その魔女、白兵戦技に長けている〜遠い昔から孤独に生き続ける魔女の、大陸を見守り続ける物語。時に直接手を下すこともある葛藤はまだ残っているらしい〜

愛LOVEルピア☆ミ

第1話 海岸線の砂浜で 2460年

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 遠浅の青い海が広がる砂浜に心地よい風が吹いている。押しては引いて、引いては押す波はどれだけ時が経っても変わらない営みを見せていた。そんな自然の一コマに不似合いな姿が多数。


「たった一人で乗り込んで来るとはな、その度胸だけは褒めてやろう」


 鉄製の鎧をガッチリと着込み、大きな鉄製の四角い盾を持った男。同じく鉄製の兜を被り、難燃性の外套をつけた一そろいの装備の集団。どこかの軍兵だというのは子供でも分かるだろう。


「オステルユーク王国の重装歩兵団。鉄の野戦兵ね」


 盾に描かれた赤い鳳の絵が所属を明らかにしている。リーダーである男だけが特別な装飾をしていて、兜にも赤い羽根がなびいていた。潮風が吹き抜けてマントが揺れている。


 そんな男が囲んでいるのは、白っぽい短衣に水色の短い外套をつけた、栗色の髪の女の子だ。こうも不釣り合いなことはない。少女は無表情で、男達はその庇の下で険しい顔をしていた。


「魔女が現れたと聞いて来てみれば、なるほど確かにそのようだ」


 魔女。実態がどうあれ怪しげな女をそう呼ぶのとは違う。オステルユーク王国は魔法で大被害を受けていた、それは事実なのだ。


「人というのは獣よりも愚かね。尻尾を巻いて逃げれば可愛げもあるのに」


 子供と言って差し支えない小柄な姿、海風で揺れる髪を左手でかきあげる。兵士の他には少女だけ、このあたりに居たはずの者は全てが他所へ避難するようにと追い出されたあとだった。


「獅子は兔を狩るのにも全力を出すという。我等も決して侮りはせんぞ」


 全員がガチガチの重装備で、気を抜くことも無く包囲をしている。砂浜を照らす太陽がじりじりと鎧を焼いた。油断をしない、なるほどそれは立派な心掛けだと言える。


「あたしはどうして、だなんて無駄なことは聞かないわ」


 大切な者を先に奪ったのはオステルユーク王国。そして報復を行ったのは魔女。それらがまみえたら争いになるなど解り切ったこと。だから何故命を奪ったのかなど、今さら聞くつもりはない。


「こちらからはどうしてと聞かせて貰おう」


 避けられないことは彼等にも解っていた。だがその理由には気づけていない。ある時突然魔女が攻撃をしてきた、そのような感覚でしかない。国境線の関所が灰にされたのは、つい七日前のこと。


 最初は隣国が奇襲でもしてきたかと警戒したけれども、調べるとそのような事実は無かった。水辺の関所が燃やされたわけでもないのに軒並み灰にされていた、そんな異常を作り出せるのは魔法だけとの結論だ。


「中立港のダジュール港を覚えているわよね」


 少女は遠く海の先を見詰める。繋がるその先には、かつてそう呼ばれていた港町があった。何百年も前からあったその町が、ある日破壊された。理由は簡単だ、オステルユーク王国の貿易に邪魔だったから。


「併合を拒否した代償に攻め滅ぼしたまでのこと。港ならばラ・オステラクがあれば充分だからな」


 自国の港町をあげる。主都でもある立派な港町で、ダジュール港と比べても何の遜色も無い。それでも航路が安定していたダジュールと比べると、利用する船が割れていたのもまた事実。


「あの港町には大切な人が居たわ。あたしの記憶を呼び起こさせる人たちが。それなのに気づけなかったせいで、血が途絶えてしまった。見守ると約束したのに果たせなかった」


 目を閉じると少女はかつての仲間たちに詫びる。共に町を作り、楽しいことも、辛いことも共有した。自分がそこに存在していた証明を奪われた、その怒りが抑えきれない。


「人などいつか死ぬ。だが国は子子孫孫にまで繋がるものだ、犠牲はつきものだよ」


 快晴だったはずの空に雲が出てくる。鉄鎧は暑いので、曇ってくれた方が丁度良いと男達は気にも留めない。見た目とは相反したことをしてきた少女を、注意深く睨み続ける。


「散々生きてきて、まだこんな感情があるだなんて驚きよ。けれども未熟者って叱ってくれる相手も居ない。そして、あたしを止めてくれる人も、もう誰も居ないわ」


 金属がこすれる音が海岸に響く。長槍を構えて重装歩兵が横に広く展開を始める、戦闘態勢だ。近隣国家のどの軍隊も、この精鋭部隊と対峙して有利に戦えるものなど居ない。


「ふん、怨恨か。魔女もまた人の子というわけだ。そろそろ終わりにしようか」


 雲が次第に分厚くなり、風が強くなってくる。周りの温度が数度下がったような気がした。多数の鉄槍の穂先をたった一人の少女へ向けているが、何故だか男達は背筋が寒くなる。


「終わりに……ね。良いわ始めましょう、怒りに身を任せるのも悪くないわきっと」


 閉じていた目を開くと、黒かったはずの瞳が真っ赤に染まっていた。中指と親指をパチンと鳴らし「インスタント・イクイップメント」短く魔法を唱える。すると少女の頭には金色のサークレットが浮かんだ。羽のついたブーツに、青地に金色の装飾が施されたドレス、五色の宝石が先端に括り付けられた杖がどこからともなく現れる。


 一瞬で装備を整えた少女が重装歩兵を一瞥する――


「さあ、かかってきなさい!」


「公平なる障り、掣肘されし常、フォービダァンス・コモンランゲージ!」


 集団の後方に隠れていた野戦兵団の魔法使いが、封印魔法を発動させる。あたり一帯での共通語魔法を禁制する。魔法使い殺しと言える一手だ。相手のことを知っていれば対策をすることが出来る、典型的な情報戦の一つ。


「コモンバン。馬鹿ではないようね。でもあたしを止めることは出来ないわ」


 ヨルズの宝杖を手首だけでクルクルと回して不敵に微笑む。決してことを急がないのはお互い様で、その場を動こうとはしない。


「魔女と真っ向勝負をするわけがなかろう」


 余裕の笑みを浮かべる指揮官。魔女から魔法を奪ったら一体何が残るのか。


「共通語の禁制、しゃれたことをするじゃない。ローズランドで長きを過ごしたあたしが、扱える魔法言語体系が一つとでも思ったかしら?」


 セレーネの額冠が淡く黄色い光を発する。古文書に出てくるような伝説の装備、神装具の一つ。他もラーンのドレスにヘルメスの長靴、すべてが国宝級の代物。一つだけでも大陸に誇ることが出来ると言うのに、これほど所持しているのには疑問があった。


「公平なる障り、掣肘されし常、アンティアディション・コモンロンゲ!」


 重ねて禁制魔法が掛けられる。こちらはローズランド語での魔法を封じるものだ。先ほどの共通語禁制と同質の効果を発揮する。兵らの目が笑った、備えに怠りなど無いと。


「ふーん、下準備が良いようね。そこまでしてあたしと白兵戦をしたいのかしら?」視線を左から右へと投げかけて少女も笑った「魔女に切り合いで負けて絶望するのも面白いわね。いいわ、付き合ってあげる。インスタンツ・リリーズ、インスタンツ・イクイップメンツ」


 装備が不意に入れ替わる、魔法が封印されているのにも関わらずだ。眉間にしわを寄せて指揮官は変更された武装を注視する。これが出来るならば他の魔法も使えてもおかしくはない。


「共通語のようで違うわけか。どこの方言か知らぬが、それでは満足に詠唱をすることは出来まい」


 単語を覚えているのと、言語を使いこなせるかの差は大きい。必要最低限では詠唱魔法を構成することは出来ない。理解者が多い三大言語の封印は用意してある、もう一人は奇襲攻撃用にまだ隠してあった。


「ふん、これだから無知と言われるのよ。古代語くらい出来るわ」


 ラーンのドレスが茶色の革鎧に切り替わっている、ヨルズの宝杖は真っ赤な直剣に。左手には銀色の盾、セレーネの額冠とヘルメスの長靴はそのままで、水色の外套はずっとつけている。


「それに……野戦兵ごとき相手に詠唱魔法なんて必要ないわ。あなたもそう思うでしょう?」


 どこから自信が湧いてきているのか、さすがに男達も挑発だと知っていても不快になった。

 アキレウスの鎧、アイギスの盾、そして手にしているのは炎の剣グラムルージュだ。一体どれだけの神装具を持っているのか、まやかしではないかと疑う。


「詠唱時間など与えんからな。兵団指揮官ヴィゼだ、冥途の土産に覚えておくがいい」


 体格の差と人数の差は埋まらない、装備はプラスであって生身の強さは比較にならない圧倒的な違いがあると、ヴィゼも強気の姿勢を崩さない。


 警戒を解かずに兵が遠巻きに包囲を行う、一方だけは海なので開いていた。重装歩兵では踏み込むことが出来ない。もっとも海に逃げれば隠してある魔法使いが電撃を叩きこむことになっていた。


「このあたしが大勢の兵と剣で切り合うだなんて、懐かしい程に久しぶりよ。最後にそんなことをしたのは、トライ城でサヤマールと戦った時だったわね……」


 こんな状況で思い出せたのがいけ好かない敵将だったことに、少女は苛立ちを隠せなかった。どうせなら友人を思い出したかったのに。


「魔女よ、貴様の名は」


「あたしはオ=スィオールの友人フラよ。ダジュール壊滅の報復戦、始めましょうか」


 多重包囲、一対二百、それも白兵戦。いかに伝説として語り継がれているような装備をしていても、出来ることと出来ないことはある。


「先陣進め!」


 十二人の重装歩兵が輪を縮めて前進する。左右の味方との距離を確かめながらゆっくりと。


「絵にかいたような包囲戦ね、これが常ならば充分な働きよ」


 盾を前に出し視線を砂浜へ向ける。その仕草に兵の足が鈍る、警戒をして防御を固めながらフラをじっと睨み続ける。


「六秒――」


 手にしたグラムルージュを真横にし腕を伸ばす。直後姿が消えた。ヘルメスの長靴による高速移動で向かって包囲の左端、つまりは部隊長に真っ赤な剣を突きさす。鉄鎧を着ているのに脇腹に難なく刺さり肉を焦がした。


 地面を滑るようにフラの姿がまた瞬間移動すると、三つの首が胴体と別れを告げる。動きを目で追うことすら出来ずに兵が息を飲んだ。風が通り抜けると四人の足が切り落とされる、片足のまま少しの間立ったままだ。グラムルージュを斜め上から下へと振ると、盾を持ったまま四人の兵士がどこからとなく真っ二つになった。


 首なしの死体が倒れるとほぼ同時に十二人が戦闘能力を喪失、僅か六秒の寸劇。


「ギャー!」


 重傷を負ったことに気づいた先陣の兵らが叫び声をあげたので、ようやく皆がハッとした。


「ば、馬鹿な!」


 屈強な重装歩兵は戦闘能力、それも特に防御力が極めて高い。それなのに呼吸を二度か三度する間に一個小隊が壊滅したなど信じられなかった。ヘルメスの長靴がもたらす超高速移動と、鉄でも紙のように切り裂くグラムルージュの力が合わさった結果。


「あたしが、あたしがちゃんと見ていれば、この程度の奴らなんかに殺されずに済んだのに……自分の無能ぶりが悔しい!」


 燃える瞳でギロリと兵を睨む。瞳孔が開ききっていて焦点が定まっていない。兵の一部が恐怖を感じた。


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