エピローグ
その後、王子は王位継承権を奪われはせずに、王位についた。
再三思い描いた理想を手にした王子ではあったが、ベアトリーチェの忠告により無残に砕け散るはめになった。
「あなたがこの国を間違った方向に導けば、私はゴーレムさんを使い城を吹き飛ばします」
冗談に聞こえないその忠告に、王子は青ざめた顔で何度も頷くしかなかった。
そして諸悪の現況であるマジックアイテムはどこで手に入れたのか問いただしたところ、ローブを頭まで被った謎の人物から渡されたということだった。王子の様子からその言葉に嘘はなさそうだった。ならばその人物はいったいなんなのかと煮え切らない疑問が残りつつも事件は幕を閉じた。
そして、無事に王の葬儀はとりおこなわれた。
城は少しずつ平穏を取り戻し、【狂戦士】の毒牙にかかったジェシカも回復し、そして彼女もまた形式にのっとり、誰の目に止まることもなく城を去っていった。
「なあ、そういや王子が犯人だってどこでわかったんだ?」
「ジェシカさんの部屋にあったみなさんを描いた絵。その一枚に王子の絵がありましたよね」
「あ? ああ、確かにあったな。ありゃ、王子が狩りの獲物を解体してるときの絵だ。別に気にも止めなかったが」
「気づきませんでしたか? 解体をしていたあの動物。妙に傷だらけだと?」
「ん? ああ、言われてみればそうだったか」
「王子は狩りをした動物で【狂戦士】化した動物が何日で亡くなるのか試していたのではないかと。あとは女の勘ってやつです。女は男が嘘をつくとピンっと来るんですよ」
ベアトリーチェは不敵に微笑んだ。
●●●
麦畑の広がる景色。遠くには王都が見える。銀髪の少女は名残惜しそうに王都を眺めていた。
「才能はあったと思ったけど、残念ね。次はグレイネル帝国にでもいってみようかしら」
「何が、残念なのかしら?」
声はふいに聞こえてきた。
聞き覚えのある声に銀髪の少女は振り向く。
そこには金髪金眼の白衣を着た美女が立っていた。
「まあ、綺麗な方。いったいどなた様でしょうか。私はジェシカと申します」
「もう一度聞くけど、何が残念なのかしら?」
金髪金眼の女は名乗ることもせずに質問を繰り返した。ジェシカは慌てたように口をひらく。
「その私、お城の使用人だったのですが、できればもっと働きたかったと。それが残念で…」
目の前の女は面白くもなさそうに耳をほじくりフーッと取れた垢を吹いている。
「あのさ。このやりとりめんどくさいのよ。死の魔女、アリー・ロゼ、さん」
その名で呼ばれジェシカは目を弓なりに細めた。
「あら、ごめんなさいね。森の魔女、フィリア・イエルさん。それとも王道十二宮の一宮、乙女座のフィリア・イエルとお呼びした方がよろしいかしら――」
ジェシカの目前に発光が迫る。
反射的に杖を取りだし、「弾けろ」と言霊をのせる。膨大な魔力光が相殺される。
「っち」
「フィリア・イエルさん。人がしゃべっているときに攻撃するのはマナー違反ではなくて?」
さして慌てた様子もなくジェシカはフィリアに笑いかける。
「あんたもいい加減にしなさいよね。今回の件すべてあんたの仕業でしょ?」
「さすがはフィリアさん。お見通しですのね。王子に【狂戦士】の針と召喚の指輪をあげたのは私。だってあの王子才能がありそうだったから。実際、いい線いっていたと思わない?」
「何が」
フィリアが面白くもなさそうに吐き捨てた。
「もちろん。私にとって最高の旦那様、この世界を統べる魔王となりゆる素質のことよ」
「くっだらないわね!」
金眼の鋭さが増し、収束された魔力光が放たれる。
ジェシカは杖に腰掛けると上空へと閃光のように飛び上がり避ける。
「――っち」
「ではでは~。またどこかでお合いしましょうフィリア・イエルさん」
ジェシカは空間に干渉し消え失せた。
●●●
シウスとベアトリーチェは無事に無実の罪で釈放された。
「では、シウスさんご機嫌よう」
「おう」
森の境界線であるリルフ川。その橋で二人と一体は別れの挨拶をした。
シウスは彼女らに背を向け、歩きだした。
周囲は収穫期ということもあり麦畑が広がっている。
これから村の者総出で刈り取りが行なわれ、その時に村全体から麦穂の歌がそこら中から聴こえてくる。それはこの地域の風物詩として定着し、王都を目指す旅路の者を向かい入れる歌のように聴こえるので旅人には歓迎の歌だと好まれていた。
収穫が終わると大地の精霊への感謝を捧げる盛大な祭りが行なわれる。
シウスもまたその季節にここを訪れるつもりだった。
風が吹き、麦穂が揺られお辞儀をする。
それはまるで旅たつ英雄を見送る兵士の敬礼のようで、シウスの心を誇らしくも、少しだけしんみりともさせる風景だった。
(……一人きままな冒険ライフとしゃれ込もうじゃねーか)
森を背に歩きだすシウスはとりあえず旅支度をするために村へと足を運ぶ。まずは食料の調達から。保存の利く干し肉と村には牛がいたのでもしかしたらチーズもあるかもしれない。
(干し肉か……)
別に嫌いではないが。酒場で食べたあの味。
それは独り身では味わえない誰かの想いがこもった手料理。
「……旨かったな」
そうポツリと言葉が零れた。
突風が麦穂の上を駆け抜けていく。
またあの温かい物が食べたい。心から思った。
「そ、そうだシウスさん。これ作ってみたんですけど、良かったらいかがですか?」
「――ん?」
気づけばベアトリーチェがこちらに戻ってきていた。
差しだした手には何やら布にくるまれた物が乗っかっている。
「なんだ、これ?」
「……パンを、その焼いてみたのです」
「……ゴーレムじゃなくて、あんたが、か?」
シウスの言葉にベアトリーチェの頬がほんのり苺のように染まった。
「そ、そうです! 私の手作りです。いけませんかっ」
シウスは思わず苦笑した。
「――なっ、わ、笑わないでください」
「ああ、いや、すまない。バカにした訳じゃねーんだ。ありがとう頂くよ」
その言葉にベアトリーチェは恥ずかし気な笑みを浮かべた。
その笑顔はまるで女神のような笑顔だった。
「――、な……」
シウスの顔もどこかほんのり赤く染まった。目に映る女神のように微笑むベアトリーチェから慌てて目を背けるように渡された布をほどいた。
ふんわりと香る焼きたてのパンの匂いが鼻孔をくすぐった。
「へ、へーっ、割と上手く焼けてんじゃないの? でも、問題は味よ」
動揺を隠すように憎まれ口のように言葉を吐いた。
「っわかってます。は、早く食べて見て下さいっ」
ベアトリーチェに急かされシウスはパクリとパンを齧った。
もぐもぐもぐと顎を動かす。
(ちょっと、いや、かなり硬いかな? それにパサパサだ……)
シウスの様子をじっと見守るベアトリーチェの視線を受け、心中で苦笑とともに彼女の真剣な思いが伝わってきた。
彼女はゴーレム任させではなくて自分の花嫁修業を始めたのだ。
「んっ。……旨いっ。初めてにしちゃ旨いじゃねーか」
「――本当ですかっ」
「ああ、本当だ。もっと修業したらパン屋だって夢じゃないぜ」
見え透いた嘘だった。きっとその見え透いた嘘はベアトリーチェにも分かっているはずだった。彼女の洞察力は半端ないのだから。
それでも彼女はシウスの言葉に素直に喜んだ。
大地の女神様は自分の足で歩きだしたのだな。
二人は少しだけ見つめ合うと笑いだした。
「やはり、とこしえの麦を使ったのが良かったですかね」
ぽろっとこぼれた言葉をシウスは聞き逃さなかった。
「お、おい、さっきとこしえの麦って言ったか!?」
「ちょっと待ったー!」
「まてまてー!」
シウスの言葉をかき消すように街道の先から声が聞こえてくる。
ふと振り向けば何やらこちらに駆けてくる馬に乗った人物と馬車――、ジャンと伯爵だ。
怒涛の勢いでこちらに追いついた二人は、血相かえてシウスを突き飛ばし、ゴーレムの前に跪く。二人は顔をあげた。
「「結婚してほしい」」
「御意―!?」
少なからずシウスには二人の気持ちが分からないでもなかった。
「……ちょっと、待ってください」
ベアトリーチェが、こめかみに指をあてる。
「あなたの雄姿が忘れられないんです。あんなに僕の心を満たしてくれる頼もしい人は他におりません」
「ちょっと」
シウスはゴーレムと精神が繋がっていたときのことを振り返る。
ベアトリーチェの雑な支持にも素直に従う真面目な性格。心では戸惑いを見せても忠実に主人に言われたことをこなしてくその姿にシウスもまたゴーレムのことは気に入っていた。
こいつとだったらきっと厳しくもお互いに助け合える冒険になるだろうなと妄想しなくもなかった。
と、そんなことよりとこしえの麦だ。シウスはベアトリーチェ掴みかかるように言った。
「ちょっと待て! おれの話がまだ終わってない! このパンとこしえの麦で作ったって言ったか!?」
「ちょ、シウスさん今はそんなこと言ってる場合ではありません! というかなんで私が娘さんをくださいと言われる父親的立場」
「いいではないか!」
「いいわけないじゃないですかっ!」
ベアトリーチェは半眼で呻く。
「頼むこの吾輩に!」
「いやこの僕だ!」
「俺の話ー!」
「ちょっと待ってくださいよ! この物語の主人公は私でヒロインも私よ――!」
ベアトリーチェの絶叫が風にのり畑の麦穂を揺らしていく。
風がシウスの銀髪を撫でていく。
「なあ、ベアトリーチェ。今度また俺の村の祭りを見にきてくれ。今度はドラゴンの皮でも被って最強の害獣役をして、村のみんなをあっと言わせるからよ。今度は笑われねーよ」
ベアトリーチェは突然のシウスの言葉に気まずそうに笑った。
「シウスさん。私も今度は逃げません」
ゴーレム使いの花嫁修業はまだ始まったばかり。
終わり
ゴーレム使いの花嫁修業 九重 まぶた @18-18
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