思春期の罠 PART2 ~わたしのサステナブル~

小林勤務

第1話 継続

「今日は、皆にSDGsについてディスカッションをしてもらいます」



 全国でも有数の進学校である当校は、生徒の自主自立した考えを育てるため、総合学習にディスカッションを採用している。


 たとえば、『学力向上にはどのような生活習慣を身に付けることが良いのか』や、『少子高齢化を改善するにはどうすれば良いのか』といった、未来を見据えた高度な社会問題を採用することもある。


 こうしたディスカッションの内容、取り組みは、年間を通じて評価されて、学期末には全クラスの最優秀賞を決めることになっている。


 教師になって常々感じていることが、詰め込み教育の限界だ。子供のうちに基礎を徹底的に叩き込む。これは大事なのだが、暗記中心の勉強方法は、集中力と密接であり、どこかで生徒に無理をさせてしまう。長期的な効率を考えれば、まずは自分で考える力、自分で正解を見つけ出す力を養うことが、なによりも重要だと考えている。


 特にそれは中学生ならばなおさらだ。


「先生、いつものように2グループに分かれればいいんですか?」


 ひとりの生徒が手を上げるが、私は静かに首を振る。


「今回は16グループに分かれてもらいます」


 生徒はざわめき、早くもちらちらと目配せしながら仲良しグループの形成を模索し始める。


 通常、ディスカッションは2グループに分かれて、各々が意見を対立させながら、一つの結論へと導く。時として意見の対立から巻き起こるケンカの仲裁をしながら、進行役である私、つまり教師が場をうまくコントロールしていくのだ。


 うちのクラスは32人。二人がペアとなるので、16チームは切りが良い。


 SDGsとは言うまでもなく、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)の略称である。2015年、国連サミットにおいて加盟国の全会一致で採択された国際合意だ。持続可能な世界の実現のため、


①貧困をなくそう


②飢餓をゼロに


③すべての人に健康と福祉を


④、⑤、⑥―――――⑯平和と公正をすべての人に


 そして――


⑰パートナーシップで目標を達成しよう


 以上、17のゴールを設定し、加盟国が一丸となり取り組んでいく。最近では、小学校のうちから理念を浸透させようと、掲示板にポスターが貼られているところも多い。


 SDGsでは共通目標として、地球上の『誰一人取り残さない』ことを誓っている。

 だから――


「時間もないから、隣の席とペアになること」


 このクラスには目に見えるイジメは起きていないが、仲間外れ的な子も存在している。大概、チーム分けをする時に、まずもってコレが最初のハードルになるが、私は仲良しグループによるチーム分けは認めない。


 私の合図とともに、慌ただしく席が動かされて輪のような形となる。


 さあ、ディスカッションの開始だ。


 テーマは――『SDGs』


 設定された16のゴールを通じて、どうすればよりよい世界の実現ができるかについて議論してもらう。



 まあ、結論は見えているのだが。



 それこそが私の狙いなのだが。



 *


 口火を切ったのが優等生の学級委員長だ。


「貧困をなくそう。これについては、みんなも異論はないよね」


 うんうん、まあそうだよな。まずは、みんな黙って頷く。その反応に満足したように委員長は続けた。


「貧困が全てのもとになっていると思うの。犯罪だって、やむにやまれずやっているケースも多いし」


「サイコなやつはどうするのさ」


 クラスに32人もいれば、必ず揶揄するものが現れるのが常だ。


「そんなのは別よ。あんたみたいに、変なやつは何処でもいるもんね。防ぎようがないし」

「ごめんごめん」

 そこまで言うことねーだろとお調子者はぼやく。

「ふん。まあいいや。じゃあ続けるね。貧困の連鎖を断ち切ることを一番に考えれば、職にあぶれて飢餓に直面することもなくなるし、働きがいや経済成長にもつながって、新しい産業や技術革新も実現できるってわけよ」


「でもさ――」

 これに疑問を呈したのは野球部の男子だ。


「世界中の人が頑張って働いたら、そのぶん自然破壊にもつながっちゃうんじゃない? 地元の里山だって、どんどん削られてるぜ」


 ああ、そうそう。おれ、山で遊ぶの好きだったんだよな。昔、カブトムシ捕ったなあ。そんな声も聞こえてくる。


 やれやれ、まだ彼らの話を聞かなきゃならないかな。時間が気になる。


「そんなの簡単よ」


「なんでさ。環境破壊って、たいがい大きな会社がやってないか? 家やマンションばかり建ってるぜ。そのせいで、うちの親が通勤ラッシュがひどいって嘆いてたもん」

「通勤ラッシュはさておき、なにも経済活動の全てが環境破壊につながるってわけじゃないのよ。たとえば、再生可能エネルギーの新技術によって、自然を破壊しない会社をつくって、そこに従事する人を増やせばいいだけじゃない」

「でも、再生可能エネルギーなんて設置するときに森をむやみに切り拓いたり、景観が悪くなったり、結局は自然破壊につながってるって誰かが言ってたぜ」


 えっ、そうなの? それこそ住み続けられる街づくりと真逆じゃん!

 再び教室内がざわめく。


 だが、ここで負ける委員長ではない。


「全てに一長一短があるけど他にも色々あるのよ。たとえば、石炭をもっと活用するとか――」

「石炭!」野球部は笑って、「それこそ環境に悪そうじゃん」


 確かに。だよな。そんな声をうけて形勢不利とみられたが、委員長はにやりと笑う。「そう思うでしょ?」


「ちがうの?」


「全然ちがう。いい? 日本は石炭の分野で、省エネ技術はトップレベルなの。なんと、石炭からエネルギーだけを取り出して、CO2は地中に貯留する技術だってあるのよ。まだまだ世界には安価な石炭に依存している国も多いし、この技術をもっと世界に広めれば、気候変動にも対応できるし、クリーンなエネルギーに世界中がアクセスできることにつながるわけよ」


「まじかよ、そんなの知らなかった」


「みんなも知らなかったでしょ? だから、こういう技術や社会貢献できる知識を教育によって知ることになれば、世界中から色んな投資もくると思うの。結果として、環境破壊につながらずに貧困をなくす取り組みになるわけよ」


 つまり――そう一呼吸置いて、委員長はガタンと席を立つ。


「まず、貧困をなくすことを目標にすれば、自ずと正解が導きだせるってわけ!」


 おおおっ! さすが委員長! もう、これが結論でいいんじゃね?


 40分も時間を残して、早くもディスカッションに幕が下りようとするが、果たして、それでいいのだろうか。


 なあ?


 ぱちぱちぱちと自然にわき起こった拍手に、すこし照れた委員長。だが、そんな彼女を嗜めるように、とある質問が投げかけられた。



「で、でもさ、世界中で貧困が無くなったら、わたしたちが困らない?」



 *


 チーム分けでいつも余ってしまう、一色 恋いっしき こいだ。


 さてさて、目論見通りきっかけもできたし、私は私の仕事をするか。書類を片手にすっと教壇を離れて、教師用のデスクに腰をかけた。


「なんでわたしたちが困るの」


「だって、競争社会に生きているわたしたちって、誰かが安い賃金で働いているから、そのぶん裕福な暮らしができるんでしょ。みんなが平等になれば、今度はわたしたちが不平等になっていくと思うんだけど」


 ざわっと一瞬、空気が冷えたのを感じた。


 彼女は常に冷静なのだ。同時にいつもの彼女だと安心してしまう。まとまりかけた議論に、必ずぼそっと待ったをかける役割が一色 恋いっしき こいだ。それは、ディスカッションだけではない。席順を決めるときや、文化祭の出し物を決めるときも同様であり、その性格のせいでクラスメイトに煙たがられている。


 この声に委員長が反論した。


「一色さん、あなたは少し前提が間違っているかもね。貧困をなくすというのは、平等を目指すというわけじゃないのよ。つまり、健全な競争において、みんなが等しく権利や利益を得て、いっしょに発展していきましょうってことよ」


「で、でもさ、競争って基本的には利益を出していくためにあると思うの。良い商品をつくる裏には、どこかでガマンしてもらわないと成り立たない」


「なんでそう言えるのよ」

「だって、そもそも利益を出していかないと、新しい技術への投資も起きないんじゃないかな」

「うん、それはそうなんだけど、みんなで競争して、その結果として得た利益を出し合えばいいじゃない」

「み、みんなで競争って……、そんな競争に勝てる人たちって頭の良い人たちだし、そもそも健全な競争なんて、り、理想だと思う」


 その反論に、委員長は墓穴を掘ったわねと云わんばかりに目を光らせた。


「頭のいい人っていうのは生まれながらにいるわけじゃないのよ。それこそ、教育や家庭環境の産物なの。だから、高い教育を世界中で実施することによって、多くのひとが新しい知識を得て、新しい技術を生み出しながら、うまく循環させるのが大事よ。それこそ先端医療とかの知識をもった人が、等しく教育によって増えれば、すそ野が広がるぶん安くなって、いろんな人が恩恵を受けられるはずよ」


「で、でもさ、教育によって多くのひとが高い知識を得たら、どうやって利益を生み出すの?」


「は? あなた、わたしの話聞いてる?」いつの間にか委員長はヒートアップ。「みんなが高いレベルを目指せる環境が整うんだから、付加価値の高い仕事に就けるじゃない」


「そ、それはわかるんだけど、付加価値が高いってことは、どこかでコストを低く抑えないと、利益は出せないと思うの。みんなが高い教育を受けたら、そんなコストが低く抑えられる仕事を誰がやりたいと思うの?」


「人それぞれ求めるものがちがうの! ライフスタイルがちがうじゃない! でも、そこには平和と公正な制度と社会がないとダメでしょ!」


「こ、公正な制度じゃ、利益を最大化できないんじゃないのかな。高い利益を出さなきゃ、何も続かないと思うし。どこかで誰かに負けてもらわないと、そもそも競争って成り立たないと思う。世界が発展すると、今のわたしたちが相対的に貧しくなるってことだよ」


「なんでよ! 世界中の貧困をなくすっていうのが、どこが間違ってるのよ! そんなこと言ったら、このディスカッション――いや、そもそもSDGsにどんな意味があるのよ!」


 ううん、ちがうの。

 一色 恋いっしき こいは静かに首を振って――


「均等な機会を与えるって、結局は今のわたしたちが本当に求めていることじゃないと思う」



 持続可能な社会って、結局は『誰にとって』だよ。



 彼女は、そう言った。


 *


 キーンコーン カーンコーン――


 静まり返る教室に、総合学習の幕が下ろされる。

 私はゆっくりと教壇へと戻り、一言こう告げた。


「今日のディスカッションは終わり。席はあとで片付けておくように」


 はい、という声は誰からも聞こえなかった。

 生徒は激しい議論に憔悴しきっているように感じた。まあ、ディスカッションとはこういうものだ。


 しかも――答えのでない議論というものは、常にこういうものだ。


 ガラガラと扉を開けて、振り返らずに教室を後にする。


 やはりこの題材を選んでよかった。


 ディスカッションは結論が出てしまうと、あとで私が学年主任に報告書をまとめるから面倒なのだ。


 一番良い結末は――まとまりませんでした。


 これだ。


 それに、議論は混迷すればするほど、進行役である私は無視される。生徒同士で、勝手に論戦になっていくから都合が良い。なんといっても、この時間を答案用紙の採点や、学習計画の作成に当てられるからね。


 時間というものは有意義に使わなくてはならない。


 きみたちも大人になれば、きっとわかるはずだ。

 今日もむだな残業を回避できた。

 おかげで早く上がれるし、妻との関係も良好だ。

 最近、妻も働きだして、家事の分担でもめている。今は、仕事をしているのがえらいってわけじゃないからね。ジェンダーの平等、そういう時代だ。


 そうそう思い出した。一色 恋いっしき こいのことだ。

 彼女は友達もいなく、誰ともしゃべらないから、先生わたしがアドバイスしたんだよ。


 ディスカッションは誰の発言も平等に取り扱われるし、鋭い発言によって注目を浴びて一目置かれるようになるから、ここで自分をアピールできるぞって。彼女にとっては、ある種のこれがストレス発散になっているみたいだ。おかげで不登校になりがちだったのが、このディスカッションを通じて学校にくるようになった。


 不登校は私の指導力が問われるからね。


 生徒には16のペアになって議論してもらったけど、SDGsは17の項目があるんだよ。みんなは気付いていたかな。



 17番目は――『パートナーシップで目標を達成しよう』



 これからも、17番目の担当は先生わたしだ。



 地球上――いや、クラスの『誰一人取り残さない』ことを誓っているのならば、そこに先生わたしも含まれるだろ?



 大人が決めた色というのは、なかなか混ざらないものConflicts Of Interestだね。


 だからこそ――



「先生!」



 職員室の一歩手前で呼び止められた。振り返ると、委員長と一色 恋いっしき こいが息を切らせていた。

「どうした?」

 委員長は興奮した様子で、「さっきのディスカッション、なんて報告するんですか?」

「いや、まとまらなかったし……」

「え――っ!? 結論は出てますよ」

「そういう風には……」


 私の困惑に、二人はしてやったりとばかりに顔を見合わせて目を光らせた。


「結論は――」


 せーのと二人は声を合わせて、



「SDGsは継続した議論が大事ってことです!」



 ま、待て。

 それでは――


 うろたえる私の口をふさぐように、一色いっしきはとびきりの笑顔を見せた。



「難しいお題にもちゃんと結論が出せたって報告してください。わ、わたしたちの株もあがるし、年間最優秀賞まちがいなしです」



 だから、先生の無茶ぶりも素直に通したんですよ。



 了




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