつ、義理を果たすために敗北を選んだ。己の不名誉を甘受して、全てに蔑まれようとも構わずに。ヘンリエッタにはそれが解った、理由までは言葉に出来ないが決して触れてはならない何かがあると。


「お前の騎士は膝をついた、どうするクリプトドラゴン!」


 ドラゴンスレイヤーであるファーヴニルを持つ右手を伸ばして問う。今までの怒りとはまた違い、義憤かのようなものを感じ取る。


 戦いを見ていた者達が戦慄を覚えた、あのエンシェントドラゴンを圧倒する人間が居ることに。そしてそれがファティマの国家元帥を名乗った事実に。


 これは白兵戦技が得意な魔女の物語の一幕。

https://kakuyomu.jp/works/16817139554471717050/episodes/16817139554472237831


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