六章 容疑者と花嫁 終

 ある祭日、五穀豊穣を祝う村の祭り訪れた。


「トロイア様?」


 ベアトリーチェはトロイアとはぐれてしまった。


「おい、お前どうしたんだ?」


 心細さに泣きじゃくるベアトリーチェの前に銀髪の少年が現れた。


「お前、この村の者じゃねーな。妹にやるつもりだったけど、これお前にやるよ。これやるから泣きやめ」


 そうして銀髪の少年から渡されたのは、お世辞にも上手いとは言えない不細工な人形だった。


「村の守り神なんだ。きっとお前のこともこの神様が守ってくれる」


 少年はニコリと笑った。その笑顔にベアトリーチェも思わず笑ってしまった。


「お、笑った。あっ、と、急いでいるんだった。そうだお前もこいよ。村で一番の催しが今からあるんだ。きっとお前の親もそこにくると思うからさ」


 少年の言葉にベアトリーチェはこうりと頷き後を付いていった。

 少年が言っていた催しはその年一番の害獣モンスターを桑や鎌で追い払う村人といった催しだった。その害獣モンスター役の人が腹痛を起こしたために、少年がこれ幸いとこっそりと参加しようとしているようだ。

 

 たいまつの炎群が夜風に踊る。

 そこら中に灯されたたいまつの灯りが陽気な村人と設えられた祭壇に沢山の麦や果物などが捧げられている光景を映しだす。

 炎が揺れるともう一つの巨大な影を映しだす。

 村で取れた麦藁で作られた大きな巨人であった。少年の話ではトロイア様を模した物であるらしかった。

 みんな楽しそうに酒を飲み、踊り、歌い、笑っていた。

 そんな村人たちの視線の先には簡素な舞台が設えられていた。舞台上に村一の力自慢に選ばれた筋骨隆々の男が対面を呆けた顔で見ていた。

 

 視線の先には野兎の毛皮を繋いだ継ぎはぎだらけの小さな猛獣が虚勢を上げていた。男と比べてあからさまに小さく頼りなく見えた。

 

 男は腹を抱えて笑い出し、舞台に注目していた村人たちも笑い出した。

 継ぎはぎだらけの毛皮が舞台の床に力なく落ちると、中から銀髪の少年が姿を現した。

 少年の視線が村中の嘲笑の中、ベアトリーチェに向けられていた。

 少年は害獣の毛皮ではないものを身につけ登場したために、村人に爆笑されたのだ。正義感や好意で自らかってでたにも関わらず少年は笑われていた。

 

 そんな少年の視線に耐えきれず、ベアトリーチェはその場を逃げ出した。

 仲間だと思われたくなかった。村人たちの嘲笑の的になりたくなかった。


 ――だから、私は逃げ出した。


 その光景は神の器と賞賛され育ってきたベアトリーチェには耐えがたい屈辱的な光景だった。

 ベアトリーチェはあの渦中に行きたくないと人形を放り出して逃げた。


 ――そうか、私はだから笑われたくなかったんだ。笑われるときっと幼い頃に見捨ててしまったあの少年を思い出してしまうから。


 ●●●


「……ジャンさん。……大丈夫です。自分で立てます」


「……ベアトリーチェ、様?」


 ベアトリーチェはジャンに礼を言い、癇に障る笑い声を響かせ続ける男に向き直った。

 そして、剣を突き立てるように人差し指を向けた。


「その嘲笑をお止めなさい!」


「ひゃーはっはっはっは、ひゃーはっはっは――あ? 僕に言ったのか?」


 王子は笑いを止める。

 シウスも呆然とこちら見ていたが、何かを悟ったように口端で笑い、起き上がろうとしていた行動を止めたようだった。傍観すると決めたようだ。


「あなた以外誰がいるんです。そのバカ笑い。一生懸命に立ち向かおうとしている者にとても失礼ではありませんかっ。品性を疑います!」


 ビシッと指さし告げる。

 一瞬、きょとんとした王子は再び笑い出した。


「だったら? だったらどうするんだ? 君のゴーレムはこの私が破壊してしまったぞ? どうやってこの私の笑いを止めるんだ?」


 その言葉にベアトリーチェは歩きだす。止まった場所はゴーレムさんの残骸が残る場所。残骸にそっと手を当てた。


「あなたには人の痛みは分からないのでしょうね」


「分からないね。分かるのは自分の痛みだけさ」


「お仕置きが必要ですね」


「何をやろうとしているんだ? そりゃ残骸だぞ?」


「――ゴーレムさん!」


 ベアトリーチェの体が眩いばかりに輝きを放つ。その光がゴーレムの残骸に移り鼓動を脈打ち始める。


「まさか」


「起きなさい!!」


「御ぉぉォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ意!」


 残骸だったモノがベアトリーチェの言葉に答えるように急速に形を作りだしていく。そしてあっという間に巨大に膨れ上がり元のゴーレムが現れた。

 天井を突き破らんばかりのゴーレムの咆哮が大氣を揺らす。


「な、なんだと……、だが、それがどうした。復活したところで僕のアスモデウスに勝てるわけじゃない。また粉々に粉砕してやるだけだ」


 王子が指輪を振るう。


「やれ、アスモデウス! 次は消し炭にしてやれ!」


 アスモデウスがゴーレムさんに向き直る。


「ゴーレムさん!」


「御意」


 ゴーレムもまたアスモデウスに向き、石床を踏み砕き歩を進め始める。

 シウスやジャンはそれを固唾を飲みながら見守っていた。

 両者の距離がわずか数メートルの距離まで縮んだ。アスモデウスが先手必勝、拳を振り上げた。その腕には炎の魔法陣が迸っている。

 王子は文字通りゴーレムを消し炭にするつもりであった。


「いけないっ」


 ジャンの声が上がる。


「彼の者に、かの地から、紹介を承り、相応の義により相応の義を承る。それは円滑にして循環、それは循環にして理を知る慣わし――粗ぶる炎により糧を承る」


 ベアトリーチェの指が宙空に魔方陣を描いていく力が行き渡るように光が循環した。


「欲するのは――すべてを焼き尽くす炎」


 言葉が終ると同時にゴーレムの体が灼熱を帯びていく。


「ぐおおおおおおおっ」


 炎の魔法陣対灼熱のゴーレムの拳。

 激しく両者の拳がぶつかる。

 大氣が揺れ、衝撃の熱波が吹き荒ぶ。

 両者の力は拮抗し一瞬、時が止まったかのように思えた。


「……バカな……さっきは一瞬で粉砕したはずだ」


「ゴーレムさん!」


 瞬時にゴーレムが体を捻り、アスモデウスの拳を流した。突然引かれたところでアスモデウスの巨体がよろめく。そこにすかさずゴーレムの二撃目の拳ががら空きの腹に打ち込まれた。

 鈍く重い音が響く。

 灼熱と化したゴーレムの拳を中心に炎が粗ぶりアスモデウスを後ろに退かせ、炎の魔法陣が巻き付いている腕以外を火だるまにし始めた。


 ぐうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ――。


「バ、バカな――っ、怯むなアスモデウス! お前の力はそんなものじゃないだろう」

 

 王子の言葉に反応したわけではないだろうがアスモデウスが咆哮し、氷の魔法陣から氷菓が吹き、自身を包んだ炎を消し去り、ゴーレムに氷の一撃をお見舞いした。


「よーしよくやったぞアスモデウス、やれ! そいつを氷づけにして粉々に粉砕してしまえ!」

 

「彼の者に、かの地から、紹介を承り、相応の義により相応の義を承る。それは円滑にして循環、それは循環にして理を知る慣わし――大地の女神により糧を承る」

 

 ベアトリーチェの静かな声が轟き響いた。

 宙空に描かれた魔方陣に力が行き渡るように光が循環していく。


「欲するのは――神々により生みだされし金属、ハルコニア」


 ベアトリーチェが踊るように魔法陣に魔力の光を循環させていく。


「我が分身に更なる力を与え、降りかかる厄災を打ち払えたまえ――魔神降臨」


 言葉の終わりと同時に魔法陣が激しく光り、ゴーレムに注がれていく。

 行き渡る光がゴーレムを黄金に輝かせていく。

 そして、それは歪だったゴーレムから姿を変えていく。

 その姿にシウスの目が見開かれていた。


「――っ、トロイア様」


「ゴーレムさん!」


「――御意!」


 黄金に輝くゴーレムの拳がアスモデウスの粗ぶる魔法陣を根こそぎ吹き飛ばし、アスモデウスの肉体に到達する。


 山が噴火したような音とともにアスモデウスの体が風穴を空け吹き飛んだ。

 

 音が大氣を揺るがし波及した。

 

 その衝撃に牢や壁ごとアスモデウスを吹き飛ばす。

 

 シウスは唖然と、壁ごとなくなった光景をただ呆然と見るしかなかった。


「ナイス! ゴーレムさん」


「御意」


「御意、じゃねー、……ってか、その姿はトロイア――ってまさかな」


 アスモデウスから距離があったため何とか難を逃れた王子が瓦礫から這い出し、何が起こったのかと呆然と目を見開いている。


「こ、こんなバカな……」


 ぽっかりと開いた壁から王子の言葉は己の思い描いた理想とともに夜空へと消えていった。

 こうして事件は幕を閉じた。

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