第3話 使者

「ようやく安堵した」


 劉備は江夏の城へ入った後、装備を解いて客間に座った。左右には関羽と張飛、正面には諸葛孔明、少し離れた所に来夏はちょこんと座っている。


「我が君、落ち着くにはまだ早いですよ」


「そうであったな孔明。して、次はどうすれば良いか?」


「呉を待ちます」


「はて? 呉は魏と同等の力を持つ国。我々が追われていたのは魏軍だが?」


「もちろん、魏軍は遅からず攻めて来ましょう。しかし、呉は我々と共闘を望むでしょう」


「本当か?」


 一同は驚いた。天下三分の一国、呉が仲間になれば魏は打ち負かせられる。しかし、その後は弱小の蜀が攻められるのは目に見えていた。


「必ず」


 孔明はあたかも先を知っているかのように頷いた。関羽と張飛は目を合わせ、疑いの表情を見せた。劉備も同様、不安げな顔で孔明に聞いた。


「しかし、魏に勝った後は? 呉の力は強大。我らでは太刀打ちできぬ」


「通常ならそうでしょう。呉もそれを見越して共闘を望むのです。そこで、この孔明が上手く立ち回り魏と呉を共に消耗させます。我々はそこを討つのです」


 孔明の作戦を聞いた劉備はあまりにも都合のいい方針なので、ますます疑いを強くした。


「それが可能ならそれに越したことはないが……」


「必ずやり遂げましょう」


 自信満々の孔明に劉備は口を閉じてしまった。


「馬鹿げている! 戦はそんなに楽じゃねえ! いくら今までの作戦が上手く行ったからって、魏と呉の相撃ちを狙うなんて、神でもない限り不可能だぜ!」


 張飛は立ち上がって、孔明を指差し怒号をとばした。来夏はその迫力にビクッとして縮こまった。孔明はなお動じず、張飛の猛獣のような目を見つめる。


「今に呉の使いが来ましょう。話はそれからでもいいでしょう」


「来るかよ!」


 関羽が張飛をなだめ、劉備は考え込んでしまった。孔明は扇子を広げ微笑を隠している。


(わ~、恐っ。本物の武人ってこんなに恐いんだ。張飛さんには逆らわないようにしなきゃ……。それにしても孔明さん、肝が据わってるな~)


 バンッ!


「呉から使者の魯粛が来ました!」


 守備兵は勢いよく現れ、使者が船でやってきた旨を伝えた。劉備たちは孔明の予言に驚愕した。孔明は澄んだ瞳で守備兵に命じた。


「通しなさい」


 魯粛は客人として迎えられた。客間へ通され、魯粛は呉の内実を語った。孔明は魯粛の挙動を観察し一寸の虫も通さぬほど注意深く見る。魯粛は張りつめた空気に緊張しながら口を開いた。


「今、呉は魏に脅迫されております。『魏に降り、共に蜀を撃つなら良し。さもなくば、呉を撃つ』と。老将は自身を守るため魏に降ると、若将たちは魏を撃つべしと。二派に分かれましたが、老将の知恵に丸めこまれ、魏に降るが優勢。呉主孫権は頭を悩ませております。そこで、孔明先生にお知恵をお借りしたい」


 魯粛は切実な顔で訴えた。孔明はその信念を見て、ほころびながら語った。


「魏は我らの民を虐殺し、曹操の悪逆非道は尽きることなし! さらには、呉を脅迫! どちらが悪でどちらが善か、火を見るよりも明らかです。魏を撃ち滅ぼすべく、共に戦いましょう!」


 魯粛は思いもよらない助け舟に思わず頭を下げて感動した。孔明の力強い語気に不可能も可能へと転じる期待が強くなった。一同は苦境からの脱出に光を見た。孔明のカリスマ性は思わず魅入ってしまう人気歌手のようだった。


(スゴイすごい! 孔明さんってトップアーティストみたい! みんなを魅了する何かもの凄いものを持ってるよ~!)

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雷火の仙女 白鳥真逸 @yaen

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