ツバメと蛍

すきま讚魚

きれいなものは、きらびやかなものだけじゃない

 春を越え、海を越えて、沢山のツバメ達が今年もこの町へとやってきました。

 野山や田んぼに囲まれた小さな町です。山のふもとには神社があり、その参道沿いには沢山のお店や民家が並んでおりました。

 その軒下に、毎年この季節になるとツバメが巣を作り、子を育て、そして夏の終わりを前に南の島へと巣立ってゆくのです。

 町の人たちはツバメの姿を見ると、夏の訪れを感じ、優しく見守っていました。

 そうして、ずっとずっと昔からこの町はツバメ達と共に夏を過ごしていたのです。


 一羽のツバメが、ひゅううっとその道の真上を飛びました。

 彼は前の年にこの町で生まれ、無事に巣立ったツバメでした。


「ぼくのおよめさんはどこにいるんだろう?」


 彼は南の島で口々に聞いた、素敵な恋のお話に酔いしれていたのです。

 仲の良かったオオアオヒタキやコシアカキヌバネドリはとってもおしゃれで、それはめくるめく素敵な話を沢山聞かせてくれました。

 ようし、とツバメは心を決めて飛び立ってきたのです。


「美しい子を見つけたら声をかけろ、って言っていたものな」


 はじめツバメは色鮮やかな風鈴に声をかけましたが、彼女は照れ屋でりんりんと小さな声で鳴るだけ。一緒に飛んではくれません。


「ふぅむ、ぼくの羽の色が少し地味だからかな」


 だけど彼は自分の色にも自信はありました。

 白と黒のツートンカラーはまるでおろしたてのスーツのようにピカピカでしたし、水浴びだって欠かしません。ぴしりとした清潔感は、誰にだって負けていないつもりです。


「あっ、あの子もとても綺麗だ」


 ツバメは「こんにちは」と、今度は赤いリボンをつけた女の子に話しかけました。


「ぼくの蝶ネクタイも、きみの王冠のようにきれいじゃないかい?」


 だけども女の子はツバメを見てにっこり微笑み、手を振ってくるだけでした。

 

「どうしてだろう。ぼくの言い回しがいけなかったのだろうか」


 ツバメはふぅむ、と考え今度は紫陽花に話しかけます。

 紫陽花は少しの間風にそよいで楽しくお話ししてくれましたが、「この場所から離れられないもの」とやんわりお断りの言葉を告げてきました。


 同じように空を飛ぶ美しいアゲハ蝶にも声をかけましたが、何故か必死に逃げられてしまいました。


「きれいな子たちってのは、案外気難しがり屋が多いのかもしれない……」


 南の島の仲間たちが言っていた言葉を、ツバメは思い出します。

 彼らはダンスや歌で、彼女たちを虜にしてきたと言っていました。


 ツバメはくるくると空を舞い、「やぁ!」と太陽に話しかけました。


「この辺りで一番心が踊りそうな歌や、素敵なダンスを知らないかい?」

「うーん、どうだろう。歌といえば雲雀が知っているかもしれないし、鶴や孔雀のダンスは素晴らしいものだよ」

「ふむふむ、ありがとう太陽さん!」


 ツバメはつぃーっと空を滑り、雲雀やホトトギス、トンビにも勇気を出して尋ねてみましたが、彼らは首を揃えて不思議そうな顔をします。


「そんなことしなくても、ツバメは速く飛べるじゃない」

「十分きみはかっこいいじゃないか」

「そんなに難しく考えなくても、ツバメの女の子だって沢山飛んできているよ」


 ツバメはどうしようかと首を捻りました。

 仲間たちの言うような、心踊る恋とやらにまだ出逢えていなかったからです。


「どうしよう……もしかすると、ぼくは大事な心とやらが抜け落ちたツバメなのかもしれない」


 一日中飛び回り、何日も何日も恋する相手を探しましたが、どうしても見つかりません。

 そんなある日、飛び回ってすっかり疲れてしまったツバメは、水辺の木陰で休むことにしました。


 その夜のことです。

 水のせせらぎの中、ぽわぁん、ぽわぁあん、と不思議な光が揺れていました。それはまるで星のようで、宝石のようで、南国の果実のようで。黄色や緑がかったものや、時折オレンジ色に光るものまで様々です。

 あまり夜が得意ではないツバメでしたが、うっかりその光に見とれてしまい、足を滑らせて木の下へと落ちてしまいました。


「うわっ、いてて」


 幸い、柔らかい草の上に落ちたツバメは怪我ひとつなく、ゆっくりと目を開けました。


「情けないや、ぼくが地面に落ちるだなんて……」

「だいじょうぶ?」


 優しげな、それでいて弱々しい声が聞こえ、ツバメはびっくりして答えます。


「だ、だれだい?」


 ツバメの声に、近くの草の上がぽわんと光りました。


「こんばんは、急に落ちてきたから驚いちゃったわ。怪我はない?」


 ふわりとした声でしょうか、それともその仄かな光にでしょうか。

 決して華美ではないけれど、その存在に声をかけられた瞬間、なんだかツバメは心が跳ねるような気持ちがしたのです。


「だいじょうぶさ。ぼくは暗いところで目が見えないんだ、うっかり木から落ちちゃったよ」

「あら、じゃあ一緒ね。怪我がなくてよかった」

「そうなの?」

「ええ、わたしは生まれた時から目が見えないの。だからだぁれもお喋りしてくれないし、怖いから飛べもしなくて、ここでじぃっとしていたの」


 ツバメは、声の主を少し哀れに思いました。

 夜飛べるのはフクロウや夜鷹くらいです、自分だって飛べやしないのにどうしてそんな意地悪をするんだろうと不思議な気持ちになりました。


「朝になったらぼくが一緒に飛んであげる。ぼくの翼はとっても速いんだよ」

「ほんとう?」


 嬉しそうに声が弾めば、光が一層強くぽわんと光りました。

 ツバメは、それを見て何よりも綺麗に感じたのです。


「きみはすごく綺麗だね、それにとっても優しい」

「お世辞はよして、そんなこと言われたことないもの」

「ほんとうに? こんなに綺麗なのにかい?」


 確かに、声の主の光は周りを飛んでいる光たちと比べて、少しだけ弱々しいものでした。

 だけどツバメは、ちっともそれが気にならなかったのです。

 何より、その声の主と話すと優しくてあたたかい気持ちが湧いてきて、とても心地がいいのです。


 ふたりは夜のあいだじゅう、たくさんの話をしました。

 彼女は綺麗な水辺が好きで、巣立ちをした後はほとんどご飯を食べなくてだいじょうぶだと言っていました。

 ツバメは棲んでいた南国の話や、仲間たちの話をしました。初めて聞く話ばかりだと、彼女はころころととても楽しそうに笑ってくれます。ツバメはますます心が嬉しく、踊るような気持ちがするのを感じていました。


「どうしてきみたちは光るんだい?」

「結婚相手を見つけるため……なんですって。光ってるもの同士で、呼び合うのよ」

「えっ」


 ツバメは急に悲しい気持ちになりました。

 自分はこんな風に光ることはできません。せっかく楽しく話せたのに……と、しょんぼりしてしまいました。

 目の見えない彼女は、どうやらツバメの様子には気づいていないようです。

 ツバメは勇気を出して、明日のお昼に一緒に飛ぶ約束をとりつけました。光ることができなくても、自分の得意で勝負しようと思ったのです。


 ツバメは、優しい彼女のことがいつの間にか好きになっていたのです。




 朝になると、あれほど綺麗に光っていた周りの仲間たちが、静かになってしまいました。ツバメは朝日に向かって、元気におはようと言いました。


「昼は光っても見えないのよ。それに飛ぶと、天敵に見つかってしまうからなんですって」

「天敵?」

「そう、鳥たちよ。わたしたちは食べられてしまうの」


 えっ、とツバメは振り返ります。

 そこにいたのは小さな一匹の蛍でした。


「そんなことないよ、鳥だって……きっとぼくがいればきみを食べようなんて思わないはずさ」

「貴方は鳥が怖くはないの?」

「ちっとも。怖くなんかあるもんか」


 どうやら周りの蛍たちは息を潜めてこちらを窺っているようでした。

 けれど、ツバメにとっては愛しい蛍を食べようだなんて、到底思えもしなかったのです。


「ほら、ぼくの背にしっかりつかまって」

「嬉しい……! ほんとうに、わたしもお空を飛べるの?」

「もちろん!」


 ツバメは誇らしげに、蛍を乗せてゆっくりと空を飛びました。

 途中、勇気を出して羽を広げた蛍が飛ぶと、その隣を守り導くようにツバメはずっとそばをを離れません。


 他のツバメたちは、変りものがいるぞ……とヒソヒソしていましたが、ツバメは気にもとめませんでした。

 だって、蛍のことが心の底から大好きだったからです。


「お昼に光っていない姿を見て、幻滅したでしょう?」


 再び水辺に降りて休んでいると、蛍はそうツバメに尋ねました。

 ちぃっとも、とツバメは答えます。


「光っていなくても、どんな色をしていても、きみはとても綺麗だよ」



 それから一週間が過ぎました。

 ツバメたちが子育てを終え、南の国へと旅立つ季節です。


 ツバメには勇気がありませんでした。

 自分が本当は鳥だなんて伝えたら、蛍は怖がって逃げてしまうかもしれないと思っていたからです。

 だから自分よりもずっと小さな彼女に、「一緒に来て」とも「好きだ」とも言えないままだったのです。


「ぼくはうんと立派になって、来年またきみに会いにくるよ」


 そう告げると、蛍はゆっくりと頷きました。

 お別れが悲しくなる、とツバメは彼女を翼でそっと愛おしそうに撫で、えいやっと大空に羽ばたきました。

 その力強い翼には決意がこもっていました。高く高く、雲や風を追い越して、南の国を目指します。


 冬の間、南の国で過ごすうちに仲間たちにはお別れをしなくちゃ。光っていないぼくでも、立派になって戻ってくれば、きっと彼女はぼくのことを好きになってくれるはず。

 ツバメは、次の夏から蛍のそばにずっといるつもりだったのです。



 高く高く、風のような疾さで翼の音が遠ざかった時。

 蛍は寂しそうにチカチカと弱々しい光を放ちました。


「さようなら、愛するツバメさん……」


 蛍は、地上に出て二週間しか生きられないことを、彼女もツバメに告げられないままだったのです。


 その小さな声も、光も、川のせせらぎだけが静かに聞いているだけでした。

 

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ツバメと蛍 すきま讚魚 @Schwalbe343

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