第2話 カオスの序章
先ほどの変な子の言葉を気にしつつ警察署に向かって車を走らせている。
信号が赤に変わり、車を止めた。
ふと歩道に目を向けるとヨタヨタとふらつきながら歩く男の姿が目に入った。
男はグレーのTシャツにジーパン、何故か裸足で歩いていた。
口から涎を垂らしてニヤニヤ笑う顔が不気味だ。
「明らかに普通じゃないな。薬物か?」
急遽、道路の脇に車を止め、降りて職務質問をしようと警察手帳を見せて男に声をかけた。
「すいません。ちょっとお話聞かせてもらえますか?」
すると男はニタァと更に気味の悪い笑みを浮かべてナイフを取り出した。
「血、血、血、お前の血をー!!!」
男はカン高く叫ぶと狂気じみた笑みのままナイフを握り締めて襲いかかってきた。
「くそっ!やっぱり話せる状態じゃなかった!」
ギリギリでナイフを避けて、男の腕を掴み、そのまま背負い投げで地面に叩きつけた。
もちろん大事には至らないよう少し動けなくなる程度に加減をして。
「ふうっ。じゃ署まで来てもらうぞ」
そう言って男の腕を掴んだままポケットからスマホを取り出して、とりあえず上に連絡をしようと操作していると不気味な笑い声が聞こえてきた。
男が体を捻って自らの腕を捻るようにして蒼士の手を弾き飛ばした。
「っ痛っ!!どういう体してやがるんだ!?腕をまるでゴムみたいに捻って…」
蒼士が驚きを隠せず怯んだ隙に通行人の若い女性を目掛けて飛びかかった。
「キヒヒヒヒ!!シャアッ!!」
男の奇声に気づいた女性が「キャーッ!」と悲鳴をあげて逃げようと背を向けた。
その背中に容赦なく襲いかかろうとしたその時、男の横からニュッと出てきた手が男の顔面を掴んだ。
「セーフぅ!間に合って良かったぁ。お姉さん大丈夫?」
緩い、しかし明るい声で女性を気遣いニコッと笑って見せたブレザー姿の少女。
あの変な子、いや謎の黒髪の少女だ。
少女は男の顔面を掴んだままで女性に話し続けた。
「ほら、行って行って!危ないよぉ。これから一暴れするんだから…さ!」
少女は男のみぞおちに蹴りを一発。
ガハッという男の呻き声と共に口から血が吐き出された。
少女の手から解放された男は口から血を垂れ流したままでギロリと少女を睨み付けた。
「女ぁ…オマエェ…オマエカラコロォスゥ!!!」
男はズバンと地面を蹴って人間離れした素早い動きで少女に迫っていった。
少女の肩をガシッと掴むとニタァと不気味に笑って野獣の様に大口を開けて首に噛みつこうとした。
「BANG!」
少女の声が響くと男はその場で固まった。
男の喉には拳ほどの太さの穴があいていた。
「アガ…ガガガ…ア」
男の口から大量の血が溢れてドシャッとその場に倒れた。
目の前で何が起きていたのか、処理できずに混乱し続けている蒼士と目が合うと少女はニカッと笑った。
「ダメだよ~、お兄さん。迂闊にこんな危険人物に近づいちゃ。腕に自信あるったって普通の人間なんだからさ」
てくてくと蒼士のところへ向かって歩きながら少女は明るいトーンで話す。
今しがた起こった出来事に頭が追いつかないまま、蒼士は少女に怒鳴った。
「止まれ!….殺したのか?その男を…殺したのか?」
目の前の出来事である。そして喉に風穴が空いているのだから殺したに決まっている。
だが、初めて目の当たりにした『殺人』という行為に思わず怒鳴ったのだ。
「殺したよ?見てたでしょ?てか『どうやって』のところ、抜けてるよ?気になんないの?どう殺したのか。そんでどう見ても普通の人間じゃないあのオッサンとか…あたしとか?」
確かに。あの男もただの人間とは思えない。
そして、この少女も決して普通ではない。
「…どうやって殺した?で、あの男は何者なんだ?」
「一言に纏めて『シード』かな?あのオッサンとあたしに共通するのは」
少女は答えたがさっぱりわからない。
更に蒼士は問い詰めた。
「シード?シードってなんだ?薬か何かの…」
「ストップ!また今度ね。」
蒼士の問いを少女が遮った。
遠くサイレンが近づいていることに気がついた。
誰かが通報したのか。
少女は「じゃっ!お疲れ!」と言い残すとクルリと背を向けて素早く走り去っていった。
その場に取り残された蒼士がはたと気づいて男の遺体がある方へ目をやると、そこにある筈の遺体は消えていた。
代わりに目にしたのは灰のような粉が風に飛ばされていく様と蒸発して消えていく血の跡だった。
「シード….種…一体なんなんだ?あの女の子も。今見たもの全部。あーわけがわからん!!」
頭を抱える蒼士、駆けつけたものの何もない現場に困惑の警察官一同、説明するが納得してもらえない目撃者。
早朝の街で異様なカオスが生まれていた。
ANTI HEROISM~爆殺少女アヤメの暴虐 MASU. @MASUMASU69
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