第29話 臆病者

「チッ、黒狼のやつ飛び出していきやがって」


 白狼は黒狼が抜けた穴を埋めながらさらに陣形を整えた。


「白狼さま、我々はどうしたら」


 部下が銃を構えながら質問してくる。


「おまえたちは敵が見えたら銃を撃つだけでいい」


 白狼は敵のにおいを嗅ぎながら部下に指示を出す。


「こちらに向かってくるのが一人いるな」


 黒狼が向かった場所から一人、こちらに向かってくる匂いを感知した。


 黒狼ではないな……


「この陣形の前に出てこられるものなら出てこい」


「ぐわっ」


 白狼が辺りを警戒していると、部下のうめき声が聞こえた。


「どうした?!」


 次々と部下が倒れていく。倒れた部下には矢が刺さっている。


『弓?かなり遠くから撃たれている。それに風下にいるようだ。匂いが嗅げない』


 白狼が一瞬気を逸らした瞬間、楓は素早い動きで腹のあたりに潜り込んだ。


「!」


 白狼は後ろにいた部下を盾にしながら地面を蹴って後方へ飛んだ。


「うわぁぁ」


 部下は真っ二つに切られ血がぼたぼたと流れ落ちる。


「貴様がこの軍の指揮官か。その首、もらい受ける」


 楓は切っ先を白狼に向けて言った。


「誰だか知らんが殺される覚悟はできているのか?」


 白狼もナイフを指で挟み、爪のようにして構えた。


 楓と白狼は見合って動かない。


 葉が風に揺れる音だけが聞こえてくる。


 白狼は目線を楓から離さずに


「おまえたち、はやくこいつを撃ち殺せ!」


 と部下たちに命令する。


 もう何人も空の矢で死んでいたが、残った数人は楓に銃を向け弾を発射した。


 楓は弾が発射される前に動き始め、狙いが定まらない。


 山に生えている木々の間をすり抜け、少しずつ白狼に近づいていく。


 一発の弾が楓の眼前に飛んできた。


 楓はその弾を最小限の動きでよける。


 頬を掠めた弾丸は楓の背後の木に撃ち込まれる。


「何してる!ちゃんと狙いを定めろ!」


 白狼は苛立ちを表に出してくる。


「貴様自身は動かずに命令ばかりか……臆病者め」


 楓は白狼を挑発する。


「黙れ!貴様らのような馬鹿とは違うんだ」


 白狼は楓に怒鳴りつける。銃声が止む。


「おまえたち!何してる弾が無くなったのなら補充を……」


 血の匂いが辺りを埋め尽くす。


「この短時間で全滅だと!?あり得ない!」


 白狼は目を泳がせた。


「気を散らしている暇はないでござる!」


 楓は先ほどと同じように、一瞬で白狼の間合いに入った。


「クソッ!」


 白狼は楓が振るう刀を一方的に受け続ける。


 金属がぶつかり合う音が辺りに響き、火花が飛び散る。


『まだ仲間が潜んでやがるからむやみに動くこともできねぇ。黒狼のやつ!早く仕留めて加勢に来い!』


 白狼は防戦一方になるなか、そんなことを考えていた。

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紅蓮の姫 ー戦場に咲く一輪の花ー 神木駿 @kamikishun05

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