島のならい

尾八原ジュージ

面会

 くだんのことを訊きにおれのところへ来たのはお前さんが十八人目だよ。園田奏子そのだ そうこの首のことだろう。ええそりゃあ当世いちの美女、銀幕の至宝・園田奏子の首といったら大したお宝だもの。

 あれ、そっちのひとたちはもう、そういうふうにはいわないのかい。そうかい。へえ、ずいぶん肩身がせまくなったものだ。

 おれの家は■■といって、今でこそこうやって刑務所のなかにいるが、■■■島ではひとかどの名家の当主だったのだ。もっともあの小さな島だからね、今更いばるような御身分でもないのだが、しかしひとつ、ほかにはない業をもっていた。

 ■■■島では古来より、死人が出るとその利き手を切り取って装飾品にする。そういうならいがある。その手を加工するのがおれの家の家業だったのさ。首をとっとく処もあるって噂にきくがね、うちは手なんだ。手首だよ。これほど人生だの人柄だのが出るところって、そうそうないもんなんだ。

 切り取った手をよく乾かして、何重も何重も漆を塗って、ちと縮むがまぁ綺麗なものだ。金のあるところは螺鈿や金箔を持ってくるから、それでよりうつくしく飾ったものだよ。そうやって作ったものを、いちばん人の行き来する廊下の鴨居に掛けておく。廊下に腕をいくつ置いているか、そしてそれがうつくしいかってのは、その家が栄えているかどうかのめじるしだったのだ。

 にわかには信じられんという顔をしているね。しかし■■■島でそういうことをやるというのは本当だもの、第一おれがお前さんをかついだってしかたがないじゃないか。

 さておれが家を継いでちょうど十年目の春だったね、映画の撮影だといって、島に園田奏子という女がやってきたのは――いや、ぎょっとするほどうつくしい女だったね。直視するのがはばかられるほどだった。あの切れ長の目で見られたら、背骨が抜き取られたような気分になるよ。本当。それでおれはなにもかも棄てちゃったんだから。おそろしいねぇ。

 おれは言ったとおりの家に生まれたもんだからね、とにかく綺麗なものが大好きなのだ。うつくしいものがどうにもこうにも好きで、そして、いずれこの世からうしなわれてしまうと思うと、それがおそろしくって仕方がないんだ。

 奏子さんも同じさ。あの当時二十八歳だっけ、あれが自分のもっともうつくしい時期だと――つまりここから先はだんだん醜くなっていくしかないのだと、奏子さんはわかっていたのだ。だからいちばんうつくしい時期に、じぶんを永遠にとどめておきたかったのさ。

 奏子さんときたら大したもんだよ。いきなりうちの座敷にきてさ、そんで鴨居にかけた薙刀を――むかし本当に使っていたやつだよ――それをぎらぎらした目で見つめてからさ、■■さんならあたしの気持ちをちゃんとおわかりでしょうねえって、おれをあのおそろしい目でにらむんだよ。廊下に飾ってある手、素晴らしいわねぇ。あれとおんなじように、あたしの首も綺麗にしてやってください。もう一刻の猶予もない、早く早く早く早くって、呪いみたいにさぁ――そりゃあ死なすしかないよ。

 なにしろあれはほんとうに綺麗で、そしてとても怖かったんだから。おれは奏子さんをここでやらなきゃ、あのひとに睨み殺されると思ったんだ。家のことも親のことも女房子どものことも、なんもかも忘れてしまって、気がつくと薙刀を持ってさ、こう、斜めから袈裟懸けに――奏子さんはわらっていたっけ――。

 からだ全部はとても持っていかれないから、言われたとおりに首と、それからついでに右の手首まで切り落としたのは、ははは、生業のせいだよねぇ。仕事道具といっしょにだいじに抱えて、おれは山へ駆け込んだ。じきに騒ぎになるだろうってわかっていたから、山ん中のおれしか知らない洞窟へ、すぐにかくれたんだ。

 すうすう空気が通って涼しいところでね、そこで改めて奏子さんの首を眺めて、さぁどういう意匠にしたものかと一所懸命考えた。あんなにうつくしい生首はもう、どこにもないだろうね。考えて考えて、それからおれは仕事を始めた。

 人生でいちばん大事な仕事だった――ねぇ、奏子さんの右手を見たかい。あの綺麗な手を活かしたくて、おれは結局金も貝殻も使ってやらなかった。ただ細心の注意をはらって丹念に形を整えて、また丹念に丹念に漆を塗った――それがあのひとの手には一番似合うだろうと思った。

 あれはどこへ行ったんだろうね? 遺族が引き取ったのか。それがいい。あれは死者の家に置くものだから。

 で、首の方かい。そいつはおれにもわからんのだ。ただこちらも本当に綺麗に仕上げたことだけはたしかだよ。いったん髪をぜんぶ剃って、鬘にして、漆を塗ったあとにきちんとかぶせたのだ。目玉のかわりに硝子玉をいれて、切れ長の目がこっちを見かえすように――我ながらぞっとするようなうつくしい首になったと思うよ。仏像のように神々しくって、怨霊のように怖ろしかった。

 ところが何日も何晩も働きつづけたおれがすっかりくたびれて、洞窟のなかに倒れて死んだように寝ている間に、だれかがそれをもっていっちまった。

 まぁおれはいずれ警察につかまる身だし、そうなれば首だの腕だの牢屋には持っていけまいからね。手放したってまったく構わないんだが、誰がどこへもっていったのかはわからない。こんなことは先の十七人にも話したんだがね……。

 しかしまぁ、だれが持って行ったってふしぎじゃないよ。ほんとうに佳い出来だったもの。ぞっとするほどうつくしかったんだものさ――うふふ、まさかお前さんじゃあるまいね。だって先の十七人とはちがうもの、おれの話を聞いてる面構えがさ――まぁ、仮にそうだったとして看守のまえじゃ言うまいがね。だからこいつはただの冗談だよ、じょうだん。そう思ってここから先を聞くんだよ。

 お前さん、もしも奏子さんの首を持ってるんなら、大事にしまっとかないで他人に見せてやりなよ。それがあのひとの供養ってものだし、それに■■■島のならいでもあるんだから。いいかい、頼んだからね。さて、これでおれの与太話は仕舞いだ。さぁさぁ、もう帰った帰った。

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