第51話 コンペ

 ゴルフ用語におけるコンペというのは、競技会のことと考えておけばいい。

 主催するのはゴルフ場であったり、会員であったりして、ハンデキャップもあるので比較的幅広い層が出場する。

 基本的に出場するのはそのコースの会員になっている者やその招待。

 一日に18コースをフルで回る試合に、40人以上が参加している。

 四人一組で、回っていくのだ。


「あの子が?」

「ジュニア選手権連覇だもんな」

「運動神経は親譲りってことか」

「未来のスーパースターか」

「最年少全日本女子アマ優勝も狙えるんじゃないか?」

「いや、それは誕生日の関係で、さすがに不可能だろうけど」


 話題になっているのは、14歳になった百合花である。

 プラスハンデの百合花に対して、ハンデをもらって戦うアマチュアが、どれだけ戦っていけるのか。

 成長した肉体は、163cm。

 ここのところ止まっているので、おそらくこれが限界だろう。

 ゴルフもまた、フィジカルが優位のスポーツではある。

 ただ百合花の場合は、クラブを振り続けた結果、肉体の異常が起こっている。


 右腕の方が、左手より8cmも長い。

 ウィングスパンも長く、それだけ遠心力を利用出来るのだ。

 飛ばすだけならばプロを含めても女子ではトップレベル。

 だが本人はあまり、飛ばすことを重視していない。


(昔はパット・イズ・マネーと言われていた)

 いくら飛ばしても、最後にカップに入れるのはパットである。

 全てのショットの40%強は、パットなのである。

(だけど今は)

 カップに入れることから逆算して、どこにボールを置くかを考える。

 飛ばすことが出来れば、置く場所の範囲も増える。


 そして計算されたショットの中でも、必ず訪れるトラブル。

 そこからのリカバリーはショットの5%程度とも言われるが、一気にスコアを悪くする。

 ゴルフの本質。

 それはディフェンスの競技であり、節制の競技であり、忍耐の競技だ。

 自分の中の衝動と戦うという点では、百合花はとても気に入っている。




 そんな百合花には、明確な目標が出来てきた。

 ゴルフの世界チャンピオンというのは、具体的な目標になってきた。

 選手権や競技会に出ていて、当たり前のように優勝していく。

 日本だけではなく、東南アジアやオーストラリア、アメリカのコースを経験している。

 その中で一番大きかったのは、世界ジュニアであった。

 それさえも優勝して、もうその名は世界に知れ渡っている。


 百合花の目標は、野望とさえ言える。

 従姉の真琴に話した時さえ、呆れられたものである。

 伯父の直史でさえ呆れたが、しかし考え込んだ。

「ありだな」

 それが結論である。


 常識を外れているという点では、両親の血を一番強く引いているかもしれない。

 たださすがの直史も、このままでは現実的だとは思えなかった。

「仲間がいる。それもタイプが違う、仲間が三人」

 それと時間もかかるであろう。

「確かにそうだけど……」

 百合花は一日で終わる競技会などでは、不運によって負けることもある。

 だが三日間以上の競技では、未だに無敗である。


 安定していながら、爆発力を持っている。

 そしてもう一つ重要なのは、コース適性というものだ。

「女王を引き入れるか?」

「あの人はなんだかんだ言って、普通の人だから」

 天才と言われる現役女王だが、百合花の求めるものではない。

 規格外の選手が必要になる。

 女王は多くの技術が高くまとまっているが、とんでもなく強いポイントというものはない。

 むしろゴルフは、そういう弱点のない選手が強いのだが。


 百合花が求めるのは、全英オープンで勝てるタイプだ。

 自身もそういうタイプの、技術を身に着けていっている。

 だが異能とも言える才能がない百合花は、それが必要だから身に着けているだけだ。

 たとえば男子並のパワーがある選手。

 300ヤードをティーから飛ばして、ラフやバンカーからも強引に脱出出来る。

 百合花が鍛えているのは、今のこの部分である。


 あとは異次元のパット能力。

 ゴルフは最終的に、パットで勝負が決まる。

 百合花は他の技術と比べると、パットは苦手な方である。

 つまり奇跡的な10mを決めることは出来ないということだ。

 むしろウェッジでグリーンの外から、20ヤードほどをチップインする方が得意なぐらいだ。

 ラフはともかくバンカーからのアプローチは、頭がおかしくなるぐらい練習してきた。

 ゴルフはディフェンスのスポーツであるだけに、トラブルショットをどう処理するか。

 一気にスコアを崩さないために、百合花は難しいショットを練習する。

 そもそも難しいショットほど、挑戦のし甲斐があると言っていいだろう。 

 難しさを楽しむことは、ゴルフの才能の一つである。




 アマチュアの趣味のゴルフは、ディフェンス主体のゴルフとなる。

 競技ゴルフからプロの世界に入っても、基本はディフェンスが重要となるのがゴルフというスポーツだ。

 バーディが取れるホールを考えて、そこでこそ勝負をする。

 イーグルは滅多に取れず、バーディを計算して取っていく。

 ただスコアを落とす時は、ダブルボギーやトリプルボギーで、一気に転落してしまうのだ。


 プロでもイーグルを取るのは難しく、ダブルボギーを打つことは珍しくない。

 わずかずつ取っていった点数を、一気に落としてしまうスポーツ。

 忍耐と思考と、精密さのスポーツ。

 それでいながら最後には、勇気が必要となる。


 結局この日も、ベストスコアは百合花が出した。

 ただいくら慣れているコースと言っても、ハンデがあればその日に絶好調である人間が優勝してもおかしくない。

 そのハンデがあることで、百合花は勝つことが出来なかった。

 だが見ていた人間は、ピンポイントに球を置いてくる技術に、驚愕したであろう。


 アマチュアの趣味でやるゴルフは、スウィングから始まる。

 そしてどのようにして、球を打つかを考えるのだ。

 競技ゴルファーは球をピンから逆算して考える。

 第一打はフェアウエイに置くのが当然。

 だがプロでも100%にならないのが、ゴルフという競技の面白さだ。


 確率を考え、リスクとリターンを考える。

 最後には判断力が、勝負を決めるのかもしれない。

 ただ今の百合花には、足りないものがある。

 それはライバルの存在だ。

 同時にライバルは、百合花にとっての同志となる。

 いくら百合花でも、一人では叶わない目標を、立ててしまったのだ。


 まずはアマチュアの大きな大会で、優秀な選手を見つけたい。

 もっとも百合花が求めるのは、規格外の実力を持つ選手であるが。

 あとは千葉で行われるプロの試合も多いので、来年になったら招待選手で戦ってみようか。

 ただ高校受験のために、少し試合に出るのは制限されてしまうだろう。

 白石家は基本的に、文武両道なのである。

 子供の育成は、母親が担当している。




「で、結局お母さんが優勝ね」

「ハンデもらって悪いわね」

 ジュニアではあるが、百合花スコアはプロのトーナメントに出てもおかしくないものだ。

 プラスハンディがなければ、百合花が勝っていたのである。

 ただゴルフのコースを回る回数が、圧倒的に少ないのに、母はシングルハンデで優勝する。

 ゴルフをやる環境に育ったら、果たしてどれぐらいのプレイヤーになっていただろうかと思う。

 もっとも百合花はその母の育成で、フィジカルを鍛えられている。

 身長も母を抜いたのだ。


 百合花には夢がある。

 いや、もっと激しく、野望と言ってしまおうか。

 伯父である直史は、面白いと言ってくれた。

 だがあの人は常軌を逸している人なので、世間の参考にはならない。

 世界チャンピオンを目指す。

 女子の世界的なメジャー大会は、五試合ある。

 それを制覇するのが、百合花の中間目標である。


 あるいは一年間に、そのメジャーを全て優勝してしまう。

 まだ先には目指す先があるのだ。

 父の姿や伯父の姿を見て育ってきた。

 誰にも出来なかったことを、やってしまう姿であった。

(だけどこれは、私にしか出来ないこと)

 個人競技であるからこそ、達成できる目標があるのだ。


 誰もまだ成し遂げていないことを、やってみたいと思う。

 自分の前に広がっているのは、誰の足跡も刻まれていない荒野。

 自分の後に、道は出来る。

 どんなことでも、コロンブスの卵をやった人間が、一番凄いのだ。

(来年はプロの試合にも招待されている)

 アマチュアではないプロが、果たしてどれぐらいの結果を残すのか。

 百合花はライバルであり、同時に戦友でもある人間を探しているのだ。


 

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