第52話 スカウトの戦略
NPBのシーズンが始まった頃には、そのスカウトの動きも活発になってくる。
都道府県大会が始まり、冬の間に成長した選手たちが、その雄姿を試合で見せてくるからだ。
甲子園で大活躍し、一躍スカウトの評価を高める選手もいる。
だが多くのスカウトにとって、甲子園というのはこれまでの自分が見てきたものを、答え合わせする場所であるのだ。
またこの時期には大学野球も、リーグ戦が始まっている。
社会人は即戦力しか取らないが、高校と大学は、まだ成長しきれていない選手というのがいるのだ。
それを育成で獲得するかは、球団にとっては色々と違う。
また球団が同じでも、状況によって違うのだ。
今年のドラフトは白石昇馬が完全に一強。
ピッチャーとしてはもちろん、バッターとしても史上屈指の数字を残している。
それを認めたうえで、競合をどう回避して行くか。
スターズは当然のように、将典を指名するのだろう。
だが最後の夏に、どんなピッチングを見せてくれるのか。
あるいはバッティングを見せてくれるのか。
それによって評価は、さらに高まることになりかねない。
単純に戦力として見たなら、12球団が競合してもおかしくない。
だが一位指名を外しても、ハズレ一位で指名出来る選手が多い。
それだけに競合覚悟で指名して行くか、確実にピッチャーやバッターの有力どころを取るか。
高校生が熱いドラフトになりそうだ。
「白石ジュニアは本当にプロ志望するんだよな?」
ライバルとも言える他球団のスカウト相手でも、この程度の情報共有はする。
「そんなのあんたらが一番よく知ってるんじゃねえの?」
ライガースのスカウトなどは、そんなことを言われてしまうが。
確かに言われてしまえば、そのはずなのである。
父と息子であるのだから、交流があるのが当然である。
しかしメジャーにいた頃から、大介は野球に専念していた。
そういった姿勢もまた、昇馬は自分たちが優先されていない、と感じる元になったのだろう。
もっとも二人の母に加え、たくさんの弟妹がいた昇馬は、父親の愛情などを求めたことはなかった。
男というのはとにかく、稼ぐのが第一、と言われてもいたのだ。
昇馬以外の選手を指名するとしたら、誰がいいであろうか。
もちろん将典なのだろうが、それはもう取るならスターズに決まっている。
一位指名をしないならばともかく、一位指名でスターズが行っているのに、他のチームまで指名したとしたら、空気を読めと思われるレベルだろう。
スターズも競合多数の昇馬よりも、ほぼ確定で取れる将典を指名するはずだ。
他にも150km/hオーバーの高卒投手が、今年は何人もいる。
単純に球速だけではなく、ピッチャーとしても優れているのだ。
白富東と対戦して、どういう数字であったかというのも、判断の基準になるだろう。
ひょっとしたらライガースは、真田新太郎に行くかもしれない。
叔父がライガースの200勝レジェンドであるだけに、ここもつながりがあるのだ。
青森明星の中浦、花巻平の獅子堂、瑞雲の中浜。
このあたりも素質的に見て、明らかにドラフト一位である。
特に中浜などは、バッティングでもホームランを量産している。
あとは野手であるなら、尚明福岡の風見といったあたりか。
だがこの年はバッターより、ピッチャーを取ったほうがいいのでは、と言われている世代だ。
もっともこれらのピッチャーは、ほとんどが同時に四番も打っている。
高校生までは四番ピッチャーが普通であるが、全国区のチームでそうなのだ。
あるいはピッチャーよりもバッターとしての方が、才能はあるのかもしれない。
ピッチャーとして入ったのに、プロで野手に転向し、大成功したホームラン王がいるではないか。
実際に将典は鷹山がいなければ、四番を打っていたであろう。
風見は動けるサードで左打者。
これも素質を見るならば、一位指名でもおかしくない。
ただ昇馬を指名して、そのハズレでも残っているかもしれない。
どれだけの球団が、競合するかを見通さなければいけない。
また昇馬のメジャー志向も考えるべきだろう。
タイタンズは司朗を指名しない、と多くの球団は思っていたのだ。
担当したスカウトすら、契約に早期ポスティングが盛り込まれなければ、指名しても無駄とすら言われた。
だがそれを聞いてなお、司朗を獲得しにいったのは、スーパースターが欲しかったからだ。
そしてプロのスーパースターは、やはりバッターから生まれやすい。
鬼塚は司朗のプロ志望について、直史から聞いている。
直史や大介と対戦するために、まずはNPBに入ったのだ。
だが五年もすればもう、直史も大介も引退しているであろう。
その頂点の去った世界には、もう未練がない。
だからこその五年という期限であり、逆に直史などがもっと現役であれば、さらにNPBで続行するかもしれない。
ただ司朗は幼少期からアメリカ育ちがあったので、文化や言語の壁があまりない。
それでもタイタンズは獲得したのだ。
昇馬の考えについては、全く分からない鬼塚だ。
ただどうせやるならレベルの高いところで、とは考えているのだろう。
プロのスカウトの中でも、特に千葉などは旧交から、なんとか教えてくれと頼まれたりもする。
だが鬼塚がどうしようと、昇馬自身がまだ考えているのだ。
プロではなくアメリカの大学に進み、そこからMLBという選択も、昇馬ならば可能である。
しかし司朗と同じ感情を、昇馬も抱いているのではないか。
大介と対決すること、あるいは直史と対決すること。
この二つが達成されない限りは、まずNPBに入るのではないかと思う。
しかしそうなると指名する球団は、また限られてくるだろう。
そもそも司朗の条件を、タイタンズが飲んだというのが、かなり意外なことではあるのだ。
もちろんなんらかの、かなり達成の難しい条件が、課されていたのかもしれないが。
一年目から司朗は、タイトルを獲得する勢いである。
またベストナインなどの選出も、おそらく達成するだろう。
こういったものに加えて、チームとしても直史や大介が引退したら、タイタンズの台頭を許すかもしれない。
チームを日本一にしてからなら、司朗も遠慮なくメジャーに行くのではないか。
もっとも昇馬には、もっとドライなところがある。
そもそもプロの世界に、さほど愛着がないと言おうか。
世界最高峰の舞台であっても、これではないと感じたら、すぐに引退するような。
まさしくマイケル・ジョーダンであろうが、昇馬の場合は実家が太いため、まさにそれで通用してしまうのだ。
逆に金銭的なことだけでは、予測出来ないとも言えるが。
誰か昇馬に、敗北を教えてくれれば、と思うのだ。
だがそれが可能そうな人間は、二人ほどしか思いつかない。
そしてその二人も、年齢的に引退が近い。
(神崎はまだしも人間っぽいんだけどなあ)
昇馬の存在は本当に、どこか人間社会から遠ざかっているようにも感じる。
せめて少しでも、プロの世界に行けば。
直史や大介と対決する、真剣勝負の場をもてれば。
(他の誰かが来るのを、期待してくれるかもしれない)
そうは思っても、それを待ち続けることが出来るのか。
鬼塚は何が正解なのか、それも分からない。
だがプロの世界で活躍する昇馬の姿は、見てみたいのは確かだった。
エースはまだ自分の限界を知らない[第八部パラレル 新・白い軌跡前夜] 草野猫彦 @ringniring
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