出現頻度の高いカレ

蒼井どんぐり

出現頻度の高いカレ

 私の意中の人は出現頻度が高い。

 クラスメイトのカメラロールの中に。


「ねえ、聡美、見て見て!」

「早坂さん、今度はどこに行ったの?」

「いやそれがさ、この前初めてキャンプに行ってきてさ!」


 そう言って、クラスメイトの早坂美咲がいつものようにスマホの画面を見せてくる。

 クラスではあまり友人が多くない私にいつも声をかけてくれる美咲。

 そんな彼女のカメラロールは、いろんな場所に遊びに行った写真で埋め尽くされている。それらの写真を毎週見るのが私の決まったルーティンにもなっているのだけれど。


「テンション上がって奮発して買っちゃったテント、本当に立てるの大変で」


 そう見せてくれたカメラロール。そこに映るのは、土日に行ったのであろうキャンプの写真。湖が近くにあるというキャンプ場を移したその写真では、複数人で苦労してテントを立てる様子や、バーベキューを楽しそうにしている様子が見える。彼女の友人たちか、よく見ると大人びた人もいるので、地元の先輩とかもいるのかもしれない。

 その写真の端に、またカレがいる。


「このさ、ポールみたいなものが、本当に固くて……」


 そう美咲は話をしてくれるのだけど、私は少しだけ上の空で聞いてしまう。罪悪感はあるのだけれど、どうしても私の意識はそのカレに引っ張られてしまう。

 いつものようにビビットな単色のパーカーに、細めのスタイルの良いパンツ。トレードマークのような黒いキャップ。キャンプでも変わらない、シンプルだけど、カレの細身の体格にあった服装。そして、凛とした堂々とした笑顔。とても魅力的だ。

 でも、美咲には絶対に、カレのことを聞けない。


 そのカレはいつも美咲の見せてくれる写真の中に高頻度に現れる。彼女は交友関係や家族関係が円満のようで、毎週末どこかに出かけている。

 とても話そうに話す美咲。

 家族で出かけることも、休日を過ごす友人もそういない私からするととても羨ましいし、少し妬ましい気持ちもあるのだけど、楽しそうな彼女の話を聞くのは私も楽しい。

 そして同時に、カレの姿と動向を確認する。

 美咲には内緒だけど、それが、私の隠れた楽しみでもあった。


 カレを最初に見つけたのは、2ヶ月ほど前、2年生になり新学期が始まった頃。


「古野聡美さん、これから、よろしくね! 目の前の席だけどうるさかったらごめん! それでさ!」

「あ、う、うん。よろしく」


 新学期初日、誰にも自分から話しかけられずに友達グループの輪に入ることに失敗した私を仲間に入れてくれた美咲。

 気さくな彼女がクラスが始まってすぐに話しかけてくれて、一気に距離を詰めてきた時、気後れはしつつ、少しだけ嬉しかったのを覚えてる。


「この駅前のお店さ! あんまり知られてないけどクレープが美味しいの。なんで流行んないのかなって」


 そうして見せてくれた一枚の写真。四人組で友達たちと撮ったであろう、クレープを片手に、店前で楽しそうにしている写真。彼女の隣に目を引く男の子が彼女と一緒に写っていた。身長はそこまで背の高くない美咲の、少し高いぐらいでそこまでは高くない、でもモデルの人なのかな、と思わせるぐらいのスタイルの良さ。

 そして何よりも、凛とした堂々としたその佇まいと元気いっぱいの笑顔。


 一目惚れ、したんだと思う。


 臆病な性格の私とは全く真逆な雰囲気のカレ。

 自信たっぷりに笑うカレの姿に、自然と心が引っ張られてしまったんだと思う。


 それ以来、どうしてもカレのことが気になり、その姿を見ることが楽しみな毎日になっている。そして、カレのことを、知りたい、と思った。


 幸いというか、毎週のように美咲が定期報告してくれる、お出かけ写真にはカレの姿が高頻度で映っている。そこからカレのこと徐々に調べていこう。うん、これはストーカーなんかじゃないよね。そういう思いから、彼女のカメラロールの中のカレを食い入るように目に焼き付け、一つ残らず情報を探るようになった。


 毎週のようにお出かけしているところからアウトドア派なのだろうか。

 よくスイーツを食べにいく写真を見るに意外とスイーツは好きみたい。

 笑顔は欠かさないけど、佇まいはどこかクールで、カメラ目線でもピースはあまりしない。ファッションはあまり凝らないけどシンプル目なものが好きみたい。トレードマークはパーカーとキャップ。

 中学の頃からの友達なのかな。ほぼ毎回一緒にお出かけしているみたいだ。

 随分と美咲とは仲が良いようだな。ふむふむ。うん?


 と、ある時、電撃のようにどうしても頭から離れなくなってしまった疑惑が一つ。


 カレは、もしや、美咲の彼氏、なのではないか?


「ん、聡美、どうしたの?」


 そう言われて我に返る。昼休みの教室、美咲が不思議そうな顔で昼食に合わせた紙パックの野菜ジュースを飲みながら、私の顔を覗き込んでいる。


「う、ううん、なんでもないよ」


 私は咄嗟に購買で買ってきたいちごジャムのパンを口に大きく頬張る。思った以上にしょっぱい。なんでこんなこと考えてしまうんだろう。


 その考えが浮かんでから、学校にいる間も、家に帰って、自分の部屋に帰ってきた後も、悶々とその疑問が頭の中をしどろもどろ動き続けている。

 そういうことなんだろうか。でも、確かに元気一杯な美咲とはお似合いのカップル……。 あり得なくはない、というかむしろその可能性の方が高い。


『美咲、もしかして、カレと、付き合ってます?』


 とは度胸のない私には美咲に聞くことはできない。

 真実がわかってしまうことはもちろんだけど、それ以上に私なんかがそんな気持ちを抱いているのを美咲に知られたくなかった。ましてや美咲の彼氏かもしれない人に対してなんて。言えない。


 私は部屋のベットに突っ伏しながら、去年のクラスのことが脳裏に浮かぶ。


「古野さんって好きな人っているの?」


 何気なくグループで昼休憩していた時のこと。


「いや、古野さんって恋愛とか興味ないでしょー?」


 横から笑いながらクラスメイトに何気なく言われたこと。


「うん、あんまりそういうのは、そうだね……」


 言いたいことも言えず、ただ頷いてしまったあの時から。

 自分で認めてしまったこと。自分にとっては相応なこと。

 その考えが私を捉えて離さない。




 次の日、またいつものように美咲が後ろの席の私の方を向いて、


「いや、見てこの写真やばくない? 山田がさ」


 私の疑惑なんて気にせずにいつものように話しかけてくれる。

 クラスメイトで行ったらしい、ボウリングの写真。今回はカレの姿は映っていない。

 今の私は冷静だった。


 自分の気持ちのためにも一歩を踏み出さなきゃ。それに、美咲に対して変な疑惑を持ち続けるのも良くない。こんな自信のない、話し下手な私に話しかけてくれる美咲。私にはとても大切な友達だ。

 たとえ、私の好きなカレの彼女だとしても。


 私は緊張で目をじっと美咲に向ける。大丈夫、たった一言聞くだけだ。


「あ、あの、早坂さん?」

「うん?」

「今度、早坂さんの家に遊びに行ってもいいかな……?」


 キョトンとした美咲の顔を見ながら、言おうとしたこととは違った方向の言葉が発せられていることに気づいた。

 咄嗟に浮かんだ、ある考えが私の言葉を無意識に曲げた。ずるいな私。

 そして私は自分で言葉を発しておきながら、美咲から少し目を逸らしてしまった。


「え、どうしたの聡美? いいけど。じゃあ週末、みんなを呼んで家でパーティーとかどうかな?」

「うん、ありがとう……」


 そんな私のことは気にせずに、優しく返答してくれた美咲。

 私は、まだあることに期待してしまっている。罪悪感と、同時に高揚感が私の心を埋め尽くし、うずうずする。私の暗い期待が実るのか、命運が尽きるか。

 それが決まるのは今週末。




 美咲の家に遊びにいく当日。

 パーティーの時間は午後の3時から。そうだっていうのに私は朝7時から起きてずっとクローゼットの前で服を広げ、悶々としている。

 外出する予定が普段ない私にとって、私服の種類なんて少ない。クローゼットから出したものの、クタクタになったセーターや、「それ、何にも合わなくない?」とクラスメイトに言われたことだけはあるような服だけが広がっている。

 ファッションはよくわからないし、おしゃれな服もあんまりない。普段は別にそこまで凝っても、と思ってしまう服の合わせ方。ただ今日だけは私はコーディネートというやつを必死にスマホで調べて試行錯誤を繰り返す。


 だって、今日は。もしかしたら。

 あのカレに、私服姿を見られるかもしれないのだから。




「あ、聡美いらっしゃい!だいぶ早いね!まだみんな来てないけど、先上がってゆっくりしてて」

「う、うん。お邪魔します」


 美咲の家は私の家からは電車で二駅ほど離れた街にあった。駅前もとても綺麗でロータリーもある、活発な街のマンションの4階。

 彼女に促されて玄関にあげてもらって、私は玄関にある靴に目線が行ってしまった。美咲のものと思われるスニーカーに合わせて、あと2足別のスニーカー、それに革靴が二足にハイヒールがある。これだけでは何も決定打にはならない。


 美咲の部屋は玄関上がってから、廊下のすぐ左にあった。

 広々とした部屋に片付いた部屋。小物とかは少なく、品の良い机や小さなソファが置かれていておしゃれだ。活発な彼女にしては綺麗に片付いているんだなと正直思った。


「じゃあ、ちょっとそこ座ってて。まず飲み物持ってきちゃうね。早いけど乾杯しちゃおう! 喉乾いちゃった」

「うん、ありがとう」


 そう言って彼女の部屋に腰を下ろすものの、心は全く落ち着かなかった。初めて友達の家に来たという緊張感、そしてそれ以上に心を占めるもの。今日私が彼女の家に来たいと思った本当の理由。罪悪感ともに、まだ期待してしまっていること。


「ジュース色々買ってきちゃったけど、何飲む?」

「あ、あの!」

「うん?」


 私は今度こそ勇気を振り絞り、私は一心に聞いた。


「早坂さんって、兄弟、いる?」

「え、いないよ? なんで?」


 その一言で、私の最後の望みはあっけなく砕かれた。

 あの時浮かんだ考え。毎日一緒にいるのは彼女の弟、もしくはあの凛とした姿はお兄さんだから、とかなんとか。

 自分にずっと言い聞かせてた言い訳は、たった一言で意味をなさなくなった。


「あ、そうなんだ……。ごめん、なんとなくそんな気がして」


 私はそう言いながら顔を伏せて、静かに正座をしながら後ろに後ずさった。少しほっとしたような複雑な気持ちが私の頭を占有した。


「えー、なんでー? どうしたの?」


 そう美咲が私をながさめるような声をかけてくれた時、


「美咲、友達きてるの?」


 そう部屋の外から声が聞こえて、私は顔をあげ、扉の方に目を向ける。

 そこから姿を表したのは、いつも見るようなパーカーとキャップを被った、凛とした表情のカレだった。


「え、は、?」


 私はあげたばかりの頭を揺らしながら、変な声をあげてしまった。

 頭が真っ白になった。

 きっと豆鉄砲を食らった鳩のような顔になっていただろう。

 咄嗟の出来事に、嬉しさと、こんな顔見せたくなかったという後ろめたさと、それ以上になんでここに?という驚きで、感情が渦巻きすぎて整理がつかない。

 兄弟じゃないのに、なんで家に?あ、呼んだ友達かな。でも私が最初に来たって言ってたよね。え、じゃあなんで、お父さんですか? まさかね。

 いやそれ以上に、もしかして、ど、同棲?


「あ、姉貴、出てこないでよ!」


 私があたふたしていると、美咲が飛び出しながらカレを部屋から追い出そうとした。

 え、姉貴?


「あ、この子もしかしていつも話してる聡美ちゃんじゃない? いつも妹がお世話になってるね」


 カレ、の顔をした美咲の姉貴さんらしき人は部屋に強引に入ってきて、私に話しかけている状態だ。私の頭はまだうまく追いついてきてない。


「美咲、うるさいでしょー。話すのがすっごく好きでね。私もいつも付き合わされるんだけどね」

「姉貴、もう私の話はいいでしょ! 今日予定あるんじゃなかったの」

「何照れてるの? まだちょっと時間あるの」


 そんな二人がカップルの痴話喧嘩のように話している。けど姉妹ってことらしい。  

 私は徐々に頭の理解が進み、二人の様子を不思議な気持ちで眺める。

 そんな私の前にグッと姉貴さんは近づいてきて、目線に合わせて片膝をつき、私の目をずっと見つめる。


「聡美ちゃんの話よく聞くよ。いつも楽しそうに話聞いてくれるって。いつもありがとうね」


 そう言って姉貴さんは凛としたその目でニコッと笑顔で笑った。引き止められながらも、どんどんと自分のペースで話をやめないところは美咲とそっくりだ。でもそんな姉貴さんの堂々とした姿と瞳に、目を逸らすことはできなかった。


「あーその話はやめてよー! 早く姉貴行きなよ!」

「はいはい、わかったわかったって。じゃあ私はいくね。またね、聡美ちゃん」


 そう言って姉貴さんは立って扉に向かい、最後に振り返って、


「その服、いいよね。私も真似しよっかなー」


 そう言い残して、扉を閉めて行ってしまった。

 ずっと彼女を追っていた瞳が解放され、私は自分の姿を見る。私なりに可愛いと思った、ボーダーのシャツに合わせたベージュ色のオーバーオール。変かなと不安だったけど、お気に入りの服。


「ごめんねー。姉貴が変な話しちゃって」


 そう美咲はいつもと違った表情で私に話しかける。少し申し訳なさそうな、照れ臭そうな顔。


「姉貴、あんな感じで変な人だけどさ。でもかっこいいでしょ?」

「ええ、すごく」


 嵐のような出来事に、今でも私は感情の起伏が激しすぎて、うまく体が動かせないでいた。でも、不思議と心の中は落ち着いている。

 カレが彼女で姉貴だったけど、同時に何か自分の中で気を許せるような複雑な感情ではあったけど。それでも、先程の彼女の言葉を頭の中で反芻する。

 カレで彼女だったあの人に、惹かれたわけが、改めてわかった。


 そう思いながら、今度は落ち着いた声で、美咲に聞いた。


「早坂さん。この前お姉さんと遊びに行った日の話、聞かせてくれない?」




 カレ、との嵐のような遭遇から数ヶ月。


「ねえ聡美、この前のショッピングの帰りの写真ある?」

「あるよ、確か私撮ったと思うはず。送るね」


 そう言って、私は自分のカメラロールの写真を遡る。

 ちょっと前までほとんど写真なんてなかったから、私のカメラロールに写真はまだまだ少ない。でも少しずつ、私にも写真を撮るような予定が増えてきている。

 自分から美咲を誘って行った場所もいくつか。

 そんなカメラロールを見ながら、私は自然と笑みが溢れた。


「え、なになに? 聡美どうしたの?」

「え、いやなんでもないよ。いい写真だなって思っただけ」


 そしてもちろん、私のカメラロールの写真には、カレの出現頻度は高めだ。

 なんだったら、美咲のカメラロールより、割合ではきっと負けてないんだから。

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出現頻度の高いカレ 蒼井どんぐり @kiyossy

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