六章 容疑者と花嫁⑪
延々と鳴り響く王子の嘲笑。
シウスの脳裏に何かがぶり返した。
それは幼い頃の記憶。
「……うんじゃ、ねー」
シウスの拳が握りしめられる。隙間から血がぽたりと、床に落ちた。
「――あ? なにか言ったかい?」
シウスの言葉に王子がバカにしたような顔で嘲笑を貼り付けたままに聞き返した。
脳裏に浮かぶ記憶が濁流のように流れ出した。
「笑うんじゃねー。笑うんじゃねーっよ!」
シウスは剣を振るい、体に堆積する魔力を粘性する。
「母なる大地に育まれし、豊穣を齎す彼の者よ。恵みを齎す円環の連鎖に我を加えたまえ――ノーム!」
力を引きずりだす言葉とともに、シウスのかまえた剣の刀身が淡く輝き、土色の妖精が息吹をあげる。
木の葉が舞いちるように、赤い三角帽の白い髭を蓄えた小人がルーン文字が刻まれた刀身の周りを浮遊する。
「相手をしてやれ、アスモデウス」
王子が指輪を振るう。
アスモデウスがその巨腕を振り上げる。
「ノーム! ストーンフォールだ!」
赤い三角帽の小人が輝きを纏い、迫りくる巨腕の間に巨壁を作り上げる。
しかし虚しく壁は突き破られシウスに巨腕が襲い掛かる。
「殺せ殺せ殺せ――っ、ひゃーっはっはっは」
「ストーンフォール!」
瞬時にシウスは二枚目の壁を作りだす。しかし、それも巨腕の勢いを殺し切ることなく虚しく砕かれる。
目前に巨岩のような拳が迫る。
シウスは反射的に剣を盾に直撃を防ぐ。
アスモデウスに纏わりついた魔法を受け止めるが容量を遥かに越える魔力の渦に剣は虚しく砕け散った。
「ぐうああああああああ――っ」
殺しきれなかった拳の勢いと魔力の炎がシウスの身を焦がし、放たれた矢のようなスピードで壁に叩きつけられる。
「――ぐぼあっ」
前後から巨岩に潰されるような衝撃に意識が飛びそうになる。
「……っくそ、一発でこの様か、よ……あ、がが」
心中で舌打ちする。体が動かなかった。戦うとかいうレベルじゃねー。これが魔王。王子の言う通りに次元が違う。まったく太刀打ちできねー。
霞む視界に笑う王子の姿が映っている。
何がそんなに可笑しいんだ、くそったれ……。
なんとか視線だけは動かせた。
シウスは視線を映す。そこには未だにくず折れたベアトリーチェが呆然とゴーレムだった残骸を見つめていた。
口は……、どうだ。
シウスは顎を動かしてみる。
(なんとか、動くな……)
声は、出るか?
「あ……、あー……」
(ギリギリ、出せるか?)
体は、どうだ?
シウスは指先に意識を集中させる。ピクリとも動かない。
(ダメか……くそっ)
「……っ。ジャン!」
シウスは残された力で戦友の名を呼んだ。
その声に、剣を構えたまま固まっていたジャンがはっと我を取り戻す。
「シ……、シウス、どの……」
「……、げろっ」
「……は?」
「そいつ連れて、ここから逃げろ!!」
シウスの叫びにジャンの固まった体が動き出す。
●●●
それは一瞬だった。それはあまりにも呆気なかった。朽ち木を手で割るようにそれは簡単に行われた。油断? いや油断はなかったように思う。だとしたら何故ゴーレムさんは粉々に?
そうベアトリーチェの視線の先には王子の召喚した魔物に打ち砕かれたゴーレムさんの残骸だけが残っていた。
みや誤った? 失態である。
どうすれば……。そうだ、あの魔物を倒すのだ。
どうやって? 私にはゴーレムさんしか……。
「ベアトリーチェ様! ベアトリーチェ様!」
「……ジャ、ジャン、さん?」
「良かった意識はありますね。お立てになられますか? 逃げますよっ、ベアトリーチェ様」
「え? だって、あの魔物は、まだ……」
「あれは、倒せませんっ。逃げるのですっ。命があれば、きっと――」
「ジャン! 早くしろ!」
ベアトリーチェの視界にボロボロになったシウスの姿が映り込む。
「――シウスさんっ」
ジャンはベアトリーチェを立たせようと肩に手を回す。
「ジャンさん、シウスさんはっ」
「……残ります」
「――え?」
「彼は、残ります」
「何を言って――」
ベアトリーチェは信じられないという目でジャンを見るがジャンの口は硬く結ばれ震えていた。
「シウスさん!」
「――行け! ここから脱出して、こいつの悪事を世間に明かせ!」
「どうやってここから逃げるんだ? 僕が逃がすとでも? そんなはずないだろう! ひゃーっはっはっは」
「俺が時間を稼ぐんだよ!」
シウスは体に力が入らないのか、ただ苦悶の顔を浮かべるだけで一向に立ち上がる
気配を見せない。
「おい? おいおいおい? それでどうやって僕から逃げるための時間を稼ぐんだ? なあ? どうやれば僕を、このアスモデウスを止めることが出来るんだよぉぉぉぉ? 教えてくれよ? あーッはっはっはっは――」
ベアトリーチェの視界に王子が嘲笑する姿がまざまざと映っていた。
「――っ」
頭痛が襲った。その光景がベアトリーチェの脳裏に嫌に響いた。
「――ベアトリーチェ様っ」
ベアトリーチェはその場に崩れ落ちた。
そして――脳裏に何かが走った。
それは遠い記憶。
幼い頃、トロイア様に我がままを言い連れて行ってもらったある村の記憶。
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