束の間の帰郷①



「さくらちゃん⁉ 本物か⁉」

 彦五郎の反応を見ても、さくらはもう驚かなかった。世間では「流刑になった」と言われている人物が目の前にいるのだから、当然の反応だ。

「彦五郎さん、ご心配をおかけしました」

 さくらは、事の経緯を説明した。改めて話していると、とても長い旅だったと感慨深い気持ちになってくる。だが、ここはあくまで中間地点。最終目的地は、会津だ。

「さくらちゃん、大変だったな。近藤先生も、さくらちゃんも、どうしてこんな目に。薩長のやつらめ」

 彦五郎は唇をきゅっと噛み、怒りを滲ませた。やがて、気を取り直そうとばかりに一呼吸置くと、「さくらちゃん、聞いてくれ」と真剣なまなざしをむけた。

「歳三から文を受け取っている。無事、会津に着いているそうだ」

「本当ですか!」

 別れて以来、初めて聞く歳三の確かな消息だった。さくらは安堵し、相好を崩した。

「だから、近藤先生を連れて会津に行ってやってくれ。歳三も会いたがっているだろう。源三郎さんのことは大丈夫だ。落ち着いたら、泰助も連れてみんなで探しに行けばいいさ」

「彦五郎さん、ありがとうございます」

 胸につかえていた「源三郎を置いてきてしまった」という罪悪感が、少しだけやわらぐ気がした。

 泰助は江戸に戻って以来、戦線を離脱し実家に戻っていた。鳥羽・伏見の戦を経て、自他ともに「やはり戦に行くには若すぎた」と結論づけられ、家業を手伝いながら平穏に暮らしているという。つらいことを思い出させるだろうが、可能であればいつか協力してもらいたい。

「不定期だが、江戸から会津方面へは幕府軍の船も出ている。まだまだ続く戦に備えて、兵を集めているところだからな。それに乗れば、怪しまれずに行けるだろう」

 そこまで言うと、彦五郎はためらいがちに「ところで」と話題を変えた。

「総司には、会ったか」

 いいえ、とさくらは首を振った。甲州勝沼の戦いから帰ってきてからというもの、なかなか千駄ヶ谷を訪問する時間を作れずにいた。彦五郎の表情は、総司の容態が回復したわけではいと物語っていた。

「先日見舞ってきたのだが、かなり衰弱している。あとひと月、もつかどうか」

「そんなに、悪いのですか……」

「ああ。だから、体に障らぬよう、近藤先生のこともさくらちゃんのことも伏せてある。もし会いに行くなら、特命の用があってとか、これまでの経緯は濁してほしい」

「わかりました」

 

 数日後、さくらは勇を一旦佐藤邸に預け、千駄ヶ谷を訪れた。

 総司が快癒して戦線に復帰するのは絶望的だろうと、どこかではわかっていた。それでも、奇跡を祈っていた。もしかしたら、治って、元気になるかもしれないと。

 だから、さくらは現実を直視したくなくて、せっかく足を運んだにもかかわらず平五郎宅の前で中に入るのをためらっていた。だがいつまでもそうしていれば、それこそ不審者になってしまう。

 さくらは、意を決して敷地に足を踏み入れた。庭から回っていくと、戸が開け放たれており、総司が横になっているのが見えた。

「島崎先生……!」

 総司もまた、別の意味でさくらがこんなところに現れるなんて、という驚きの表情をしていた。あまり驚かせるのも体に悪かろうと、来訪の旨は事前に伝えてあったが、それでもこの反応だ。知らせもなしに来ないでよかった、とさくらは苦笑いした。

 総司は重たそうに体を起こした。その姿は以前とはまったく変わってしまっていた。やせ細り、骨と皮だけになり、髪は伸びきって申し訳程度に束ねられているだけだ。

「総司、元気にしていたか」

 元気とは程遠い様子だが、さくらはそうあってほしいという思いもこめて、尋ねた。

「もちろんですよ。この通り。もっと早く言ってくれたら、身なりもちゃんとしたのに」

 と言って笑った顔が、痛々しい。さくらは、つとめて明るく

「そんなことは気にするな。元気そうで何よりだ」

 と頷いた。

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2024年12月5日 09:15

浅葱色の桜 ―流転、最果テ上ル 初音 @hatsune

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