第20話
「ようやく思い出したし、いまの状況も察したよ。あたしは亡霊みたいなもの──でも、それがあなたを諦める理由にはならない」
何を言っているのか理解できない。
俺が感じ取れるのは彼女の異常なまでの殺気だけだ。
剣呑な空気に気圧されて何も言えないでいる俺を見据えて、さくらは右手の炎を消滅させた。
「如月くん、あなたはこれから命の危険が伴う様々な事象に巻き込まれていく。それ自体はあたしのそばにいれば安全に切り抜けられることだけど……でも」
一歩。
また一歩、こちらに近づく。
「あたしが一緒でも避けられないことがある。……あなたは必ずこの2021年を超える前に、残酷なこの世界の運命によって殺されてしまう」
先ほどまで燃えていたとは思えないほど、ひどく冷えた右手で俺の頬に触れるさくらは、愁いを帯びた悲しげな表情だった。
俺にはそれがただただ恐怖でしかない。
おそらく気絶させたであろうあの保健室の先生を、魔術による火炎で殺害しようとしていた事実と、その気になればいつでも燃やすことのできる右手で俺に触れていることが、なによりも恐ろしい。
「きっと千鶴ちゃんも来てるんだよね? ペンダントを使えるのはあの子だけだし……おそらく既に接触してる」
そのまま俺の後頭部に手を添え、自然な形で抱き着いてくるさくら。
俺の耳元で滔々と囁く彼女の声は背筋に寒気が走るほどの冷たさだった。
「聞いて如月くん。あの子の言うことを聞いてはダメ。未来を知っているのは事実だけど、自分に都合のいい方向へあなたを動かそうとしている」
「……あ、天宮が?」
「そう。千鶴ちゃんは信用しないで。あなたに降りかかる危険はあたしが取り除く。あなたのことは必ずあたしが守る。あたしを、そしてこの時間軸の赤嶺さくらのことを信じて」
言うだけ言って、彼女は囁くのをやめて俺を見据える。
そして目尻に涙を浮かばせると、優しく微笑んださくらはそっと身を寄せて。
「────」
俺と、唇を重ね合わせた。
「────っ!?」
やわらかい感触。
あたたかな感触。
焦り、たじろぐ。
だが彼女は俺の動揺を読み取らない。
自分のペースを崩すことなく、その全てをこちらに押しつけてくる。
「っぷぁ。……ね、大我。あたしを信じて。あたしならあなたを救える。ううん、必ず救ってみせる。あたしだけが、あなたを救うことができるの」
その微笑みは
「絶対に、絶対に……誰が立ち塞がろうとあたしが排除する。あたしが大我を守ってあげるから……」
まるで無理やり絵具で塗り潰したような、濁った深紅の瞳が揺れる。
「だから、もう──どこにもいかないで」
儚げな笑みを浮かべ、その一言を最後にさくらは再び赤嶺の中から姿を消した。
彼女の虹彩が金色に戻っていく。
人格の主導権を奪い返した赤嶺は、この訳の分からない状況に気がつくと狼狽し、咄嗟に俺を突き飛ばした。
だが依然、俺は呆けたままで。
あとから入室して慌てふためく青島も、貧血が理由で保健室に訪れたらしく先生が気絶していることや俺が目の前にいたことに涙目で疑問符を浮かべ続ける赤嶺のことも、未だ目を覚まさない保健の先生のことも、何もかもが頭の中に入ってこない。
ただ、さくらから与えられた莫大な困惑と俺の運命をはっきりと言語化したその情報だけが、嚥下しきれず脳内で錯綜し続けている。
「如月、ここで何が。 ……如月? ……っ、ちょっと如月ってば、状況を説明して」
結局、その場にいる人間のなかで最も冷静さを保っていた青島に肩を揺らされるまで、俺は悄然として立ち竦むばかりであった。
個別ルートからいらっしゃったそうで バリ茶 @kamenraida
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